<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『ファムルの診療所〜修行〜』

「最近は、若者の依頼が増えたな……。ところで君、お姉さんはいるかい? 君に似た女性なら、さぞかし美しいだろう」
 錬金術師、ファムル・ディートは、依頼された薬を蒼柳・凪に渡しながら、いつもの言葉を口にした。
 凪は笑って誤魔化すと、薬の代金を支払う。
「ダラン今日は来てる?」
「あ、ああ、そういえば、あんたが来たら起してくれって言ってたな」
 ファムルは診療室の奥へと消えてゆく。
 凪は1人診療室を見回してみる。
 建物は綺麗ではない。
 室内は片付いてはいないが、さほど汚れてはいない。
 積みあがった本が崩れかけている。
 整理整頓はされていないが、不潔というわけではないといったところだ。
 それにしても、診療所の看板を下げているのだから、もう少し片付けてもいいだろうに……。
「あっ、凪〜」
 ぼさぼさの頭の少年が勢いよく飛び出してきた。昼寝をしていたらしい。
 尻尾を振り出しそうなほどの嬉しそうな笑みを、自分に向けてくる。
 その様子はまるで、主人を出迎える犬のようだ。
「寝てたのか?」
「う、うん。呪文の勉強してたら、すげぇ眠くなっちまって……」
 相変わらず、呪文の暗記に苦労しているらしい。

 診療室の奥の部屋を借り、まずはダラン・ローデスの修行の成果を見てみることにする。
 教本を取り出したダランは、呪文のページを開いて読んでみせる。しかし、非常にたどたどしい。
「ああ、わかんねー!!」
 たかだか3行程度の呪文であったが、ダランはすぐに飽きてしまう。
「活字嫌いというか、ダランの頭は完全に拒否してるよな」
 凪は苦笑しながら、教本に手を伸ばし、ダランが開いていたページを開いてみる。
 初心者向けの割りには、難しい。
「これ……大人向けじゃないか」
「そうだぜ、俺大人だし」
「いや、まあ……そう思うのは勝手だけど、自分に合った本を選んだ方がいい。というか、もしかして学校も一般科に通っているのか?」
「学校は行ってない。家庭教師を雇ってる。でも、まだ呼吸法とか精神集中しか教えてくれねぇんだ」
 授業の時以外は、こうして外で自主勉強をしているらしい。全くはかどっていないようだが。
「なあ、凪……。ほら、この間の話……」
 ダランは少し言い難くそうに、軽く目をそらす。
「舞術。俺に覚えられるか? 教えてくれるか?」 
 振り仰ぎ、再び凪を見たダランの目は真剣だった。
「魔法が使えるようになりたいんだ!」
 凪はダランの真剣な眼差しに応え、強く頷きダランを部屋の隅に下がらせる。
「基本的な舞術を教えれると思うが、本格的な術を取得出来るようになるには長い期間が掛かる。学んでいく中で、ダランが良いと思う魔術なり技術を会得してくのがいい」
 荷物を置いて、凪は軽く舞ってみせる。
 それは、「白銘神手」という、舞術の基礎に位置される舞いであった。
 紡がれる呪文と身体の動きが融和していて、美しい。
 見ほれているダランの視界の隅で何かが動いた。
 凪の荷物だ。
「う、浮いてる、浮いてるよ、凪!!」
「浮かせているんだから、当たり前だ」
 軽く笑って舞を止めると、荷物はストンと床に落ちた。
「今のは、舞術の基礎、「白銘神手」だ。やってみるか?」
「やるやるっ!」
 ダランが勢いよく歩み寄る。
 まずは、動きから教えることにする。
「手はこう」
 凪の動きを真似ようとするダランだが、とっても不恰好である。
「角度はこんなカンジ」
 凪はダランの手首をくいっとまげて、正しい姿勢を作り上げる。
「で、足をこのように……」
「うわっ!」
 凪をまねて足を後ろに引いたダランは、自分の足に躓いて派手に転倒する。しかし、凪が手を差し出す前に自ら立ち上がり、今教わった動きに再び、チャレンジしていく。
 ダランの熱心な態度に感心しながら、凪はダランの服装が舞術に向いていないことに気付く。
 ダランは蛍光色を好んでいるらしい。色合いは派手だが、模様はない服を着ていることが多い。また、装飾品が多いため、運動には向いていない。
「練習中は、もっと動きやすい服を着た方がいい。持ってるか?」
「服なら、家にずらーーーっとあるぜ。一部屋クローゼットになってるくらい」
 そうだった。ダランはお金持ちのお坊ちゃまだ。自分でも把握していないほど服はあるらしい。その中に、舞術に合った服があるかどうかは不明だが。
 とりあえず、今日は装飾品の類を外して、練習を続けることにする。
 動きの方は、思いのほか簡単に覚えた。
 ただ、どうにもやはりぎこちない。体の柔軟性が足りないようだ。
 呪文の方は動きとセットで教えることにした。
「頭で覚えるんじゃなくて、体がこう動いた時に、口がこう喋る。そういう風に覚えればきっとできる」
 凪の言葉に頷いて、ダランは動作一つと、呪文をセットで何度も繰り返していく。
 通して出来るようになった頃。そろそろかと、凪はファムルから受け取っていた薬を取り出してダランに渡した。
「なに?」
「一時的に霊力を上げる薬だ。それを飲んだら、次の段階に進もう」
 ダランは言われたとおり、薬を飲み干す。
「それじゃあ……そうだな、さっき外した装飾品にするか」
 凪はダランに「白銘神手」を舞うように指示し、自分の装飾品を手を使わずに持ち上げてみろと、言う。
 ダランは強く頷いて、舞い始める。服装も合わず、ぎこちない動きだが、辛うじて舞えているといったところか……。
 瞬間。
 ダランの装飾品の一つ、チェーンが弾け飛ぶ!
 何がおこったのか分からず、ダランは舞を止め、口を開いて呆然としている。
 壁のフックに引っかかっていたチェーンが、ダランの念動により引っ張られて、ちぎれたのだ。
 薬の力か? ダランの能力か……? 凪は弾け飛んたチェーンを手にして、注意深く見た。金属が捻じ曲がっている。
「す、すすす、げー! 今の、魔法だよな? だよな!?」
 ダランは興奮して、凪の腕をつかんだ。
「あ、ああ。全くセーブが出来てなかったけどな」
「うわ〜っ。俺にも出来た、出来るんだ!! やった、やったぜ凪〜」
 凪の腕をぶんぶん振った後、ダランはチェーンを凪の腕からとると、ファムルの元に駆けていった。
「おーいファムル、これがホントの俺様の力だ〜!!」
 ファムルが作った薬の力があってこそだということを忘れているらしい。それでも、成功は、彼自身の努力の結果に他ならない。
「やったな、ダラン」
 それにしても……。
 凪は、フックに引っかかっているチェーンの欠片を手に取った。
 曲がったそれは、手で直すことができない。
 薬の力か、それともダランの潜在能力か。両方か。
 どちらにしろ、ダランとファムルの薬が揃えば、もしかしたら、かなりの戦力になるのではないかと思えた。

「凪、また教えてくれよな! もっともっと、色々できるようになって、役立てるようになるからさっ」
 壊れたチェーンはとっておくのだという。
 今日の感動を忘れないように。
「まずは、スポンジとか軽いもので練習するといい。薬なしで、浮かせることが出来るようになったら、力のセーブやコントロールを身につけるんだ。聞きたいことがあるんなら、また教えるし」
「うん! 帰ったら、親父にも見せるんだ」
 ダランの言葉で、ふと凪はダランの父親を思い浮かべた。
 そういえば、ダランと父親はあまり似ていない。母親似なのだろう。
「ダランの両親って、種族人間だよな?」
「父ちゃんはな。……母ちゃんは知らない。この辺の出身じゃないってことは聞いてるけど」
 ダランの母親は既に他界しており、ダランは母親のことを殆ど知らないらしい。
「そうか」
 ダランの力に、少しだけ、ほんの少しだけだが、凪は異質さを感じていた。
 異質といっても、この様々な種族が存在する世界では特に気にすることでもない。
「それがどうかしたのか?」
「いや、なんでもない。……またな、ダラン」
「うん、またな、凪!」
 まだ暫らく修行を続けるというダランを残し、凪は診療所を出た。
 歩きながら、手を開く。
 手の中には、ダランがちぎったチェーンの欠片がある。 
 高価な金属だと思うから、加工して使ってくれと、ダランは言っていた。礼のつもりなのだろう。
「さて、どうするかな」
 凪は欠片をぎゅっと握り締めた後、道具袋にしまった。

 今はまだ、このままがいい。
 この姿が、今の真実だから。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

お世話になっております。川岸です。
初めて魔法らしいものが発動し、ダランはとても感激したようです。
性格バカな子なので、有頂天になったりしないといいのですがっ。
ご教授ありがとうございました!