<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


エルザードから南に少し下った平原。
街の喧騒からも離れ、普段は鳥の鳴き声や川のせせらぎ等自然の音しか聞こえず、緩やかに時間が流れていくこの場所。
だが、今日はその姿とは正反対に、多くの人で賑わっている。
おどけた調子の道化師やら、歌を詠む吟遊詩人やらが集まり、さながら祭りの様相を呈している。
そんな中に、一人の青年『山本建一』の姿があった。

「パーティー、ですか。思っていたより賑やかですね」

周囲の状況を眺めて、そう呟く。
そして、自分をはじめここに集まった者の大半が、ある噂を聞きつけてここを訪れたのであろうことも容易に想像出来た。
その噂と言うのが、エルザードを訪れたキャラバンを送り出すパーティーのものだったのだ。
無償のイベントでありながら、これほど多くの人が集まっているとは健一も思っていなかった。
キャラバンのメンバーを数人で囲んだ小さなグループが幾つも出来ており、皆とても楽しそうである。
だが――

「あの中に入るのは、ちょっと気が引けますね」

苦笑を浮かべて、建一は呟く。
出遅れてしまった感が否めず、どうしたものかと考え込みながら歩き続ければ、何時の間にやら川辺まで来てしまう。
祭りの賑やかな空気を背中に感じながら、一息付こうかと近づいていくと、既に先客がいることに気付く。
それは、流れるような銀色の髪を持ったエルフ。
瞼を閉じ、ただそこにあり続けるだけに見えるその姿は、何処か人形にも見える。

「キャラバンの方ですか?」

身じろぎ一つせず、まるで眠っているかのような女性に、建一は声を掛けてみる。

「――誰?」

それに応えるようにゆっくりとこちらを振り向くが、その目は閉じられたまま。
開かれた口からは、何者かを問う短い言葉のみが放たれる。

「目が、見えないのですか?」

その姿から導き出される疑問をぶつけてみる。
相手の心の傷である可能性を考慮し、最大限の注意を払って――
だが、特に気にした様子も無く、小さく頷くのを見ればホッと胸を撫で下ろし、改めて彼女の隣に座り込む。
近づく気配に気付いたのか、僅かに身動ぎをするが拒むことは無かった。
その後、何度か話しかけてみるも、彼女から返ってくるのはごく小さな反応。
相槌も打ってくれるし、返事もしてくれるのだが、さすがに場の空気が重くなり始めて、どうした物かと頭を抱えてしまう建一。
そこに、一人の男が声をかけてくる。

「彼女は少々特殊な方ですから。あまり気を悪くしないでくださいね」

肩口ほどの長さの金髪を持ち、穏やかな笑みを浮かべる吟遊詩人風の男である。
背中に背負ったリュートからも、それは間違いないだろう。
そして、彼女のことも知っていることから、この男もキャラバンの一員だと考えられる。

「あぁ、すいません。私はリード、彼女はアーシアと言います。このキャラバンで、演奏と踊りを担当しています」

思い出したように、男は自分と寡黙な女性の紹介をするのだった。
勿論、建一も礼を失さぬよう自己紹介をする。

「山本建一です。宜しく。」

にこやかに挨拶を交わせば、芸術を嗜むもの同士三人とも意気投合する。
アーシアの反応は相変わらず薄いが、リードがそれを代弁することで、先程よりも明らかに場の空気が和んでいる。
やがて、誰ともなく自分の持つ技術を披露することとなり、川辺は小さな音楽会の会場となるのだった。
建一のハープが優しい旋律を奏でれば、辺りは安らぎに満ちていく。
アーシアの踊りは見る者を魅了して止まず、リードの演奏もまた聞く者を惹きつける。
そうして、各々の個人技を披露し終えれば、当然のようにそれらを併せた合奏が行われることに。
ハープとリュート。
二つの音色が重なり合い、絶妙なハーモニーを産み出す。
その中を、アーシアは羽のように軽やかなステップで舞い踊る。
彼女の表情も、会話のときとは打って変わった、明るく楽しげなものである。
美しくも明朗快活な曲調は、通りがかった人の足を止め、徐々に観客の数を増やしていく。
更に観客たちを楽しませるのは、勿論アーシアの踊りである。
何時の間にか、川辺は大勢の人で賑わい、その中には彼女たちと同じキャラバンのメンバーの姿もあった。
見慣れていても、やはり彼女の踊りは美しく映るようだ。
いや、それとも男性二人の合奏を聞きに来たのか‥‥
どちらにしても、自分たちが評価されていることに変わりはない。





「すいません。本当なら、僕がお二人を楽しませなければならなかったのに‥‥」

一頻りの演奏を終えて、音楽会も終わりを迎えれば、本来の目的を忘れていたことを謝る建一。
だが、リードもアーシアもそんなことを気にした様子はなく――

「いえ、建一さんは十分私たちを楽しませてくれましたよ」

「ん‥‥感謝」

リードが述べる感謝の言葉。
それに同意するように、小さく頷くアーシア。
踊り終えた為か、再び無表情のようになっているが、何処となく満足げな印象を建一は受けた。
そして、アーシアが続けて言葉を紡ぎ出す。

「再来‥‥希望‥‥」

「また来たい、と言っているみたいですね。勿論私も同じです」

「はい、是非!その時は、またお二人とご一緒させて下さい」

再会の約束。
興行で彼方此方を回るキャラバンが、同じ地を訪れるのはかなりの間隔が開く。
それでも、必ずもう一度会おう。
そう、約束を交わすのだった。





そんな彼らを、少し離れて見守る二人の男。
一人は、キャラバンの団長である『キャダン・トステキ』
もう一人は、このイベントの考案した情報屋『クリミナル=ネリッツァ』である。

「やれやれ‥‥どうやら、またここに来ることになりそうだな」

口調とは裏腹に、満更でもないといった感じのキャダン。

「楽しんでもらえたみたいで、俺としても嬉しいッスよ」

と、クリムが返す。
こちらは対照的に、満面の笑みを浮かべている。

「そうそう、此処を発つときには、護衛をつけるといいですよ。護衛屋『獅子奮迅』って所が、なかなか評判良くてお勧めッス 」

と、思い出したようにキャダンに告げるクリム。
キャラバンや商隊は、野盗や海賊といった荒くれ者に襲われることも多い。
移動の際には、万全を期したほうがいい、という意味だろう。
もちろん、言われるまでもなくキャダンもそれは考えていた。

「‥‥考えておこう」

この場で決断を下すことはなく、あくまで判断材料とするつもりのキャダン。
クリムも、それに異論を挟むことはない。

キャラバンが出発するまであと僅か。
次に彼らが赴くのは、どの地になるだろうか――




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0929 / 山本建一 / 男性 / 25歳 / アトランティス帰り】


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■         ライター通信          ■
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はじめまして、ライターの『鎧馬大佐』です。

今回はお一人様のみのご参加となりましたが、楽しんでいただけたでしょうか?
自分にとっても、ゲームノベル、そしてお一人様のみの作品というのは初めての経験だったのですが、もし楽しんでいただけたのなら幸いです。
もしよろしければ、感想の方をお送りいただけたらなと思います。

それでは、これで失礼させていただきます。
またのご参加を心よりお待ちしております。