<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


祠の奥 + 古の詩 +


◇★◇


 静かな水音が響くこの洞窟の中。
 紡ぐ音は壁に跳ね返って幾重にも重なる。
 今が昼なのか、夜なのか、そんな事は分からない。
 あの日以来、幾千の月が流れたのか・・・それすらも、朧に霞む。

「王宮には花が咲き乱れ、王妃様の願いは星の彼方」


◆☆◆


 ふわりと前髪を揺らした風に、かすかな甘い砂糖の匂いを感じ取る。
 家庭的な優しさを帯びたその香りを胸いっぱいに吸い込むと、山本 健一は高く澄んだ空を見上げた。
 雲ひとつ無い空に浮かぶのは、鋭い光を放つ太陽。目に残像を焼き付けるほどに強い光を放つ中心部と、その周囲に滲む淡い色をした光。
 あまり見詰めていては目に痛いと、視線を落とせば地面にポッカリと映る黒い影。
 目に焼きついた太陽の形に苦笑しながら、健一は真っ直ぐに続く道を歩いた。
 左右に広がるのは拓けた野原で、華奢な雑草が逞しく空へと伸びている。
 冷たい強風にあおられても必死に耐える雑草。色鮮やかな花からくすんだ色を滲ませた花まで、雑草達は健一の目を楽しませてくれた。
 なんてのどかな場所なんだろう。
 再び前方から吹いた風の中に砂糖の甘い匂いを感じながら、そっと思う。
 木々の揺れる音、葉が擦れる音、遠くで鳴く鳥のか細い声・・・それ以外には何も聞こえない。
 ・・・そう思った時だった。
 突然自然の音しか聞こえていなかったその場に、パタパタと軽快な音が響いた。
 小さな子供が走っているような音は、右手から聞こえて来る。
 ふっと視線を其方に向ければ、ピンク色の何か ――― 恐らくは小さな子供だろう ――― が此方に走ってきているのが見えた。
 歩幅が狭いためか、なかなかこちらに近づかない。健一はちょっとした興味を覚え、その場で立ち止まって少女が来るのを待ってみた。
 ボンヤリと滲んでいた色が、近づくにつれて鮮やかに変わって行く。
 淡い色をしたピンク色の髪、髪の色よりもさらに白に近い色をしたワンピース。
 まだ8歳か9歳くらいだろうか。幼い少女は胸に紙袋を抱いて、とても急いでいる様子で走って来ていた。
 頭の高い位置で楽しげに揺れるツインテールが健一の隣を通り過ぎようとした時だった。か細い「あっ」と言う、溜息とも悲鳴ともつかぬ声があがった。
「危ない・・・」
 転びそうになった少女の体を支える。
 手荒に扱えば容易く折れてしまいそうなほどに儚い腰を抱き止め、手から零れ落ちた紙袋のドサリと言う重い音が響く。
 コロコロと、道を転がっていくのは艶やかな赤い林檎だ。
「大丈夫ですか?」
 驚いて目を見開いたまま硬直している彼女と視線を合わせるべく、健一は膝を折った。
 淡い色をした唇が何かを紡ぎたそうに微かに動いたが、それよりも先に少女の小さな手が胸元へと持っていかれた。まるで鼓動を確認するかのように、右手で左胸を押さえて深い溜息をつく。
「ビクリしたの・・・」
 鈴を転がしたかのような甘い声。子供独特のキーの高さだったが、それすらも心地良いと思えるほどに少女の声は澄んだ色をしていた。
「怪我はしませんでしたか?どこか痛いところは?」
 健一の質問に、首を振る少女。
 どこも怪我をしなかったのなら良かったと安堵した健一は、散らばった荷物を拾いにかかった。
 お使いの途中だったのだろうか。道に広がったものは、専ら食料品だった。
 少女が紙袋を拾い上げ、その中に林檎や葡萄を入れて行く。
「はい、どうぞ」
「有難う御座いますなのっ」
 転がった果物や野菜を手渡しながら、健一は穏やかな笑顔を向けた。
 それに応えるかのように、少女も天使のような無垢な笑顔を返す。
「急いでいたみたいでしたけれど、お使いの途中だったんですか?」
「はいなのっ!んっとね、リタからお使い頼まれて、町まで行って来たのっ!」
「そうなんですか。偉いですね」
 褒められて、嬉しそうに顔を輝かせる少女。
 けれど直ぐにその表情が曇り、しゅんと肩を落とすと紙袋の中を覗き込む。
「どうしました?」
「シャリー、良い子じゃないの。だって、買って来たものみーんなゴロゴロしちゃったの」
 “ゴロゴロしちゃった”とは“落としてしまった”と言う事だろう。
「シャリーさ・・・シャリーちゃんと仰るんですか?」
「んっと、シャリーはシャリアーって言うのっ!」
「そうですか。シャリアーちゃん・・・」
 “さん”と言いかけて“ちゃん”に変更したのは、シャリアーの年齢を考えての事だった。
 どう贔屓目に見ても10歳そこそこの彼女には“さん”ではなく“ちゃん”が似合っている気がしたのだ。
「リタ、シャリーを怒ったりしないのよ。シャリーが上手く出来ても出来なくっても、頑張ったねって笑ってくれるの。でもね、シャリーはリタをもっともっとニコニコにしてあげたいのよっ」
「リタさんは、シャリアーちゃんのお姉さんなんですか?」
「んっとね、シャリーのお姉ちゃんじゃないの。喫茶店の“てんちょー”さんなの。シャリーが“かんばんむすめ”でリンクが“うぇいたー”なのっ。リンクもシャリーのお兄ちゃんじゃないの。でもね、シャリーは2人ともとっても大好きなのっ」
「そうですか。シャリアーちゃんは喫茶店の看板娘さんでしたか」
 ニコニコと微笑みながら、小さな看板娘の頭を撫ぜる。
 暫く嬉しそうに頭を撫ぜられていたシャリアーが、ふと何かを思い出したように顔を上げると健一の袖を引っ張った。
「そうなのっ!さっきは有難う御座いましたなのっ!んっと、それでね、もしお暇なら、シャリーの喫茶店にようこそなのっ!シャリー、助けてくれて、お礼がしたいのっ!」
 普通の大人と変わらない気の遣いように、思わず苦笑してしまいそうになり・・・慌てて口元を引き締めるとシャリアーの手から重たそうな荷物を取り上げた。
「僕は山本 健一と申します」
「健一ちゃん・・・覚えたのっ!」
「それでは、案内をお願いしますね、店員さん」
「おまかせなのっ!」
 ピっと敬礼をし、畏まって歩き出すシャリアーの半歩後ろを歩きながら、健一は口元に浮かぶ笑みを押し殺せないでいた。


◇★◇


 御伽噺の中から抜け出てきたのかと思うほどに、喫茶店ティクルアの外観は可愛らしかった。
 大きな扉を押し開ければ、チリンと言う鈴の音が穏やかな時の流れる店内に響く。
「シャリアー、帰って来たの・・・あら?お客様かしら?」
 店内からパタパタと小走りにやってきた金色の髪の、少女と女性の中間くらいの年齢と思しき外見をしたリタがゆっくりと首を傾げる。
 シャリアーと顔の作り自体は似ていないが、雰囲気の穏やかさ、甘さにはどこか共通のものがある。
「あのね、健一ちゃんって言うの。んっとね、シャリーが転びそうになったのを助けてくれて、荷物を拾ってくれて、ここまで持って来てくれたのっ!」
「まぁ、それはそれは・・・シャリアーがご迷惑をおかけしてしまったようで・・・」
 無邪気なシャリアーの言葉に、リタが眉根を寄せながら健一に頭を下げる。
 細い金の髪が、窓から斜めに差し込んでくる陽の光にキラキラと透けるのを見ながら、大した事をしたわけではないと言って顔を上げるように言葉を向ける。
「私はここの店長をしております、リタ ツヴァイと申します」
「初めまして、山本 健一と申します」
 リタと健一が丁寧な挨拶を終えた時、リタの背後から彼女と同い年か少し年上くらいかの、大人びた外見をした少年が不思議そうな顔でこちらに近づいて来た。
「どうしたの?」
「あ、リンク。丁度良かったわ。こちら山本 健一さん。シャリアーがお使いに行って危うく怪我をしそうになったところを助けてくださったそうなの」
「そうなんですか、それはまことに有難う御座います。ここのウェイターをしております、リンク エルフィアと申します」
 リタの挨拶よりももっと形式ばった口調でリンクはそう言うと、頭を下げた。
 銀色の細い髪は女性的で、そこからはサラサラと言うか細い音が聞こえてきそうだった。
「リンク、健一さんをお席にご案内して。シャリアーは、手を洗ってうがいをしなさい」
「分かった」
「はいなのっ!」
 店長と言うよりは、お母さん ――― リタの年齢からして、その表現はあまり適切ではないかもしれないが ――― のようにテキパキと指示を飛ばす。
 健一はリンクの案内で店内で一番日当たりの良い木のテーブルに案内された。
 リンクが急いで奥から水の入ったガラスのコップを持ってくると、健一の前にコトリと音を立てて置く。
 明るい陽の光に照らされて、氷がカツリと冷たい音を立てた。
 ――― 側面に水滴がつき、ゆっくりと粒を大きくしていく・・・。
「・・・健一さんは、なにか楽器をなさるんですか?少し変わった形ですけれど、琴ですよね?」
 傍らに置いた水竜の琴を指差しながら、リンクが首を傾げる。
「えぇ。それほど上手いわけではないのですけれど・・・」
 それは謙遜だった。けれど、まさか初対面の少年相手に「上手いですよ」などと自慢じみたことは言えない。
「水竜・・・ですか。なんだか偶然にしては出来すぎですね」
「どうしました?」
 ブツブツと呟くリンクに首を傾げれば、悪戯っぽい笑顔を返される。
 人差し指を唇に当て、まるで内緒話でもするかのように小さな声で、リンクは不思議な事を呟いた。
「俺、これから水天使に会いにいこうと思っているんですよ」
「水天使・・・ですか?それは・・・」
「お待たせいたしました」
 凛と良く響くリタの声と、甘く芳醇な香り・・・
 銀色のトレーの上にはほんのりと湯気を立てるカップと美味しそうなケーキが乗っていた。
「紅茶にいたしましたけれど・・・お苦手ではありませんでしたか?」
「えぇ。紅茶もケーキも大好きです」
 心配そうなリタに笑顔でそう返すと、銀のフォークを真っ白なクリームの乗ったケーキにそっと入れる。
 ふわりとした甘みを持ったスポンジと、甘みを抑えたクリームがなんとも言えない絶妙な具合で口の中で溶け合う。
 金の縁取りがされたカップに口をつければ、ダージリンの甘い香りが口いっぱいに広がる。
「美味しいです」
「そう言っていただけると光栄です」
 おっとりとそう言ったリタの背後から、シャリアーがパタパタと走って来て輪の中に加わる。
 美味しそうな匂いにシャリアーがゴクリと喉を鳴らし、リタが小さな音を立てて笑うとシャリアーとリンクの分も持ってくる。
「どうせならリタも食べれば?」
「けれど、お客様の前ですし・・・」
「もし宜しければ、リタさんもご一緒にどうですか?」
 健一の言葉に頷くと、リタが奥から自分の分のケーキと紅茶を持ってくる。
 和やかな話しが花咲くテーブル。健一が美味しいケーキと紅茶のお礼にと、琴を奏で始める。
 細く繊細な旋律が、店内にゆったりとした時間を連れてくる。
 流れるようなメロディが最後の音を紡ぎ上げた時、ティクルアの店員一同は両手を叩いて素敵な演奏に応えた。


 リタとシャリアーがコップやお皿を洗っている水音に耳をすませながら、健一は目の前でボウっと外を見詰めているリンクに先ほどから気になっていた事をぶつけてみた。
「リンクさん、水天使とは何ですか?」
「さぁ・・・俺にもわからないんですよ」
 首を傾げながらそう言い、かいつまんで今朝方起きた事を健一に話した。
 調査と言う名目でとある祠に行き、水天使または炎龍に会いに行く・・・
「炎龍なんてとても1人じゃ無理ですが、水天使なら1人でも何とかなるかな、と思ったんです」
 本当は衛兵でも雇おうとしていたのだが、残念ながら今日はそのようなお客に恵まれなかったのだそうだ。
「あの、それはこれから行くんですか?」
「えぇ。竜樹(りゅじゅ)の鳥に乗ればすぐのところですし」
「僕も一緒に行ってはいけませんか?」
「え、健一さんがですか?いけないということは無いですけれど、もしかしたら危険があるかも知れませんし・・・うーん、でも水天使だから大丈夫かなぁ」
 考え込むリンクに、健一はドンと胸を叩いてみせた。
「こう見えても僕、それなりに武術を心得ていますし、魔法も使えます」
「そうなんですか?」
 意外そうな顔でリンクが瞬きをし、暫く目を伏せてから大きく頷くと健一に右手を差し出した。
「それでは、お願いします。えーっと、お礼はティクルアの料理で・・・」
「お礼なんて必要ないですよ、無理を言ってついて行くんですから」
「いえ、こう言うことはちゃんとしないと・・・母親に怒られますから」
「母親、ですか?」
 キョトンとした健一の瞳に応えるように、リンクがリタの背中に向かって指を指し示す。
 あぁと口の中で呟いてから、健一は苦笑交じりに言葉を返した。
「随分若いお母さんですね」
「見た目こそ若いものの、中身はもうかなりの年齢ですよきっと」
「リンク!聞こえてますよっ!誰が貴方のお母様ですかっ!」
 リタがそう言ってツカツカと歩いてくると、リンクの後ろ頭を軽く叩いた。
「リンクがリタに怒られてるのーっ!」
 からかうようにシャリアーが声を上げ、リンクが「言ったなっ!」と叫ぶとシャリアーの後を追いかけていく。
「もう、2人ともあんなにはしゃいで・・・」
「賑やかで良いですね」
「良く言えば賑やかですけれど・・・」
 困ったような笑顔を浮かべたリタの背中で、シャリアーとリンクがじゃれているのが見える。
 血は繋がっていなくとも、3人は強い絆で結ばれている。そう感じた健一は、自分でも知らないうちに穏やかな笑みを浮かべていた・・・。


◆☆◆


 ティクルアから出て、竜樹の鳥に乗って山を一つ越えた場所、人里離れた村の中心部にある祠。
 その前に着いた時、リンクのとった行動に健一は唖然とした。
「ここが祠です。とりあえず、下に進みますね」
 そう言って、ゲシっと祠を蹴っ飛ばしたのだ。
 そうすることによって祠が傾き、通路の中へと入れるようになっているのだが・・・それにしたって手荒すぎる気が否めない。
 続く階段を下り、岩肌がむき出しになったトンネルを突き進む。
 ヒンヤリと奥から感じる風は冷たく、時折天井から雫が落ちてくる。
 狭い通路は1人分しか幅がなく、健一はリンクの後に続いた。
 数歩先を進んでいたリンクが突然「あっ」と声を上げて立ち止まる。
「如何かしましたか?」
 健一の質問を無視して、リンクは奥へと進んだ。
 ・・・そこは先ほどまでの狭い通路とは違い、随分と開けた場所だった。
 天井へと伸びる1本の柱の周囲には、なにやら奇怪な文字が羅列されており、その近くには小さな台座が置かれている。
 台座の上には四角い穴が数個空いており、その下には柱に刻まれたものと同じ文字が書かれたブロックが数個落ちている。
「ここで行き止まりですか?」
「きっとこの穴にブロックをはめ込めば良いんですね」
「適当に入れてもダメでしょうね」
「えぇ、恐らく。・・・穴の数は5つ、ブロックの数は30・・・。柱の文字を解読しない限りはどうしようもないですね」
「文字と言っても、随分古いように思いますが・・・」
「えぇ。この柱の文字は・・・なかなか古いですね。この辺りで古来使われていた文字です」
 柱をジっと見詰めるリンクの隣で、健一もソレに習う。
 しかし、難解な記号の羅列は文字と理解することが出来ない。
 記号の共通性ならば見つかるのだが、それが何を表しているのかが分からない限りは謎は深まるばかりだった。
「・・・面白いですね。1行目と2行目は使われている文字が違います。1行目と3行目に使われている文字が同じで、2行目と4行目が同じです」
「つまり、偶数行と奇数行で使われている文字が違うと言う事ですか?」
「そうですね。きっと、どちらかを読めば良いのでしょう」
「・・・読めるんですか?」
「えぇ。・・・訳しましょうか?」
 リンクの言葉に健一は頷いた。
 文字と言うにしてはあまりに“絵的”な記号の羅列に、はたしてどのような意味が隠されているのだろうか。
 健一はリンクの声に集中すると、謎の意味を解こうと頭を回転させ始めた。
「奇数行は・・・“古より伝わりし秘宝を抱き、長く眠るは幼き少女。紅蓮の炎に身を任せ、聖巫女を守る聖なる獣の名を刻め”」
「聖巫女に聖なる獣ですか・・・」
「偶数行は・・・“神々に祝福されし、蒼の妖精。かの者たちの話を聞く時、閉ざされし歴史が再び開く。かの者たちの名を刻め”」
 文字を追っていたリンクの瞳が健一に注がれる。
 どうですか?そう問うている瞳に、健一は暫し沈黙すると口を開いた。
「恐らく偶数行を読めば良いのだと思います。蒼の妖精ですから。そうすると、入れるべき言葉は“す・い・て・ん・し”だと思います」
 そう言った後で、ふとリンクの言った言葉が脳裏を過ぎった。
 水天使ともう1つ・・・この祠に居ると思われる存在・・・
「そうすると、奇数行は“え・ん・り・ゅ・う”こちらも5文字になりますね」
「そう言われればそうですね」
 散らばったブロックの中から5つのブロックを取り出すと、パチリと穴にはめていく。
 リンクの背を黙って見詰めていると、最後の1つが穴に綺麗にはまった。
 ――――― パチリ
 微かな振動の後に、柱がゆっくりと回転し、真ん中から垂直に亀裂が走る。
 亀裂が徐々に大きくなり、柱が真ん中からパカリと2つに割れる・・・
「凄い技術ですね・・・」
 あまりの迫力に、健一はそう感想をもらした。
 ジっと見詰める2人の目の前で、柱の中心に階下へと続く階段が現れた。
 ヒンヤリと冷たい風は水の匂いを含んでおり、楽しげな歌声までもが冷気と共に上がってくる。
「どうやら水天使は友好的な存在みたいですね」
 安堵したような表情でリンクはそう言うと、トントンと石の階段を下りていく。
 健一もそれに続き・・・楽しげに聞こえる美しい旋律に耳を澄ませた。


◇★◇


 地下の部屋は全面水色で、壁の岩肌すらも透けるように美しい淡い色をしていた。
 足元には七色に光る水がキラキラと、光もないのに輝いていた。
「綺麗ですね・・・」
 健一の口から零れた言葉は半ば無意識に、小声にも拘らず大きく響いた。
 聞こえていた歌声がプツリと途切れ、なにかが奥から此方へ歩いてくる。
 パシャパシャと、水を蹴る音が響く。
 それは確かに二足歩行をしており、奥の暗がりから現れたのは人の姿をしていた。
 青い瞳は角度によって色を変え、丁度足元で揺れる水と同じ色をしている。
 腰近くまで伸びた髪は青みがかった銀色で、肌は真っ白だ。
「お迷いになられまして?」
「え?」
「王宮からの使いの方は、度々ここに迷い込まれますの。それは時に王妃様の御心によることも御座いますけれども、大抵はお迷いになられてここに足を踏み入れてしまいますのよ」
 王宮?王妃?彼女の言っていることはよく分からない。
 見た目は10代後半から20代前半くらいで、言葉遣いは至極丁寧だ。
 悪意もなにもない瞳は純粋で、事実しか述べていないようだった。
「俺達は、調査で此処に来たんです」
「調査?王様から言われてですの?それとも、王妃様かしら・・・まぁ、わたくしたちの歌声は、そんなに大きく響いてしまいまして?」
「いえ、そうでなく・・・」
 どうにも話がかみ合わない。
 リンクが助けを求めるように健一に視線を向けるが、苦笑しか返せない。
「どう言う事でしょうか・・・」
「具体的には分かりませんけれど、もしかしたら柱に書かれていた事が関係しているかも知れません」
「柱に書かれていたこと、ですか・・・?」
 “神々に祝福されし、蒼の妖精。かの者たちの話を聞く時、閉ざされし歴史が再び開く”
「ここには元々王宮があったってことでしょうか?」
「断言は出来ませんが、僕はそう思います・・・」
「貴重な歴史の証言になりそうですね。話を聞いてみましょう」
 健一とリンクの話を黙って聞いていた“水天使”は、ニコニコと笑顔を向けると2人を奥へと案内した。
 水は本当に薄く張っているだけで、靴底を微かに濡らすだけだった。
 時折ポチャリと音を立てて天井から水滴が落ちてくる他は、なんの音もしない空間だった。
「お姉様達は驚いて歌うのをやめてしまわれたのね。けれど、大丈夫ですわ。貴方様がたは決して悪い方ではないのですから」
「僕は、山本 健一と申します。こちらはリンク エルフィアです」
「まぁ、素敵なお名前でしてね。わたくしは“ソフィナ”と申しますのよ。あと、ここにはお姉様が2人と妹が1人、そしてお母様がいらっしゃいますの」
「・・・全員で5人ですか?」
「えぇ。お母様は“オウナ”、1番上のお姉様が“セラフィー”わたくしのすぐ上のお姉様が“シャイラ”そして、妹は“エリーン”と申しますの」
 ソフィナはそう言うと、パチンと1つだけ手を叩いた。
 目の前にある石の椅子に座るように2人に指示し・・・どこからともなく、綺麗な歌声が響いてきた。
 それは何処の言葉とも分からない響きを持っており、けれど隣に座るリンクにはその意味が分かるのか、時折頷くような仕草を見せている。
「お母様もお姉様達も妹も、恥ずかしがりやなんですのよ」
「ソフィナさんは違うんですか?」
「わたくしは、外の世界に憧れておりますので・・・」


  美しい王妃様は毎年ここに遊びに来られ
  美しい音色の楽器を置いていく
  外の世界は如何ですかと聞けば
  相も変わらず平和に染まっていると微笑む

  花の都を過ぎれば水の都
  その向こうの都市は知らねども
  続く平野は新たな町への道標

  魔も聖も人も
  全ての人が共存している都
  争いもなく
  時の流れは緩やかで

  まるで全てが止まってしまったかのように
  穏やかで優しい都


「その都に、名前はあるんですか?」
「おかしなことを聞く方でしてね。健一様も、リンク様も、その都よりここにいらしたのでしょう?」
「・・・えっと・・・」
「“レーリア”が花の都“ソワル”が水の都でしてよ」
 リンクがソフィナの言葉を持っていたノートに書き記す。
「レーリアは聖女のティレイア様が治める都。ソワルは天女のエスカリア様が治める都」
「どちらも女性が治めているのですね」
「えぇ。・・・だって、そのほうが・・・」
 言いかけたソフィナが、なにかに気がついたように顔を上げた。
「また誰か迷い込まれたようですわ」
「え?」
「水の響が違いますでしょう?この靴の音は、王宮の方ですわ。・・・そう言えば、貴方様がたは随分と不思議な恰好をしておいでですのね」
「えぇ、俺達は別に王宮のつかいじゃなく・・・」
「まぁ!それは本当でして?・・・もしかして・・・いえ、もしかしなくても、貴方様がたは遠い国からやっていらしたんじゃなくて?」
「え?」
「この場所は、不思議な場所。遠い世界同士が通じ合う場所。時を越えた世界をもまたにかける場所・・・」
「・・・未来と過去が繋がる場所と言う事ですか?」
「そうだとしたら、まずい事になる・・・」
 健一の言葉にかぶせるようにリンクがそう言い、ソフィナもその意見に賛同する。
「貴方様がたは、不思議な存在。この世界に混乱はまだ必要ありませんの」
「帰りましょう、健一さん」
「そうですね。ここはいったん引いた方が良いでしょう」
「もし、またこの場所にいらっしゃることがあるならば、その時はティレイア様にお会いになられると良いわ。妹のエリーンに案内させます。きっと、ティレイア様ならば時の繋ぎ目のこの場所の事もよくご存知でしょうから」
 楽しいお話が聞けるかも知れませんわ ―――――
 そんなソフィナの言葉を待たずに、健一の視界は闇で覆われた。
 背後から近づいてきた何者かによって視界を遮られ・・・そのまま、意識が遠退いた・・・


●時の繋ぎ目


 ふっと、目を開ければそこは暗い場所だった。
 ポチャンと、水がどこからか滴り落ちる音が反響している場所だった。
「ここは・・・」
「うっ・・・」
「リンクさん!?」
「あ・・・健一さん??って、どこにいるのかわからないですけど・・・」
 直ぐ隣でリンクが起き上がる気配を感じ、そちらに手を伸ばす。
 温かい何かが指先に触れ、微かな笑い声が起こる。
「ちょ・・・脇腹くすぐらないでください・・・・!」
「すみません。別に、くすぐろうとしたわけではないのですけれど・・・」
 謝罪の言葉を述べてから、健一は魔法で明かりを創り出した。
 ポウっと生まれ出た光が、今まで漆黒に閉ざされていた目に痛い。
 暫く目を細めて光に慣れた後で、周囲を見渡す。
「ここは先ほどの場所ですよね?」
「おそらく、現在の時の場所なんでしょう」
 地面に触れればそこは湿っており、茶色の岩肌が見えている。
 あの七色に透ける不思議な水はなく、勿論水天使達のか細い歌声も聞こえない。
「・・・こんな風になってしまっているんですね」
「時の流れは寂しいものですから」
 リンクが立ち上がり、健一もそれに続くと服についた砂を払った。
「それにしても、不思議な体験でした・・・」
「そうですね。今度また来たいと思います。ティレイア様にも会いたいですし・・・」
「ティレイア様、ですか・・・」
 確かに会ってみたいですねと、その先の言葉は飲み込んで、健一は小さく頷いた。
 長く続いているらしい洞窟の先に目を凝らす。・・・どんなに目を凝らして見ても、あの美しいソフィナの姿は見えないけれども・・・
「不思議で素敵な時間でした」
「俺もそう思います」
「そう言えば、ティクルアを出てからどのくらい経ったんでしょうか?」
「どのくらい経ったんですかね、全然時間の感覚がないですね。とりあえず、いったんティクルアまで戻りませんか?お腹も空きましたし」
「そうですね」
 健一は頷くと、階段の方へ歩を進めた。
 来た時と変わらない、冷たい石の階段に足をかけたその時・・・ふっと、あの不思議な歌声が聞こえた気がした ―――――


 ――――― 花の都を過ぎれば水の都


            その向こうの都市は知らねども
 

                 続く平野は新たな町への道標 ――――――――


 
               ≪ E N D ≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  0929 / 山本 健一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『祠の奥+古の詩+』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、初めましてのご参加まことに有難う御座いました。(ペコリ)
 優しくてカッコ良いお兄さんと言う雰囲気の健一君。
 ティクルアにご来店いただく切っ掛けはどうしようかと悩み、結局シャリアーを登場させてみました。
 リタの不思議なお母さんっぷりとシャリアーとリンクの無邪気なじゃれあい、穏やかな様子を描けていればと思います。
 そして何よりも、健一君の雰囲気を損なっていなければと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。