<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


夜と昼の双子 〜安息の地



 山本建一はいつものように天使の広場へと竪琴を手に訪れる。
 ふらり、ふらりと、揺れるフードが目に入り、建一は人を掻き分けてフードの前に出た。
 フード――マーニ・ムンディルファリは、突然目の前に立ちふさがる様にして現れた誰かを怪訝そうに見上げる。
「あなた…は……」
 まるで呟くようにマーニは建一を確認し、
「大丈夫ですか!?」
 そのまま建一の懐に倒れ掛かる。
 抱きとめられた事にはっとして、マーニは建一を両手で押す。けれど、まったく力が篭らずに、まるで建一の服を掴んで今の体勢を保っているようにさえ見える。
「いい……なんでも、ない……」
 明らかに掠れた声に、どこか朦朧とした瞳。
 素人目にも体調がおかしいと見て取れた。
「お医者様に見ていただきましょう。幸い知り合いにいらっしゃいますから」
 心配そうに眉根を寄せて言葉をかけた建一に、マーニははっとしたように瞳を見開く。
「医者は、嫌だ!!」
 熱で殆ど力も出ないだろうに、医者という言葉を聴いた瞬間、マーニは突然建一を突き飛ばした。だが、
「マーニさん!?」
 すぐさま糸が切れた人形のようにがくっとその場に倒れ掛かる。
 建一はマーニを抱きかかえ、その額に手を置けば、かなりの高熱を出していると判断できた。
「仕方ありませんね」
 医者に見てもらえば確実に直りも早いだろうと思うのだけれど、その医者を嫌うというからには何らかの理由があるはずだ。
 けれど腕の中のマーニは、意識は多分朦朧とはしていてもまだ失ってはいない。
 無理に医者へと連れて行こうとすれば、逃げようとして尚更無理をするに違いない。
 建一は小さくため息をついて、マーニを抱き上げると今来た道を戻る。
 女性を自宅へと連れて行くことはお互い年頃の年齢であるわけだしどうかと思われるが、マーニの泊まっている宿は分からないし、かといって今から探すわけにもいかない。そう考え、建一はマーニを自宅まで連れてきた。
 簡素ではあるが清潔感漂うベッドにマーニを寝かせ、建一はそっと部屋を出る。
 本当は診察してもらった方がいいのだけれど、それはきっと無理だろうから、薬だけでも用意しようと建一は急いで知り合いの診療所に走った。
 普段取り乱す事があまりない建一が、全力疾走で診療所に訪れた事に、ここの主である女医は驚きに目を見開いた。
 建一は手短にマーニの事を――医者を拒否して連れてこなかったことも含めて――女医に話し、知り合いという事もあってか、本当は症状にあわせた薬を飲ませたほうがいい。と念を押されつつ手渡された薬に、建一は大きく頭を下げた。
 帰り道、ふと建一の中に不安が過ぎる。
 もし、家を空けている間に居なくなってはいないだろうか。
 けれど自宅に戻り、部屋で眠っているマーニを見て、建一はどこかほっとした。
「飲んでください」
 胃に何も入れなくても飲める薬を、マーニをそっと抱き起こして水差しで口に流し込む。
 コクコクと喉が鳴る音にほっとして、建一はゆっくりとマーニの頭を枕に戻した。
 まだ、信頼してくれているのか、意識がはっきりとしていないのか、建一には分からない。けれど、自分が彼女の力になりたいと思ったことは事実。
「また、お人好しと言われてしまうかもしれませんね」
 薬が効いてきたのか、少しだけ呼吸が穏やかになったマーニを見て、建一は苦笑する。
 そして建一は一度部屋から出ると、洗面器に氷水とタオルを持って戻ってきた。
 ぎゅっとタオルを絞り、その額に置く。
 ひんやりとしたタオルが心地よいのか、マーニの顔が少しだけ穏やかになったような気がした。
 けれど、それもタオルが温くなってくると元に戻ってしまう。
 氷は時間が経てば溶けてしまう。
 建一はタオルを代え、氷水を代え、看病をするという事は本当に大変なのだと実感した。
「優しく、しな……で………」
 突然、苦痛に顔をゆがめ、息を荒くしながら彼女が呟く。
「あなたを……失…た……ない………」
 寝言なのだろう。建一が絞ったタオルを手にベッドに近づいても気がついた様子がない。
 ところどころ途切れた言葉ではあったけれど、読み取れないわけではない。

『優しくしないで。あなたを失いたくない』

 マーニに優しくする事で、どうして自分が失われてしまうのか。それが建一には分からない。けれど、この言葉に彼女が今まで孤独を共にして生きてきた理由があることだけは分かった。
 彼女に今まで何があったのかは知る由もないけれど、きっと辛い旅をしてきたに違いない。
 そうして、建一は顔色がだいぶ良くなってきたマーニを見て安堵の息を漏らす。
「無理をしていたんですね」
 毎日気を張り詰めて生きていたのだろう。誰にも頼れない不安に、体まで影響されていたらしい。
 彼女に必要だったのは、きっと安心して眠れる場所。
 今では心地よい寝息を立てている。
 建一はすっかり温くなった水とタオルを片付けるため、一度部屋を出ると、目覚めたときに食べられるようにと建一はスープを作り始める。
 コトコト。コトコトと揺れる鍋が、建一の鼻腔をくすぐる。
 窓から見る空は淡い紺に彩られ、遠くの大地に太陽の残り火を残すのみ。
「すっかり日が暮れてしまいましたね」
 スープの煮込み具合も程よいくらいに出来上がってきていた。

 ガタ……

 マーニを休ませている部屋から聞こえたかすかな音。
 建一はきっとマーニが起きたのだろうと予想して、作ったスープをお盆に乗せて部屋へと戻る。
「消化に良いスープを―――」
 建一の言葉が止まる。
 スコールが。
 マーニがとても大切にしているあの大きな銀狼が、マーニと共に不可思議な光を発している。
 違う。
 吸い取っているのだ。何かを。
 光がマーニから銀狼に移動していくにつれて、銀狼の姿は徐々に小さくなり、マーニの姿も変わっていく。
 そして―――
 ベッドの上に丸まっている小さな仔狼と、気だるそうに起き上がった青年。
「マーニ…さん……?」
 建一の呟きに、青年がゆっくりと視線を移動させる。
「どうして、おまえが妹の名を?」
 それにここは何処だ? と、部屋の中をきょろきょろと見回し、まだ少しだるいらしい頭を抱える。
 マーニは言っていた。兄がいると。
 もしかしたら彼が―――?
「マーニさんの、お兄さん…ですか?」
 建一は恐る恐る尋ねる。
「ああ」
 同じ体を夜と昼で共有している双子。
「マーニと何処で会った?」
「え?」
 この人は知らないのか、自分とマーニが一つの体を共有しているということを。そして、夜か昼しか動けないということを。
 時間はもう、日の入り過ぎ。
 ソールと名乗った青年は、建一をまっすぐに見据える。
 建一は動揺を必死に隠した笑顔でマーニのために用意したスープをベッドサイドに置き、逃げるように部屋から出る。

 そして……そっと、ベッドの上で小さな双眸が建一を貫いていた。
 まるで獲物を見つけたかのように―――








☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【0929】
山本建一――ヤマモトケンイチ(19歳・男性)
アトランティス帰り(天界、芸能)

【NPC】
マーニ・ムンディルファリ(17歳・女性)
旅人


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 夜と昼の双子にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。
 なんとなく秘密はご想像していたものの通りだったと思いますが、狼が変身するわけではないです。種明かしの推論も立ててみるのも面白いかもしれませんが、これは推理系のものではないので、もし何か予想を立てておられるようでしたら、推論は今後の話には一切必要ありませんので、メールででもこっそり教えてください(笑)
 それではまた、建一様の出会える事を祈って……