<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『虎王丸の修行』

●心・技・体
「くそっ……俺とした事が、この前は大失敗だったぜ……」
(またか……)
 蒼柳凪は相棒の愚痴に心の中でこっそりと首を振った。その相棒、虎王丸は先の冒険で良いところがなかった事をしきりに悔やんでいた。
 凪にしてみれば、彼の失敗など見慣れた感もあるのだが(特に女性絡み)、今回はかなり悔しかったようだ。
「おい、凪! 修行するぞ、修行!」
「はい、はい……」
 二人は森の中へと歩いていく。
 実際、ここのところの虎王丸の熱中ぶりは凄まじいものがあった。こうして凪と組み手を交わす他にも、一人で居合い斬りの練習などもやっているのである。
 凪が武神演舞で達人の霊を憑依させると、さっそく二人の組み手が始まる。
 練習用に使っている木刀は芯に鉄が入っており、まともに受ければ骨をへし折るくらいは造作もない。だが、虎王丸の直線的な攻撃をひらりひらりと回避する凪にはまだ余裕がある。
(確かに速くなった……しかし……) 
 虎王丸の動きを見ながら、凪は心の中で冷静に分析していた。
 もちろん自分相手に本気で斬りかかっているわけではない。さりとて、手を抜くような男でもないはずだ。
 達人を憑依させている事もあって、今の凪には虎王丸の長所も短所もはっきりと見えている。
(確かに動きも速く、一撃も重い。この攻撃をかわし続けられる奴はそういないはず。けど……)
 その半面、直線的な動きは読みやすく、一撃一撃に全力を込める事もあって消耗も早い。
 総じて、そこそこの相手には圧勝できるものの、達人には分が悪いといったところだ。現に、今も自分に有効打を当てられずにいる。
(フェイントとかを混ぜる事ができれば、もっと幅も広がるんだろうが……)
 虎王丸の性格では考えづらい事だった。
 となれば、地力を上げていくしか仕方ないのだが、一朝一夕に上がるものでもない。
「はっ!」 
 しなやかな足裁きで蹴りを二ついれ、凪は距離をとった。鞭のようなそれは、一撃で骨をへし折ったりはしないが、体の芯まで響く。
 と、虎王丸が構えを変えた。
(居合いか……)
 突進からの抜刀術は、彼の戦い方にも合っている。だが、それを外せば、一転して大きな隙を作る事にもなりかねない。
(虎王丸らしいよね) 
 緊迫感が漂う中に、ふっと凪の口元に笑みが浮かぶ。
「いくぞぉっ!」
 強い踏み込みから、弾丸のように駆け寄る。その動きにカウンターを合わせようと凪が動いた。
 その時である。
「はぁっ!!」
 迫る虎王丸の背に、白い光が迸った。
 炎の華のように弾けると同時に、彼の体がさらに加速する。
(くっ……!)
 凪の足が踏み込むよりも速く、虎王丸の体が間合いの内側に入り込んだ。何とか銃をカバーに回すものの、居合いの衝撃はそれを突き抜け、肋骨を痛打していった。
ドサッ 
 凪の小さな体が、土の上に転がった。
 息がつまり、回復するのにしばらくはかかりそうだった。
(今のは……?)
 考えをまとめる間に、虎王丸がゆっくりと近づいてくる。彼は手を差し出して、凪の体を引っ張りおこした。
「わりぃわりぃ。つい、振りぬいちまったぜ」 
「それはいいけど……今のは……白焔の応用技なの?」
「ああ。何とかして居合い斬りの威力を上げたくってな。無い知恵を絞ってみたんだけど、上手くいった様だな」
 虎王丸がにんまりと笑う。
 彼は単純に威力自体を上げる為に突進力を上げたつもりなのだろう。しかし、凪は今の技の意味が別なところにあると感じていた。
(意識はしていないようだけど、タイミングをずらす意味で立派なフェイントになっている……それに威力自体も上がるんだから、一石二鳥だ)
「いいと思うよ。実戦で使えればきっと力になると思う」 
「そ、そうか? お前がそんな事を言うなんて、珍しい事もあるもんだぜ」
 照れたように笑う。
「それなら、なんか技に名前でもつけよっかな。何がいいかな〜」
「白華一閃……って感じだったけどね」
「へへっ、何か照れくさいもんだな」
 二人の笑い声が、周囲に響き渡っていった。 


●これから
 その後は火之鬼を使用し、より実戦的な練習へと切り替えていく。
「凪、今のでどうだ?」 
「うん、なかなかいいんじゃない? 白焔もかなり大きかったし」
 一時的に威力を向上させる修行も行なっている。
 今はまだ、集中するのに10秒くらいはかかるのだが、とりあえずは形になってきたような気がする。
「そう言えばさ……?」
「あん?」
「この前の冒険で聞いた『声』? 結局何なのか判ったの?」
 修行の手を止め、虎王丸は首を捻った。
 あれから色々と考えてみたのだが、あの時聞いた『声』の感じはいかにも男性のように感じられた。女性の印象が強い水竜王のものではあるまい。そうなると……。
「こいつ……じゃねえかと思うんだが」
 視線を手の中の破魔刀へと落とす。
 実はあれから、慣れない座禅などを組んで刀との『対話』を試してみたのだが、生来の短気が邪魔をして、すぐに投げ出してしまったのである。
「まぁ、虎王丸にその手の事が長く続けられるとも思ってないけど……」
 含み笑いを浮かべながら言う凪を睨みつけ、虎王丸は声を張り上げた。
「言ったな! それじゃ、精神抵抗の訓練しようぜ!」
 訓練といっても、いたって簡単なものだ。
 舞術の『卑霊召陣』をかけ、虎王丸がそれに抵抗するというもの。これに打ち勝った試しがない。
 今日も今日とて、低俗な霊を憑依され、お馬鹿な事をさせられる事になった。


「はぁはぁ……くっそぉ。全然抵抗できやしねぇ」
「まぁ、そんなに簡単にされても、僕が困るんだけどね」
 七度目の憑依が終わった後、座り込んでいた虎王丸の視界に、こちらに向かってくる孫太行の姿が映った。
 腹いせ半分、凪に向かってけしかけてみる。
「なぁ、おい。太行の奴にも『卑霊召陣』をかけてみようぜ。裸踊りとかするような奴をとり憑かせてよぉ」
 しかし、凪はきっぱりとそれを断った。
 いきなり舞術をかけるなんて、失礼な事はしたくないと。
「ちっ。つまんねぇの」
「何がつまらないって?」
 人懐っこい笑みを浮かべながら、太行が開けた場所に入ってきた。
 片手に火炎槍をぶら下げただけの極めて身軽な格好だった。
 元々、ここは太行の修行場である。彼はどんなに忙しくとも、街にいる間は毎日の修行をかかさない。それは、先のゴーレムの件でギルドが慌しい中でも変わらない様だが、その顔にはさすがに疲れの色が窺えた。 
 基礎の型から始める太行の姿を、二人は並んで眺めていた。
 本当は虎王丸が手合わせを申し込もうとしたのだが、凪がそれを止めたのである。今後の動きが知りたくてカグラのギルドに顔を出した時、太行の忙しさを垣間見ていたからである。
 応用的なものへと型が移る中で、凪は心の中で太行と虎王丸を比較してみた。
(うーん……やっぱり太行さんの方がバランスが取れてるかな。確かに実戦のスタイルは二人ともそっくりだけど、それは性格的なものだね。基本の受けの型なんて完璧だもんなぁ)
 確か『気』の力を防御にも攻撃にも使えると聞いた事もある。
 一方で、虎王丸は何とかして太行に一泡噴かせてやれないものかと頭を悩ませていた。
(ちっ……本当なら手合わせでぎゃふんと言わせたいとこだが、万全の調子でないのに勝っても嬉しくねぇしな。そうだ……!)
「なぁ、太行さんよ。汗かいたろ? 銭湯……いかねぇか?」  
 唐突な申し出に、他の二人が顔を見合わせる。だが、やっぱり太行も疲れてはいたのだろう。型をきっちりと済ませた上で、その申し出に応じたのであった。


カポーン
 街にはいくつかの銭湯があり、湯船を張ったものから蒸し風呂まである。今日は湯船につかりたいと太行が言い、二人はそれに付き合う事にした。 
 太行が三人分の金を払ってくれてる間に、手拭いを受け取った二人は一足先に洗い場へと入っていく。
「虎王丸……どういうつもりさ?」
「くっくっく。腰に手拭いを巻いて入ってきた奴のをずり下げてやる!」
「また子供みたいな事を……」
 野宿をしている時の水浴びならともかく、こういう大衆浴場に来た経験はあまりない。凪はわりときっちりと腰周りのガードを固めた。
(絶対、こっちにも飛び火してくるんだから……)
 と、そこで音を立てて扉が開かれた。
 太行の大きな影が移っていたのを見て、スタンバイしていた虎王丸がなにげなく身構え……動きを止めた。
(で……でけぇっ……!)
「お、なんだ二人ともそんな格好して。銭湯に来たからには、裸の付き合いだぞ」
 虎王丸の肩をびたんびたんと叩いて、ゆっくりと洗い場に座る太行。そしてすごすごとそれに従う虎王丸であった。
 三人でゆっくりと湯船につかりながら、凪はふと尋ねてみた。
「太行さんは、やっぱり座禅とかを組んで心の修行もかかさないんですか?」
「座禅〜? 俺がそんなもの真面目にやってるように見えるのか?」
 頭に乗せた手拭いで顔を拭き、太行がにやりと笑う。
 そしてちらりと虎王丸の方に目をやり、言葉をつないだ。
「俺がお前らくらいの頃は、ただ前に突っ込む事しか知らなかったさ。何度将已の奴に怒られたことか……。そういう意味じゃあ、お前らの関係に似てなくもないかな」
 湯船から上がり、背中を流しあいながら、太行はさらにこうも言った。
「禅なんてものはな、黙って座ってればいいってものじゃないのさ。基本の型を反復しながらでも、心を空にする事は出来る。俺は逆にその方が真実だと思っているけどな」
 背を向けた太行の顔は、二人からは見えなかった。


「それじゃあな」 
「はい。ありがとうございました」
「……」
 結局、銭湯(と風呂上りの牛乳)は太行の奢りとなった。
 彼はその足でギルドへと戻っていった。
「いつまでも、ただの冒険者でいたかったんだがな……」
 去り際、そう言った太行の顔はどこか昔を懐かしんでいる様にも見えた。
 『天空の門』奪還作戦まで、間もない夜の一幕である。


     

                                                                       了




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1070/虎王丸/男/16歳/火炎剣士
2303/蒼柳凪/男/15歳/舞術師

【NPC】
 
孫太行/男/30歳/戦士

※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なる場合があります。

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■         ライター通信          ■
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 どうも、神城です。
 今回のところはこういったところです。虎王丸の修行の成果は着実に身になっている様です。
 それから『声』に関しては、火之鬼のものです。一方的に力を貸してもらった訳ですが、きちんと対話が出来ればさらに力を引き出せるでしょう。
 それではまた、次回のお話でお会いしましょう。
 ではでは。