<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


夜と昼の双子 〜希望と絶望の比例



 国盗・護狼丸はキョロキョロと瞳を動かしながら天使の広場へと足を踏み入れた。
「お?」
 そして見知ったフードを見つけ一瞬表情を明るくする。
 しかし、昨日の出来事が頭の中に蘇り、一瞬だけ顔に影を落とす。
 けれど、護狼丸は気合を入れるようにパンッ! と自らの頬を叩くと、フード――マーニ・ムンディルファリに近づいた。
「よう」
 何事も無かったかのように平生を装って、護狼丸はマーニに片手を挙げて声をかける。
 マーニはゆっくりと振り返り、声の主を確認するや、小さく呟いた。
「ごろう…ま、る……か………」
 一瞬、ドキリと護狼丸の心臓がはねたような気がした。けれど、それを確かめる前に、
「……て、おい!」
 護狼丸の腕の中にマーニが倒れこむ。
「何でも…ない……」
 マーニはふらついた足に力をこめてその場に立つ。けれど、護狼丸は支えた掌から通常ではありえない熱さを感じ取る。
「熱い……?」
 マーニは護狼丸から離れようと手を伸ばすが、一人で立っている事さえ辛いのか、服にしがみ付くような状態になってしまっている。
「なんで倒れるまで放って……ああ、いや、今はそんな場合じゃなくて……」
 護狼丸は片手でマーニを支えつつ、開いた手で自らの頭を覚醒させるようにぐしゃぐしゃと髪をかき回す。
「医者だ、医者!」
 病気のときは医者に見せればすぐ直る。その考えに行き着き護狼丸が宣言した瞬間、
「医者は、嫌だ!!」
 マーニはどこにそんな体力が残っていたのか分からないような力で、護狼丸を突き飛ばす。
「マーニ!?」
 けれど、マーニはまるで糸が切れた人形にようにがくっと膝を折り、その場に倒れこむ。
 医者はダメとなるとどうすればいいのか、護狼丸はとりあえず彼女が安静に眠れる場所を確保するため、辺りをキョロキョロと見回す。
 そして、手近な宿屋を見つけ、そこに転がり込んだ。
 宿屋の主人はとてもいい人で、マーニの様子を悟るなり水差しと共に解熱剤を用意してくれた。
 護狼丸はそっと寝かせたマーニを抱き起こし、水差しで水と一緒に薬を口に注ぎ込む。
 普段であればきっと盛大に拒否されているのかもしれないけれど、今日は本当に弱っているらしく、素直に薬を飲み込んだ。
「氷枕と、はい、氷水が入った洗面器にタオル」
「ありがとうございます」
 部屋まで運んでくれたご主人に頭を下げ、護狼丸はやっと心地よさそうな寝息に変わり始めたマーニの頭をそっと持ち上げ氷枕を忍ばせると、氷水が入った洗面器にタオルを浸し、ぎゅっと絞ってその額に乗せる。
 いつ目を覚ますだろうか、もし、このまま目を覚まさなかったら?
 そんな護狼丸の心配も杞憂に終わり、マーニは程なくして目を覚ました。
「なぁ、今回は聞いてもいいか?」
 目を覚ましたらきっとお腹を空かせているだろうから、と、ご主人が用意してくれたスープを運んで、護狼丸は定位置となったベッドサイドの椅子へと腰をおろして問いかける。
「なんでそんなに、人を遠ざけるんだ? 信用できないっていうわけじゃあ、なさそうだよな?」
 そんな護狼丸の真剣な眼差しに、マーニは一瞬びくっとして逃げるように視線を逸らす。
「……あれか? 咎人がどうとかっていう」
 マーニがぎゅっとシーツを握り締めたのが見て、護狼丸はできるだけ穏やかな口調で言葉を募る。
「……俺はマーニが何を背負って生きてきたか、知らない。過去の上に現在がある。それはわかっているけど、現在は過去のためにあるわけじゃないだろう?」
 答えを問うように自分に向けられた視線に、マーニの瞳はただ揺れるだけ。
「過去が現在を犠牲にしているっていうなら、俺は過去から守りたいと思う」
 言いたい事は言っておかなければ、いつ言えなくなるか分からない。護狼丸はそこまで口にして、照れるようにちょっとひょうきんな口調で続ける。
「あ、価値がないとか、どうしてだとか聞くのなしな」
「どうして…」
 さっき言ったばかりなのに、それでも問うマーニに、護狼丸は苦笑を浮かべる。
「どうしてはなしだって言っただろ? 俺にだってどうしてかなんて、わからない」
「あんなに酷い事言ったのに、どうしてあたしに構うんだ」
 マーニの瞳には信じられないといった色が浮かんでいる。
 だが、護狼丸はその言葉を聞くや、にっと笑った。
「やっと本性見せたな。でも、俺にだって本当にわからないんだ」
 けれど、その笑いも一瞬の事で、すぐさまその表情は微かな笑みに変わる。
「ただ、放ってほけないほどには、マーニは大きいんだよ」
「ダメ」
 マーニは弱々しい声でゆっくりと首を振る。
「止めて! これ以上あたしに関わらないで」
 そして頭を抱えてベッドの上に崩れ落ちる。
「あなたを失いたくない……」
 くぐもった声で、マーニは小さく呟く。そして、泣きそうな瞳で顔を上げ、護狼丸の服を掴み叫んだ。
「あたし、あなたを失いたくない!」
 突然の事に、護狼丸は一瞬マーニが何を言ったのか理解ができずにその場で固まる。
 マーニはぐっと唇をかみ締めると護狼丸を突き飛ばして、ベッドから飛ぶように部屋から走り出る。
「マーニ!」
 はっと我に返った護狼丸は、彼女を追うように急いで廊下に滑り出る。
 けれど、熱が引き、精神的な回復を果たしていても、体力は殆ど回復していなかったのだろう、マーニは廊下に倒れていた。
「ご主人に怒られちまうな……」
 折角良くなったのに無理させて! なんて……
 護狼丸は意識を失っている彼女を抱え、部屋へと戻る。
 そっと布団をかけてやり、ベッドサイドの椅子にまた腰掛けた。
「失う……」
 護狼丸はマーニが言った言葉の意味を考える。導き出される結論は、彼女に優しくした人は皆失われているという事。
 けれど、なぜ―――? 柄にもなく難しい事を考えてしまった護狼丸は、そのままうつらうつら夢へと誘われていった。
 夜になっているはずなのに、場違いな明るさに護狼丸はふっと目を開ける。
「って、俺寝ちまったのか」
 護狼丸は一人そんな事を呟いて、マーニは起きただろうかと視線を移動させようとして、はっとした。
 明るさはマーニが寝ているベッドから発せられている。
 ばっとベッドへと顔を向ければ、マーニが家族だと言っていた銀狼が不思議な色で輝いていた。
 同じように、眠るマーニも不思議な色で輝き始める。
 護狼丸は蹈鞴を踏み、座っていた椅子がガタッと倒れた。
 マーニを包むその色は、徐々に銀狼に吸い込まれていっているように見える。
 色が移動すると共に銀狼は徐々に小さくなり、光がマーニを包み、その輪郭を変えていく。
「何が…起こってんだ……」
 光が止むと共に、マーニが寝ていたはずのベッドには、見知らぬ青年と、仔狼がまるまっていた。
「マーニはどうなったんだ!?」
 護狼丸は思わず叫ぶ。
 青年はゆっくりと護狼丸のほうへ振り返る。
「おまえがどうして妹の名を知っている」
「何?」
 双子は知らない。自分達が一つの体を共有しているということを。そして、夜か昼しか動けないということを。

 時間は日の入り過ぎ。

 彼の横、ベッドの上で、小さな双眸が護狼丸を貫いた。
 まるで獲物を見つけたかのように――――








☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3376】
国盗・護狼丸――クニトリ・ゴロウマル(18歳・男性)
異界職【天下の大泥棒(修行中)】

【NPC】
マーニ・ムンディルファリ(17歳・女性)
旅人


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 夜と昼の双子にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。
 少しだけ言い過ぎたかもしれないとちょっと心配しておりました(笑)
 今回のお話にて今までマーニが冷たくしていた謎が全て解けてしまいました。後は事象を解決するだけとなっております。
 それではまた、護狼丸様に出会える事を祈って……