<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『ファムルの診療所〜お見舞い〜』

 広場の一角は草で覆われている。
 掻き分けながら進んでいくと、途中から刃物で切り裂いたように草が切れている。
 草刈をしたわけではないだろう。こんな切り方ではまたすぐに雑草が生い茂ってしまう。
 しかしお陰で、目的の場所を目視することができるようになった。
 診療所の看板、古びた外観。確かにここのようだが、富豪の1人息子である少年……ダラン・ローデスがこのような場所に通っているとは一体どういうことだろう。
 ここの診療所、主人の性格に問題はあるものの、薬の調合技術は確かなものだという。
 あの時の傷、相当悪いのだろうか……。
 多少不安に駆られながら、蒼柳・凪は診療所の方へと進んだ――その時。
 診療所のドアが開き、2人の男性が現れた。
 1人はここの主、ファムル・ディートだ。
 そして、もう1人にも見覚えがある……見覚えがあるというか、友人の虎王丸ではないか!
「虎王丸!?」
 名を呼び、凪は足早に近付く、
「な、凪? 何でこんなところにいるんだよ!?」
 虎王丸は大袈裟なほど驚き、自らの道具袋に触れた。
「お前もダランの見舞いに来たのか?」
「だれが、あんなヤツ」
 虎王丸は、ファムルの耳を引っ張り、ファムルに何かを囁いた。
 ファムルは虎王丸の言葉に頷く。
 会話を終えると、笑みを浮かべながら、虎王丸は凪の側に歩み寄る。
「ちょっと傷薬がきれちまってな。この店評判がいいって聞いて、買いにきたんだ。じゃ、俺帰るから〜」
 虎王丸は凪の肩を軽く叩くと、そそくさと立ち去ってしまった。
「あいつ……何しに来たんだ?」
「冒険に必要な薬を買いに来ただけさ。あんたは何しに来たんだ? 言っておくが、この間の礼の請求なら払えるものはない。薬草を買い取る金もありゃしないぞ」
「いや、そういう用事じゃないんだ。……ダラン、ここにいるんだろ?」
 凪の言葉に、やっぱり客じゃないのかとため息をついた後、ファムルはドアを開き凪を診療所に通した。

 ダラン・ローデスは研究室にいた。
 奇妙な液体の入った水槽に寄りかかり、座っていた。何をするわけでもなく。
 彼らしくないその様子が気になり、凪は控え目に声をかけた。
「ダラン?」
 振り向いたダランに、いつもの明るい表情が戻っていく。
「凪!」
 しかし、すぐに叱られた子供のような弱気な顔に戻る。
「……虎王丸は?」
「虎王丸なら、帰った。別に約束していたわけじゃないから。何かあったのか?」
 気遣いながら、ダランの側に近付く。
 数日前に火傷を負った利き手には、包帯が巻かれていなかった。どうやら無事完治したようだ。
「あー、うん。別に大したことじゃ……」
 ダランは目を逸らして、膝を抱え込んだ。
「なんだよ」
 優しい口調で言って、ダランの隣に腰掛ける。
 体の傷じゃないのなら、心の傷が芳しくないのだろうか。
「まだ……怒ってるというか……いや、当然なんだろうけどさ。だけど、ちゃんと話くらいしてくれないと、伝えたいことも伝えられない……」
 相当冷たい態度をとられたらしい。
 そんな時でも、虎王丸のようなタイプの男とは、それなりの付き合い方があるのだが、付き合いの浅いダランにはまだよくわからないのだろう。
 何よりも、ダラン自身がこの間のことについては、深く傷ついているのだから無理もない。
「気にするなよ。ダランが成長して見返してやればいい」
「うん……。あ、あのさ、俺、魔術の勉強始めたんだっ。魔法が上手く使えるようになれば、見返せるか?」
「本当に始めたのか! だったら、逆に術の実験に虎王丸を使ってやればいい」
 さきほど様子からして、虎王丸はなんだか妙なことを考えていそうだ。灸を据える意味でも、良い機会かもしれない。
「そっか」
 言ってダランは笑みを見せた。
 ……いつもの明るい笑みだった。
 凪はほっと胸を撫で下ろす。ダランには笑顔が合っている。
 悪戯は勘弁願いたいが、この顔はいつも保っていてほしいものだ。
「で、魔術の勉強ってどんな?」
「まだ基礎の基礎。精神集中とかやってるところ。でも、じーっと呪文唱えたり、じーっと頭の中でイメージを膨らませたりするのって、ホント苦手で。体がうずうずして、こう『わーーーーーっ!』と叫びたくなっちまう」
「ははは。だろうなー」
 ダランに直立不動の精神集中は合っていない。
 どちらかといえば、この間貸した神機のような武器の扱いが向いているかもしれない。
 しかし武器を扱う技術はまた別の技術になり、今の段階で平行して習うのは時期早だろう。
「苦労して呪文を覚えても、ダランの性格だと実戦では慌てて忘れたりとか、手順を間違えたりすることが特に多そうだよな。予め作成の魔術を使っておき、有事の際には念じるだけの呪符等の系統も知っておいた方がいい」
「呪符……あんまりこの辺りじゃ聞かないよな。超常魔術師の分野かな〜。スペルカードとか。それってば、結構勉強が必要なんだよな。うぐっ……」
 それならば……。
 凪は少し考えて言った。
「ダラン、舞術覚えてみるか?」
「舞術って何?」
 そういえば、ダランには見せたことがない。
 凪は立ち上がり、軽く舞って見せる。時間にして十数秒。
 物が溢れた狭い空間な為、大した動きはできなかったが、ダランは深く感心したらしく、口をあけて惚けている。
「そ、それ踊りだろ? 魔術なのか……!?」
 頷きながら、凪は再びダランの隣に腰掛ける。
「呪文じゃなく、舞で発動する術だ。教えてもいいぞ」
「む……無理無理無理無理。外見的に俺には無ー理ー!」
「が、外見的にって」
 ダランの言葉に、思わず噴き出してしまう。
「凪は、すげー合ってたし、綺麗だったけどさ、俺は体も貧弱だし、容姿は派手だけど華がないし。なんか、どこかの不思議な踊りみたいになっちまうよ〜〜〜」
 顔を抱えて照れている様子がとても可笑しい。
「外見の問題じゃないとはいえ……。こういうのは、却って小柄な方が似合うものだ。例えば……そう、虎王丸が戦士風の姿で舞ったら、似合わないだろ」
「……う、うん。似合わない。見たくない!」
 言い切るダランと一緒に笑い合う。
「じゃ、じゃあさ、今の魔術基礎の授業料と同じだけ払うから、教えてくれよ〜。身につくかどうかわかんねぇけど……」
「金なんていらないさ」
 当然のように言った言葉に、ダランは怪訝そうな顔をした。
「じゃあ、何を払えばいいんだ?」
「別に対価を求めているわけじゃ……」
 単純に、ダランに教えてもいいと思ったから、凪はそう言っただけで、講師になり授業料を貰おうだとか、そういった意味での自分の得は全く考えていないのだが。
「何もいらない。覚えたいのなら、教えてやる。それだけだ」
「そっか……。ありがと、凪」
 言って、ダランは再び顔を覆った。
「あーーーー、こういうのって苦手だ! 金払うから教えろー、金払うからやれって命令した方が楽なのに! いや、金払うのは親父だけどさ〜。何でお前は――」
「嫌なのか?」
「違っ」
 顔を上げて凪を見て、ダランは呟くように続けた。
「ただ、よくわかんないだけで。凪がここに来た理由とか、金いらないとかいう理由とか。全く得はないのに、何で俺を構ってくれるのか……わかんないけど」
“嬉しいんだ”
 最後の言葉は凪の耳に微かに届いた程度だった。
「おい、そろそろ研究再開するぞ。金も入ったことだし、新薬の研究でも始めるか〜。ダランは今日散らけた分、片付けていけよ」
 ファムルが研究室に現れる。今日はもう、診療所を閉めたらしい。
「それじゃ、またな、ダラン」
 凪は照れて俯いているダランを軽く叩いて、立ち上がる。
「う、うん。教えてくれる時は、食事くらいご馳走させてくれよな!」
 頷いて、凪は研究室を後にする。
 外は室内よりも幾分涼しい。
 しかし、空気は未だ生暖かい。
 草の匂いが一帯に充満している。
「凪〜!」
 窓から大袈裟に手を振るダランに手をあげて答え、凪は帰路につく。
 何だか手のかかる弟ができた気分だった。
 成長が楽しみに思えた。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

川岸です。ようこそファムルの診療所へ!
ダランのお見舞いありがとうございました!!
ダランは今日、ショックと喜び、両方を強く感じたことでしょう〜。