<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


夜と昼の双子 〜青い鳥は何処へ逃げた



 山本建一は考えた。何故マーニ・ムンディルファリの姿が無くなり、ソール・ムンディルファリと名乗る彼女の兄が現れたのか。
 そして、部屋を出るときに感じた建一を射抜くような視線。
 あれは一体なんだったのか。
 あの視線の気配を思い浮かべると、何故だか背筋が凍るように寒い。
 建一は言い知れない、けれど言葉にも感情にもまだならないような恐怖に襲われる。
 ただ、本能のように服の下にプラチナメイルを着込み、再度マーニが寝ていたはずの扉の前に立ち、深く、そしてゆっくりと深呼吸をした。
「気分は、いかがですか?」
 あまりに予想していなかった展開に一度は逃げてしまった建一だったが、深呼吸と共に落ち着きを取り戻しソールが座る扉を開けた。
「…………」
 ソールはただじっと部屋の入り口に立つ建一を見る。
 何故だがばつが悪いような、体裁が悪いような気分で、建一は瞳をぱちくりとさえながらも、勤めて笑顔を浮かべる。
「食べてくださって良かったんですよ」
 それはベッドサイドですっかり冷めてしまったスープ。
 マーニの兄であるならば、もてなす理由がある。
「暖め直しますね」
 と、スープが残ったままの皿を持ち上げて、建一は部屋から出て行こうとした。
「……おまえ、マーニを知っていたよな」
 そこへ、ソールの言葉がかかる。
「はい」
 何も隠す必要は無い。
 彼がマーニの兄であるならば、ソールには彼女の事を聞く権利がある。
 なぜ、お互いが夜と昼で分かれてしまっている事を知らないのか、という疑問は尽きないが、問われているならば答えるのが筋だ。
 建一は手に取ったトレイをベッドサイドに戻し、ぎぃっと椅子を引く。
 そして、そこに静かに腰掛けるとソールの瞳を真正面から見据えた。
「マーニさんとは、此処、聖都エルザードでお会いしました」
 真昼間でありながら、あまり人が通らない路地で絡まれていたところを助けたのだと話す。
 ソールは建一が告げた“此処”という言葉をかみ締め、少しだけ瞳が揺れたようだった。
 似ている。とは言いがたいような気もするけれど、マーニの瞳と髪が昼を表す青空と太陽ならば、ソールの姿はまるで夜を表しているかのような濃紺の空と月。
「次に出会ったのは、天使の広場です」
 昼間の天使の広場は思った以上に人が多く、往来も激しい。
 そんな中であるのに、マーニは本当にたった独りで噴水の端に腰掛けていた。
 話しかけてもどこかそっけなく、自ら選んで独りになろうとしているような、そんな雰囲気で。
 建一はそれが放っておけなくて、話しかけた。それが二度目。
「少し、待っていてください」
 建一はソールにそう告げると、別の部屋に置いてあった竪琴を手に部屋に戻ってきた。
 そして、あの時歌った唄を、ソールに向けてもう一度歌う。
「……月の調べ、か…」
 ソールは小さく呟く。
 マーニと同じくソールもこの唄を知っていた。
「ええ、マーニさんはこの唄をお兄さん――あなたの唄だと言っていました」
 何か、手がかりにならないかと胸の内で思いながら言葉をかけるが、
「…そうか」
 ソールはその一言を小さく呟いただけだった。
 建一は一人考え込むように俯いているソールの姿を見て、躊躇いながらも問いかけた。
「マーニさんは、どうなったのでしょう」
 建一の問いかけに、ソールは怪訝そうな瞳を浮かべる。
「……日の入りと共に、マーニさんの姿が、あなたに変わったのです」
「なっ…!?」
 ソールはその場で瞳を大きくする。けれどすぐさまに冷静さを取り戻して小さく呟いた。
「…俺が、マーニから……?」
 そして傍らで眠る仔狼を見つめる。
「銀狼から仔狼に……普通はないですよね」
 そう、建一の目の前で、マーニと銀狼は、ソールと仔狼に変化したのだ。
 一人と一匹は連動している。
 けれど、どんな風に、どうやって?
 建一は薄く唇をかみしめ、眉根を寄せる。
「呪いは……」
 そして、ソールは小さく呟いた。
 名前の通り、マーニは昼に、ソールは夜にだけ、動けるのではなかったのか。と―――
「呪い…?」
 確かに呪いと言ってしまってもいいだろう。
 こんな事普通ではありえないのだから。
「幼い頃、俺達は呪いにかけられ、そしてハティを与えられた」
 大切な者だと言われて。
 ソールは傍らの仔狼の背をそっと撫でる。
「だから、俺は、マーニがハティに変えられたのだと思っていた」
 けれど事実は違った。建一が告げたように、自分がマーニに、いや―――建一から言わせれば、マーニが自分に変化してしまったのだ。
 ソールは真正面から建一を見据える。
「おまえ、マーニが大切か?」
「はい」
 にべも無く建一は答える。
 マーニの小さな頃の性格を思い出せば、建一を助けるために、自分が嫌われる道を選ぶだろう。自分が、捨てるのとは違って。
「……忠告だ」
 ソールの言葉は氷のように冷えていた。
「俺達には関わるな」
「どうしてですか?」
 たった今、大切かと聞いたのに!
 建一は思わず椅子から立ち上がりソールに問いかける。
「死にたくないだろう?」
「死……?」
「ああ」
「そう…か……」
 建一は今やっとあのマーニの寝言を思い出した。
『失いたくない』
 あの言葉は建一が予想したように、マーニに関われば自分が失われて――すなわち、死んでしまうという事を指していたのだ。
「辛かったのですね……」
 自分に関わってきた人達が次々と死んでいく様を何度も見ていれば、確かに人を遠ざけるようになるのも納得できる。
「俺とマーニは同じ呪いを受けている。俺はマーニを泣かせたくない」
 ソールはいつに無く強い意志を秘めたような瞳で、建一を見つめた。
「分かったな?」
 念を押すように詰め寄り、世話になった。と、仔狼を抱きしめ、そのまま部屋から出て行こうと、建一の横を行過ぎる。
「それでは、誰も救えません」
 同じ呪いならば、この青年も、今までマーニと同じ経験をしてきているはずである。
 ソールがゆっくりと振り返った。
「ソール…さん……?」
 どこか諦めたような表情のソールを見て気がついた。
 呪いの影響を受けさせないよう、彼らは自分達を傷つけていたことに。
「一緒に探しましょう?」
 呪いを解く方法を。
 何も手がかりが無いわけじゃない。ちゃんと『呪い』だと解っているだけまだ方法があると思った。
 けれどソールはふっと建一から視線を外し、そのまま歩き出す。
「ソールさん!」
 呼びかけても、ソールは振り返らなかった。








☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【0929】
山本建一――ヤマモトケンイチ(19歳・男性)
アトランティス帰り(天界、芸能)

【NPC】
ソール・ムンディルファリ(17歳・男性)
旅人


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 夜と昼の双子にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。
 第四話にてパートナーが逆であるのは、大切であればこそ告げたくない真実もある。という事情からです。もう1つ理由もあるのですが、ネタバレになりますので最終話で、と言うことで。
 建一様には彼らの中での呪いと現実との違いを知り、呪いを解きたいと思う決意を固めていただく話となりました。
 それではまた、建一様に出会える事を祈って……