<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


夜と昼の双子 〜音が生む光の下で



 僕は夢を見る。
 彼女の秘密を知ってから。
 あの呪いを知ってから。
 夜ベッドの中。
 昼白昼夢。

 彼女が虚ろな瞳で水が滴るナイフを手に佇む姿。
 そして地面には、床には、横たわる自分。

 水は血。
 獣の舌なめずりが聞こえる。
 僕は、その場で立ち尽くす。
 黒い影の奥、光る二つの双眸を―――見た。





 フラフラ。
 フラフラと。おぼつかない足取りで山本建一は路地を歩いていた。
 フラッシュバック。
 夢が、まぶたの裏、脳裏に蘇る。
 建一は思わず頭を抱えてその場に立ち尽くした。
 あの夢を見てから建一の中でどうしても不安を拭う事ができず、何が起こってもいいようにプラチナメイルをその服の下に装備して最近は街を歩いていた。
「ケンイチ」
 名を呼ばれ建一は足を止める。
「マーニさ……」
 その声に微かに安堵の笑みを浮かべて振り返った。けれど、その微笑みは一気に凍りつく。
 ぞくっ……と、背筋を駆け抜ける悪寒。
 瞳に移ったマーニ・ムンディルファリの顔に、浮かんでいる笑顔。
 けれど、その微笑は妖しさを含み、普段のマーニを思い返してみれば、ありえない笑顔。
「会イタカッタ」
 マーニは建一の下へと駆け寄り、その胸元に飛び込む。
「すこーるガ、オ腹ヲ空カセテイルノ」
 そして建一を見上げてにやりと笑った。
「あ…かはっ……!」
 胸元が熱い。
 建一は胸を押さえてその場に膝を着く。刺されたような感覚に胸元に視線を下ろすも、何の変化も無い。
「マー…ニ、さ……?」
 見上げたマーニの手に握られた一振りの短剣。
 もしかしてそれで刺されたのかと考えるが、胸元がただ鈍く熱いだけで、なんら傷跡は見受けられない。
「イツマデ、持ツダロウカ」
 凍えるほどに冷たい眼差しで微笑むマーニが、建一を見下ろして呟く。
 建一は困惑の瞳でその眼差しを受け止めた。
 すっと、マーニが動く。
「防イジャイケナイヨ」
 思わず愛用の杖でマーニの短剣を受け止めた建一。
 最初の一撃が響いているのか、自分の動作が鈍くなっているのが分かる。
 その度に避けそこなった短剣が建一を掠めていく。
「マーニさん!」
 建一は呼びかける。けれど、マーニはあの冷たい笑いで短剣を振るうのみ。
「肉体ノ苦痛ナド人ニトッテ微々タルものダロウ?」
 だから、心に直接攻撃を加えた方が、面白い。
「精神ノ崩壊ハ肉体ニ及ビ魂ハ開放サレルノダ」
 今短剣を振りかざしているのは、マーニじゃ…ない。
「マーニさん! 目を…覚ましてください」
 建一は必死に呼びかける。ここで自分がやられてしまったら、彼女を悲しませ、また、孤独にしてしまうから。
(それだけは…!)
 何としても避けなければ!
「我ガ囮ハ、夢ノ中ダ」
 安心シテ眠ルガイイ。
 スコールの一撃が、建一を貫いた。





 気がつけば建一は見知らぬ場所に立っていた。
 いや、見知らぬ、と言うのは御幣がある。ここは、あの夢を見るようになってからいつも訪れていた場所。

ポ――――ン――……

『寂しい。寂しい』
 少女が一人、蹲って泣いている。

ポ――――ン――……

『悲しい。悲しい』
 また別の少女が立ち尽くし涙を拭っていた。

ポ――――ン――……

『傍にいて。傍にいて』
 足元、少女が涙に濡れた顔で建一を見上げる。

ポ――――ン――……

『寄るな。寄るな』
 建一から一番遠く。
 音と共に現れる光の下で、建一に背を向けている少女。
 あの子も、泣いているのだろうか。
 それが気に掛かり建一はフラフラと最後の少女の元へと歩み寄る。
 真正面から彼女を見下ろせば、何かを必死に堪えるように強張った表情を浮かべていた。
 この場所にいる少女達は皆泣き崩れているのに、何故この少女だけがこんなにも何かを堪えるような表情をしているのか。
『強がる必要はないんですよ』
 少女は顔を上げる。
『泣きたい時は、泣いてください』
 建一はそっと少女を抱きしめる。
『マーニさん』
 少女ははっとして唇をかみ締める。そして、建一の腕の中、大声を上げて泣き出した。





 銀狼は待っていた。
 幾度にも傷つけた自らの力で作り出した刃によって建一の精神が死に、その余波で肉体が内側から破裂するのを。
『なかなか強情な奴だな』
 ふらり。と、光をなくした瞳で立ち尽くすマーニに、銀狼はすっと一瞥をくれる。その瞬間、マーニはおぼつかない足取りで倒れている建一の下へと歩み寄り、その傍らに膝をついて両手で短剣を振り上げ、力のまま振り下ろした。
 その瞬間。
「僕は―――」
 振り下ろされたマーニの短剣を止める、手。
「諦めが悪いんです」
 建一の胸元で輝く小さな光がマーニの元へ吸い込まれていく。
 銀狼はそれに気がつき小さく舌打ちすると、まるで掌を返したかのように優しい声を発した。
『マーニ。戻っておいで、マーニ』
 その声は、建一が一度だけ出合ったマーニの兄、ソールと同じ声。
「兄…さん……?」
 今だ、どこか呆けているような、虚空を見つめる表情で、マーニはふらりと立ち上がる。
 けれど、マーニはちゃんと元のマーニに戻っているようだった。
「マーニさん」
 建一は歩き出したマーニの手を掴み、その歩みを止める。
「建、一…?」
 マーニはゆっくりと振り返りその名を呼ぶも、その瞳に建一は映っていなかった。
「兄さんが、呼んでるから……行かなくちゃ」
 するり。と、建一の手から腕を引き、マーニは歩く。
「ソールさんじゃありません!」
 あと少しで逃がしてしまいそうだったマーニの腕をぐっと掴んで、建一は自分の方へと思いっきり引くと、バランスを失ったマーニをそのまま後ろから抱きしめた。
『おいで、マーニ。おいで』
 銀狼は言い募る。ソールの声音を使って。
「放…して……!」
 建一の腕の中でマーニがもがく。
「マーニさんとソールさんは同じなんです!」
 建一が叫ぶ。
「あたしと…兄さんが……同じ?」
 この事実に気がついたのはマーニではなくソール。
 マーニの瞳に、光が、戻り始めていた。
『そいつが騙してるんだ。マーニ。兄さんを信じてくれ』
「違います!」
 声を荒げる事などめったにしない建一の叫びが響く。
「狼は、ソールさんじゃありません!」
 ソールさんは、あなたの中に居ます!
 建一の叫びに、マーニの顔が苦渋に歪む。マーニの瞳には、光が戻っていた。
「分からない…分からないよ……!」
 マーニは建一を振りほどき、ゆっくりと首を振って数歩建一から遠ざかる。
『マーニ! そいつは兄さんとおまえを引き離そうとしているんだぞ!?』
 それでもいいのか!
 と、銀狼が叫ぶ。
「やだ…そんなのやだ……」
 マーニは頭を抱えて、激しく振る。その仕草に銀狼がにやりと笑った気がした。
『なら、消せばいい』
 その男を。
 銀狼の言葉にマーニの体がびくっと震えた。今にも落としてしまいそうなほど曖昧に握られていた短剣の柄を、ぐっと握り直す。
「マーニさん…?」
 マーニはゆらりと視線を建一に向ける。そして、短剣を構え走り出した。

























 マーニがゆっくりと地面に膝をつく。仰け反らせた背中は、凶爪の反動によるもの。
「本当は……最初からこうすれば良かったんだ」
 涙の筋が空へ昇っていく。

―――ドサ………

 マーニがその場に倒れた瞬間、建一は呪縛が解かれたかのように走り出し、その体を抱き起こした。
「マーニさん!」
 建一の手には生暖かい感触とぬめり。
『お…のれ……!』
 マーニを一撃の下にひれ伏した側の銀狼が、忌々しげに声を絞り出す。建一はマーニをその手で庇いながら銀狼に視線を向けた。
『小娘…がぁ……』
 マーニの手にはあの短剣がない。
 それは、銀狼の胸に深々と突き刺さっていた。
 ヒューヒューと小さな音が銀狼の喉からもれる。自ら与えた刃は、自らを蝕み、それは確実に銀狼の命をも削っていた。
「……兄、さん…」
 喉を詰まらせる血を吐き出すように咳き込んで、マーニはゆっくりと銀狼に視線を向ける。
「あたし達…弱虫、だった。本当は……気がついた時に、こうすれば…良かったんだ」
 そうすれば、自分達に関わった人たちを死に追いやることもなかった。
「どこかでまだ、期待……してた。呪いが、解けるんじゃないかって」
 親しい人を自らの手にかけていたと知ったのに。本当に小さく、心の中のどこかで、きっと期待していた。
「しゃべらないで下さい!」
 銀狼に向けていた視線を、ゆっくりと建一に向ける。
「ありがとう建一…」
 マーニはゆっくりと力が入らずに小刻みに震える手を伸ばす。
 建一はその手を握り締めるために手を伸ばす。けれど、
「あなたに逢えて、良かっ―――…」
 その手は掴まれることなく地面に落ちた。

「―――――!!!」

 建一の、声にならに叫びが、その場に木霊する。
『撒き餌…ふぜい、がっ……!』
 銀狼の声に建一の瞳が鋭くなる。愛用の杖をそっと握り締めた。けれど、
『ああああああ!!』
 何か別の力にも苛まれるように、銀狼の命が事切れる。
 その瞬間、まるで弾け飛ぶ万華鏡の景色のように銀狼は光を放った。
「………?」
 光は、その中に徐々に影を浮かばせる。
 呪いは、変化ではない。―――封印。
 変わったように見せていただけで、銀狼と仔狼がそれぞれその身に昼はソールを、夜はマーニを封印していただけだったのだ。
 そしてこの狼たちが、双子が親しくなった者の魂を―――喰らっていた。
 絶望のふちに落とすと言う、やり方で。
 そして、トン…と、その場に足を着いたのは―――ソール。
 呆然とその様を見つめる建一と、その腕に抱かれた少女を見て、ソールは悟った。
「大丈夫だ」
 ソールはマーニを抱く建一の傍らに膝をつき、そっと笑いかける。
「ソール…さん…?」
 この人も笑わない人だけれど、今だけは建一のために、建一を安心させようと微笑んでいた。
「皮肉、だな……」
 ふっと笑ってソールは瞳を閉じたマーニの額に手を当てる。
 呪いが解けて尚、生き残るのは“守りたい誰か”を見つけていない方翼なんて。
「……誤算、か…」
 ソールが小さく呟いた瞬間、泣き崩れマーニを強く抱きしめる建一の上に降り注ぐ雨。
 建一は驚きに瞳を大きくする。
「ソールさん!?」
 見つめるソールは腹を押さえて、それでもその場に立っていた。握り締めるように抑えた指先からは、赤く滴る鮮血が零れる。
「マーニが、生きるべき…なんだ」
 はっとして腕の中のマーニを見れば、その瞳を薄っすらと開けていた。
「生きろ…マーニ……」
 目を覚ましたばかりのマーニは軽く頭を抑え、体を起こす。
「……!?」
 そして、穏やかな微笑みでその場に崩れていくソールを、見た。
「兄さん!?」
「ソールさん!」
 マーニと建一は倒れるソールに駆け寄る。
 建一は震えるマーニをそっと抱きしめた。

 それは夕暮れが近づいた橙の一時―――……






























 建一は竪琴と共に花束を持って1件の宿屋へと訪れた。
 コンコン。と、扉の戸を叩く。
 内側から扉が開け放たれ、2つの瞳が建一を見上げた。
「こんにちは」
 迎え入れたのは、マーニ。
「花…いつも、ありがとう」
 病院ではないからそんな立派な花瓶はなくて、今花を活けている花瓶も建一のものだ。
「ソールさんの容態は…?」
 マーニはすっと体をずらし、部屋の中へと建一を招き入れる。
 そこには、車椅子に座り、落ちる夕日を見つめているソールがいた。
 傷はエルザードに集う医師や、水操師達が全力を持って癒してくれた。けれど、目覚めたソールの心は壊れていた。
 腕のいい洗心医にかかれば治るかもしれない。
「見せられない」
 洗心医は、患者の心の中に入り、その苦痛を取り除く医者。それは必然的に2人が抱えていた悩みや呪いの事まで暴かれてしまうと言う事。
「だって、あたし達は―――」
「大丈夫ですよ」
 建一はそっとマーニの手を握り締める。
「僕が、一緒に居ますから」
 マーニはその手を握り返し、コツンと肩に顔を埋める。
 その瞳から、一滴、涙が零れた。






End.









☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【0929】
山本建一――ヤマモトケンイチ(19歳・男性)
アトランティス帰り(天界、芸能)

【NPC】
マーニ・ムンディルファリ(17歳・女性)
旅人


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 夜と昼の双子最終話にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。
 最初にまず、これでかなりのハッピーエンドであるという事と、Endなのにどう見てみEndっぽくない事を謝らねばならないような気がします。申し訳ございません。
 この最終話納品を機に、NPC情報の更新を行わせていただきます。
 もし、後日譚等をご希望されるようでしたら、2人っきりの場合はシチュノベを、双子を両方とも出す場合は「例えばこんな……」ゲームノベルをご使用くださいませ。

 愛しい思いありがとうございました。一番積極的な行動に出ているのが建一様だと思います。お互いを尊重しあうような、大人な付き合い方なのではないかなぁと当方感じているのですが、建一様としてはどうなのでしょう。
 一夏お付き合いありがとうございました。
 それではまた、建一様に出会える事を祈って……