<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


交響幻想曲 −忘れられた第3楽章−



 黒山羊亭のカウンターに明らかに手書きと思われる地図を広げ、エスメラルダはつぅっと指で地図上をなぞる。
 それは、先日、聖都エルザードの近くにある草原に落ちた、不思議な山のような街の地図。
「人の足には限界があることは分かるわ」
 約半分ほどの地図を見つめ、もう少し詳細な地図を作ることは出来ないかと問いかける。
「例えば、そう…」
 頂上だけに建つなどという、いかにも特別で疑ってくださいと言わんばかりの教会をトンっと指差す。
「ここへ通じる道を見つける……とか」
 話に聞いた、開かずの扉と、開け放たれた扉がどれくらいあるのか、とか。
 4方を囲まれた民家に入るための入り口を見つける、とか。
「それから…」
 短い水晶の鎖がエスメラルダの掌から伸びていく。
 シャランと、鈴が鳴るような音をたてた水晶の鎖に視線を落とし、
「これの謎…とかね」
 そうして冒険者達はまたあの落ちた街へと足を運んだ。





Wisely, and slow; they stumble that run fast.          William Shakespeare





 湖泉・遼介は走るたびにポケットの中で微かに跳ねるその存在に、ポケットの上から手を当ててそっと視線を送る。
 そしてふとやけに早く流れる雲の影を感じて空を見上げた。
「おおーい!」
「あぁ、遼介か」
 雲はその飛翔を止め、ふわりと遼介の前に降り立つ。
「遼介もまたあの街へ?」
「もちろん!」
 そう、空を飛んでいたのはサクリファイス。
 彼女もまた遼介同様にエスメラルダからの話を受けて落ちてきた街へ向かう途中だった。
「飛んでいけるって便利だよなぁ」
 確かに草原に突き刺さった街は、ほぼ半分土が丸出しで、街の部分にいたるまでにはやぐらを上らなければ到達できない。
 その過程を考えれば、空から直ぐに街に降り立てるというのは至極便利に思えた。
「それじゃ、また街で会おうぜ」
 遼介はつい足を止めて話し込んでしまったが、サクリファイスも自分も向かう先は同じ。飛べるサクリファイスの機動力と比べれば、幾分か遅く街にたどりつく事になるのは分かっているため、遼介は軽く走り出し、進みながら後ろを振り向いて手を振った。
 サクリファイスはそんな遼介の背中を見つめ、ふふっと笑う。
「これもついでだ」
「ん?」
 ふっと、足元に感じる浮遊感。
「うわ!」
 遼介はサクリファイスに抱き留められ、空を飛んでいた。
 サクリファイスと共に街に訪れると、もう先にアレスディア・ヴォルフリートが前の広場で荷物の確認をしているのが見えた。
「こんにちは」
 そして、のほほんと笑顔を浮かべ、一人の青年――サクリファイスには馴染み深い――を連れたシルフェが訪れる。
「早いな」
 キング=オセロットは、いち早く街に訪れていたアレスディアの姿に、関心したように声をかけた。
「やぐら…ちゃんと管理してんのかよ」
「ロッククライムの必要がないだけありがたいと思うが」
 着た早々どこかやつれたような表情のランディム=ロウファと、前回の探索にはいなかった青年ライカ=シュミット。
「これで全員か?」
 サクリファイスは遼介を地面に降ろし、自分も街に降り立つ。
「そうみたいだな」
 しばしの沈黙で新たなる来訪者を待ってみたが、ここに降り立つ足音は聞こえない。
 降り立ったという点だけ見れば、サクリファイスが一番最後のようだった。
 アレスディアは人数を確認すると、エスメラルダから預かった前回完成した地図のコピーを配る。
「皆、地図は行き渡っただろうか」
「ああ。こいつの分まで貰っちまって、ありがとな」
 ランディムは、今回初の街探索に加わったライカを指差す。
「気にする事はない。探査をするなら未完成でも地図はあったほうがいい」
「すまない。恩にきる」
 笑顔でそういいきったアレスディアに、ライカは軽く頭を下げた。
「なぁ、提案なんだけど」
 一度地図に視線を落とし、顔を上げた遼介が皆の顔を見回す。
 それぞれどこへ向かうか考え始めていた一同の視線が一気に遼介に集まった。一瞬その視線にうっと遼介は喉を詰まらせるが、
「前みたいに、時間になったら何の収穫がなくても集合しようぜ」
「その案には私も賛成だ」
 と、いち早く同意したのはオセロット。
 エルザードから程近いとは言っても、殆ど解明が住んでいない場所。何が起こるか分からない。
「そういえば、皆どうするか決めてんの?」
 皆の行動を聞いたランディムに、遼介が横から問いかける。
「そう言う、ランディムさんはどうするの?」
「俺?」
 聞くだけ聞いて、自分だけ何も言わないのはちょっとフェアじゃない。
「こいつ…ライカと一緒に探索だな」
「どうやら前回の探索でディムが迷惑をかけたようだな。だが今回は俺も同行する……少なくともディムよりは役立つ筈だ」
「迷惑って何だよ! ちょっとカメラが現像できなかっただけだろ!?」
「探査に赴いて情報を手に入れられなかったことは、充分足手まといではないのか?」
 前回ランディムは、カメラを持ち込みこの街の写真を撮ったのだが、結局機材不足で現像する事が出来ず、何の情報にもならなかった。
 すまし顔のライカに、何か言い換えそうと言葉を捜すランディム。
 遼介はポカンとそのやり取りを見つめた。
 仲が良いのか悪いのか。
 むきー! と、ライカに向けて言い知れぬ咆哮を上げたランディムだったが、ぐるぅりとなぜか据わった視線を遼介に向け、
「そういう遼介はどうするだよ?」
 と、問いかける。
「え、俺?」
 行き成り矛先が自分に向いた事にびくっと肩を震わせ苦笑い。
「俺は、一人で行くよ」
(壁壊してみるなんて言ったら……)
 前回のことを考えれば、遼介が考えているこの行動は止められかねない。
「それと、これ使えるかどうか試してみたいんだ」
 そう言って取り出したのはあの水晶の輪。
「それはあの時の」
 サクリファイスは遼介の手に乗った水晶の輪を見つめる。
「エスメラルダがよく承諾したものだ」
「まぁ、全部は無理だったけどな」
 もしこれがあの人型の“何か”に戻り、また襲い掛かってくる可能性は否めない。それでも頼んだ遼介にエスメラルダが折れたのだろう。
 しかし、何か進展はある……かもしれない。きっとエスメラルダもそれを期待している。
 そして視線は、まだ行動を話していない人へ向けられた。
「わたくしはコール様と共に、探索と地図作りの続きを」
 シルフェの中にある1つの予想。偶然にもこの場に居る男性陣3人とは初対面だが、女性陣には馴染み深い青年、コール。
「えっと、初めまして」
 へにゃっと笑ったコールに、男性陣はつい、こいつ本当に役に立つのか。と、思ったとか、思わなかったとか。
「人形が襲い掛かってきた家へ行ってみる」
 あの時は人型の“何か”が襲い掛かってきたため、民家を調査する事が出来なかった。もしかしたら、他の民家と作りの差異があるかもしれない。
 オセロットはふっと空を見上げ、
「集合は、太陽がこの街の地平線に隠れ始めた辺りでどうだろうか」
 オセロットの体内では時間を正確に測れるのだが、此処にいる全員が時計を持っていなければ“何時に集まろう”と提案しても確認が出来ない。
 そのため、オセロットはそういった言い方をした。
「夕方じゃあいまいだしな。それで賛成」
「ああ、その辺りにここへ戻ってこよう」
 各々が頷き、それぞれまた手元の地図に視線を落とし、行程を考える。
「地図を作ると言うのなら…」
 と、アレスディアはふと顔を上げ、シルフェに持ってきた紙を1つ手渡した。
「ありがとうございます。そういえば、アレス様はどうされます?」
「徒歩故、移動に限界はあるが私は今回も地図を作ろうと思う」
 正確な地図を作る事が出来れば、探索はもっと今以上にやりやすくなる。地図作りというのは一見地味だが、冒険する者にとっては一番重要なアイテム。
「今回は未踏の地から調査を開始しようと思っている」
「でしたら、ご一緒にはいけませんね」
 シルフェは頬に手を当てて残念と言うように眉をしかめる。
 一緒に行けない理由―――それは一重にコールの神がかり的な迷子気質に起因するのだが。
 そんな様子にアレスディアはつい苦笑を浮かべてしまう。そして、シルフェが首からかけているマリンオーブを指差した。
「何かあれば、水で知らせてほしい」
一気に水を放出させれば、きっとどこに居ても駆けつけられるだろう。
「ご安心ください。この件に限っては未来視は欠かさないように致しますから」
「心得た。だが、もし何かあったら必ず」
「はい」
 前回も各々自由行動をとったのは、シルフェの未来視の結果からだった事を思い出し、アレスディアは心強く微笑んで、紙とペンが入ったかばんを持ち直した。
 そしてひと、頂上を見上げているサクリファイスの姿を目に留め、声をかける。
「サクリファイス殿は、どうする? もし必要とあれば紙をお分けするが」
「ありがとう」
 今回は全体像の把握よりも、頂上の教会から上層部分の詳細な地形を把握しようと思っていたため、サクリファイスはアレスディアが差し出した紙をありがたく受け取る。
「翼があるのはサクリファイスだけ、頂上の探査は時間がかかりそうだ」
 徒歩である自分達が階層を効率よく抜け、頂上へと赴く事はどれくらいかかるだろうか。と、オセロットは感慨深く呟く。
「もしかしたら、正解のルートというのがあって、簡単に頂上に着ける道があるかもしれないな」
 まるで迷路を攻略するかのように。
 徒歩組みがスタートから探査を行うなら、サクリファイスはゴールから探査を行うといってもいいのだから。
 遼介は数回屈伸を繰り返した。今回は一気に頂上近くまで昇る予定のため、準備運動は欠かせない。
「じゃ、夕方ここで!」
「また夕方に」
「了解」
「了解した」
「承知しました」
「りょーかい」
「ああ」
 そして、それぞれの目的地へと向かった。
 サクリファイスはばっと翼を開き、一直線に頂上へと飛び上がる。
 やはり仕事は分担した方が効率もいいし、早く終わる。
 街の入り組んだ脇道を通ることなく上層へと降り立てるサクリファイスは、上層の詳細な地図を作り始める前の地理の把握は、後々道を見つけ上層までこられるようになった仲間たちが行う探査の助けになるだろう。
 サクリファイスはトンっと5階層一番上の民家の屋根に足をつける。
「……見事に囲まれているな」
 そこは教会を囲んでいる民家の1つ。
 教会の敷地を囲うように、なんて生半可なものではなく、しっかりと四方を囲ってしまい、建物入り口だけではなく、どちらの方角が入り口で、側面で、背面なのか…それさえもうかがい知れない。
 そう、よくよく近づいてみればこの教会、正方形だったのだ。
 教会と言い表しているのも、尖塔の先に十字架が付けられていたからであり、本当にこの建物が教会であるかどうかは中に入ってみなければ分からない。
 もしかしたら、周りの民家同様、中身は生活観の無い家具が置かれているだけかもしれないのだから。
 けれど入り口が無いという事は、中に入るには壁を壊すしかないという事で、流石にそれは躊躇われたのか、サクリファイスは教会の壁に背を預け、ふっとため息を着いた。
「中に入るのは諦めるか」
 サクリファイスは背中を壁から外すと、受け取っていた紙とペンを取り出す。
 下層部の鍵のかかった家、入り口のない家の把握はある程度分かっているはず。
 さあ、上層の地理の把握調査開始だ。
 とりあえずは第5階層の街道に、先に遼介が見つけたような水晶の輪が落ちていないか注意して歩き出す。
 あの1つだけ街道に落ちていたのは余りにも不自然。もしかしたら、また落ちているという事もあるかもしれない。その点も注意しながら、サクリファイスは一度街の周りを円を描くように飛んだ。
 上層の円周は、やはり遠くから見ればひし形に見える通りあまり長いものではなかった。
 しかし、街道から頂上へ向けて伸びる脇道は、どの道も途中で途切れ教会まで繋がった道は1つもない。
 加えて、この第五層の街道から教会まで一層ではないが、半層くらいはありそうな距離が、道に面していない民家で占められている。
 空から見える分には、この民家の塊が最寄の路地に面しても、入り口は路地に向かっていない民家ばかり。
「ここまで密集していると、中で全てが繋がっていそうに見えてくるな」
 入り口さえ見つけることが出来れば、教会の中まで民家の中を通って辿り着けそうで。
 しかし、民家の中は路地以上に迷路のように入り組んでいそうだが。
 サクリファイスは受け取った紙の中心に教会を置き、その周りに民家と路地を放射状に書き入れていく。この地図の一番外側の円が第五層の街道だ。
 第一と第二階層はなかなかの広さがあったため全ての探査が終わっていないが、最終的に一階層ずつ放射状に地図を書く方法というのは、こうした円錐の街ならば適しているかもしれない。
 所謂、正軸を中心とした平射の図法。
 今まで作っていたのは、平面基準の地図。
 細かさで言えば地形図がいいが、今は全体の把握の方が重要なため、正軸平射図法の地図と共に持てば、全体と地区の把握がしやすくなるに違いない。
 が、結局のところ、探査を終えなければ地形図も地図も出来上がらないわけだが。
 サクリファイスは確認できる分の路地を書き入れ、そこから入り口のない家や、路地、街道に面した家を書き入れていった。
 第五層の地形図を完成させると次は第四層へ降りる。
 やはり下層に一層向かったせいか、第五層と比べるとそれなりの円周がありそうだった。
 だが、そこは空から見ているサクリファイスにしてみればそこまでの苦ではない。簡単にでも路地と家の位置が分かる地形図さえ作れば、尚細かい探査は皆と一緒に行っていけばいい。
 こうしてサクリファイスは第四層の路地と民家を書き入れた地形図を完成させた。
 次は第三層にと考えるが、やはり第四層からまた下層に向かっている分その円周の長さがまた長くなっている。
 サクリファイスは四層と三層を繋ぐ事になる道があるであろう民家の屋根にトンっと、足を付けた。
 ふと、視線に見覚えのある扉が見える。
 第一層の――前は鍵で閉ざされ――現在は扉が壊れ開け放たれた民家の扉。
 人型の“何か”……人形と呼んでしまってもいいそれが襲い掛かってきた、扉。
 サクリファイスは何かに惹かれるように第二層の街道に降り立つ。
 そうここは、遼介が水晶の輪を1つ拾った場所。
 目印がなければどこも似たような街並みなため、拾った場所が一層の元開かずの民家と同軸でよかった。
 すっと顔を動かし、サクリファイスは辺りを見回す。
 一体何が起こりあの1つだけ街道に落ちていたのか。
 どうして、同じ物が倒した人形から現れたのか。
 簡単に考えれば、水晶の輪は人形を作るための材料なり道具なりで、誰かしらが人形を作ったと考えるのが妥当。
 けれど、この街にそんなものを作れるような人の気配は一切感じられない。
 もしや自動的に水晶の輪を人形に変える装置があるのかもしれないが、それでは遼介の手から落ちた輪がその場で“何か”に変わった理由が説明できない。
 やはりここには『誰か』が係わっているのだろう。
 最低二人、ないしは二つの何かが必要。
 創った『誰か』と、壊した『誰か』。
 謎は、生まれるばかり。
 ふと、自分も遼介のようにエスメラルダから水晶の輪を借りてこれば良かっただろうかと考える。
 サクリファイスは混乱しそうな頭を一度冷やそうと、一番風通しのいい頂上の教会まで飛び上がる。
 頭を冷やしてもう一度順をおって考えていけば、また何かしら新しい事を見つけられるかもしれない。
教会の尖塔とも呼べる壁に背を預け、サクリファイスはそっと遠くの空を見つめる。
 見れば、太陽の位置がだいぶ低くなり、後幾分かすれば集合の時間になることを告げていた。
(今日はこの位か)
 サクリファイスは自分なりに完成させた地形図を確認するように一度視線を落とす。
 だが、その瞳はどこか空を見つめている。
(……なんて言うんだろう)
 今、集めている情報は何かの部品で、一つ一つでは何かわからないそれらも、上手く噛み合えば動き出す。そう、例えるなら、この街自体が何か大きな機械。
 サクリファイスは落としていた視線をそのまま眼下の町へと向けた。
「……ん?」
 この教会を取り巻く民家が面している路地に、見知った少年の姿が見える。
 それから、見知らぬ壮年の男性と。
 しかしサクリファイスが知らないだけで、後々街に追いつき探索に参加した冒険者かもしれない。サクリファイスは合流して共に戻ろうと空へ飛び上がったときだった。

ゴゴゴゴゴゴゴ―――……

「な、何だ!?」
 飛び上がったばかりの街が揺れる。
 サクリファイスはばっと遼介を見た。
(……!!)
 遼介とあの老紳士の周りの民家の作りが変わっている。
 いや、動いている!
 徐々に隙間を塞ぎ始めた二人の周りを見て、遼介が逃れようと昇った壁に横から壁が生え、地面に落ちたのを見た。
 何かがおかしい。
 サクリファイスは一直線に滑空した。

「遼介!!」

 サクリファイスは遼介を抱え上げ空へと飛び上がる。
 眼下の老紳士が、口元には穏やかな微笑を、瞳は狂気を孕み、空を見上げていた。



 地面に下ろされ、怪我はないかとぽんぽんと確認する仕草に、やっぱり子ども扱いするなと文句を言いたい遼介だったが、助かった事は事実なため何も言わなかった。
「大丈夫だったか?」
 サクリファイスは最後、心配そうな眼差しで遼介の顔を覗き込んだ。
「俺は大丈夫だ」
 遼介はそっとポケットの上から水晶の輪に触れる。
「あのご老人はいったい?」
 とっさの判断で遼介をその場から連れ出してしまったが、同じようにあの老紳士も壁に閉じ込められそうになっていっていたのではないかと考え、サクリファイスはあの場を見るように振り返る。
「どうした? 遼介」
「え、あ? 何でもない」
 難しい顔つきでぐっと手を握り締めている遼介の表情に、サクリファイスは首をかしげ問いかけてみるが、遼介ははっとするように笑いを浮かべ、そしてまた何かを考えるように視線をサクリファイスから外してしまった。
(あのじーさん、これが街に欠かせないって言って、俺にいい働きって……?)
 自分の中で混乱したままの情報を伝えても、相手にも伝わらない事は重々承知している。けれど、どれだけ考えてみても納得も結論も出てこなかった。
 しかめっ面が一向に晴れない遼介に、サクリファイスはふっと微笑むと、諭すように話しかける。
「遼介に何があったのか私は知らないが、とりあえず皆に話してみてはどうだろうか。そうすれば何かしらの道も開けるだろう」
 サクリファイスの言葉に遼介はしばし考える。
「よし。そうする」
 結果、一人よりは大勢で知恵を絞ったほうがいいと言う結論に達し、やっとそのしかめっ面を笑顔に戻した。
 難しい事を考えるのを止め、一度大きく伸びをした遼介の目に入った落ちかかった太陽。
 時間になったら集合すると提案した自分が後れるわけにはいかない。
「戻ろうぜ」
「ああ」
 サクリファイスは頷くと、走り出した遼介の後を追うように翼をはためかせた。





Nothing is a waste of time if you use the experience wisely.          Auguste Rodin





「皆無事か?」
 広場の中心で左右に延びる街道から広場へと戻る仲間たちを見て、オセロットが問いかける。
「はい。わたくし達は大丈夫です」
「こちらも、なんともない」
「しっかし何だったんだ? また傾いたのか?」
「私は、何ともなかったが……」
 サクリファイスは地面に下ろした遼介に視線を送る。
 ただ一人、遼介だけが難しい顔をしてその場に立っていた。
「老紳士」
「!!?」
 ライカの問いかけのような呟きに、遼介が驚きに瞳を見開く。
 何で知っている? と言わんばかりの遼介の顔に、ライカは自身の聖獣装具を取り出した。
「これだ」
 それは【狙偵銃・スコープガン】と呼ぶライカの聖獣装具。
 広範囲での視覚共有を可能とし、この装具が持つ能力によってライカは第五層で起こった騒動を見た。
「揺れは、多分そのせいだと思う」
 遼介は納得がいかないような顔つきで、自分が体験したその一連の出来事皆に話す。
 水晶の輪を欲しがる老紳士。
 動かした指揮棒に呼応する壁。
 「よい働き」と言った不思議な言葉。
 正直、遼介自身、何が「よい働き」なのか分からない。けれど、その言葉から水晶の輪がこの街を動かす事に欠かせないアイテムだという事は分かった。
 しかし、遼介が納得していない部分はそんなことじゃない。
 輪を返せと言ったのに、老紳士から感じるものと水晶の輪から感じるものが全く違ったということ。
「ばっちり、俺の主観だけどな」
 遼介はそう付け加えるが、肌から本能的に感じてしまったものを、頭から否定も出来ない。
「そんな事があったのか」
 見ていたとはいっても、あまりにも遠かったため、いったい何が起こっているのか分からなかったサクリファイスは、感慨深く呟く。
「そんな事と言えば……」
 思い出したように口を開くアレスディア。
「人形が何か言葉を発したのだ」
「あぁ、それなら俺たちも聞いた」
 な? と、ランディムはライカに振り返り、ライカは小さく頷く。
「“戻る”“送る”と言っていたように聞こえたが」
「私は“別世界”と聞こえた」
 この言葉で何か伝わる文章になるだろうかと三人は考え始める。
「“だ”と“め”…。単純に考えて“駄目”か」
 そして、そのやり取りを聞き、オセロットが小さく呟く。
 瞬間、声に視線が自分に集まり、オセロットは軽く肩を竦めるようにして笑う。
「空耳だと思っていたんだがな。それを言葉と言うなら、私も聞いた一人になるだろう」
 文字数があまりにも少なかったため、言葉として認識すべきなのか、ただの嘆きと処理してしまっていいのか、その情報の足りなさにオセロットは少々判断に困っていたのだが、皆の台詞を聞いて、多分言葉だったのだろうと結論付けた。
「“駄目”と“戻る”と“送る”と“別世界”か」
 アレスディアは手に入れた言葉を確認するように1つずつ唇に乗せる。
 これだけでは組み合わせを間違えれば、全く違った文章になりかねない。
 人形は、いったい何を伝えたかったのか。
「もしかしましたら、わたくし達が遭遇した人形さんも何か言ってらしたのかもしれませんね」
 ほう…。と、頬に手を当てて軽く小首をかしげるように告げるシルフェ。
 が、その言葉にアレスディアはぎょっと瞳を大きくした。
「水を流して民家に閉じ込めてしまったものですから。うふふ」
 民家の中で流れる水流によって運よく戻った人形や、弱った人形を水晶の輪に戻していったため、人形の嘆きなど殆ど聞く機会はなかった。
「とりあえず戻ろうか、黒山羊亭へ」
 太陽の明かりが街の水平線に落ちていく。
 長くなった影を見て、サクリファイスは促すように皆に声をかけた。
「詳しい話は、飯でも食べながらでいいだろ?」
 黒山羊亭に辿り着けば、時間は丁度夕食時。ランディムは振り返りざまウィンクして、にっと笑った。


















――エスメラルダへの報告――

■人形の額に刻まれた文字■
※真理。文字をゆがめれば死。
※シルフェの予想が当たり、どうやらコールがもと居た世界のもののようだ?

■落ちてきた街■
※ランディムの見立てでは、街は複雑に細かい大きな魔方陣で出来上がっている。

■人形の嘆き■
※「駄目」「戻る」「送る」「別世界」
※オセロット、ランディム、ライカ、アレスディアが聞いた言葉。合計4つ。
※繋ぎ合わせたこの言葉の意味は? 誰かに向けたメッセージか?

■老紳士■
※遼介が襲われ、サクリファイス、ライカがその様子を見た老紳士。
※どうやら水晶の輪を集めているらしい。
※指揮棒で壁を操る。街の唯一の住人?
※遼介を捕まえようとした。目的不明。

■第五層、第四層の地形図■
※サクリファイスが書いた上層部地形図。方角を合わせていないため第五層と第四層は繋がらないが、大まかに上層部二層の地形は把握できる。

■街の地図■
※アレスディアとシルフェが追加した詳細地図。





「何か見えてきたのかしら」
 それは老紳士という新たなる登場人物が増えた事によって。
「そうだわ。これも多分重要な情報ね」
 それはオセロットがエスメラルダに話した、街に対しての考察。

※街に見えるが街ではなく、オルゴールのようなものではないか。

 オーケストラが聞こえる事、街に生きる気配が何も感じられない事。
 この二つを考え、エスメラルダはオセロットの予想を情報の1つとして付け加えた。










☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2994】
シルフェ(17歳・女性)
水操師

【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト

【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー

【1859】
湖泉・遼介――コイズミ・リョウスケ(15歳・男性)
ヴィジョン使い・武道家

【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士

【2767】
ランディム=ロウファ(20歳・男性)
異界職【アークメイジ】

【2977】
ライカ=シュミット(22歳・男性)
異界職【『レイアーサージェンター』】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 交響幻想曲 −忘れられた第3楽章−にご参加ありがとうございます。
 ライターの紺碧 乃空改め紺藤 碧です。以後よろしくお願いします。
 今回皆様のプレイングがかなり当たり方向で色々と情報を加えさせていただきました。
 最終のエスメラルダへの報告は重要と思われる箇所とエスメラルダが記録として書き残しているというスタンスです。
 足りないと感じる方は他納品のノベルを併せてご一読くださいませ。

 『誰か』の部分について触れてらっしゃったので、キーキャラを眺めていただきました。遭遇でないのは、やはり今回に置いての水晶の輪の有無です。
 感想もまるであたりです(日本語変ですが…)。
 今回、遼介様を持ち上げている場面が多々あるのですが、魔断が大きいので大丈夫かなぁと勝手な予想で力はあるだろうと判断してしまいました。申し訳ありません。
 それではまた、サクリファイス様に出会える事を祈って……