<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【ハンターギルド】1日体験

 あたりにはごつごつした岩場が広がっている。
 その中の一つの大きな岩に背を預け、湖泉・遼介(こいずみ・りょうすけ)は乱れる息を整えた。頭につけたヘッドフォンからは、好きなロックミュージックが流れ続けている。
「ぐおおぉぉぉぉぉっ!!」
 凄まじい咆哮が、辺りの空気を震わせる。その振動は、岩の影で息を整える遼介の体にも届く。
 ヘッドフォンをつけてなかったら、鼓膜がおかしくなってただろうな……。
 そんなことを思いながら、なんだかおかしな気分になってくすりと笑う。大きな岩の左右に目を転じれば、魔獣が飛ばした無数の針状の棘が大地に深く突き立っていて、とてもそんな気分になるところではないのだが。
 流れ続けるロックミュージックがさびの部分にさしかかり、そのフレーズを小さな声で口ずさむ。お気に入りの曲の、お気に入りのフレーズは、いやが応にも遼介の心を鼓舞する。
 まずは、尾を潰さないと。
 数度にかけて、尾に生えた棘による攻撃をよけているうちに、棘を飛ばすタイミングが計れるようになってきた。
 さて、と、尾を切り落とさせてもらおうか。
 遼介は、再びあたりの空気を震わせる魔獣の咆哮を体で感じながら、岩の影から転がり出た。


 時は、少しさかのぼる。
 それは、噂に名高いハンターギルド見物に来た遼介が、とある張り紙を発見したところからはじまる。張り紙の中の『君も、1日ハンターになれる』というあおりは、好奇心の塊である十代少年の胸を高鳴らせるのに十分なものだった。
 早速その場で申し込みをし、そして今日が、担当ハンターとの待ち合わせの日だった。朝早くにギルドに着き、通された部屋で待っていると、ハンターが室内に入っている。
 漆黒の髪に紫の瞳の担当ハンターは、この世界でもあまり見たことがないような美形だった。背に背負った細身の剣は、ハンターが使うという魔剣や聖剣なのだろう。
「随分早かったな」
「楽しみで。朝早くから目が覚めちゃったんだ」
 遼介は明るい笑顔とともに、ハンターに答える。
 その言葉にハンターは、そうかといいながら、薄く微笑む。
「そういえば、今日は俺だけなのかな?」
「そうだな、マンティコラは、人気がありそうだと思ったのだが」
 人気とか、そういう基準で選んでるのか? と、遼介は首をひねるハンターを見つめる。
 足を進めるハンターについていくと、裏口に広がる広場なのか、そこに鞍をつけたグリフォンが一頭、餌のなま肉を食べていた。
「へえー、本物のグリフォンをこんな近くで見るの、初めてだ」
 遼介は興奮を隠しきれない。魔獣だが、人に馴れる性質をもつグリフォンや天馬は、騎獣として扱われることがある。
「これに乗って、マンティコラの巣まで行く。森の外れの岩山に巣食っているから、徒歩だと到底1日体験ですまなくなるからな」
 彼はグリフォンの背に飛び乗ると、遼介の手を差し伸べ鞍の上に引き上げる。
 高く響く、鷹のものによく似た泣き声を上げたグリフォンは、数度地を駆けると、ふわりと空に浮き上がった。滑らかに空を駆け上がる感覚は、いままで味わったことがないもので、遼介は歓声を上げる。
「すげー。かっこいいな、お前」
 歓声とともにグリフォンのたてがみを撫でてやると、嬉しそうな喉を鳴らすような泣き声を上げる。空を飛ぶグリフォンの前に見えていた、深すぎて黒く見える緑の森の外れに見えていた茶色の一角が、どんどん近づいてくる。近づくとそれは、茶色の高い岩山が聳える岩石地帯だということがわかる。
「こんなところも、あるんだな」
「南の方には湖もあるし、西の方には川だって流れているぞ」
 グリフォンの手綱をひきながら、ハンターは答える。
「そう言えば、マンティコラの声を聞くと、一瞬動きが止まるってあったけど……、ハンターも止まるのかな?」
「人だったら、かなり有効だろうな」
「人だったらって?」
「ハンターには、純粋な人でない者が多いからな」
「へえ……、ハンターって、どれぐらいいるんだ?」
 グリフォンを木に繋ぐ彼を見つめながら、遼介は問いかける。
「紋章持ちのハンターは、50人程度だな。最も、無紋のハンターはかなりの数がいるため、俺でも把握しきれないが……」
「あんたも、紋章持ちなのか?」
 ハンターの証である銀のメダル。その表に獣の紋が掘られたハンターが、遼介がいう紋章持ちである。
「まあな。それに、俺も純粋な人ではないから、マンティコラの声は効かないな」
 好奇心一杯という様子でいろいろな質問をする遼介に、彼はいやがることなく答える。整った顔立ちから、冷たそうに見えるが、こんな役を引き受けるぐらいなのだから、面倒見がいいのかもしれない。
 岩場を登る彼の後についていきながら、遼介は最後の質問を口にする。
「あんたの剣って、聖剣? それとも、魔剣?」
 目の前で、彼の背中に吊るされた精緻な細工の柄を備えた長剣が揺れるたび、聞きたくてたまらなくなっていた質問だった。
「俺のは、魔剣だな。ナッハヴェーラーという」
 その言葉とともにすらりと背から抜かれた剣は、黒曜石を掘り出したような漆黒の刀身を持っていた。見つめていると、その中に吸い込まれてしまうのではと思えるほどに美しい剣だった。
「奇麗な剣だな」
 飾りのない率直な賛辞に、ハンターは嬉しそうに微笑む。その後も、魔剣の能力や手入れの仕方などを問いながら歩を進めていると、どうやら目的地に到着したようで、ハンターが足を止めた。
 岩と枯れた樹木で構成された斜面を登りきったそこには、砂地に岩が点在した台地がひろがっている。
「あそこに、洞窟があるのが見えるか? そこに、標的がいる」
 彼が指差す先に、ぽっかりと口を開けた洞窟がある。標的ということは、遼介がハンティングしようとしているマンティコラに違いない。
「洞窟に近づけば、何もしなくてもそこから這い出してくるだろう。あとは、遼介の作戦次第だな」
「ああ、わかってる」
 持参したヘッドフォンを装着し、ポケットの中のプレイヤーの音量を確認しながら遼介は答える。
「俺はここで見ている。くれぐれも、気をつけてくれ」
 その言葉に笑みで答えた遼介は、プレーヤーのスイッチを入れつつ、マンティコラと退治するため砂地の上に立った。


 見てろよ、だてにここでおまえの攻撃を避けてたわけじゃないんだからな。
 尾を切り落とす。その思いだけを抱き、岩陰から飛び出した勢いのまま駆けていく。
 魔獣は蠍の尾を高く掲げ、日の光をギラギラとはじく鋭い三列の歯を持った口を大きく開いていた。そのマンティコラをにらみつけたまま、ヘッドフォンから流れ続けるフレーズを呟き、そのリズムに乗るように砂の上を駆けていく。
「ぐおおおおぉっ!!」
 びりびりと、凄まじい空気の振動が遼介の肌を叩く。
「次は棘だろ。見え見えなんだよ」
 右手に握った剣は、眩しく日の光をはじく。左手に握ったナイフを構え、それを走りながらマンティコラの尾めがけて投げつけた。
 遼介を狙っていた尾の先端が、ナイフによって軌道をずらされる。ずらされたため、棘は遼介の脇の砂地に深々と突き刺さる。
 数度攻撃を受けてわかったのだが、棘は蠍に似た尾の先端が向いている方向に、ただまっすぐにしか飛ばせない。それがわかれば、軌道をずらして避けることなど雑作もないことだ。
 再び左手にナイフをとり、右手に剣を掲げたまま、魔獣のもとに走りよる。
 獅子の体に見合った太い前足が、脇を走り抜けようとした遼介めがけて無造作に振り下ろされる。重い一撃を剣の腹で受け流し、魔獣の住処である洞窟が口を開く岸壁めがけて駆けていく。
 執拗に向けられる尾を投げナイフではじきながら、壁の手前で地を蹴り、壁に向かって飛び上がる。勢いのまま壁を数歩走り、思い切り蹴ってマンティコラが立つ方に飛んだ。
 三角飛びの要領で背を下にして飛びながらも、遼介は標的をしっかりととらえていた。くるりと宙返りながら右手の剣を両手でしっかり握り、標的であるキチン質の殻に包まれた尾めがけて振り下ろした。
 殻にあたる瞬間だけ、僅かな抵抗を受けた。だが、以前より切れ味と強靭さを増した剣は、その抵抗をものともせず尾をやすやすと切り飛ばす。
 あたりにマンティコラの咆哮が響く。
 痛みのためにあげられた咆哮は、聞く者をおびえさせるだけの怒りにも満ちていた。
「これで、おまえの痛みもなくなるだろ……」
 身軽にマンティコラの背に降り立ち、その背に剣を深く突き刺す。皮と筋肉を切り裂き、背骨までを砕きながら、剣は柄元まで呑みこまれる。
 一声あげた叫びとともに、魔獣の体が傾ぐ。
 倒れる魔獣の背を蹴り離れながら、その勢いで深く刺さった剣を引き抜く。白茶色の砂を、鮮やかな赤がまだらに染めた。


 勢い良く吹き出る血を避け、深く息を吐いた遼介は、ヘッドフォンを外す。ロックのリズムから解放された耳に、手を打ち合わせる乾いた音が聞こえてくる。
 視線を向けると、ハンターが微笑みながら手を叩いているところだった。
「よく、マンティコラの攻撃パターンを読んだものだ」
「ああ……、数を飛ばすのはヤバかったけど、軌道さえ読めれば、なんてことないのだったから」
 遼介は剣を濡らす血脂を拭い、鞘にしまいながら答える。拭う時に確かめたが、雲母のようなきらめきを含んだ艶やかな刀身には、一つの欠けも傷もなかった。
「頼もしい言葉だな。そんな遼介なら、これを渡しても大丈夫だろう」
 握りしめた手の平を突き出され、思わず遼介は手の平を差し出す。
 金属がふれあう音とともに、手の平に眩しく日の光をはじく銀色のものが蟠る。
「これ……、ホントにいいのか?」
 遼介ほどの年頃の少年だったら、一度は手にしたいと思うもの。
 細い銀鎖は、ペンダントのように、そこに繋がれたメダルを下げられるようになっている。ペンダントヘッドにあたるメダルの細工は美しく、鏡のような銀の真円の縁を棘の生えた草模様が飾っている。蔦飾りのようなそれは、遼介の見間違いでなければ、ギルドの旗にも印されている刺草のはずだ。
「ああ」
 おそらく目の前のハンターも、同じ文様で周囲を飾られたメダルを持っているのだろう。そこに印されている獣紋が何かまでは知らない。だが、この細工は噂に聞く、ハンターの証そのものである。
「体験活動コースを優秀な成績で終えたものに、渡すことになっていたのだ。これを示せば、各地のギルド支部で情報を手にし、魔物を狩ることが出来る。もちろん、それに付随する報酬も受け取れることになる」
 目を丸くしてメダルを見つめていた遼介は、その言葉に満面の笑みを浮かべる。
「すげーな。じゃあ、武者修行代わりに、魔物を倒したりできるんだな」
「そうだな。そうやって、任務の数をこなしていけば、技能試験も受けられるようになる。それに合格すれば、上のクラスのハンターにもなれるぞ」
 へえー、などといいながらメダルをひっくり返したりしていた遼介は、
「そういえば、あんたのクラスは?」
と、唐突に問いかける。
「俺か? 俺は、これだな……」
 その問いに対し、ハンターは首元からメダルを引き出し、遼介に示す。
 遼介が手にするものと違い、その中央には口を大きく開け、猛々しく何かをにらみ据える獅子の紋様が彫られている。
「獅子紋!? すげー!!」
 獅子紋は、最強のハンターの証である。素直に強い者への賛辞を送り、憧れを隠しもせず、遼介は決意を新たにする。
 きっと俺も──。
 その言葉の続きは、遼介の胸の奥に刻み込まれる。誰にも知られることなく、固く、しっかりと。
 手の平の銀のメダルは、遼介のこれからを暗示するように、鮮やかな日の光に眩しく煌めいていた。

 ─Fin─

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【1856/湖泉・遼介(こいずみ・りょうすけ)/男性/15歳/ヴィジョン使い・武道家】

【NPC/シエル・セレスティアル】

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■         ライター通信          ■
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 湖泉遼介様
 またのご依頼、ありがとうございます。ライターの縞させらです。
 ギルドのイベントへのご参加、ありがとうございます。元気一杯の遼介様を、楽しんで書かせていただきました。お気に召していただけましたら幸いです。
 また機会がありましたら、宜しくお願い致します。