<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


夜と昼の双子 〜月の調べ



 天使の広場にある噴水。
 それはこの広場の中心であり、そして一番人が行きかう場所でもあった。
 山本建一は竪琴を手に天使の広場へと足を踏み入れる。
 歌を奏でるために。
「おや、彼女は……」
 幾筋もの路地と通りが交差するこの天使の広場の噴水に腰掛けている少女。
 別段噴水にて誰かが足を休めている事は珍しい事でもないのだが、彼女の周りだけは他の人々と違った気配――雰囲気が形成されている。
 居るのに居ない。そんなような。
 建一の訪れに気がついていないのかはたまた興味がないのか、少女――マーニ・ムンディルファリはただ一点を見つめたまま微動だにしない。
 建一は軽く首をかしげ、マーニの元へ歩み寄る。
「こんにちは」
 マーニは反応しない。
 自分のかけられた言葉ではないと思ったのだろうか。
 そして建一はにっこりと微笑み言葉を続ける。
「また会いましたね」
 まるで流れ行く水のよう穏やかな声音に、マーニはふと顔を上げた。
「…………」
 けれど、ぎゅっと唇を引き縛り、視線を戻す。
 建一は何か足りないような感覚に、考え込むようにあごに手を当てて辺りを見回す。
「あなたの相棒の銀狼はどうしたのでしょうか」
 そう、足りないような感覚は、彼女の傍らにあの大きな銀狼が居ないという事。
 この前もひとしきり騒動が終わってからひょっこりとやってきた銀狼。
 彼女が答えたくない事を無理に詮索しても仕方がない。と、建一は噴水の傍ら、彼女の近くに腰掛けると竪琴をポロンと爪弾く。
 建一がここ天使の広場に訪れるのは詩を歌うため。
 それは、はるか昔の伝承であったり、小さな村の恋物語であったり、自分が経験した冒険や、想像を掻き立てられた物語等―――様々なもの。

 パチパチパチパチ―――…

 拍手の多重奏が辺りを取り囲む。
 一曲歌い終わり辺りを見回せば、噴水の周りには沢山の人が集まっていた。
「ありがとうございます」
 賞賛の声と、笑顔と拍手。
 建一は集まった街の人達ににっこりと笑いかける。
 けれど―――
 噴水の周りにはこんなにも人だかりが出来てしまったのに、やはりどこか寂しいような雰囲気は拭えない。
 人を隠すには人の中とはよく言うけれど、それはその人が其処になじもうとしているから―――ではないのか。
 ならば、人の中にありながらその存在を強く感じるのは、その人が持つ存在感なのか、それともまとう空気の違いなのか。
 最初に感じた、居るのに居ない。
 寂しさをまとっている、マーニ。
 確かに振り返れば其処にいるのに、マーニから感じられる孤独の気配。
(どうしてでしょうか……気になります)
 誰からも相手にされずに陥る孤独ではなく、自ら孤独になろうとしているようで。
「マーニさん…?」
 確かめるように名を呼んでみる。
 マーニは不機嫌そうではあるが顔を上げた。
「いえ、良かった」
 どこかほっとしたように建一は微笑む。
 心此処にあらずという状態や、自分を無視しているわけではない事、そう反応してくれた事が純粋に嬉しいなんて。
 気がつけば彼女の足元には通りで迎えに来た銀狼が、重ねた前足の上に顎を置いて丸まっていた。
「スコール……さん、でしたね」
 滑らかな銀の毛がとても気持ちよさそうに風になびく。
 建一が名を呼んだことに銀狼は一度ぴくっと耳を動かしたが、ゆっくりと大きな欠伸をしてまた顎を両足に戻す。
 そんな長閑な仕草に思わず笑みが漏れる。
 マーニはそっと銀狼の背をなでて、安心したような小さな微笑を浮かべた。
 笑顔を忘れてしまったわけではないらしい。
 建一は頭を低くして、フードに収まったマーニの顔を覗き込む。
 カチリ。と視線がかみ合った事を確認すると、マーニに向けてにっこりと微笑んだ。
「一曲聴いてみますか?」
「さっき歌っただろう」
 マーニの耳には殆ど入っていなかったようだけれど。
「いえ、貴方のための一曲を」
「…………」
 マーニは答えない。いや、答える言葉が思いつかなかっただけ。
 建一はそんなマーニに、ふわっと笑みを浮かべると、竪琴を構えなおし、緩やかな旋律に歌声を乗せる。
 建一は歌う。自分が唄う歌を聴いて少しでも楽しいと感じてくれればいいと思いながら。
 唄を歌いながらそっとマーニを見る。
 どうにもマーニは感情を表に出すことが上手くないように思う。
 それは普段から仏頂面だからという理由ではなくて、もっと根本な部分で感情の突起が抑えられているように見えて、放っておけなかった。
 楽しいと感じることは、心にとってもいい栄養になる。
 すぅっと伸びた音が風に消えていく。
 建一の唄が終わったのだ。
 拍手は先ほどとは人が入れ替わっているものの、周りを行き交う人々から起こる。
「月の民謡です」
「……知っている」
 建一の顔が明るくなる。
「現地の方々はとても神秘的にこの唄を歌われますね」
 ある民族に唄として伝わる口伝民謡。
「途中立ち寄られたのですか?」
 装束を見ても彼女が聖都エルザードとは違う場所から旅してきたのだと分かる。
 もしかしたら共通の話題を持っているかもしれないと、権威との声音が少しだけ弾んだ。
「知っているだけだ。聞いたのは今が始めてだ」
「知っているだけ?」
 問いかける建一に、マーニは小さく頷く。
 建一が唄を聞いた民族も、本当の唄も知りはしないけれど、記憶はその唄の存在をマーニに教えている。
 そしてそれは―――
「……兄さんの唄だから」
「お兄さんが、いらっしゃるのですね」
 完全に独りではないという事実に、建一はほっとする。
 銀狼が居るのだから完全に独りというのは御幣があるけれど、身近に“誰か”が居るだけで育つものもあるはずだ。
「貴女が仰るとおり、お人好しですね。僕は」
 くすっと観念したとばかりに苦笑を浮かべて、建一は初めて出会った時に言われた言葉を思い出す。
「こうして放っておけないと思ったのですから」
「それは不必要な思いを抱いたものだ」
 その声音には、どこか諦めが混ざっていた。
「あたしは、咎人だからな」
「咎人…ですか」
 まるで自然とかわす会話のように口にしてしまった言葉に、マーニは我を取り戻すようにはっとして、喋り過ぎたとばかりに顔を伏せ瞳を泳がせる。
 そして、すっと立ち上がった。
「マーニさん?」
 建一は首を傾げるが、マーニは振り返らない。
「行こう、スコール」
 マーニはマントを翻し、噴水から一際人がひしめき合う通りへと歩いていく。
 建一はただ彼女が去っていく背中を見つめた。

 人ごみが一番孤独なんだよ。
 人間が居るのに誰も自分に興味がないから。








☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【0929】
山本建一――ヤマモトケンイチ(19歳・男性)
アトランティス帰り(天界、芸能)

【NPC】
マーニ・ムンディルファリ(17歳・女性)
旅人


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 夜と昼の双子にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。
 リテイクにて納品が遅れてしまい、第一話がお手元に届いていない上でのご発注まことにありがとうございました。読まれていないというデメリットがあるにもかかわらず、すんなりと続くようなプレイングで、こちらから前話と繋がるようもって行ったつもりです。
 唄の効果でだいぶイロイロな事をお伝えする事ができました。
 それではまた、建一様に出会える事を祈って……