＜聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記＞
想いを継ぐために
―我が名に懸けて
誇り高い魔道彫金師レディ・レムからこの言葉を引き出しただけでも大したものだと、エスメラルダは驚嘆すると同時にいくつかの人影が動く。
「話は聞かせてもらった。護衛の依頼、お引き受けしよう。」
拳を固く握り締めたアレスディアが真っ先に声を上げ、レムと青年の下に歩み寄る。
努めて冷静を装っているがその表情はどこか厳しさをにじませていた。
「戦いか。それなら行こう。」
続いて歩み寄ってきた者の姿に青年は小さく息を飲む。
人とは異なる頑強な皮膚と羽毛の髪を持つ爬虫類型の亜人―リザードマンのグルルゴルン。
初めて見るのか心なしか青年の表情が青くなるのを見て、レムは苦笑をする。
確かに驚くことだろうが、案外気のいい種族でもあるのだ。
「俺も乗るぜ。どこの世界でもお上って奴は変わらないなぁ〜」
どこかのんびりとした―だが、強固な意志を秘めた声を上げ、大柄な小麦色の肌をした男―国盗・護狼丸が寄ってくる。
その途端、レムは大きく仰け反りそうになるのを何とか堪えた。
大柄どころではない。平均身長よりも背のある青年よりもでかいが、ジャイアントと呼ばれる彼らにとって平均。
近づいてくるまで気付けなかったレムは珍しく自分が情けなく思えた。
「……領主とあろう者が、悪行を重ね、かつ、それを隠し通すため更なる悪行を重ねる……許すわけにはいかぬ。」
「そんな奴らの懐からちょっといただいてみんなに戻してやることはできるけど、根本的な解決までは俺にはできない。」
怒りをにじませるアレスディアにうなづきつつ、護狼丸は瞳に剣呑な光を走らせ、青年を見た。
どこか試すような視線を青年は真っ直ぐに受け止め、ぐっと拳を握る。
「お二人の仰るとおりです……養父は人々の安寧を願い、今も戦っています。ここで逃げ出すわけには行かないんです。」
無意識に胸元を掴む青年にレディ・レムはふっと表情を緩ませる。
毅然とした強い信念。
何事にも達観し、自らは動かず弟子を手足のように動かして物事を解決させがちに見えるレムだが、際どい状況を見極め、人知れず動く。
その彼女をここまで引きずり出したのは、ひとえにこの信念があったからこそ。
でなくば、今回逃げた弟子の代わりを呼びつけていたはずだ。
「官吏になれば、それら悪行を暴き、正すことができるのだな？」
重ねたアレスディアの問いにも青年は深く頷いた。
「はい。私を信じて戦っている養父や皆を裏切るわけにいかないんです！どうか、お願いします。」
「ならば、協力しよう。必ず無事に、試験会場まで送り届ける。」
「あんたが官吏になれば、それができるんだな？だったら同行する。」
揺ぎ無い声で告げるアレスディア。人好きする笑顔でにかっと護狼丸が笑いかける。
そのやり取りを黙って見守りながら、グルルゴンも力強く頷く。
これから官吏になろうとする者でありながら、青年は迷うことなく彼らに深く頭を下げた。
会場はエルザード城。
レムの元に青年が駆け込んだ翌日―つまり、今日この日が最終試験日。
泊まっていた宿でことごとく襲われるか食事に毒を入れられるかのどちらかであったことから、あのまま黒山羊亭に泊り込んだ。
下手に動くと護衛しにくいし、ここなら目を光らせてあるから大丈夫だとエスメラルダの好意に感謝し、甘えさせてもらった。
ベルファ通りを抜け、アルマ通りへ続く小道に足を踏み込みかけたレディ・レムを足を止め、青年を制する。
なぜと疑問を口にする前に青年は息を飲み、やや蒼白になる。
「やっーぱ、待ち伏せてやがったか。」
呆れたながらも楽しげに両の指を鳴らす護狼丸にレムは少々肩を竦め、アレスディアは盛大にため息をつく。
「笑い事か……しかし、予想通りの展開だな？レム殿。」
「そうね。馬鹿なとこしか考えない連中が考えることは本当に単純だね〜」
のほほんと応えるレムだがすでに殺気に満ち、グルルゴンは棍棒を手にし、臨戦態勢に入っている。
「戦士の誇りも持たん薄汚い奴らなど叩きのめすが一番だ。」
「そうね。でも、殺しちゃ駄目ね。有り金全部頂いても構わないけどね。」
さらりと言い放つグルルゴンに青年は引き攣るが、それ以上にあっさりと言い放たれたレムの台詞に凍りつく。
前半はともかく後半部分は官吏を目指す彼にとっては聞き捨てならない。
いや、それ以前にレムがそういうことを言うとは思ってもいなかった。
「冗談をいっている場合なのか？回避するにも退路は絶たれている。」
「なに？殺してはいかんか。」
こめかみを押さえて冷静に指摘するアレスディアに対し、グルルゴンが全く違う問いを投げかける。
しばし思考を巡らせ―やがてレムは顔を上げると、嫣然とした笑みをこぼす。
「道がないなら開けばいいだけ。あんな連中でも馬鹿領主どもの生きた証拠になるからね。適当に痛めつけて突き出すのが一番。」
この際、彼が官吏になる道に華を添えましょうと言い放つレムに三人は無言で同意した。
人ごみで溢れるアルマ通りを見事な速さで駆け抜けるアレスディアとレム。
その間に挟まれるように青年も必死で駆ける。
挟み撃ちを狙っていた輩は護狼丸が一手に引き受け、足止めし、裏通りに潜んでいたごろつきはグルルゴンが殺さないように努力しながら捕まえている。
二人に気を取られている隙に、アレスディアはレムと共闘しつつ、青年を連れて城を目指していた。
「人ごみがあるお陰で遠距離攻撃はなさそうね。無差別にやったら確実にバレるからね。」
「うむ、わざとこちらを選んだのはその為か……なかなかの考えだな。」
通りを挟んだ高い建物の屋根に潜みながら手が出せずにいる射手に気付き、笑いを堪えるレム。
口元に小さな笑みを造りながらアレスディアは青年を見た。
無関係の人々を巻き込まないようにするなら裏道を使う事が多い。
だが、相手が世間に後ろめたい事を働いている連中。しかも、ここは聖都・エルザード。
下手に動けば失脚の憂き目どころかお家断絶の上、一生獄舎暮らし。
事を荒立てるよりは内々に片付けてしまえばいいと考えていたのだろう。
それを彼は逆手に取り、人で賑わうアルマ通りを突っ切る方を選択した。
「どーせだったら、撃ってくれればいいのにね〜問答無用の現行犯になるのにね。」
「褒められる事ではないですよ。結局は何の罪のない人たちを盾にしてるんですから……」
面白そうに呟くレムを即座にたしなめる青年にアレスディアは心の底から感心していた。
己よりも民を第一とするの考えを持つ彼は官吏となる資格が充分あった。
「奴らも愚かではない。レム殿も冗談でそんなことを言うものではない。」
「分かっている……それにおしゃべりもここまでみたいだね。」
冴え冴えとした氷の刃を思わせるレムの声でアレスディアは小さく舌を打つ。
あらかたは片付けたと思っていたが、どこに潜んでいたのか物騒なシロモノを手にした盗賊あがりの男達がご丁寧に立ちふさがってくれていた。
その数、ざっと数十人。
一体どれだけの金をばら撒けば、これだけの連中を集められるのかと、むしろ感心してしまう。
「己の悪事を隠すのにここまでやると笑えるね〜この子が官吏になったらどれだけ埃が出るか楽しみになる。」
「同感だ。」
話しながら素早く魔法を完成させるレムに短く応じながらアレスディアは愛剣を構える。
「おいおいオメーらに用はねーよ。そっちの馬鹿坊主さえ渡してくれたらいいんだぜ？」
「そうそう。『ご領主様』をオトシイレようなんて考えてるそいつがわりーんだからよ！！」
耳障りな下卑た笑い声が上がり、青年は恐怖よりも怒りに顔を朱に染める。
あの一族の乱行で一体どれだけの民が苦しんだのか。
罪もない幼き命が目の前で消えていく―そんな地獄のような日々で家族を失った自分を救い育ててくれ、人々のために尽力を尽くす養父の力になれるなら命など惜しくはなかった。
たとえどうなろうとも彼らの所業だけは明るみにしなくてはならない。
―その為に命を失おうとも
脳裏にそんな考えがよぎった瞬間、静かだが心胆から凍りつかせる声が青年を現実に引き戻した。
「ふざけた話をするな……お前達のような愚か者どもなど、こちらとて用はない。」
「最低の低の連中に説教したって無駄ね、アレスディア。」
怒りを押さえ、青ざめる男達にアレスディアは切先を向け、しなやかな指先を空に描きながら、レムは凄絶な笑みを称えて一刀両断に切り捨てた。
「問答無用の実力行使で分からせてやるに限るのよ。」
物騒この上ない言葉とともに凄まじい爆発が一団の中心で巻き起こる。
数人が爆風に吹き飛ばされ、外壁や地面に叩きつけられた。
あまりの出来事に男達が動けなくなった隙を見逃さず、アレスディアは瞬時に間合いに踏み込むと２〜３人の男を剣の柄で殴り飛ばす。
いち早く体勢を取り戻した一部が無防備になったアレスディアに切りかかろうとしたが、間髪入れずレムの見事な足蹴りが決まり、だらしなく失神する。
格の違いを見せつけられ、逃走を考えた男の目に無防備になった青年が目に止まり、迷わず切りかかる。
だが、体勢を立て直したレムが青年の腕を引いた。
刃がむなしく空を切り、たたらを踏みかける男の腹にアレスディアの一撃がめり込む。
見事な連携攻撃に男達はじりじりと後退する。
「レム殿、彼を連れて城へ。後は任せていただこう。」
「ふ…ふざけんな！！女になめられてたまるか！！」
大半を戦闘不能に追いやったのを確認したアレスディアの言葉に、つまらない男の怒号が上がる。
それに押されるように他の男達も勢いを取り戻す。
呆れるほど単純な連中だと思いつつも、あえてレムは口にはしなかった。
この程度の輩が束になろうとアレスディアに敵う訳がない。
「なら、お願いするね。これだけ騒ぎを起こしたんだ。そろそろ警備の兵達がくるだろう。」
「……どうかお気をつけて。」
あっさりと同意してしまうレムに戸惑いつつも青年はきつく唇をかみ締め、走り出す。
その背を見送り、アレスディアは冷ややかな眼差しで残された一団を見渡した。
「さぁ、かかって来い。邪魔は……させない！！」
鋭いアレスディアの気迫に気おされ、半ばヤケをおこしたように男達が殺到する。
剣舞を舞うような鮮やかな一閃が優美に描かれると同時に男達が吹っ飛ばされていく。
背後から襲い掛かりたくとも壁を背にされ、敵わない。
諦めて目的の青年を追おうと考える輩もいたが、その動きに気付いたアレスディアは気絶させた男の武器を投げつけられ、盛大な音を立てて昏倒させる。
そうして、すべてが片付くころ。ようやく軽武装した警備兵たちが駆けつけ、やっとアレスディアは胸を撫で下ろした。
「では、無事に片付いたのだな？」
「ええ。」
香り立つ紅茶を注いだカップをアレスディアに出し、レムは微笑をたたえた。
エルザード城の最終試験に合格した青年は王と宰相たちが居並ぶ前で恐れることなく堂々と領主一族の不正を訴え、そこへアレスディアたちが捕えた連中を突き出した。
結果、青年の故郷には大々的な捜査が入り、長きに渡る領主一族の不正が発覚。相応の処分が下され、民の救済が始まったという。
官吏として目まぐるしく働き出した青年は助けてくださったことに対する感謝と満足に礼を述べられなかったことへの謝罪していた。
「官吏として民のために尽力を尽くしてくれれば構わない。良き官吏になってほしいな。」
「心配するの必要はないわね。『尽力してくださった皆さんと清廉潔白・公正無私の養父君に恥じぬ官吏になります。自分が間違っている時は容赦なく怒鳴りつけてください』って……」
なかなか気骨のある官吏になりそうだ、と楽しげに告げるレムにアレスディアは心の底から安堵の笑みを浮かべた。
ＦＩＮ
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【2919:アレスディア・ヴォルフリート:女性:18歳:ルーンアームナイト】
【2161：グルルゴン：男性：29歳：戦士】
【3376：国盗・護狼丸:男性:18歳：異界職】
【NPC:レディ・レム】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、緒方智です。 いつもご依頼頂きありがとうございます。
遅くなりまして大変申し訳ありません。
無事、青年も官吏になり、故郷の建て直しに奔走されているようです。
楽しんでいただければ幸いです。
また機会がありましたら、よろしくお願いします。
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