<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


交響幻想曲 −忘れられた第3楽章−



 黒山羊亭のカウンターに明らかに手書きと思われる地図を広げ、エスメラルダはつぅっと指で地図上をなぞる。
 それは、先日、聖都エルザードの近くにある草原に落ちた、不思議な山のような街の地図。
「人の足には限界があることは分かるわ」
 約半分ほどの地図を見つめ、もう少し詳細な地図を作ることは出来ないかと問いかける。
「例えば、そう…」
 頂上だけに建つなどという、いかにも特別で疑ってくださいと言わんばかりの教会をトンっと指差す。
「ここへ通じる道を見つける……とか」
 話に聞いた、開かずの扉と、開け放たれた扉がどれくらいあるのか、とか。
 4方を囲まれた民家に入るための入り口を見つける、とか。
「それから…」
 短い水晶の鎖がエスメラルダの掌から伸びていく。
 シャランと、鈴が鳴るような音をたてた水晶の鎖に視線を落とし、
「これの謎…とかね」
 そうして冒険者達はまたあの落ちた街へと足を運んだ。





Wisely, and slow; they stumble that run fast.          William Shakespeare





 アレスディア・ヴォルフリートは辺りを見回し、バッグを地面に置いた。
「まだ誰も着ていないか」
 エスメラルダから渡された地図と、今回持ってきた紙、それからペンとインクを確かめる。
 出てくる前に充分確認はしてきたつもりなのだが、使う直前になって使えないことは稀にある。
 まさかとは思うが、地上から少々高い位置にあるこの街の標高差にやられる、なんて可能性だってあるかもしれない。
 アレスディアは慎重に確認し、そして取り出しやすいよう同時にバッグの整頓をする。
 そして、1つの影に顔を上げた。
「こんにちは」
 声をかけたのは、のほほんと笑顔を浮かべ、なぜかコールを連れたシルフェ。
「早いな」
 キング=オセロットは、いち早く街に訪れていたアレスディアの姿に、関心したように声をかけた。
「やぐら…ちゃんと管理してんのかよ」
「ロッククライムの必要がないだけありがたいと思うが」
 着た早々どこかやつれたような表情のランディム=ロウファと、前回の探索にはいなかった青年ライカ=シュミット。
「これで全員か?」
 空から訪れたサクリファイスは、共に連れてきた湖泉・遼介を地面に降ろし、自分も街に降り立つ。
「そうみたいだな」
 しばしの沈黙で新たなる来訪者を待ってみたが、ここに降り立つ足音は聞こえない。
 降り立ったという点だけ見れば、サクリファイスが一番最後のようだった。
 アレスディアは人数を確認すると、エスメラルダから預かった前回完成した地図のコピーを配る。
「皆、地図は行き渡っただろうか」
「ああ。こいつの分まで貰っちまって、ありがとな」
 ランディムは、今回初の街探索に加わったライカを指差す。
「気にする事はない。探査をするなら未完成でも地図はあったほうがいい」
「すまない。恩にきる」
 笑顔でそういいきったアレスディアに、ライカは軽く頭を下げた。
「なぁ、提案なんだけど」
 一度地図に視線を落とし、顔を上げた遼介が皆の顔を見回す。
 それぞれどこへ向かうか考え始めていた一同の視線が一気に遼介に集まった。一瞬その視線にうっと遼介は喉を詰まらせるが、
「前みたいに、時間になったら何の収穫がなくても集合しようぜ」
「その案には私も賛成だ」
 と、いち早く同意したのはオセロット。
 エルザードから程近いとは言っても、殆ど解明が住んでいない場所。何が起こるか分からない。
「そういえば、皆どうするか決めてんの?」
 皆の行動を聞いたランディムに、遼介が横から問いかける。
「そう言う、ランディムさんはどうするの?」
「俺?」
 聞くだけ聞いて、自分だけ何も言わないのはちょっとフェアじゃない。
「こいつ…ライカと一緒に探索だな」
「どうやら前回の探索でディムが迷惑をかけたようだな。だが今回は俺も同行する……少なくともディムよりは役立つ筈だ」
「迷惑って何だよ! ちょっとカメラが現像できなかっただけだろ!?」
「探査に赴いて情報を手に入れられなかったことは、充分足手まといではないのか?」
 前回ランディムは、カメラを持ち込みこの街の写真を撮ったのだが、結局機材不足で現像する事が出来ず、何の情報にもならなかった。
 すまし顔のライカに、何か言い換えそうと言葉を捜すランディム。
 遼介はポカンとそのやり取りを見つめた。
 仲が良いのか悪いのか。
 むきー! と、ライカに向けて言い知れぬ咆哮を上げたランディムだったが、ぐるぅりとなぜか据わった視線を遼介に向け、
「そういう遼介はどうするだよ?」
 と、問いかける。
「え、俺?」
 行き成り矛先が自分に向いた事にびくっと肩を震わせ苦笑い。
「俺は、一人で行くよ」
(壁壊してみるなんて言ったら……)
 前回のことを考えれば、遼介が考えているこの行動は止められかねない。
「それと、これ使えるかどうか試してみたいんだ」
 そう言って取り出したのはあの水晶の輪。
「それはあの時の」
 サクリファイスは遼介の手に乗った水晶の輪を見つめる。
「エスメラルダがよく承諾したものだ」
「まぁ、全部は無理だったけどな」
 もしこれがあの人型の“何か”に戻り、また襲い掛かってくる可能性は否めない。それでも頼んだ遼介にエスメラルダが折れたのだろう。
 しかし、何か進展はある……かもしれない。きっとエスメラルダもそれを期待している。
 そして視線は、まだ行動を話していない人へ向けられた。
「わたくしはコール様と共に、探索と地図作りの続きを」
 シルフェの中にある1つの予想。偶然にもこの場に居る男性陣3人とは初対面だが、女性陣には馴染み深い青年、コール。
「えっと、初めまして」
 へにゃっと笑ったコールに、男性陣はつい、こいつ本当に役に立つのか。と、思ったとか、思わなかったとか。
「人形が襲い掛かってきた家へ行ってみる」
 あの時は人型の“何か”が襲い掛かってきたため、民家を調査する事が出来なかった。もしかしたら、他の民家と作りの差異があるかもしれない。
 オセロットはふっと空を見上げ、
「集合は、太陽がこの街の地平線に隠れ始めた辺りでどうだろうか」
 オセロットの体内では時間を正確に測れるのだが、此処にいる全員が時計を持っていなければ“何時に集まろう”と提案しても確認が出来ない。
 そのため、オセロットはそういった言い方をした。
「夕方じゃあいまいだしな。それで賛成」
「ああ、その辺りにここへ戻ってこよう」
 各々が頷き、それぞれまた手元の地図に視線を落とし、行程を考える。
「地図を作ると言うのなら…」
 と、アレスディアはふと顔を上げ、シルフェに持ってきた紙を1つ手渡した。
「ありがとうございます。そういえば、アレス様はどうされます?」
「徒歩故、移動に限界はあるが私は今回も地図を作ろうと思う」
 正確な地図を作る事が出来れば、探索はもっと今以上にやりやすくなる。地図作りというのは一見地味だが、冒険する者にとっては一番重要なアイテム。
「今回は未踏の地から調査を開始しようと思っている」
「でしたら、ご一緒にはいけませんね」
 シルフェは頬に手を当てて残念と言うように眉をしかめる。
 一緒に行けない理由―――それは一重にコールの神がかり的な迷子気質に起因するのだが。
 そんな様子にアレスディアはつい苦笑を浮かべてしまう。そして、シルフェが首からかけているマリンオーブを指差した。
「何かあれば、水で知らせてほしい」
一気に水を放出させれば、きっとどこに居ても駆けつけられるだろう。
「ご安心ください。この件に限っては未来視は欠かさないように致しますから」
「心得た。だが、もし何かあったら必ず」
「はい」
 前回も各々自由行動をとったのは、シルフェの未来視の結果からだった事を思い出し、アレスディアは心強く微笑んで、紙とペンが入ったかばんを持ち直した。
 そしてひと、頂上を見上げているサクリファイスの姿を目に留め、声をかける。
「サクリファイス殿は、どうする? もし必要とあれば紙をお分けするが」
「ありがとう」
 今回は全体像の把握よりも、頂上の教会から上層部分の詳細な地形を把握しようと思っていたため、サクリファイスはアレスディアが差し出した紙をありがたく受け取る。
「翼があるのはサクリファイスだけ、頂上の探査は時間がかかりそうだ」
 徒歩である自分達が階層を効率よく抜け、頂上へと赴く事はどれくらいかかるだろうか。と、オセロットは感慨深く呟く。
「もしかしたら、正解のルートというのがあって、簡単に頂上に着ける道があるかもしれないな」
 まるで迷路を攻略するかのように。
 徒歩組みがスタートから探査を行うなら、サクリファイスはゴールから探査を行うといってもいいのだから。
 遼介は数回屈伸を繰り返した。今回は一気に頂上近くまで昇る予定のため、準備運動は欠かせない。
「じゃ、夕方ここで!」
「また夕方に」
「了解」
「了解した」
「承知しました」
「りょーかい」
「ああ」
 そして、それぞれの目的地へと向かった。
 アレスディアは手持ちの地図を見返し、探索が済んでいない場所を確かめつつ歩を進める。
「しかし…」
 ふと足を止めた辺りを見回す。
 地図を作るためだけに歩き回るというのも何だ。アレスディアの中でちょっとした好奇心が働き、適当な民家の扉に手をかけた。
 そしてそのまま一応一声かけて民家の中へと入り、流し台や洗面台を探す。風呂場でもそれは構わない。
 そう水場だ。水路があったとして、いったいどこへ行き着くのか。そこに疑問を持ったアレスディアは地図を作る傍らに、水路を探してみようと思ったのだ。
 探査をスタートさせるこの街の広場と思われる場所にも、この街のどこにも井戸が存在しない。
 井戸が存在しないという事は、水路や下水の設備が整っていると言ってもいい。もしかしたら各民家一つずつ井戸を持っているかもしれないが、その方法を取っていたとしても、地下には蜘蛛の巣のように水路を繋げなければ成立しない。
 しかし、これだけの民家の数を考えると、各民家に井戸を作るよりは町内毎に民家を区切り、1つないし2つの井戸を使いあったほうが、下手に複雑になる可能性のある個人所有井戸よりも、水路設置の効率はいいだろう。
 結論として、人が歩けるような大きな水路がなくとも、そういった設備の痕跡から、この街に地下が存在するかどうか分からないか、という事。
 アレスディアは民家の中を歩き、見つけた蛇口をひねる。
 けれど―――……
 水が出る気配はない。
 蛇口の音はきゅっきゅと乾いた音を立てるのみ。
「予想は外れた、か」
 水が通っていないのか、それとも枯れ果てた後なのか。
 どちらが正しい答えなのか分からないが、これでは地下があるかどうかを水路という面から確かめるのは難しいように思えた。
 アレスディアはふっとどこか肩を竦めるようにして息を吐いて、民家から路地に出る。
 そして長く続く路地の先に視線を送った。
 路地に地下へ降りられるような入り口は作られていない。もし地下へ降りるための入り口を塞いだ後に上から路地を作ったにしても、水路に何かしらの不備があった場合対処できないため、その案は考えにくい。
 この街に地下はないのか?
 それにしては不思議な事もある。
 草原に突き刺さっている剥き出しの土からはみ出している金属管。
 遠くから眺めればひし形をしているこの街は、逆三角形の剥き出しの土の部分と三角形の街をくっつけたひし形。
 もし地下があるとしたら、逆三角形の剥き出しの土の部分に……?
 何かしらの人の気配や痕跡、そういったものが何も感じられない街に、自分たちが知覚(認識)出来るような過去の範囲内に人が住んでいたとは思いがたい。
 このソーンの各地に残る大昔の遺跡といわれる場所でさえも、誰かがそれを作り、そして生きていたのだという気配を感じられるのだから。
 そう考えれば、人の――生の気配が全くないココは、水路などの生きるために必要な設備は元々必要がないとも言える。
 古代の都市は皆、水の周りに作られているのだから。
 アレスディアは道すがら地図を作りながらも、この街の在りようについて考える。
 そして、扉が開かない家、入り口のない家の位置をチェックし、街にどういった具合に配置されているか、その分布を確かめるため、中の状態を確認するよりも、イレギュラーな民家の位置を確かめる事に重点を置く事にした。
 入り口がない家は少し路地へと入り込めば、それなりの数で見つけることが出来たが、扉が開かない家は1つ1つ扉を開けて確かめなければいけないため、なかなかに骨が折れる。
 アレスディアは扉の手をかけて確認しながら、先へ、先へと、進んでいった。
 とりあえず自分が書き入れた地図を見下ろし、四面が囲まれた入り口のない民家の位置を確かめてみる。
「…………」
 法則性は、ない。
 いや、自分の知識では読み取れない法則性があるのかもしれない。
 その法則性を解く事ができれば、頂上へ向かうための路地は1本道であるかもしれない。
 入り込んだ路地から街道へと出て、アレスディアは情報を地図に書き入れた。
「!!?」
 ガチャガチャと、内側からドアノブが動く音が響く。
 アレスディアは辺りを見回し、微かに動くドアノブを見つけ、警戒を込めるよう瞳を鋭くして、ドアノブが動く扉を見つめた。
「……何だ…?」
 ごくっと唾を飲む。
 ドアノブが動くだけで扉は開かない。
 先日の事を思い返せば、鍵がかかっている扉の向こうにいるのは、人型の“何か”―――人形と呼んでしまっていいような、それ。
「一人の時に…!」
 シルフェにピンチの時は知らせるよう告げたのに、自分がピンチになってしまったらどう皆に告げようか。
 けれど、誰かを巻き込み傷を負わせてしまうかもしれないのなら、アレスディアは一人を選ぶ。

 ガチャガチャ。―――……

「?」
 突然音が止んだ事にアレスディアは瞳を瞬かせる。
 あれほどに主張していたドアノブは、それっきり音を消す。
 もしかしたら、此方から手を出すのを待っているのかもしれない。けれど、向こうに何があるのか、それはあけて見なければ分からない。
 アレスディアはごくっと唾を飲み込んで、ドアノブに手をかけた。

バン―――!!!

 扉の向こうは暗闇。
 一瞬の沈黙。
『a…Iiiy……!!』
「!!?」
 人形が、躍り出た。
 ばっと後ろに飛びのき、伸ばされた腕を避ける。
 人形の腕は空を切り地面に垂れた。
「やはり人形か…!」
 すっと警戒を強めるように槍を持つ手に力を込め、それでもアレスディアは人形達に言葉をかける。
「あなた達は街の住人なのか!?」
 けれど、人形はアレスディアを目指して抱きつくように両手を広げ、歩み寄るばかり。
 だが、今回は前回と違う変化があった。
『BeeTUSeeeE』
「??」
 なんとなく聞き取れるような嘆きを発しながら、両手を広げ迫り来る。
「住人なのか!」
 もう一度同じ質問を投げかけた瞬間、まるでそれを消すかのように人形が唸った。
『BeeEeeee…TuUuuuu』
(べ、つ……?)
 そう聞き取れる唸り。
『SEeee……KaaAIiiy』
 まるで答えるようなタイミングでの唸りに、言葉が通じたのかと思ったが、ただ単に、タイミングが合致しただけだと気付く。
 どれだけアレスディアが言葉を投げかけても、同じ嘆きを繰り返すばかり。
 まるでそう告げるよう決められていたかのように。
(べ、つ、せ、か……)
 『別世界』
 それは誰かに向けてのメッセージか?
 けれど、それ以上の言葉はなく、人形はその後この5つの文字を思い思いに嘆き、唸るばかりで、アレスディアの言葉に答える事はなかった。
(申し訳ない)
 槍を持つ手に力を込めて、アレスディアは人形の額を崩す。
 地面に落ちる水晶の輪。アレスディアは輪を拾い上げふと空を見上げる。
 人形の処理に手間取り、集合の時間に間に合わない事になってはいないかと思って。
「そろそろ帰るか…」
 来た道を戻る時間を考えれば、そろそろ集合の広場へと歩き始めていた方がいいだろう。
 アレスディアは踵を返し、広場へ向けて歩き始めた。

ゴゴゴゴゴゴゴ―――……

「……!!?」
 突然の足元の揺れ。
 アレスディアは辺りを見回した。





Nothing is a waste of time if you use the experience wisely.          Auguste Rodin





「皆無事か?」
 広場の中心で左右に延びる街道から広場へと戻る仲間たちを見て、オセロットが問いかける。
「はい。わたくし達は大丈夫です」
「こちらも、なんともない」
「しっかし何だったんだ? また傾いたのか?」
「私は、何ともなかったが……」
 サクリファイスは地面に下ろした遼介に視線を送る。
 ただ一人、遼介だけが難しい顔をしてその場に立っていた。
「老紳士」
「!!?」
 ライカの問いかけのような呟きに、遼介が驚きに瞳を見開く。
 何で知っている? と言わんばかりの遼介の顔に、ライカは自身の聖獣装具を取り出した。
「これだ」
 それは【狙偵銃・スコープガン】と呼ぶライカの聖獣装具。
 広範囲での視覚共有を可能とし、この装具が持つ能力によってライカは第五層で起こった騒動を見た。
「揺れは、多分そのせいだと思う」
 遼介は納得がいかないような顔つきで、自分が体験したその一連の出来事皆に話す。
 水晶の輪を欲しがる老紳士。
 動かした指揮棒に呼応する壁。
 「よい働き」と言った不思議な言葉。
 正直、遼介自身、何が「よい働き」なのか分からない。けれど、その言葉から水晶の輪がこの街を動かす事に欠かせないアイテムだという事は分かった。
 しかし、遼介が納得していない部分はそんなことじゃない。
 輪を返せと言ったのに、老紳士から感じるものと水晶の輪から感じるものが全く違ったということ。
「ばっちり、俺の主観だけどな」
 遼介はそう付け加えるが、肌から本能的に感じてしまったものを、頭から否定も出来ない。
「そんな事があったのか」
 見ていたとはいっても、あまりにも遠かったため、いったい何が起こっているのか分からなかったサクリファイスは、感慨深く呟く。
「そんな事と言えば……」
 思い出したように口を開くアレスディア。
「人形が何か言葉を発したのだ」
「あぁ、それなら俺たちも聞いた」
 な? と、ランディムはライカに振り返り、ライカは小さく頷く。
「“戻る”“送る”と言っていたように聞こえたが」
「私は“別世界”と聞こえた」
 この言葉で何か伝わる文章になるだろうかと三人は考え始める。
「“だ”と“め”…。単純に考えて“駄目”か」
 そして、そのやり取りを聞き、オセロットが小さく呟く。
 瞬間、声に視線が自分に集まり、オセロットは軽く肩を竦めるようにして笑う。
「空耳だと思っていたんだがな。それを言葉と言うなら、私も聞いた一人になるだろう」
 文字数があまりにも少なかったため、言葉として認識すべきなのか、ただの嘆きと処理してしまっていいのか、その情報の足りなさにオセロットは少々判断に困っていたのだが、皆の台詞を聞いて、多分言葉だったのだろうと結論付けた。
「“駄目”と“戻る”と“送る”と“別世界”か」
 アレスディアは手に入れた言葉を確認するように1つずつ唇に乗せる。
 これだけでは組み合わせを間違えれば、全く違った文章になりかねない。
 人形は、いったい何を伝えたかったのか。
「もしかしましたら、わたくし達が遭遇した人形さんも何か言ってらしたのかもしれませんね」
 ほう…。と、頬に手を当てて軽く小首をかしげるように告げるシルフェ。
 が、その言葉にアレスディアはぎょっと瞳を大きくした。
「水を流して民家に閉じ込めてしまったものですから。うふふ」
 民家の中で流れる水流によって運よく戻った人形や、弱った人形を水晶の輪に戻していったため、人形の嘆きなど殆ど聞く機会はなかった。
「とりあえず戻ろうか、黒山羊亭へ」
 太陽の明かりが街の水平線に落ちていく。
 長くなった影を見て、サクリファイスは促すように皆に声をかけた。
「詳しい話は、飯でも食べながらでいいだろ?」
 黒山羊亭に辿り着けば、時間は丁度夕食時。ランディムは振り返りざまウィンクして、にっと笑った。


















――エスメラルダへの報告――

■人形の額に刻まれた文字■
※真理。文字をゆがめれば死。
※シルフェの予想が当たり、どうやらコールがもと居た世界のもののようだ?

■落ちてきた街■
※ランディムの見立てでは、街は複雑に細かい大きな魔方陣で出来上がっている。

■人形の嘆き■
※「駄目」「戻る」「送る」「別世界」
※オセロット、ランディム、ライカ、アレスディアが聞いた言葉。合計4つ。
※繋ぎ合わせたこの言葉の意味は? 誰かに向けたメッセージか?

■老紳士■
※遼介が襲われ、サクリファイス、ライカがその様子を見た老紳士。
※どうやら水晶の輪を集めているらしい。
※指揮棒で壁を操る。街の唯一の住人?
※遼介を捕まえようとした。目的不明。

■第五層、第四層の地形図■
※サクリファイスが書いた上層部地形図。方角を合わせていないため第五層と第四層は繋がらないが、大まかに上層部二層の地形は把握できる。

■街の地図■
※アレスディアとシルフェが追加した詳細地図。





「何か見えてきたのかしら」
 それは老紳士という新たなる登場人物が増えた事によって。
「そうだわ。これも多分重要な情報ね」
 それはオセロットがエスメラルダに話した、街に対しての考察。

※街に見えるが街ではなく、オルゴールのようなものではないか。

 オーケストラが聞こえる事、街に生きる気配が何も感じられない事。
 この二つを考え、エスメラルダはオセロットの予想を情報の1つとして付け加えた。










☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2994】
シルフェ(17歳・女性)
水操師

【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト

【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー

【1859】
湖泉・遼介――コイズミ・リョウスケ(15歳・男性)
ヴィジョン使い・武道家

【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士

【2767】
ランディム=ロウファ(20歳・男性)
異界職【アークメイジ】

【2977】
ライカ=シュミット(22歳・男性)
異界職【『レイアーサージェンター』】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 交響幻想曲 −忘れられた第3楽章−にご参加ありがとうございます。
 ライターの紺碧 乃空改め紺藤 碧です。以後よろしくお願いします。
 今回皆様のプレイングがかなり当たり方向で色々と情報を加えさせていただきました。
 最終のエスメラルダへの報告は重要と思われる箇所とエスメラルダが記録として書き残しているというスタンスです。
 足りないと感じる方は他納品のノベルを併せてご一読くださいませ。

 今回の進行情報でその痕跡を見つけることは少々無理なもので、考察としてヒントを盛り込ませたつもりです。要するにそれは存在しています。これで、思い当たっていただければいいのですが……。
 それではまた、アレスディア様に出会える事を祈って……