<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


記憶の欠片、輝きの源

「記憶がはっきりしないんだよ!」
 パッソ・カタラータはアガートの胸倉をつかみ、がしがし揺らしながら訴えていた。
「だから! その記憶が見たいんだ! ねえ、取り次いでよ!」
「ちょ、ま、待って」
 ――赤毛の少年アガート、ただいまめまい中――
 パッソはふん! と仁王立ちになって、
「これくらいで、情けない!」
 と口をとがらせた。
 そうは言っても少女はアガートを見つけるなり胸倉につかみかかってきたのだ。そのままがくがく揺さぶられては、苦しくもなろうというものである。
 げほげほと咳き込むアガートに、パッソは人差し指を立てて改めて口を開いた。
「いーい? よく聞いてよ。あたしがこの間旅の途中で出会った子との記憶がはっきりしないんだよ。もう一度見たいって言ってるんだよ。だから取り次いで、『記憶覗き』の人に!」

 クオレ細工師と呼ばれる少年がいる。街はずれの倉庫に住んでいる。
 彼は、他人の記憶を『覗き見る』という。
 本人は滅多に外に出てこないが、代わりに倉庫の管理人たる少年アガートが外に出て、クオレ細工の客をさがしていることが多かった。――最近ではむしろ、客のほうがすすんで倉庫にやってくるほうが多いが。
 パッソは後者にあたった。街で噂を聞き、すぐに倉庫にすっ飛んできた。
 赤毛のアガートは目につきやすい。ちょうど倉庫から出てきたところをつかまえて――この次第である。
 ようやくめまいも咳き込みも終わったところで、パッソはアガートの顔をのぞきこんだ。
「取り次いでくれるんだよね?」
「分かった、分かった」
 アガートはもう一度けほっと咳き込んでから、「ついてきて」と彼女を倉庫へ案内した。

 倉庫は整然と物がしまわれていた。
「へえ。キミってけっこう几帳面なんだね」
 アガートがこの倉庫の管理人だと聞いていたパッソは、感心しながらそう言った。
 アガートが苦笑する。
「その代わり、地下がひどいけどね。驚かないでくれよ」
「なに、邪魔なものは全部地下に押し込んであるとか?」
 パッソの掃除好きがうずきだす。「そんな場所あったらあたしも一緒に掃除してやるから!」
「……いや……無理じゃないかな……」
 アガートはあさっての方向を見て、あははと乾いた笑いをもらした。
 壁にかけられた、やけに大きなタペストリ――
 それをくぐると、地下室への階段が現れた。
 う、とパッソは一歩を踏み出すのをためらった。
 ものすごい埃の気配。
「ほ、本当にひどいんだねっ。もー、どうして掃除しないんだよ!」
「しないっていうか……させてくれないっていうか……」
 先にとんとん階段を降りていったアガートが、「おーいフィグー。起きてるかー」と誰かに声をかけた。
 パッソはもしやと引きつった。――この部屋に誰かが住んでいるのか?
 この、埃舞う道具ごちゃごちゃテーブルもなし、棚の中も雑然としている恐怖の部屋に?
「フィグー……」
 アガートがごそごそと足元の物をのけながらなおも誰かをさがしている。
 そして、
「あ、いた」
 のんきな声を出した。
 誰かのうめき声がする。そして、
「――あ、いた――じゃ、ないっ!」
 だあっとアガートの足元をすくって放り投げて、ひとりの少年が起き上がった。
 アガートが物の山にうずもれる。起き上がった少年はひどく不機嫌そうな顔で、
「人を踏んづけておいてなんだその態度は! 大体安眠妨害だ!」
 とアガートに指をつきつけてまくしたてる。
 パッソは耳を疑った。安眠!? この部屋で安眠!?
「しっんじられないよ……」
 思わずつぶやくと、ふと、起き上がったほうの少年がパッソのほうを向いた。
「……なんだ……また客か?」
 パッソはびくっと震えた。
 こんなにも離れているのに、少年の黒い瞳はやけに鮮明でひどく心惹かれる。
「安眠妨害の上に無駄な仕事を持ってきたか……アガート……」
「馬鹿野郎お前今まで三日ぐらい寝てただろ! たまには仕事しろ!」
「あー、うるさいうるさい。帰れ」
 少年は再びぱったりと倒れてしまう。
 物の山にうずもれていたアガートが起き上がり、少年を引っ張り起こした。
「そーは行くかフィグ! 今日こそ仕事しろ、仕事!」
「いやだ」
「お前のせいで何件断るはめになったか――!」
「そんなもんしらん」
 何だか知らないがひどく無愛想な少年である。パッソは腹が立って、
「ちょっと! 人がせっかく出向いてるのにその態度はなんだよ!」
 埃も気にならなくなり急いで階段を降りると、物の山をひょいひょい身軽に飛び越えて少年とアガートの元へ行く。
 そしてアガートが腕をつかんでいる少年の胸倉をつかみ、がくがく揺らし始めた。
「あたしは記憶覗きの人をさがしてるんだよ! キミも協力してよ!」
「………」
 今にも眠りかかっていた目がうっすらと開く。
 黒い魅力的な瞳が現れて、再びパッソは硬直する。
「記憶覗き、ね……」
 黒い瞳の少年はつぶいやいた。
 隣で、あははとアガートが苦笑いをして、
「こいつなんだ、クオレ細工師。フィグってぇの」
「へ」
 パッソは口をあんぐり開けた。
 こんな汚らしい部屋に住んでいる少年が――さがしていた張本人?
「はいはい。予想してたのと違うならさっさと帰れ」
 フィグと呼ばれた少年は面倒くさそうに手をひらひらさせた。
 しかし――
「冗談じゃないよ!」
 パッソはフィグに顔を近づけて、眼前で怒鳴った。
「記憶見せてもらわなきゃ、もうあのときのことが気になって気になって! ほら、記憶覗きやってくれよ、もう!」
「うるさい客だな……」
 フィグはパッソから顔を離しながら、心底嫌そうに言った。しかしそんな表情に負けるパッソではない。
「お金ぐらい払うから、ちゃんとやってもらうよ」
「……金はいらないからさっさと出てってくれってのは?」
「記憶覗いてくれてからならね」
 パッソはフィグの胸倉をつかんだまま、きっぱりと言い切った。
「………………」
 何だかよく分からないが、フィグは色々と諦めたようだった。

 アガートが、部屋の隅から椅子を持ってくる。
「はい座って座ってー」
 と赤毛の少年に言われるままに、パッソはその椅子に座った。
 意外と埃っぽくない。頻繁に使われているのかもしれない。
 フィグが立ち上がり、はあと息をついた。
「ため息ついてる暇があったら、さっさとやる!」
 パッソは怒鳴りつける。
「分かりましたよ」
 目を閉じて――と彼は言った。
 パッソは目を閉じる。髪に、何か優しいものが触れた気がした。
 頭に……手を置かれている?
 不思議と嫌な感じがしない。
 やがて眠気が襲ってきた。
 めくるめく過去の世界へと――

     **********

 数日前、旅の最中でのこと……
 森を通り過ぎようとしたときに。
「――え? キミ迷子なの?」
 こくりとうなずく誰かがひとり――
「いいよ、ついておいでよ」
 ふたり並んで歩いた。楽しい旅だった。
「え? あたしは女だよ。ちょっと胸が足りない? ほっとけよ!」
「掃除はねえ趣味だね。え、自分も女らしさ磨いたらって? ほっとけってば!」
「その気になったらモップでだって戦えるさ。――え? モップで倒されたら魔物もうかばれないって? そんなこと知らないよ!」
「あー……あたしお金の勘定以外の計算ダメなんだよねえ……え? がめつい? いい加減にしないとヴィルベルヴィントで切り裂くよ」
 漫才のような会話になってしまっていた。
 ふと、パッソは『彼』を見て、何かを思い出すような気がした。青、緑……
(何か――こんなのなかったっけ?)
 考えてみても、何なのか思い出せない。
 やがて森の出入り口に来ると、『彼』は立ち止まった。
 パッソは彼の囁く言葉を聞いた。
「――骨董品店に住んでるんだ? それで、さがし人があたしに似て……る……」
 ぱ……っ
 ――気がつくと、『彼』は消えていた。跡形もなく。
 あれは、誰だったのだろう……

     **********

「――まだ足らないっ!」
 目が覚めるなり、パッソは椅子からばっと立ち上がった。
「重要なところが足りないっ! ねえもう一回やっておくれよ、クオレ細工師!」
 フィグは――
 くくくとお腹を押さえて笑っていた。
「何笑ってるんだよ!」
「いや、君と彼の漫才が」
「漫才じゃないー!」
「お、落ち着いて」
 アガートが慌てて暴れるパッソを抑えようとする。
 パッソはきー! と歯ぎしりしそうな勢いで、
「いいからもう一回ってば、クオレ細工師!」
「はいはい」
 フィグはおさまらない笑いをこらえながら再びパッソの顔の前に手をかざす――

     **********

 青……
 緑……
 ――骨董品店――
「あたしに……似てる……」
 ――あたしを、さがしてる――?
 いや、逆だろうか。
「あたしが……さがしてる……?」
 青……
 緑……
 ――骨董品店――

「誰かが呼んでる……」
 森の出入り口で、パッソは立ち止まった。
「誰かが呼んでる……」

 青……
 緑……
「骨董品……店……」

     **********

 はっ――
 パッソは目を見開いた。
「どうした?」
 フィグが目の前にいる。その黒い瞳に見つめられて。
「思い……出した!」
 パッソは記憶覗きの代金を急いでポケットから出し、フィグの手に握らせた。そして、
「クオレってやつは後でいい!」
 と地下室を飛ぶように昇り、倉庫を飛び出した。
 青に緑、骨董品店、あれは、あれは間違いない――

「……クオレ、できた?」
 アガートがフィグの手元を覗き込んでくる。
「ああ、まあ」
 フィグはその時点では、出来上がったものを見せる気がないようだった。

 数日後――
 パッソは倉庫に現れた。
「あ、いらっしゃい」
 アガートが笑顔で迎える。
「フィグ、いる?」
「いるよ。いつも通り寝てる」
「起こしてもいいかな」
「起こさなきゃ起きないんだよ、アイツは」
 笑って言って、アガートはパッソを例の地下室まで案内した。
 埃舞う部屋。相変わらずの汚さ。
「……ここどうしても掃除したい」
 パッソは口をとがらせる。
「ここに埋もれてるのが幸せなんだってさ」
 フィグ! とアガートは呼ぶ。
 驚いたことに、そのたった一度の呼び声でフィグはのっそり起き上がってきた。
「……そろそろ、来ると思った」
 パッソの顔を見て、つぶやく。
「それで、さがしものは見つかったのか」
 黒い瞳は何もかもを見透かしているようだった。
「うん!」
 パッソはフィグとアガートのふたりに、大事に抱きかかえていたものを差し出した。
 それは青緑色をした兎の人形――
「これ……小さい頃になくした、思い出の人形なんだ」
 えへへ、とパッソはくすぐったそうに笑う。
「骨董品店さがしまくって、ようやく見つけた。――ありがとう、フィグ」
「いいや。ただのあんたの記憶だよ」
 フィグは物珍しそうに青緑色の兎をつっついた。
「そう言えば、ねえ、クオレってどうなったんだい? あたしの記憶でもできたのかな?」
 クオレとは――
 覗いた他人の記憶から取り出される、いわば記憶の結晶だという。
「できたよ。それの細工を今までしてたんだけどね……」
 代金をもらっているからね。とフィグはずっと握り拳にしていた手を開いた。
「ほら」
 それは親指大ほどの、青と緑の兎の形をした宝石――
「あんたの記憶に出てきたのはこの兎だってことは、俺には分かっていたから」
 目の前できらきらと光るかわいい青緑の兎を見せられて、パッソは大喜びした。
「ねえ、それももらっていいの!? もらっていい!?」
「どうぞ。代金はもらってるから」
「この子の首につける!」
 パッソは骨董品店で見つけた兎の胸元を指差す。
「それなら鎖が必要だな――ちょっと待って」
 フィグはがらくたの奥に引っ込み、そしてぬっと姿を現した。
 小さな青緑の兎には、すでに鎖が通されていた。
 フィグからそれを手渡され、パッソはわくわくしながら自分の人形の首にかける。
 ――ちょうどいいサイズだった。綺麗な宝石の兎が、かわいい人形の首をかざった。
「名前、どうしようかな」
 パッソはそんなことを言いながらも、本当はとっくに決めていたようだった。
「ノワール! この子の名前はノワール!」
 そしてパッソはまぶしそうに、フィグの魅力的な黒い瞳を見つめた。
「――その瞳、忘れないよ」
 ノワール[黒]――
 フィグが苦笑した。
「後悔しないようにな」
「するもんか」
 そしてパッソは、ノワールと名づけた人形を抱きしめた。
「これからは、この子も連れて旅をするんだ」
「また落とすなよ」
「落とさないよ! 子供じゃないんだから」
「まだ子供だろう」
「フィグだって歳変わらないじゃないかー!」
 ぎゃんぎゃん騒ぎながらも、パッソは楽しそうだった。
 アガートが微笑ましそうに少年少女の言い合いを見つめる。
 少女の腕の中で、ようやく主人に出会えた兎の人形が、安心したように少女の胸に甘えているような気が、した。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3436/パッソ・カタラータ/女/14歳(実年齢36歳)/冒険商人】

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■         ライター通信          ■
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パッソ・カタラータ様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびはゲームノベルにご参加くださり、ありがとうございました!色々ありましたがこうして完成しました。いかがでしょうか?気に入っていただけますよう願っております。
よろしければまたお会いできますよう……