<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


炎の中へ
  ―歓声と咆哮と―

□Opening
 山本建一は、再びその扉の並ぶ部屋へ足を踏み入れた。
 その中心には、見知った顔。ウサギのような耳と尻尾が特徴的な小さき住人トットは、建一の姿を見て微笑んだ。
「あ、こんにちは、お久しぶりです」
 しかし、この部屋はいつ見ても奇妙だ。見渡す限り、扉・扉・扉……。ぐるり扉に囲まれて、建一は笑顔でトットに挨拶を返す。
「こんにちは、今度はどんな世界なんでしょうね」
 その言葉に、トットは頷く。
「新しい扉、ですね」
 そう、それは、新しく開いた炎の扉。そこへ、旅立つと言うのか。建一は、無言で頷く。
「わかりました、それではお気をつけて……、いってらっしゃい」
 トットは、怯えながらもその扉に手をかける。そして、開かれる一つの扉。
 建一は、炎渦巻くその扉へと向かい合った。

□01
 さて、炎渦巻く扉と聞いて、全く無防備で挑むわけでは無い。
 扉に足を踏み入れる一歩手前。建一は静かにそれを唱えた。
『レジストファイヤー』
 たちまち、見えない守りが建一を助ける。炎の中へ、単身乗り込むのだ。耐炎対策としては、至極当然の守り。
 建一は、その守りを確かめ、そして歩き出した。
 目の前に広がる炎の渦。
「本当に、お気を付けください」
 背後から、小さくトットの声が聞こえた。
 そして、ばたんと扉が閉ざされる。すると、どうだろう。その場に残ったのは、扉が一枚。今までトットが居たはずの部屋も、もう無い。扉の北も、南も、勿論東も西も、全てが炎の世界だ。
 足元を確かめる。
 取り敢えず、歩けるほどの土の道。所々何かが溶け出したようなどろりとした溜まりがあるくらいで、進む事に支障は無さそうだった。
 扉のすぐ近くだからだろうか、辺りにモンスターの気配は無い。
 ただ、この熱気は凄い。
 レジストファイヤーがかかっているとは言え、時折吹く熱風はそれだけで建一の呼吸を奪いそうだった。
 しかし、熱対策は、当然服にも施してある。
 熱が篭らないように、風を通し肌を焼かぬように、但し炎に焼け千切れ無いように、今日はそのような服を選んできたのだ。
 建一は、今一度自身のコンディションを確認する。大丈夫、進んで行く事に、難は無い。いつか手に入れたdimensionコンパスを取り出した。
 これがあれば、この世界でも迷いはしないだろう。それを証明するかのように、針は当然のように一定の方角を指し示していた。
 建一は、辺りを確認し、南に向かって歩き出した。

□02
 渦巻く炎の溜まりを避けながら、しばらく歩いただろうか。
 突然、辺りに風が巻き起こった。
 それは、渦巻く炎の余波では無い。
 あまりにも突然の疾風。
 辺りの炎を巻き込み、それは舞い上がり、いや、渦を巻き建一の身体をも飲み込もうとしていた。
「……っ」
 ばたばたと風にさらわれそうになる服や髪を感じながら、建一は片腕で顔を庇い、もう片方の腕はいつでも水属性の武器を手にする事ができるよう身構えた。
『くぉぉぉぉぉ』
 そして、聞こえる、その叫び。
 それは、頭上から降り注ぐ、音の振動だったのかもしれない。
 相手を確認しようと、腰を落し空を見上げる。
 また一つ、吹き荒れる熱風。
 それは、まるで炎を食っているようだった。いや、それは少し違うか。建一は、その光景を確認しようと目を細めた。
 風と共に、辺りの炎が巻き上がって行く。その先に、ばさりばさりと羽ばたく何か。
 ああ、と。
 建一は、ようやくそれが、鳥の羽根である事を知る。
 鳥、と言ってしまうには大きく、それは炎を集め空を舞う。巻き起こる熱風は、鳥の羽ばたく度。
 しかし、まだ緊張を解くわけにはいかない。
 建一は、息を潜め、炎を集めた鳥が優雅に羽ばたく様を見ていた。
『けぇぇぇぇぇぇ』
 やがて炎を纏った鳥は、一度大きく鳴きちらりと健一を見下ろす。
 そして、そのまま、ばさばさと遠くへ飛び立ってしまった。
「ふぅ、敵意があった訳では無いんですね」
 ふいと吹いた風に、もはや荒荒しさは無い。それは、ただの熱風。耐炎の守りは、優しく建一を守り、その熱は建一に害を成さない。
 辺りに渦巻く炎に、あの鳥は潜んでいたのだろうか? そして、建一と言う予期せぬ訪問者に、驚いて飛び立ったのだろうか?
 だとしたら、少しだけ申し訳無い事をした。
 ぱちぱちと火の粉が上がる、レジストファイヤーが消えかかっている事に気がついた。
『レジストファイヤー』
 建一は、立ち止まりもう一度レジストファイヤーをかけ直す。
 油断はできない。
 周辺を確認し、また、歩き出した。

□03
 さて、随分と歩いてきた。
 道なりに進み、そして、今、目の前に炎に囲まれた広場が現われた。
 歩いてきた道とは、明らかに異なる。炎の壁が、美しいまでに整った円形の広場を保っているのだ。そして、ざわりざわりと、背を這うようなモンスターの気配。
 それも、かなりの数。
 ふ、と、建一は流れる汗を軽く拭った。
 広場の一歩手前で、立ち止まる。
 周囲のモンスターが、襲ってくる気配は無い。
 けれど、消える気配も無かった。
 どう言う事なのか。緊張の糸をきりきりと引き締める。建一は、立ち止まって、何度かまばたきを繰り返した。やはり、何者も襲ってくる気配がしない。
「そう言えば、そろそろ丁度良い頃ですね」
 仕方が無いので、辺りに気配を配りながら、一人呟く。
 変化は無い。
 建一は、懐から飲み物の入ったボトルを取り出した。来る時にはカチカチに凍らせておいたものだ。おかげで、炎の中、体が熱射に蝕まれる事が無かった。その上、そろそろ冷えたアイスティーが飲み頃だろう。ボトルを小さく振ると、からりころりと小さな氷が液体の中揺れる音がした。
 冷たくて、喉越しもなかなか良い。
 アイスティーを一口飲んで、建一は、大きく息を吐き出した。
 炎が渦巻くこの世界の中で、この時だけ、涼を楽しむ。
「さて、立ち止まっているわけにはいきません」
 周囲のモンスターに、やはり変化は無い。
 建一は、緊張の糸を緩めないまま、その広場へと足を踏み入れた。

□04
『おおおおおおおぉぉぉぉぉぉ』
 瞬間、咆哮。
 広場へ足を踏み入れた建一の前に、それは現われた。いや、炎の中から踊り出たと言う方が正しいのか。とにかく、四肢を地に、そのモンスターは建一を威嚇する。
 先ほどの、鳥とは違う。
 違う。
 明らかな、闘気。
 それは、大きな波となり建一に襲いかかった。
「なるほど、では、僕もいきます」
 その放たれた気を受け流しながら、建一は水の精霊杖を手にした。
 精神を集中し、高め、相手を両の目に据える。
 狼を思わせるその姿は、炎を纏い燃えあがっていた。吐き出される息は、炎のブレス。ぱちぱちと身体を覆う炎は飛び散り、また、融合し、炎の狼を守りながら周囲を攻撃しているようだった。
 迂闊に近づくわけにはいかない。
 建一は、瞬時にそれを悟り、水の魔法を呼び起こす。
『おおおおおぅぅぅぅぅ』
 その狼の叫びが、合図だった。
 狼は、炎を吐き出しながら、一気に距離を詰めようと飛びかかってくる。
 襲い来るは、炎の珠。狼が一つ大地を蹴る度にそれは湧き起こり、建一を目指す。
 四方から炎の珠で建一を囲い、最後に見えたのは狼の牙か。
「水よ、切り裂けっ」
 しかし、建一は、それを切り裂く。
 炎を切り裂く。
 それは、踊り、鋭い刃となって、散った。
 水の魔法は、美しく輝きながら炎の珠を切り裂いた。
『おおおおおぉぉぉ』
 しかし、それは狼本体には届かない。
 狼は、裂かれて行く炎に守られながら、その牙を乱暴に突き出した。
 ただ、敵を刺し、そして噛み砕くっ。
 しかし、その牙は空を噛んだ。
 何故?
 ざざざと派手な音を立て、狼の腹の下を、建一が滑る。
 目を引く水の魔法を発動させた後、建一は身を屈め、思いきり駆けていたのだ。
『ぐぅぅぅ』
 狼は、ただし、綺麗に着地して次の攻撃体勢を取る。
 その眼前に、揺らめく、美しい水。
 コンマ何秒か、建一の身体が起きるのが早かった。
 建一は、その水の魔法を、ただ、狼の目の前で揺らしていた。
「詰めです、さぁ、どうしますか?」
 それは、勝者の言葉。
 しかし、それに、残忍な響きは無い。ただ、どうするのかと建一は問う。
 狼は、ぐぅと一つ鳴いて、その場に伏せた。
 やはりか。
 建一は、微笑み、水の魔法を拡散させた。
 何故なら、そこにあったのは、闘気。
 殺気では無かった。だから、建一は、闘いで応えたのだ。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』
『ううううううううううううううううううう』
 やがて、広場を囲む炎の中から湧き起こる咆哮。それは、一つ二つでは無い。大きく重なり、場を揺らすほどの大音となって建一までも飲み込んだ。
 けれど、敵意は無い。
 それは、むしろ、勝者を称える鐘の音のようだった。

□Ending
「なるほど、モンスター闘技場と言ったところですか」
 炎に囲まれた広場を眺めながら、一人呟く。
 建一は、冷えたアイスティーをゆっくりと飲みながら、その光景を眺めていた。
 広場には二匹のモンスター。
 お互い、力を比べるかのように組み合い睨み合っている。
 もう、何組目の闘技だったか。
 広場に一匹が踊り出ると、対戦したいモノがまた、炎の中から名乗りを挙げるといったシステムらしかった。
 建一も、組み合うモンスターの居ない広場に足を踏み入れてしまったので、対戦カードに組み込まれたのだろう。
 隣では、先ほど闘った狼が、炎を食っていた。
 そう、文字通り、闘技場を形作る炎を食い、建一が切り裂いてしまった炎を補填しているようだった。
 湧き起こる歓声。
 その中の一つの咆哮が、広場に踊り出た。
 それに答える様に、また、一匹、叫びながら炎から飛び出す。
 これは、モンスター達の宴のようだった。
 いつまでも鳴り止まない、歓声と咆哮。その光景を、背に建一は帰路についた。

 ▼山本建一は炎の闘技場を発見した!
<End>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0929 / 山本建一 / 男 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】

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■         ライター通信          
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□山本建一様
 こんにちは、お久しぶりです。再びのご参加ありがとうございました。
 炎の世界での冒険はいかがでしたでしょうか。飲み物を凍らせて持って行くと言うのが、当たり前のようで面白い装備だー! と、書きながら感心させられました。熱い中で飲む冷たい紅茶はいかがでしたでしょう。
 発見した物につきましては、後日Interstice of dimension内にも追加致しますので、ご確認下さい。
 少しでもお楽しみ頂けたら幸いです。
 では、また機会がありましたらよろしくお願いします。