<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】槐・向座



「かったるいんですけど」
 何処でそんな言葉覚えたんだ? と、突っ込みたくなってしまうが、そんな事お構いなしに瞬・嵩晃は机に頬杖をついてその先を見ている。
「あなたが一番暇だと思おての」
 蒼黎帝国の宰相を務める月・凛華は瞬の目の前にこれ見よがしに大量の巻物を積み重ね、にっこりと女神の微笑みを浮かべその名を呼ぶ。
「とりあえず。瞬憐真人」
「なんだい? 麗華公主」
 仙号で呼ばれるということは、話の内容が真面目である証拠。いや、彼女の口から発せられる話しの内容が冗談であったことのほうが少ないのだが。
「こうして異国の人々が訪れるようになったのだ」
 簡単に言うと、そんな異国の人々を招いて勉強会でもしましょうか。それにあんたも出てくださいね。という事らしい。
「…………」
 どうやらこれは凛華の中で決定事項らしく、瞬はただ視線を外して口元をヒクリと吊り上げて、ただ乾いた笑いを浮かべた。





 星稜殿の一室に設けられた勉強会のための卓座に、童女がお茶とお菓子を並べていく。
「ありがとうございます」
 山本建一は童女に微笑みかけ、お礼の言葉を述べる。
「あら、いい香り」
 シルフェはお茶から仄かに香る匂いに顔をほころばせ、湯飲みをそっと持ち上げる。
「よく参られた」
 凛華は建一とシルフェにゆっくりと視線を向け、たいそう嬉しそうに優雅に微笑む。
 その後ろから少しだけ欠伸をかみ締めつつ凛華の後についてきた少年に建一は首をかしげ、シルフェはまぁとにっこりと微笑んだ。
「蒼黎帝国の市勢は私からお話しようと思う」
 凛華はこの国の宰相であるのだから、現在の楼蘭の情勢ならば誰よりも知っているだろう。
「気乗りはしないけど」
 その言葉と共に凛華がすっときつい視線を送るが、当の少年の方は意に介さずといった態度。
「まあ…なんだかご縁がありますねぇ。こんにちは瞬様」
 のんびりと発せられた声に、少年――瞬は一度顔を上げる、
「お知り合いか?」
「いいや、初めましてだよ」
 瞬憐真人としてはね。
 と、小さく呟いた声は辺りには響かず、凛華はやれやれと首を振る。
 同じように呟きはシルフェにも聞こえず、きっと梔子の街のように自分の正体か何かを隠しておきたいのだと頭のどこかで判断して、思いついたまま言葉を続ける。
「首に縄がついてそうなご様子ですね。うふふ」
「おや、いい事を言うね」
「……瞬憐真人」
 ぱぁっと顔を明るくした瞬に、凛華は声を低くして一度その名を呼ぶと、長いため息をついた後、視線と表情を戻して二人に問いかけた。
「そち達の話を聞かせてもらえるかの?」
 建一は苦笑交じりにやり取りを見守りながら、ゆっくりと一堂を見回す。
 視線が建一へと集まる。
「では僕から―――」
 そしてゆっくりと話し始めた。
「これは、以前エルザードで依頼を受けたときのお話です」
「そういえば君達はそこから来たのだったっけ」
 エルザードという言葉に反応して瞬が顔を輝かせる。しかし、話の腰を折るように口を挟んだ瞬に、凛華の眼光が向けられる。
 建一はそんな一時の攻防を見つつ、場を見計らうようににっこりと微笑むと話を続けた。
「眠れる森の少女と伝わっているお話で、その森には年の頃12・3歳の少女が現れ森の奥を指差し消える。そしてその奥には宝があるらしい。というものでした」
「順当に考えれば、罠だよね」
 わざわざ宝がある方向に人を呼ぶなんて、その宝をおとりにして獲物を捕まえる盗賊とか、妖怪とかを思いつき、またも瞬は口を挟む。
「確かにそうかもしれませんが、僕の場合はその少女に興味があったので宝探しに参加しました」
「なるほど。罠でも良かった…と」
「興味の対象が違いますから」
 宝が罠だったとしても、建一の興味はその“罠”を教える少女にあった。だから、その依頼に参加したのだ。
「確かに、安穏とした道ではありませんでした」
 それこそ瞬が罠じゃないか。と口にしたように、
「100体以上のアンデッド、アンデッドドラゴンと戦闘になりました」
 建一はそのまま、アンデッド達を倒し、その先の話をしようとしたのだが、どこか理解に及んでいないような凛華と瞬の視線に気がつき、瞳を瞬かせる。
 シルフェはお茶がたいそうお気に召したのか、ほわほわと何だか幻の花を咲かせて、場になじんでいた。
「あんでっど…と言うと」
 楼蘭の言葉で直したなら、何と言うのかと凛華は問いかける。
「アンデッドとは、不死者の事です」
 アンは否定の言葉であり、デッドは死。
 死の否定。すなわち不死者。
「不死者…」
「死してなお動く者、ですね」
「なるほど」
 楼蘭には死者が何かすると言う事象や術はないのだろう。凛華な納得するようにゆっくりと頷いた。
「それで、どうなったんだい?」
 瞬に先を促されて建一は頷くと、また一同に向けて体勢を整え話始める。
「ええ、アンデッド達を倒したその先に遺跡があり、僕はその遺跡に入りました」
 建一はその遺跡はどんなだったのか、を想像させる間を作るようにして一旦言葉を止める。
 そして、答えを待つ視線に答えるようにして、あの時の事を思い返すような表情で、こう告げた。
「その中は高度な文明を持った宇宙船だったんですよ」
「まあ」
 本日何種類目かの飲茶(何個ではない所がポイント)を口にほお張ったシルフェが、なぜか感嘆の声を上げる。
「わたくし宇宙船と言うものに興味があります」
「宇宙…というからには空を飛ぶ船なのだろうね」
 もしかするとシルフェも本当に海を渡る船が空を飛ぶ様を思い浮かべているかもしれない。
「僕が別の世界から来たと言うならば、宇宙船は別の星から来た……と、言いましょうか」
「大丈夫。分からなくも無い」
 宇宙船の説明を求められるかと思い、どう答えるか考えていた建一だったが、今回はそこまで詳しい説明を求められなかった事にどこかほっとする。
 なにせ、聖都エルザードにさえ宇宙船の情報は殆ど無いと言ってもよかったのだから。
 話を続けても良いか? と、また一同を見回す。そして、建一は頷いてまた話を続けた。
「船は、移民船でした。少女はその船の住人で、そして、死を望んでいました」
 なぜ? と、一同の瞳が建一に集中する。
「いろいろのこと、財宝欲しさに争う人間に……そうでない人間もいましたけど」
 人間の欲など尽きないもので、その欲望に苛まれていたとしたら、死を望んでしまっても仕方が無いかもしれない。
 けれど、一度は悲しげに瞳を落とした建一も、顔を上げると共に晴れやかな笑顔を浮かべる。
「天使像にソーンの加護があり、運良く説得できまして、王女に保護してもらっています」
「エルファリア王女か」
 凛華は懐かしさに目を細める。
「あの少女の元で暮らせるのであれば、さぞ幸せであろう」
「ええ」
 王女を褒められた事が、建一は素直に嬉しく、満足そうに微笑む。
「宝は?」
 円満に終わった話に水をさすように、机に頬杖をついた瞬がパクンと小さな桃饅を口に入れ、それとなく口にする。
「ご想像にお任せ…ということで」
 確かに宝で有名となったのなら、その財宝がどうなったのかが気になるのは当たり前。けれど、建一は宝に興味がなかったのだから、その結果を話してほしいと言うのは間違っている。
「うん、ま、そんな事だろうと思ったけどね」
 けれど、そんな事はお構いなしに瞬は侍女におかわりのお茶を頼んでいた。
「申し訳ないの。建一」
 いくら暇だからと彼を選んだのは間違いだったかと、凛華の眉間がぴくぴくと動く。
「いえ、お構いなく。ほかの人の話も聞きたいので」
「すまぬの」
 微笑で首を振る建一と、苦笑する凛華。
 シルフェはコトリと湯飲みを置く。
「今度はわたくしの番ですね」
 そしてそっと頬に手を当てて、記憶を探るように瞳を虚空に泳がせる。
「そうですねぇ…すぐに思い出せますのは罠でいっぱいの森ですかしら」
「こっちも罠かい」
 建一の話は罠疑惑。そしてシルフェの話は本当に罠話で、どこか噴出すような笑いを浮かべる瞬。
 シルフェは思い出し笑いを浮かべて、
「うふふ、お忍びの双子ちゃんが依頼に来られたんですよ? わたくしうっかり水をこれから出してしまいまして」
 そう言ってシルフェが手にしたのは、首からかけられている自身の聖獣装具マリンオーブ。
「へぇ、それ水を呼べるんだ」
 それは興味深い。と、至極そちらをお気に召したらしい瞬は、もう話はどうでもいいという雰囲気が見て取れる。
「シルフェ、先を聞かせてもらえぬか?」
 それを見越してか凛華がシルフェを促した。
「ゴーレムさんと一緒に他の方にご迷惑をおかけしてしまいました」
「迷惑をかけられるほど、水が出るのかい?」
 マリンオーブの事となると俄然やる気が出たらしい瞬の意気揚々とした問いがシルフェにかけられる。
「はい。そうですねえ、この部屋一杯、一気に水を出すくらいは一瞬で」
 その言葉に小さく呟いたのは凛華。
「それは確かに……」
 迷惑もかけそうだ。
 建一はその間、お茶のお変わりを持ってきた侍女に軽く礼を告げ、新しいお茶を受け取っていた。
 そしてシルフェは話の続きではなく、今度は問いかけるように二人に言葉をはげかける。
「建一様も、凛華様も、小さなお子さんが頑張ってらっしゃるのに邪魔をするなんて駄目だと思いますよね」
 突然話を振られた事に、建一はしばし考えて答える。
「そうですね、頑張っている人の邪魔をする事は良くないと思いますよ」
「けしからん奴が居るものじゃのぉ」
「そうでございましょう?」
 2人の賛同を得てか、シルフェはにっこりと微笑む。
「あれ、私は無視かい?」
「瞬様は聞かなくともなんとなぁく答えが分かる気がしまして」
 そう本当になんとなぁくなのだけれど、この2人根本が何だかどこか似ているのだ。
「じゃ、説明してあげたら?」
 なぜかシルフェの話なのに瞬が仕切っている事に、建一はきょとんと瞳を瞬かせ、凛華はこめかみを押さえる。
 けれどそんな瞬の対応にも動じていないのか、シルフェは2人に向き直ると、にっこりと微笑んでこう告げた。
「わたくし本当は邪魔をしたゴーレムさんに少ぅしお仕置きのつもりだったんです」
 けれど呼んだ水は結局一緒に行ってくれた人達を巻き込んでしまったのだけれど。
「お仕置き…ですか」
 建一がまるで呟くようにポロリと言葉を零す。
「はい」
 返ってきたのはシルフェのいい返事。
「シルフェは少々過激なタイプなのだろうか」
 見た目はシルフェも建一も同じように穏やかな水を称えた様な雰囲気を持っている。
「あら、そう…なのでしょうか。自分ではよく分からないのですけれど」
 そしてきょとんと首をかしげたシルフェに、過激というのとはちょっと違うと凛華は考える。
 そんなやり取りを見て、建一も何か考えるように口元に手を当てる。
(そうか、これを……)
(腹黒…と、言うんでしょうね……)
 ここに来て、凛華と建一の考えが完全に一致した。
 しかしシルフェはそんな2人には気がついていないのか、あっと思い出したように小さく呟いて、その後うふふと笑う。
「そういえば結局、はしゃがれた他の方がいらっしゃいましたのに、そちらにはお仕置きし損ねました」
「「…………」」
 ニコニコと話すシルフェに、建一と凛華はどう表現したものか分からないような、苦笑に近い固まった笑顔で顔を見合わせる。
「今度お会いしたら何か致しましょう」
 そして最後そう口にしてにっこり微笑んだシルフェに、凛華は口元をヒクっとさせながら、
「ほどほどに…な」
 と、小さく告げる。
 これには流石の建一も本当に苦笑するしかなかった。







「でもこちらの衣装は優雅ですねぇ」
 シルフェは凛華が纏うチャイナドレスにも似たような淡い桜色の装束を見て感嘆の声をあげる。
「風が通ると気持ちよさそうです。飾り物美しくて……」
「そうかのう? 普通だと思うのじゃが」
 凛華の頭につけている簪や、服の留めに使われている大きな薔薇のコサージュにほぅっと息を吐く。
「いいえ、わたくしとてもうっとりです」
 どこか頬を赤らめてそう口にしたシルフェに、凛華は笑って答える。
「ならば次は楼蘭の着物を幾つか用意しておこうかの」
「楽しみに致しますね」
 流石にちょっと凛華の服を着てみると言う気にはなれず、自分のために何か用意してくれると言う言葉を楽しみに、シルフェは星稜殿の城門から城下町へと降りた。
「そろそろ、夕飯のお時間ですね」
 取っている宿の夕食の時間を傾いた太陽が教えてくれている。
 シルフェはうきうきとした気持ちで岐路に着いたのだった。









☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【0929】
山本建一――ヤマモトケンイチ(19歳・男性)
アトランティス帰り(天界、芸能)


【2994】
シルフェ(17歳・女性)
水操師


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】槐・向座にご参加ありがとうございました。ライターの紺碧 乃空です。他参照はタブーなので、今回いただいたプレイングから想像を膨らませて執筆させていただきました。
 当方執筆のネタを選んでいただきありがとうございます(笑)。心を無にし、知らない人に話している。という感じが出ていれば幸いに思います。
 それではまた、シルフェ様に出会える事を祈って……