<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


畑の夜の攻防

□Opening

★楽しい果物狩りのシーズン到来
☆採れたての果物をいっぱい頬張ろう!

 明るく彩られたチラシが一枚、テーブルに置かれた。男は、虚しそうにそれを一瞥しエスメラルダに懇願した。
「もう畑は、一つしか残ってないんだ、けど、おらぁ、悔しくて悔しくて……、どうにかしてあいつらをやっつけて欲しいんだ!」
 いつも通り賑わう黒山羊亭。
 エスメラルダは、その店の一番奥のカウンターでいつものように琥珀色の液体をグラスで遊ばせていた。
 しかし、男の勢いに、こつりとグラスをテーブルに置き、口元だけで笑みを浮かべる。
「お待ち、順を追って説明して、ね、畑って果物畑の事かい?」
 彼女の落ち着いた態度に、男は少しだけ冷静さを取り戻したようだ。ごくりと唾を飲み込み、神妙に頷いた。
「んだ、おら、果物狩りの畑を経営してるだ、それが、丁度果物狩りのツアー企画ができあがった頃、夜な夜なあいつらが畑を食い荒らすだ」
 だん、と、テーブルを叩き、男は悔しげな表情を浮かべる。
「で、畑は後一つしかない、今日の夜はその畑の番と言うわけね」
 加熱する男とは裏腹に、エスメラルダは静かに男が持参したチラシを持ち上げた。
「あいつらって、何? 姿を見たの?」
 どうにかして欲しいとは言うものの、ソレが何であるのか分からなければ対処もできまい。エスメラルダの言葉に、男はとつとつと自分の見た事を話した。
「ああ、あいつらはいつも夜に現れるだ。人じゃねえ、四本足で歩いて、柵を乗り越え畑の果物を食べるだ」
「……、狼? それともイノシシかしら?」
 エスメラルダの言葉に、男は首を横に振った。
「あんな大きなイノシシは見た事がねぇ、狼にツノや口からはみ出すような牙なんか無いべさ」
 男は、そう言って、大きく両手を広げた。かなり大型の四本足。ツノと牙を持つもの……。魔物の類かもしれないとエスメラルダはひそかに眉をひそめる。
 そして、何とかしてくれそうな冒険者を探し始めた。

■03
 紅姫は、机に向かって拳を握り締める男とそれを慰めるエスメラルダの後ろから、ポツリと呟いた。
「果物って、何かしら?」
 畑と言う位だから、大きな木になるようなものでは無いだろう。まぁ、それは現場を見れば一目瞭然なのだけれども。
 しかし、この季節、甘い果実は魅力的だ。報酬に果物を貰えるのなら、ちょっとデザートでも作ってみてはどうか。
 その若干危険な考えを胸に、紅姫はエスメラルダに詳しい話を聞く。
「と言うわけ、手伝って貰えるかしら?」
 肩をすくめて微笑むエスメラルダと、助けてくださいお願いしますと懇願する依頼人の男。
「畑を荒す、悪い子ね」
 話を聞く限り、どうやら魔物っぽいけれど、そこは自分の力を駆使すればどうとでもなるだろう。二人を一度ずつ見てから、紅姫はしっかりと頷いた。

□04
 と言うわけで、千獣、ニアル・T・ホープティー、紅姫の三名は、件の畑へとやってきた。
 時刻は夕暮れ時。
 太陽が沈み、辺りは薄紫色の空に包まれていた。
 山の裾に広がる雄大な田畑は、きちんと区画整理してあり所々に看板が立っていた。こちらからは蜜柑狩りへ、こちらは梨へと言う具合だ。菜園ではなく、どちらかと言えば果物農家の仕事場所と言う感じだった。
 しかし、荒された、と言うだけの事はあって、区画毎に種類分けされ実っているはずの果物は、全く見えなかった。乱雑に枝の折れた木が、あるところでは葉を散らし、あるところではなぎ倒れ、畑は荒れ果てている様だった。
 山のほうから順に荒されたんだと、依頼人の男が呟く。
「と言う事は、今日はこの区画ですか」
 ニアルは、惨状を目の前に、しかし皆を盛り上げる様に明るく区画を指差した。
 そうだ、まだこの区画は無事なのだ。だったら、守れば良い。いつでも前向きなニアルの言葉に、依頼人の男は少しだけ力なく笑った。
 山から一番遠い場所、最後の区画には丁度人の背の高さほどの木に沢山の蜜柑がなっていた。
「うん、ちょうど食べごろね、腕がなるわ」
 紅姫は、一つ二つ実を撫で呟いた。
 え? 何の腕がなるか?
 それは、後ほどのお楽しみだ。それよりも、まずは魔物、いや獣だろうか。とにかく、畑を荒しに来るもの達への対策だ。
「私は……、畑、の……外で、待つ」
 今まで黙って動向を見ていた千獣は、ポツリと呟きすっと区画の外へ消えて行った。気配を殺し、迎え撃つのだろう。
「あたしは、少し作業しても良いですか?」
 ニアルは、区画の大きさを測りながらごそごそと何やら作業を始めた。
「ああ、有刺鉄線で柵を作る?」
 紅姫はニアルの様子を見ながら、作業の様子を覗き込んでいた。なるほど、これで囲い込んでしまえば、なかなか動物は入って来る事はできないだろう。
「はいっ、電気を流しておきます」
「ふぅん、念入りね、良いんじゃない?」
 しかし、コンセントも発電機も無いこの場所で、どうやって電気を流すのだろうか。ちょっと首を傾げたが、特にそれ以上気にはならなかった。細かい事は気にしない、流すと言うのだから流すのだろう。紅姫は勝手に納得して、その作戦を肯定した。
「普通の動物ならきっと去って行って解決ですし、魔物なら絡みついて侵入を知らせてくれます」
 元気良く頷くニアルに、紅姫も笑顔を向ける。
「そうね、もしそれでも入ってくるような悪い子を見つけたら、捕らえてみようかしら」
 例えば、逃げ出す様なら切り裂く、そんな風の檻でね、と冗談めかして呟いた。その横を、ひゅるりと一陣の風が吹きぬける。
 区画の外には千獣。
 周りをニアルの電気が流れる有刺鉄線が囲む。
 そして、風を纏う紅姫。
 その時は、刻々と近づいていた。

□05
 まず聞こえたのは、地を這うような咆哮。
 月に照らされた畑は、それでも暗く、自分の手足を確かめるのがやっとだった。

 そこへ、何匹もの咆哮の合唱と足音が徐々に区画に近づいてくるのを感じた。ニアルは、自分の張った有刺鉄線と、流れる電気を感じる。まだだ、まだ少し遠い。けれど、来るなら来い、とも思う。相手を見て、対処を考えれば、きっと大丈夫。

 ごくり、と。小さく唾を飲み込む。
 それはきっと、動物なんて可愛いものじゃない。ふさふさで可愛いものじゃない。どどどどぅと言う、腹に響く足音は、それだけで重圧を感じた。だったら、悪い子だ。おしおきしないといけないわね、と。紅姫は、今度はくすりと口の端を持ち上げた。

 静かに息を飲む。そして、そっと拳を握り締めた。背後には守るべき畑。
 だんだんと、獣の方向が近づいてきた。手足に力を込めて、獣化をなす。
「……ん」
 少し、重い感覚。自身の中で、獣達が蠢き始める。千獣は、それでも静かに息を吐き出し、向かってくる獣達へ意識を傾けた。

 だぁんと、弾けるような音が響き渡った。
 それにあわせて、大きな影が飛びあがった。いや、月明かりをバックに浮かび上がったのは、人を飲み込むほどに大きな獣の姿だった。
 それは弧を描き、背中から有刺鉄線の柵に飛び込んくる。
 途端、ばちばちばちと、鉄線が火花を上げた。
「来たわねっ」
 紅姫がニアルを一歩下がらせ、風を唸らせる。何故、獣は飛びあがったのだろう? いや、そんな事は二の次だ。
『ううううううぉぉぉぉぉ』
 一度は自由を失った獣は、それでも背中から着地をしたその足で区画へ突進してきた。
「行かせ、な、い」
 構えた紅姫と獣の間に、獣の突進の更に上を行く速さで、千獣が割り込んできた。がつんと言う鈍い音。見ようによっては、イノシシとも取れるそれは、千獣とぶつかり合い暴れた。
「千獣ちゃんっ」
 紅姫は、思わず声を上げる。
 魔物はそれ一匹ではなかった。
 鉄線の柵が区画を守っている事を悟ったか、それ以前に自分達の敵を悟ったか、二体の魔物が千獣を目指して飛びかかる。
 千獣は、組み合っていた魔物を足で蹴り上げ次の魔物を思い切り殴りつけた。
 だぁんと、弾けるような音が響く。
 最初の一匹と同じように、それは飛びあがり弧を描いて有刺鉄線の柵に叩きつけられた。背中から着地したそれは、すぐに態勢を立て直すだろう。しかし、次は『逃がさない』。
 紅姫を取り巻く風が、唸りを上げてそれを捕獲する。
 それは、言わば風の檻。唸り、吹き荒れ、そして、固定される。風の壁に魔物が体当たりをするのだが、風の檻は崩れない。それどころか、魔物の手足を軽く切り裂いた。魔物は、ようやく自分が動けない事に気が付き、おとなしく唸る。
「それっ、熱湯放射ーーーっ!」
 どこからそれを持ち出したのか。
 ニアルは手にしたポットから、千獣に襲いかかろうとしていた一体に熱湯を投げつけた。いつの間にか、湯沸しポットは湯を沸かし、熱湯を蓄えていたのだ。
 たまらず、地に伏す魔物。
「みんな、ぶじ、?」
 最初の一体は、千獣が蹴り上げ気絶させた。
 次の魔物は紅姫の風の檻に捕らわれている。
 三匹目は、ニアルの熱湯攻撃に戦意を喪失したようだ。
 有刺鉄線の柵の外で、千獣は一体一体を確認して回った。その後ろで、二人の足音が聞こえる。
「取り敢えず、おしまいのようね」
 紅姫は、それでも、まだ緊張しているのかもしれない。魔物の内一体は、自分の風の中に居るのだ。
「うわぁ、大きなイノシシですねぇ」
 ニアルは静まりかえった魔物達を見て感嘆の言葉を発した。確かに、月明かりに照らされたそれらは、牙を持つ、大きな、そして、見知ったような姿をしていた。
「はぁ、で、どうする? このまま風で飛ばしちゃおうか?」
 どうやら、大きなイノシシ達は戦意を喪失してしまったようだ。紅姫ならば、風に乗せて、海にでも山にでもこれらを運ぶ事ができる。
 しかし、千獣は首を横に振った。
「森、に、かえす、私が、連れて……行くから」
「ふぅん、でも、また襲ってくるかもよぉ」
 脅すような紅姫に、千獣は静かに頷いた。
「しっかり……おど、かし、とく」
 その言葉は真実。
 千獣の真剣な瞳に、紅姫が答える様に風の檻を解いた。
「じゃあ、イノシシさん達の事、お願いです」
 ニアルの言葉に頷き、千獣はイノシシ達を背負い歩き始めた。
「千獣ちゃん、きちんと戻ってきてね」
「?」
 不思議そうに振りかえる千獣に、紅姫がニコリと笑顔を見せた。
「報酬は、山分けしないと、ね」
 その意味するところは、わからないけれど、一度ここへ戻って来れば良いのだろう。
 千獣は、軽々と大きなイノシシ達を担ぎ上げ、こくりと頷いた。

□07
「イノシシの事はあちらに任せて、じゃ、報酬を頂きましょう」
 紅姫は、ウキウキとしながらニアルに笑いかけた。
「報酬って、……?」
 ニアルは小首を傾げるが、紅姫が実っている蜜柑に手をかけたので、それを理解した。
「ね、いただいちゃって、いいわよね?」
 いつの間に現れたのだろうか。いや、いつの間に逃げ隠れたのか。紅姫が両手に蜜柑を抱えて振り向いた先に、依頼人の男が立っていた。
「そ、それは、かまわねぇです、どうせもうツアーの時期も過ぎてしまったし」
 男の承諾に、紅姫は上機嫌で蜜柑を収穫し始めた。
「美味しそうですねぇ、何て言っても、採れたての果物ですから」
 ニアルも、依頼人の言葉に後押しされる様に蜜柑に手を伸ばした。
 程好く熟したそれは、とても美味しそうだった。さすが、客が狩りながら食べる事を前提としたツアー用の蜜柑の木。ウキウキしながら、その皮をむこうとする。
「すとーっぷ、ただ蜜柑を食べるってだけじゃ芸が無いじゃない?」
 その手を止めたのは紅姫。
「はい?」
 首を傾げるニアルから蜜柑を取り、自分の分と合わせて数を確認する。
「千獣ちゃんが戻ってくるまで時間も有るし、タルトでも作ってみようかしら」
 タルト……、それは、皿状のタルト生地にフルーツをたっぷり盛りつけた魅惑の洋菓子。
 紅姫はウキウキとしながら、それを提案した。
「タルト、ですか、あ、ではあたし生地膨らまし機を用意します」
 紅姫に蜜柑を手渡したので、両の手が空いた。
 ニアルは、少しでも協力しようと、オーブントースターを用意する。これがあれば、今すぐにでも焼きたてほくほくのタルトが用意できるだろう。期待に胸が膨らむ。
「あらー、気がきくじゃない、ありがとうニアルちゃん」
 紅姫は、蜜柑の皮をむきながら、にっこりと微笑んだ。

□Ending
 千獣が件の区画へ戻った時、その異変に顔を強張らせた。
 まず気になったのは、匂いだ。異臭と言っても過言では無い。何かを焼く匂いか……、いや、
焼き尽くした残骸のそれか。
 そして、何より、立ち上がる黒々とした煙が不安をかきたてる。
 何かあったのだ。
 千獣は、急ぎ畑へ足を踏み入れた。

「いやぁ、おかしいわねぇ」
 とは、紅姫の声。
「おかしくないですよっ、こ、これは、……スミ」
 力一杯、ニアルがフォローを入れる。
 スミ……、それは、真っ黒な煙にまざって飛ぶ黒色の炭素の粉。
 そう。
 オーブントースターから出てきたそれに、二人は固まっていた。
 そして、森から帰ってきた千獣は、その景色を見て、首を傾げた。
 予定では、そこに現れるのは、取れたての蜜柑が詰まったタルトだったはず。しかし、調理法もその作業も全て紅姫が行ったのがいけなかった。
 いや、そう、いけなかったと言うか、これは、だから、事故だ。
 紅姫の練習になったと思えば良い。ニアルは、そっとトースターごとそのスミを捨てた。
「おかえりなさい、千獣さん、あのイノシシさん達は」
「だい、じょうぶ、……、もう、ここに、こない」
 ニアルの言葉に、千獣は結論だけを伝える。
 脅したのだ。もう来ないように。
「そうですか、ありがとうございます」
 せめて、ニアルのこの笑顔が、千獣の安らぎになれば良いのだけれども。
 その二人の後ろで、おかしいなぁと変だなぁと、紅姫はしきりに首を傾げていた。
「あのぅ、皆さん、これ、よければ」
 その後ろから、遠慮がちな依頼人の声。
 その手には、三つの蜜柑。
 それが本当の報酬になりそうだった。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女 / 17 / 異界職】
【2887 / ニアル・T・ホープティー / 女 / 10 / 異世界技術者】
【2911 / 紅姫 / 女 / 17 / 風喚師】

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■         ライター通信          
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 この度は、畑の攻防戦にご参加頂きましてありがとうございました。ライターのかぎです。無事、田畑には平穏が戻る事と思います。
 ■部分は個別描写、□部分は集合(2PC様以上が参加している)描写になります。

□紅姫様
 はじめまして、初めてのご参加ありがとうございました。
 風の描写、そして何より、影の才能の描写はいかがでしたでしょうか。非常に楽しく書かせて頂きました。ありがとうございました。
 少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 それでは、また、機会がありましたらよろしくお願いします。