<PCクエストノベル(2人)>


【ルナザームのある一日】

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【2936 / エイーシャ・トーブ / 異界職】
【1552 / パフティ・リーフ / メカニック兼ボディガード】

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 可愛らしいカモメの鳴き声、軽やかな波の音、潮の香り乗せた心地よい海風――それらが折り重なって人の五感まで届き、心の底から楽しませてくれる。ああ、海だなあと。
 漁業盛んなルナザームの村は、青空快晴も手伝って立っているだけでも元気が湧いてくる。エイーシャ・トーブとパフティ・リーフの両名は到着するやいなや、思い切り息を吸い込んで肺の中身を気持ちよく入れ替えた。なんだか全身が熱くなる。

エイーシャ:「海こそ万物生命の源、気分が高揚するのも当然かしら」
パフティ:「そうですね。皆が賑やかです。漁村特有の……熱気がありますね」

 今回の来訪の目的は、加工保存食品にするための魚の買い付けである。これを奥地で売って利益を上げるのだ。エイーシャが代表で、パフティがボディーガードとして同行しているという図。船長自らがこうした雑用を担当するということには、エイーシャは何の抵抗も感じない。むしろこれが自分の仕事だという責任感があった。
 それはともかくとして、ご機嫌なエイーシャは口を休ませない。

エイーシャ:「海といえば、マーメイドよね。こういう漁村だと、漁師の男が浜の岩場で歌っているマーメイドを偶然見かけて恋に落ちたっていうのが定番だけれど……。そういえばパフティって守護聖獣はマーメイドよね? いいなあ。可愛いなあ。一月、いえ一日だけでも交換ってできないかしら」
パフティ:「できません。それより早く、市場に行きましょう。目当てのものを逃してしまうかもしれませんよ」

 街路をぷらぷらと並んで歩いていると、一層賑やかな声が近くなった。
 血色のいい男や明るい主婦、それに付く子供、のんびりとした老人らが混ぜこぜになっている。ルナザームの村でもっとも活発な市場である。

エイーシャ:「マーメイドは胎生か卵生かで議論が分かれているけど、パフティはどっちだと思う? ふふ、卵っていうのもあんまりロマンがないわよね」
パフティ:「……お話は後ほど。今は買い物に集中しましょう」

 そして目ぼしい品物の前までやってくる。営業スマイル100パーセントの店主がふたりに声をかけた。

店主:「いらっせいお嬢さん方! 新鮮なのがたんまりあるよ。いやでもお嬢さん方の新鮮さには敵わないな!」
エイーシャ:「あら、お嬢さんだなんて嬉しいことを……。ええ、私も心はまだまだ10代のつもり。この気持ち、正しく読み取ってくれたのね」
店主:「おう、お世辞なんかじゃないぞー」

 この甘言(しかもあまり上手くない)が、品物をより多く、高く買わせるための布石であることにエイーシャは気づいていない。パフティはちょっと心配になってくる。

エイーシャ:「イワシというのは陸に揚げるとすくに弱ってしまう魚であることから、『よわし』→『イワシ』と変化したと言われているわね。他の説では、身分の低い、つまり卑しい人々の食べ物であったことから、『イヤシ』→『イワシ』になったというものがあるわ。いずれにしても庶民の食べ物であったということね。あとイワシの頭は魔除けになるとされていて――」
店主:「なるほどねえ。難しいことを知ってるんだなあ。ところで魚を食べると頭がよくなるってのはご存知かね」
エイーシャ:「ええ、だから漁村の方たちは皆聡明なのよね」

 エイーシャは他にも魚の学術的分類だの海にまつわる民話だの、文化的な雑談に脱線しがちになる。彼女は学者気質だからそれは仕方ないが、今は商売で来ている。しっかりと儲けを出せるように品物を仕入れねばならないのだ。店側は客が気持ちよくあるように適当に相槌を打っているだけということもわかっていない。

店主:「で、こいつだけど……そうだな、1箱これでどうかね」
エイーシャ:「ええ、その値で買わせていただ――」
パフティ:「いけません。もう少し安いはずですよ」

 たまらず口出しをするパフティ。よそじゃこれこれこんな値段だったと、冷静にかつ強く押して来る。この店主の不幸は、値切られるなどめったに経験したことがなかったこと。早くもタジタジである。

店主:「むう、じゃあこれならどうだ?」
パフティ:「もう少しまかりませんか。あ、そっちの大きいのと一緒にして……そうですね、この値段で」
店主:「ぐ、そうしたら……ええと、どうなるんだ、うちの儲けは?」
パフティ:「いかが?」
店主:「わかった、わかったよ。それで売ってやる。あんまりやりあってるとうちがケチだって噂されちまうからな」

 見事値切りに成功。実に完璧な主婦ぶりだとエイーシャもすっかり感服している。

エイーシャ:「私には真似できないわね。そんなスキルもあったなんて、連れてきたのがあなたでよかったわ」
パフティ:「この程度はたやすいことです。さ、他の店で別の魚も見繕いましょう」

 その時、近くで悲鳴が起こった。
 まるで猛獣の叫びのような、意味不明な言葉が飛来してくる。耳を傾けて分析を試みると、この真っ昼間から酔っ払いが暴れまわっているらしいことがわかった。赤髪をいじりながらエイーシャが溜息をひとつ吐く。

エイーシャ:「トラブルの予感ね。どうしよっか?」
パフティ:「どうするといいますか……こっちに来ますね」

 頭がつるつるに禿げ上がった大柄な男が、人ごみを掻き分けてぬうっとエイーシャたちの近くまでやってくる。彼女らの腰周りほどもある腕の筋肉は浅黒く、やたらと日光にてかっている。八方から制止の声がかかるが、男はうるせえと言ってはその筋肉づくめの腕をぶん回す。誰も止められない。
 が、ふたりを見た途端、男はどんよりしていた目を幾分かしゃっきりとさせた。

酔っ払い:「おおお、可愛い姉ちゃんだ。この村じゃ見ねえ顔だな。……そうかわかったぞ! 今日嫁いで来たんだな」
エイーシャ:「やだもう、酔っ払いに可愛いって言われてもあまり嬉しくないわよー」
パフティ:「……そうは見えませんけど」

 酒の臭いが気色悪く鼻腔を刺激してくる。昼間から飲酒とは何か嫌なことでもあったのだろうか――ふたりは首を捻った。周りの者のように、決して恐れない。
 と、男がにへらと笑ったかと思えば、急激に突進してきた。あろうことか抱きつきである。巨大な肉壁が唸りをあげて迫る!

パフティ:「お断り。私、これでも母なんだから」

 ひらりかわすと、パフティはあっさりと背後に回って跳躍する。そして高所からの肘鉄を頭のてっぺんに食らわせた。ゴツンと重い音がした。
 酔っ払いは目を見開いて呻いた。ずいぶん頑丈な体のようで、膝を突きそうになりながらも崩れ落ちない。だが一気に目が覚めた。
 そうして、脂汗を垂らしながらほうほうの体で逃げ出していく。パフティは息ひとつ乱さない。
 周りからは一斉に拍手喝采と口笛の嵐が巻き起こった。

エイーシャ:「さっすが、頼りになるわ♪」
パフティ:「まあ、こういう時のために付いてきているのですから……」

 ふたりは買い付けを再開する。先刻の立ち回りが漁民たちの琴線を振るわせたのか、どこもかなりの額をおまけしてくれた。その中であの男のことも聞いた。予想したとおり、最近商売がうまくいかなくて昼間から飲んだくれていることが多いらしい。誰かが活を入れてやらねばと思ってはいたが、腕っぷしの強さに結局尻込みせざるを得なかったため、今回はとても助かったと皆が言ってくれた。

パフティ:「やっぱりいいことをすると自分に返ってくるんですね」
エイーシャ:「ふふ、さっきの値切りはいいことなのかしらね?」
パフティ:「もちろんです。私たちにとって」



 ふたりは小一時間ほど市場を見て回り、満足な買い物をすることができた。だいぶ仕入れ値を抑えられたので、なかなかの利益を上げられそうである。
 借りた台車に魚を載せて村の入口まで戻ると、ふたり協力して慣性制御トラックにすべて積み込んだ。これで本日の用事は終了だ。実に爽快な仕事だったと、揃って背伸びなどしてみる。

パフティ:「さあ、あとは寄り道しないで帰りましょうか」
エイーシャ:「何だかずるいわ。今回はあなたばかり目立ってる気がするわよ」
パフティ:「そうですか? まあ……たまにはこんな日もある、ということで」

 相変わらず空は青く、風は心地よい。
 何でもないような一日は、しかしちょっぴりパフティにとって嬉しい日だった。

【了】