<PCクエストノベル(2人)>
大切なもの ―封印の塔―
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【冒険者一覧】
【1070 / 虎王丸 / 火炎剣士】
【2303 / 蒼柳・凪 / 舞術師】
NPC
【ケルノイエス・エーヴォ / 塔守】
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蒼柳凪は封印の塔に向かう途中だった。
理由は簡単。封印の塔の塔守であるケルノイエス・エーヴォに礼を言い、また色々手伝いをしたかったからだ。
凪:「……だから、別にお前を誘ったつもりはなかったんだけどな」
虎王丸:「うっせ。あそこに行くなら俺も呼べ」
「封印の塔へ行ってくる」と伝えておいただけなのに、なぜか凪の後ろには虎王丸がついてきていた。
凪はしきりに首をかしげていた。虎王丸は面倒くさいことは嫌いなはずなのに……
凪:「………。ひょっとして、ケルノさんにたかろうとしてないか?」
虎王丸:「ァん?」
ものすごい形相でにらまれて、凪は慌てて目をそらす。
今の表情。――図星か。
凪は全身でため息をついた。
凪:「また塔では色々するつもりだから、お前も見返りが欲しいなら働けよ」
虎王丸:「ちっ。面倒くせー」
凪:「お前なあ……」
相棒の矛盾した言動に、凪はほとほと呆れ果て、無視することにしてそのまま歩き続けた。
++++++++++
ケルノ:「やあ! 久しぶりだね」
封印の塔につくと、塔守は喜んで迎えてくれた。
覚えていてくれるとは思わず、凪の表情がほころぶ。
虎王丸はけっと舌打ちして、
虎王丸:「おい塔守! あんたの行ってた神の塔だかなんだかじゃいいことなかったぜ!」
とケルノイエスに迫ろうとした。
凪はここにきて、虎王丸がなぜついてきたかに気づいた。――ケルノイエスに教えてもらった『神の塔の残骸』に行ったふたりは、女神には出会ったものの、宝物やその他金銭に替えられそうなものを見つけられなかったのだ。
常にそういうものを求めている虎王丸としてはそれが不満で、ケルノイエスにその責任をなすりつけようとしているのである。迷惑なことはなはだしい。
凪:「いい加減にしろよ虎王丸! あそこで出会った女神様は綺麗な方だったじゃないか!」
虎王丸:「それとこれとは別の話だ!」
凪:「おい!」
ケルノ:「――女神に会っただって?」
ケルノイエスは驚いたように目を丸くする。
ケルノ:「それは本当かい?」
凪:「ええ、本当です」
ケルノ:「そうか……それは素晴らしいことだ」
ケルノイエスは嬉しそうに目を細める。それからふと、表情をくもらせた。
ケルノ:「そう言えば……先日もその神の塔に向かった冒険者が、呪われたアイテムをうちに持ってきたな……」
凪:「え?」
虎王丸:「なんだとぉ?」
そんなはずはない。
女神降臨後、凪と虎王丸はあの塔を調べつくしたのだ。
何もなかったはずだ。何も。
ケルノイエスが「こっちだ」とふたりをそのアイテムの場所まで案内してくれる。
そこにあったのは――
……見覚えのある、文字盤だった。
虎王丸:「なんだこりゃ」
凪:「ちょ、虎王丸、覚えてないのか?」
虎王丸:「覚えてねーよんなもん」
お宝になりそうにないもの。そんなものが虎王丸の記憶に残るはずがない。
凪はがっくりしながら、
凪:「これは塔の入口にあった文字盤だ……ほら、『我が女神のために我はここに塔を建立す』……あのときはこの言葉に散々困らされたな」
凪のしみじみとした言葉に、虎王丸が少しだけ思い出したのか「あー」と気のない返事をした。
凪:「でもこれは呪われたアイテムじゃなかったはず……」
凪はケルノイエスを見る。
ケルノイエスは首を横に振って、難しい顔で言った。
ケルノ:「これはかなり強力な呪術的アイテムになっているよ……ほら、今凪君がその言葉を発しただけで――」
パチィッ
ケルノ:「……という具合に、電撃が走る」
文字盤から放たれた電撃がまともに直撃した虎王丸が、「こらーーーー!」と顔を真っ赤にして怒り狂った。
虎王丸:「面白ぇじゃねえか、売られたケンカは買ってやる!」
凪:「何言ってるんだ虎王丸……」
虎王丸の髪の毛が、静電気で逆立っている。……ちょうど怒髪天でぴったりかもしれない。
ケルノ:「中にね。魔物の気配が大量にする」
凪:「魔物……」
ケルノ:「それに混じって何かおかしな気配もするんだけども……どうしたものかな、と思っていたところさ」
凪:「なら、いいタイミングで来ましたね。俺らも」
凪は微笑んだ。
凪:「魔物退治、やらせて頂きます」
虎王丸:「報酬ははずむんだろうな!?」
虎王丸が髪の毛を逆立てたまま怒鳴った。
ケルノイエスは苦笑して、
ケルノ:「分かったよ。呪いが解けたばかりのアイテムを渡そう」
凪:「あ……いや、これの言うことは聞かなくてもいいんですが」
虎王丸:「誰が『これ』だ!」
虎王丸、ますます髪の毛逆立て状態……
++++++++++
凪は文字盤の文字をなぞった。
凪:「『我が女神のために我はここに塔を建立す』!」
文字盤がぴしぴしとひび割れた。そして、
ひび割れた隙間からしゅるしゅるといくつもの気配が飛び出してくる――
凪は飛びのいて文字盤から大きく離れながら、魔物を見つめた。
それは透き通るような白さを持つ、火の玉のような魔物たちの群れだった。
凪:「……まるで霊魂のようだな……っ」
神の塔は、かつてあった(らしい)タラスという国の人々が建立したものだった。それが女神の怒りに触れて破壊されたのだが――
滅びた国。その人々は、どこへ行ってしまったのだろう。
凪:「………。まさか……?」
凪は白い火の玉を見る。
気配が邪悪だ。間違いなく魔物だ。しかし……
虎王丸:「てぇりゃああああ!」
虎王丸が遠慮なく刀を火の玉に向かって振りかざす。
火の玉は、ふおんと不思議な音を立てて避けた。
虎王丸:「ちっ。白焔をまとわせねえとだめかよ」
言った虎王丸はふと凪のほうを見て、
虎王丸:「凪ー! てめっ、ぼんやりしてんじゃねえ!」
凪:「―――っ、あ、すまないっ」
凪は慌てて舞い始めた。
さらりさらりと衣が舞う。『八重羽衣』。
すでに避難したケルノイエスを除く、虎王丸と凪のふたりの体の表面に、薄い衣が張られる。
虎王丸:「っっしゃあ!!」
虎王丸は白焔を生み出した。そしてそれを火の玉の群れに投げつけた。
火の玉――大きさは大人の男性の顔くらいだろうか――は、ひょいひょいと動いて白焔を避けていく。
凪は小さくうなずいた。――避けるということは、当たれば効果があるということだ。あの火の玉には質量がある。
先ほどは虎王丸の刀を避けていた。
ならば――銃型神機でも攻撃できるはず。
虎王丸が白焔を乗せた刀でもって火の玉の群れに斬りこんで行く。
ざしゅうっ
数体の火の玉が、刀の斜め斬りのえじきになった。
火の玉が虎王丸を恐れるように散開する。凪は神機で火の玉の横を撃った。
たまらず火の玉が避けるように動く。
――火の玉が虎王丸の周りから離れられないよう、凪は誘導する。
虎王丸は力任せに刀を振り回していた。その無茶苦茶な動きが、かえって敵にははかりがたかったようだ。
火の玉が反撃に出る。ぼっと、虎王丸や凪の体の周りに炎が生まれる。
しかし、炎は『八重羽衣』の効果によって打ち消された。
凪はほっとして再び火の玉の誘導をしようと神機を構えた。
と――
ふと、ひびわれた文字盤を見ると――
触手が。
ずるりと。
文字盤の割れ目から。
ずるりずるりと。
――何本も。
凪:「虎王丸、気をつけろ! 敵は火の玉だけじゃない!」
虎王丸:「アあ!?」
触手は文字盤から地を這って現れた。
全体像は、まるで指だけ多く長くなったかのような掌――
うねうねと触手が下から虎王丸を狙う。
虎王丸:「邪魔だ!」
虎王丸が触手の一本を斬った。瞬間、彼の死角から別の触手が飛んできて、虎王丸のこめかみを痛打した。
虎王丸:「………っっっ!」
凪:「虎王丸!」
凪は弾を放つ。虎王丸のこめかみあたりにあった触手の先端が吹き飛ばされる。
触手は凪のいる場所にまで届きそうに伸びてくる。
こめかみを打たれ、頭がくらくらしたのか、虎王丸の動きが揺らいだ。そこを火の玉たちが囲んで、
バチィイッ
上空から電撃を発生させ、まともに虎王丸の上に落とした。
虎王丸:「うあ……っ!!」
凪:「こお……虎王丸!」
凪は神機を連射した。虎王丸を囲む火の玉を撃ち落とすために。
数発は避けられたが、虎王丸を囲っていた円陣は消えた。
その合間に、触手が凪の足元までやってきた。
凪:「くそ……っ」
虎王丸の動きがまだおぼつかない。残っている火の玉が再び円陣を組もうとしている。
ああやって電撃をくらい続ければ、いくら虎王丸といえども――
――冗談じゃない。
凪は頭を振って否定する。俺たちは、こんなところで負けるわけにはいかない。
触手の一本が、凪の足に到達した。ぬるりぬるりと足をつたうように昇ろうとする。
凪は神機を一撃、自分の足元に放った。
触手が驚いたように引っ込んだ。そこへもう一発。先端部分を破壊する。
虎王丸の周りに、火の玉が集まっていく――
凪:「虎王丸!」
凪は声を張り上げた。
凪:「こんなところで負けるなよ……! お前はまだまだナンパしだりないんだろうが!」
虎王丸:「……っ……っ……っ」
虎王丸がふらふらしながら、刀を構えた。
そして自分を囲んでいる火の玉たちに「どけっ!」と一閃――
虎王丸:「ったりめぇだ! んなところでやられるかよ……っ!!」
触手が虎王丸の足をつかんでいた。
虎王丸は白焔を放って、触手を焼いた。
火の玉が円陣を組もうとする。
凪の弾がそれを阻んだ。
火の玉は尽きず、触手は傷つけられた場所を復活させてまだうねり続ける。
凪は舞い始めた。激しい舞を。
それを見てとった虎王丸は、
虎王丸:「早めにその舞終わらせろよ……っ!」
怒鳴りながら、くらくらする頭を無理やり起こして白焔を放ち続けた。
火の玉が徐々に数を減らし、触手は再生に時間を費やして隙を作る。
虎王丸:「オラァっ!」
虎王丸は触手を、指の付け根にあたる場所で切断した。
――まだ動くか――?
切断された指にあたる触手は、うねうねと一人歩きを始める。――胴体に戻ろうとしない。
胴体からも、新しい触手が生える様子はない。
よっしゃ、と虎王丸は自分の足にからみついてきた別の触手を斬り飛ばしながら唇の端をつりあげた。
白焔を生み出す――一人歩きしていた触手に向かって。
放った焔は、再生能力を失った触手を綺麗に焼き尽くした。
と、気がつくと自分の周りに火の玉の円陣――
虎王丸:「しまっ――」
凪:「『武神演舞』!」
凪の高らかな声があがった。
瞬間、凪の背後にうっすらと霊体のようなものが浮かび、すうと凪に吸い込まれた。
武芸に長けた神霊――
凪の目つきが変わった。両手に持つ神機がフルオート射撃へと変わる。連射で虎王丸を囲っていた火の玉を、ひとつ残らず消し飛ばす。
虎王丸はにいっと笑って、触手の胴体へと向かった。
その間にも凪の射撃は続く。空中に浮遊する火の玉をものすごい速さですべて撃ち抜いていく。
虎王丸の刀が触手を一本、また一本と胴体から切り離していく。虎王丸は念のため、切り口を白焔で焼いた。
切り離された触手がのたうつ。虎王丸の白焔に焼かれて。
火の玉は凪が、触手は虎王丸が――
互いに言葉を交わすことなく、ふたりは互いの役目を知っていた。
――最後の火の玉が、撃ち抜かれる。
――最後の触手が、燃やし尽くされる。
そして残ったのは――触手の、胴体。
虎王丸はまだふらふらする頭を必死でこらえながら胴体を踏みつける。
巨大な『掌』だ。のたのたと虎王丸の足の下で動こうとするが、
虎王丸:「悪ぃが……消えてもらうぜ」
虎王丸は、白焔をまとわせた刀を『掌』の中央に突きたてた。
一瞬、ぼっと白焔が掌全体にいきわたり――
やがて、黒くなった『掌』は、ぼろぼろと崩れて――
そのまま、消滅した。
はーあ、と虎王丸がその場にどさりと座り込む。
虎王丸:「久々にやばいとか思っちまったぜ……」
凪:「虎王丸!」
舞の効果が切れた凪が、虎王丸のもとまで走ってくる。
凪:「虎王丸……! 無事か!」
虎王丸:「見りゃわかんだろ」
虎王丸はひらひらと手を振る。
凪はほっとした顔で虎王丸を見た。
と――
ふいに気配がして、「誰だ!」と凪は振り向いた。
そこには文字盤があり、そして。
???:「見事であったぞ……少年たちよ……」
虎王丸:「……どっかで聞いたような声とせりふだな」
凪:「……どっかで聞いたような、じゃなくて」
凪は文字盤から浮かび上がっている霊体を見つめて、つぶやいた。
凪:「……あのときとまったく同じだ」
タンタラス:「我のことを覚えているのか、少年たちよ」
それは神の塔を最初に作り出そうとしたタラス王国の王、タンタラス――
タンタラス:「すまなかったな」
とタンタラスは言った。
凪は警戒しながら、タンタラスをにらみつけた。
凪:「これはいったい、どういうことですか」
タンタラス:「――女神のおっしゃったことがあまりにもショックでな……我も、我の国民たちも」
タンタラスの言葉には力がない。
凪:「国民たち……やはりあの火の玉は……」
タンタラス:「そうだ。すべて浄化してくれて感謝する」
凪:「……では、あの触手は――?」
タンタラスは微苦笑して、ずっと背中に回していた左手を前に出した。
凪は驚いた。タンタラスの左手は手首から先が――ない。
タンタラス:「我は幼いころに左手を切断してな。……まさかこんなときに我の妄執が左手となって表れるとは思わなんだが」
凪:「あれは……あなたの左手だったのですか」
タンタラス:「ああ。……指が何本もあっただろう。不吉だと切断された」
凪:「………」
凪は虎王丸を見る。
虎王丸は珍しく凪によりかかって、目を閉じていた。――こめかみを痛打され、電撃を落とされたことがよほどのダメージだったらしい。
その虎王丸の寝顔を見ながら、凪はつぶやいた。
凪:「虎王丸が無事だったから、俺はあなたに同情できます、タンタラス王」
タンタラス:「………」
凪:「もし虎王丸が――」
凪は瞼を閉じて思い描く。ふらふらしていた虎王丸の姿を。
そして目を開け、タンタラスをまっすぐに見た。
凪:「……そのときは、あなたを許しませんでした」
タンタラス:「そうであろうな……」
少年よ、とタンタラスはつぶやいた。
タンタラス:「我を……殺してくれ。今度こそ」
凪:「………」
凪は神機を構える。
引鉄を引くのはたった一回――
虎王丸が、肩でみじろぎして瞼をうっすら開けた。
虎王丸:「あん……今、何か言ったか……?」
凪:「何でもないよ、虎王丸」
煙の立ちのぼる神機の銃口を隠しながら、凪は微笑んだ。
++++++++++
ケルノ:「約束だったね」
ケルノイエスは塔にいくつか設置されている宝箱の中から、
ケルノ:「これでどうかな?」
と凪と虎王丸の前に元・呪いのアイテムを差し出した。
それは、金と銀をうまく組み合わせて細工したネックレス――
虎王丸:「それいい! 今度ナンパしたねーちゃんにやる!」
虎王丸は大喜びでそれを受け取った。
凪はそれを咎めなかった。ただ微笑んで虎王丸の喜びようを見つめる。
ケルノイエスは少しだけ気がかりそうな表情をしていた。
凪:「どうしたんですか?」
凪が何気なく訊くと、ケルノイエスは虎王丸には聞こえないよう凪の耳元で囁いた。
ケルノ:「あのネックレスは、つけた女性全員を死に至らしめた呪いのアイテムだったんだ。……もう大丈夫ではあるんだけど……」
凪:「………………」
凪は、無視することに決めた。
飛び上がっている虎王丸の笑顔を、わざわざ壊すこともないだろうと、そう思って。
―Fin―
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