<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『漂流都市』


●突入前の出来事
「わしが『ザ・エメラルド』を使う事によって、地系の精霊力を行使する事にも繋がる。突入後の事を考えれば、これは有益な事だと思うんだがどうかの?」
 ギルドの管理倉庫にて、熱弁を振るっているのはアレックス・サザランドである。
 彼は突入作戦前に自身の装備を強化しようと、前々から目をつけていたジュエルアミュートを借り出しにギルド直営店へと向かったのであった。しかし、既に商品等はギルドの倉庫へと移されていた為、管理人である呉文明に直接交渉していたのだ。
「あれば貸しますとも。街の一大事ですしね。しかし、『ザ・エメラルド』は既に買われてしまった後なんですよ」
「なんじゃと?」
 さすがに無い物は仕方ない。
 すごすごと引き返そうとしたアレックスの背に、とぼけた声がかけられる。
「ああ、そうそう。確かファラさんが買われたんでしたっけ」
「ファラさんが?」
 慌てて振り向く。
 文明は澄ました顔で笑顔を浮かべている。どうにも喰えない親父であった。
「先程、備品庫の方で見かけましたよ? 直接お願いしてはいかがですか?」
 言われるまでもない。
 すぐにアレックスは備品庫へと向かった。


「あら〜、アレックス様も探し物ですの〜?」
「ああ、いや。実はファラさんに、たってのお願いがありましての」
 聞く所によると、ファラはこの後の旅などを考慮して、財産を価値のある宝石等に換えていたという事であった。
 そして彼は事情を説明した。
「まぁ。そうでしたの〜」
「貴重なものである事は、誰よりもわしらがよ〜く知っております。じゃが、今回の冒険の成功率を上げる為にも、何とぞお貸し願えないだろうか」
 しばらく、じっとアレックスの顔を見つめていたファラだったが、ポンッと手を打った。
「分かりましたわ〜。では、次の依頼の報酬代わりという事でいかがでしょうか〜」
「……というと?」
 貸す代わりに、次回何らかの依頼をする時は只働きだと言っているのだ。
 前回も近くの遺跡への護衛を引き受けたことがある。アレックスは快く承知したのであった。
「では……どうぞ〜」
「おお……これが……」
 見た目は大粒のエメラルドとさほど変わらない。だが、彼らにとっては喉から手が出るほど欲しい一品であった。
 そこへ、山本建一が備品庫に入ってくる。
 彼らのすぐ横で、アミュートが無いのかと管理人に尋ねている。
 だが、それなりに生産されたエクセラならともかく、アミュートとなるとアトランティス以外で見る事は、殆どと言っていいほど無い。
 彼はがっくりと肩を落とした。
「建一、よければわしのアミュートを使うか? まんざら知らぬ仲でもない」
 前回、水竜王の神殿への冒険を共にしただけだが、系統こそ違えど同じ魔法使いとしていろいろと話し合った間柄である。
「いいのですか?」
「構わんよ。わしも、たった今借りる話がついたところでな」
 腰から水晶球を取り出し、手渡すアレックス。
 貸してもらった礼をして、建一はエクセラを探す為に出て行った。
「さて。出発前にいろいろと試しておかんとな」
 そして彼もまた、忙しそうに備品庫を後にしたのであった。


●鬼か悪魔か? 白の最強騎兵!?
 カグラのギルドは人で溢れかえり、緊張と熱気が辺りを包んでいく。
 その、出発までの短い時間の中で、グリム・クローネはそわそわと辺りを見渡していた。
 彼女の師であるゼラ・ギゼル・ハーンが『夢渡り』を用いてまで呼び寄せたという助っ人。その人物が未だ現れていないからだ。
「ところで、どんな人なのかは聞いているのか?」
 さっさと支度を済ませたカイ・ザーシェンが尋ねる。彼はこういう時の準備等は早い。
「えーと、なんでも『四度カオスゴーレムと戦う宿命を帯びている』人物だとか」
「ほう? あたしは『アミュートでカオスゴーレムの障壁を突破した猛者』だって聞いたぞ? かなりの体格をしてるんだろう……会うのが楽しみだぜ」
 不敵な笑みを浮かべながらジル・ハウが呟く。
 むしろ、敵として戦うのが楽しみとさえ聞こえそうな口調に、二人が苦笑する。
 それからも『白の騎兵』と呼ばれているとか、二度の動乱で予言された救世主だとか、噂話が後を絶たない。
 その、あまりにも凄まじい噂を聞いて、虎王丸や蒼柳凪らも興味深げに聞き耳を立てていた。
「……」
 そんな中で、武器庫からエクセラを取ってきた山本建一が一同を見渡した。そして、少し離れた所で壁にもたれかかっていた女性を見て、軽く会釈をした。
「あれ? 山ちゃん、あの女性とお知り合い?」
 カイが目敏く反応する。彼もその女性の佇まいが気にはなっていたのだ。彼女の外套がジェトの騎士服に良く似ていたからだ。
 もっとも、そんなカイの反応をグリムは別の意味で注視していた様だが。 
「ええ、まぁ。昔の戦友……とでもいったところでしょうか。多分、先程から皆さんが話している人物……彼女の事だと思いますよ?」 
「はぁ!?」
 呆気にとられる一同を尻目に、建一はゆっくりと女性に近づいていく。
「お久しぶりですね、風見さん。地上で別れて以来になりますか」
「あなたも元気そうで何より。SFES……ずっと持っていてくれたのね?」
 目を細めて建一の持つ杖を見る雪乃。その視線は鋭かった。
「貴女が来たという事は……『アレ』も?」
「マリンがこちらをトレースしてくれてるはずよ。今はあの子達もいないし、剣も普通の物だけどね……もしかしたら借りる事になるかも、それ」
「そんな状況にならない事を祈りますよ」
 肩を竦めて建一が言う。
 話が一段落した事を確認し、グリムが声をかけてきた。
「あの……貴女が天界の?」
「ええ。風見雪乃と申します。よろしく」
 すっと差し出された右手を握り返すグリム。その手は、鍛え抜かれた戦士のそれであった。
「へぇ……どんなゴリラが来るのかと楽しみにしてたんだけどね」
 傍らに立つジルが挑発的な態度に出る。
 その視線を真っ向から受け止め、雪乃は笑みを交わす。
「ご期待に添えなくて残念だわ。お詫びは働きで返しましょう……戦場でね?」
 二人の間に緊張感が走る。
 だが、それは一瞬で掻き消えた。
 お互いになんとなく判ってしまうものだ。二人はどこか似た者同士なのである。自分の意思をまっすぐに貫き通すところなどが。
「その服……やっぱりジェトの服だったんですか?」
「ええ。微妙に手直ししながら着ているけど。……それより、私の方からも聞きたい事があるの。ロウ・ルーンという騎士の行方を知らないかしら? どんな些細な事でもいいの」
 雪乃の問いかけに、グリムは首を捻った。
 恐らくはジェトの元騎士なのだろうと推測はつくが、あいにく彼女が知っている当時のレジスタンスメンバーにはいなかった。
「ちょっと待ってね……レベッカ! ジェイク!」
 グリムが二人を呼び寄せる。
 彼女の仲間であるレベッカ・エクストワとジェイク・バルザックは旧ジェト国系のレジスタンスに顔が広い。元騎士であれば知っているかもしれない。 
「ロウ……ロウねぇ……。僕は記憶にないなぁ。ジェイクは?」
「確か、カニンガ砦系のレジスタンスの中にいたような気がするが……。その後の事は知らんな。バジュナ攻城戦以降、消息を絶った者も多いしな……」
 甚だ頼りなくはあったが、それでも雪乃にとっては貴重な情報であった。
「ごめんね? あまり力になれなくて……」 
 レベッカがすまなそうに頭を下げる。
 しかし、雪乃は少しも落ち込んだ素振りを見せなかった。
「いいのよ。カニンガ砦まで行けば、その後の足取りも掴めるでしょう。私はあの人と交わした誓いを果たしに行くわ……絶対にね!」
 力強い微笑みに陰りの色はなかった。
 言葉にした事は必ず実行する。これまでもそうしてきたのだ。
 風見雪乃とはつまり、そんな女性であった。


●東へ〜火の制御球攻防戦〜
 東側への突入が始まった。
 こちら側に参加した冒険者は総勢8名。アレックス・サザランド、ジル・ハウ、グリム・クローネ、カイ・ザーシェン。さらに虎王丸、蒼柳凪、山本建一、湖泉遼介らである。
 レドリック・イーグレットもこちら側を希望していたが、戦力配分の為に西側へとシフトされた。
「……始まったようじゃな。こちらも突入するぞい」
「そうだな……行くぞ!」
 彼らの突入と前後し、ギルドのメンバーを中心として陽動をかける手筈になっている。
 カオスゴーレムに対抗するには厳しいが、全く無視をされても意味が無い。その微妙な指揮をギルドの陳将已が受け持っていた。
 石造りの施設に踏み込むと、一行は素早く奥に続く通路を探し出した。
 だが、その先から一体、また一体とカオスゴーレムが姿を現す。
「雑魚に構っている余裕はありません。強行突破といきましょう……大地よ!」
 精霊杖を手にした建一が、ストーンアーマーの呪文を唱えた。
 本来は対象一体の防御力を上げる呪文なのだが、精霊杖の持つ増幅効果によって全員にかける。
「へっ、こいつはありがてぇ」
「ありがとよ……いくぞ!」 
 虎王丸とジルが先陣をきって突入を開始する。
 戦士として、非常に恵まれた身体を持つ二人だが、その猛獣のような動きは相手がカオスゴーレムであっても見劣りしない。
「はぁっ!」 
 体重ごとぶつかる様にして斬りかかる虎王丸。
 火之鬼に込められた『白焔』はカオスの魔物に対しても強い破邪の力を持つ。受けた刀をへし折り、肩口の装甲で一瞬止まりそうになったが、そのまま胸の辺りまで切り裂くだけの力があった。
「次ぃっ!」
 動きの鈍ったゴーレムを蹴り飛ばすようにして刀を抜き取り、奥の敵に鋭い眼光を向ける。
 その先に、肩口のポッドを展開しかけたカオスゴーレムがあった。舌打ちを一つしてそちらに走り寄る虎王丸。
(間に合わねぇか!?)
 増設ポッドから火球が数発放たれた。
 火球の一発ももらう覚悟だったが、後ろから放たれた数発の銃弾が、それらをことごとく空中で撃ち貫いた。
「虎王丸! 火球は気にしないで!」
 凪が神機の拳銃を両手に構え、バックアップしている。また、遼介も狭い通路を自在に飛び回るようにして敵の注意を惹きつけていた。一所に固まっていると火球の餌食になりやすい。カオスゴーレムの照準より僅かに早く動く事で、彼なりに撹乱を続けていた。
「よし……!」
 遼介が牽制している間に、虎王丸は火之鬼を鞘にしまい、意識を集中させた。
 攻撃力を強化しているとはいえ、遼介の剣ではカオスゴーレムの装甲を貫く事は難しい。通常に倍する白焔を込めて、虎王丸の居合い斬りが閃光と共に繰り出された。
「すげぇ……!」
 遼介の口から、感嘆の声が漏れる。
 虎王丸が駆け抜けた後、背骨の部分を分断されたゴーレムの上半身がバランスを失って倒れていった。


「邪魔だぁーーっ!」
 野獣のような咆哮と共に、紅のアミュートが走る。
 他の者とは違う、左右非対称のデザインは、未だ彼女の精神が不安定である事の証かもしれない。
 実は、アミュートを纏う仲間達の中で、進化形態になるのが一番遅かったのがジルだ。類まれなる身体的才能とは裏腹に、心の成長では遅れをとっていたのかもしれない。それが発現したのは、火竜王の神殿での事だった。
 だが、灼熱の炎を精霊鎧から引き出し、小剣をコーティングして戦う姿は本来の彼女の戦闘スタイルに酷似している。
 手の中でくるくると炎の蛮刀を持ち替えながら、竜巻のように振り回し、カオスゴーレムに叩きつけていく。その威力は彼女をサポートしている、アレックスのハルバードと比べても遜色のないものであった。
「ジル! 止めはわしにまかせて、どんどん前にいけい! 後ろの事など考えんでもよい。それがお主らしさというものじゃ!」
「ありがてぇ! そうさせてもらうぜぇ!」
 まるで炎の竜巻が通ったかのごとく、屍を生み出しながら進むジル。その後ろをアレックス、グリム、そしてカイの3人がフォローしていった。
 黄色と蒼のアミュートが踊るようにポジションを入れ替えながら、攻撃力を失ったゴーレムに止めをさしていく。
「はっ!」
 装甲の隙間に向かってシミターを一閃すると、その刃は鋼鉄の体を斬りおとしていった。踊るように、舞うように。それは舞術師である凪の目から見ても頷ける足捌きであった。そして、流れるように動きながらも、斬撃の瞬間だけがコマ送りのように早い。もしも斬られているのが人間だったなら、それとは気づかずに倒れていただろう。
 そのスピードこそが『斬鉄』を可能にしているのだ。
 もちろん、その動きにぴったりと影のように付き従っているカイも只者であるはずがない。さすがにカオスゴーレムが相手とあって、エクセラは最小限にしか振るっていなかったが、アイスチャクラムを攻防に巧みに使い分けながら、身近な仲間達をフォローしていく手腕は信頼の上にこそ成り立つ動きであった。
「……ジルにはああ言うたものの、さすがに骨が折れるのぅ」
 ハルバードで一体ずつ止めをさしながら、アレックスがぼやく。
 直前に手に入れた『ザ・エメラルド』のおかげで魔法戦士としての能力は飛躍的に向上しているが、それでもカオスゴーレムは気の抜ける相手ではない。
 けして派手さはないが、確実に一体ずつ葬っていく姿は、歴戦の戦士としての風格を十分に保っていた。


「見えてきた! あそこじゃないのか!?」
 石造りの通路を走りぬけた先に、ほのかに赤の灯りで満たされた広間が見えてきた。先頭を走っていた遼介が、僅かにスピードを落とす。
 腰のポーチからアミュートの水晶球を取り出し、いつでも装着出来るように準備を整えた。
「中にはかなりの数の呼吸音を感じるのぅ。恐らくは黒きシフールくらいのサイズじゃな。それと、大型の魔物が3体。ゴーレムの数までは判らんが、ここが正念場のようじゃ。準備はいいかの?」
 アレックスがブレスセンサーで感じ取った広間の様子を伝えた。
 どうやら、待ち伏せされているのは間違いないようだ。 
「恐らく、入った瞬間に火球が一斉に飛んでくる事態は避けられないでしょう。強化した風で逸らしますから、着弾の後に散開してください」
 建一が精霊杖を掲げる。事前にレジストファイヤーをかける事も忘れなかった。
「この後で地の制御球も抑えないといけない事を考えると、全力を出し切るわけにもいきませんが。一応、治療符とソルフの実をいくつか持ってきています。魔法や特殊能力も遠慮しないで使ってください」
「別に出し惜しむ事ぁねえよ。一つ落としたってお終いなんだろ? なら何時だって全力で構わないじゃないか。目の前に立つ奴は皆死ね。死んでまっ平らになった所を進んでやる」
 ニヤリと不敵な笑みを浮かべたジルの顔を見返して、建一は肩をすくめた。
(言うだけ野暮とはこの事だったか)
 気を取り直して精霊杖を構えると、建一は仲間達の顔を順に見ていった。
 一人一人が無言で頷く。
 全員の意思を確認したところで、彼は集中を開始した。そして精霊杖を僅かに前に傾ける。
 それが死闘の幕開けであった。
 広間に飛び込むと同時に、無数の火球が彼らを襲う。それらは強化されたストリュームフィールドによって逸らされ、直撃こそは免れたものの、熱波となって一行に襲い掛かった。
 爆風の余韻が冷めやらぬ中を、冒険者たちは踏み越えて散開していった。
「なんだありゃ?!」 
 水のアミュートを纏った遼介の足が一瞬止まる。
 その視線の先に、炎のたてがみを振りかざした三つ首の魔物が映る。
「危ねぇっ!」
 小柄な遼介の体をジルがひっ掴んで放り投げる。
 直後、三つ首の口から咆哮と共にブレスが迸った。圧倒的な熱量を持ったそれが、なめる様に彼らの横を通り過ぎていく。
「あ、ありがと……」
「ぐずぐずすんな! 動け!」
 ジルも目まぐるしく位置を変えながら広間の敵位置を確認する。
 一段高くなった奥の間に、蒼のカオスナイトの姿が見えた。だが、広間は既に乱戦状態となっており、そこだけを気にしていられなかった。


「派手なのいくぜぇ! 上手く避けてくれよ!」
 中央に飛び込んだジルのアミュートが輝き、『火刃乱舞』が発動する。
 仲間達が散開したのを確認した上で、四方八方に炎の刃が炸裂する。
「虎王丸はカオスナイトだけに気を配っていて!」
 乱戦の中、凪が両手の神機拳銃を振り回す。
 相棒の虎王丸と背中合わせになりながら、黒きシフールを次々と撃ち落して行く。槍を振りかざして群がってくる彼らを神機拳銃でガードし、最小限の動きで避け続ける。
 乱戦になればなるほど、歩法の重要性は増していく。武術でいえば基礎であり、奥義でもあるそれを、舞術師である彼は身に付けていた。 
 そして、彼らの動きを見ながら建一のアイスブリザードと、カイの氷雪嵐が手薄になったところに叩きつけられる。
 乱戦では使い勝手の難しい広域範囲魔法を効果的に使っていく姿は、歴戦の重みを感じさせた。
「なかなかやるのぅ二人とも。わしも負けてはおれんな……左手に東風! 右手に西風!!」
 『ザ・エメラルド』の形態が変わり、周囲に風の精霊力を放出していく。
 アレックスの両手から放たれた風の刃が魔物たちを切り裂いていき、三つ首の魔物の前でぶつかり合う事で巨大な竜巻となって敵をなぎ倒した。


 仲間達の大技が炸裂していく中にあって、遼介もヴィジョンのミズキを召還して水流弾を撃ち出していく。
 アミュートを纏う事で強化されたそれは小さな魔物たちを簡単にずたぼろにしていった。
 と、次の敵に挑もうとした瞬間。
「ぐふっ!!」
 視界の外から迫ったカオスナイトの一撃が、遼介を壁へと叩き付けた。
 口から血が吹き出す。
 折れた肋骨が肺に刺さったらしい。一撃を受けたアミュートにもひびが入っていた。建一のストーンアーマーがかけられていなかったら、一撃で戦闘不能になっていたかもしれない。
 倒れた遼介の元にカイが駆けつけ、ポーションを飲ませてやる。
「てめぇ! よくもやりやがったな!」
 虎王丸の一撃は、しかし『局部障壁』によって受け止められ、返しの回し蹴りが痛烈に腹部を捉えた。
 彼の動きを持ってしてもなお、カオスナイトを捉える事が出来ないのだ。
(くっそう……強ぇ!!)
 動きの止まった彼の顔面に裏拳が叩き込まれ、援護に入ろうとした凪の元へと跳ね飛ばされる。
 既に、あれだけいた魔物も三つ首の大物以外は殆ど片付いていた。
 ここにはカオスゴーレムが配置されておらず、カオスの魔物ばかりが集められていたようであった。
「このケルベロスもどき、しぶとい!」
 しかし、この三つ首の魔物がとにかく厄介なのだ。
 相性的なものもあるのだが、炎系の攻撃が吸収され、元々が大型なだけに始末に終えない。東側に回っているエトワール・ランダー辺りがいれば有利に戦えるかもしれないが。
 グリムが精霊剣技を放つ隙を窺っているのだが、かなり知能は高いのだろう。尻尾の蛇が炎の矢を放ってくるなど、小技も交えてくるのだ。
 加えて、高速で動くカオスナイトを捉えきれないまま、いたずらに手傷ばかりが増えていく。
「影よ……! 我が敵を縛る枷となれ!!」
 建一がシャドウバインディングで動きを止めようと試みる。
 カオスナイトと三つ首の魔物の足元の影から幾本もの縛めが伸び、その体を拘束した。だが、魔物は大きく体から炎を発する事で瞬時に影を打ち消し、束縛を脱する事に成功する。
(あの魔物、かなり人間との戦いに慣れている……!)
 小さく舌打ちをしながら、建一が次の呪文を用意しようとすると、凪から声がかかった。どうやら、時間稼ぎは無駄にならなかったらしい。
「今から護りの舞いを行います! 数回は敵の攻撃を無効化できるはずですので、大技に備えてください!」
 そう言うと、『八重羽衣』の舞いを発動させる。
 仲間達の体に透明な衣がかけられ、不可視の鎧となった。 
(チャンスはここしかないですかね)
 建一が覚悟を決めた。アレックスに事前に伝えておいた合図を送る。詠唱の呪文が極端に長くなる為、タイミングが重要なのだ。
 合図をもらったアレックスも、打ち合わせておいた通り足止めに入る。
「『ザ・エメラルド』よ! ガーネットよ! 彼の者の動きに制約を……アグラベイション!!」
 ジュエルアミュートの輝きがいっそう強まる。
 不可視の力がカオスナイトと魔物の上に重く圧し掛かり、その動きが目に見えて遅くなった。 
 怒りの咆哮をあげながら、カオスの魔物の口から周囲にブレスが放たれる。縦横無尽に広間を切り裂くブレスも、しかし『八重羽衣』に遮られ、仲間達を焼く事は出来なかった。
「聖獣のカードよ! 俺に力を貸してくれ!」
 先程の傷も癒えきらない状態で、遼介はエクセラを掲げた。
 ヴィジョンの力をカードから引き出し、水の精霊力に換えて注ぎ込む。
 蒼い中国風の衣装を纏った少年の幻影が、アミュートを纏った遼介の姿に重なり、不完全ながらも同調した。
「いけぇーっ! 龍牙旋海刃ーーっ!!」
 三つ首の魔物、その首元に瞬時に移動した遼介の体が回転し、高圧の水刃がエクセラから周囲に放たれる。
 金剛石をも切り裂く水刃は一本の首を両断し、もう一本を半ばまで切り裂いた。
 魔物の唾液と、溶岩のごとき血液が周囲に撒き散らされていった。
 それらを頭から被りながら、凪も熱に耐えつつ『氷砕波』を舞う。制御された吹雪が、二度三度と魔物に襲いかかった。


●虎王丸と火之鬼
(ちぃっ! あのクソ生意気な遼介の奴でさえ、ヴィジョンとやらと同調してるんだ。俺だって出来ない訳はねぇ! 火之鬼よ。俺に力を貸せぇっ!)
 手の中の破魔刀に全神経を集中する。
 全ての音が遠くなった刹那の世界で、虎王丸は火之鬼との同調を果たした。
『やれやれ。呼んだか? 未だ未熟な主よ』
(誰が未熟な主だ! お前の力を俺に貸せ! 同調するんだ!)
 精神世界全体に、笑いに似た波動が広がる。
『何を勘違いしておる。あの少年とカードの様な関係を求めても無駄じゃよ。あくまでも、我は汝の力を引き出すのみ。刀そのものではないからのぅ』
(ど、どういう意味だ??)
 虎王丸の意識体の前に、初老の男の像が浮かぶ。
『火之鬼はあくまでも道具に過ぎぬ。意識を持ち、力を貸すわけではないのだ。お主の力を引き出し、増幅するだけの道具じゃよ』
(じゃあ、おっさんは誰なんだ? 火之鬼じゃねえのかよ?) 
『わしはただの亡霊よ。かつて鍛えた我が子が、阿呆な主の手に渡ると困るでな』
 再び笑いの波動が広がる。
(あー、もう! 何でもいいよ! 俺の力を引き出すなら引き出すで、早くしてくれ!) 
『ふぅ。自分でその領域に立たねば、道具に振りまわされた挙句に、己を斬るだけなんじゃが……まぁいい。一度だけお手本を見せてやろう。その身で感じ取れ!』
 虎王丸の意識が、急速に精神世界から浮上する。
 その全身に、強い力が漲っていくのを感じ取りながら。


 虎王丸の体が、一回り以上膨れ上がり、白焔と共に炎帝白虎の半霊獣人形態へと変化する。
 だが、首の鎖はそのままで、意識もしっかりしていた。  
「これが……俺の本当の力?」
 吹き上げる炎の力も通常の比ではない。
「いくぜ!」
 火之鬼を掴み、虎王丸は駆け出した。


●決着
「天と地に満ちる精霊たちよ! 全てを貫く雷光となれ!!」
 ついに建一の呪文が完成する。
 天空から落ちた稲妻が、大地から生み出された稲妻が、石を貫き一つの力に変わる。
 二精霊合成魔法。
『ボゥルトフロムザブルー』。失われた秘術がここに復活した。
 魔法抵抗力の高いカオスゴーレムの類に唯一効きやすいのが電撃系の呪文と聞き、あらかじめ準備していたのであった。
 通常のライトニングサンダーボルトに数倍する雷の矢が一直線にカオスの魔物を、そしてカオスナイトを捉えた。
 この為に、アレックスに頼んで足止めをしてもらったのだ。
 両者を一撃で撃ち貫けるように。
 三つ首の巨体を雷光が貫通し、一瞬の後に全身に火花が走る。
 ゆっくりと、そして大きな音を立ててカオスの魔物が床に崩れ落ちた。
(奥の手ですからね。倒れてもらわねば困ります)
 建一が内心で呟くと、彼の体を覆っていたアミュートが勝手に展開し、元の水晶球へと戻ってしまった。
 セブンフォースエレメンタラースタッフもまた、彼の手の中でその輝きを失っていく。
 しかし、彼の視線はそれを確認もしなかった。
 視線の先にあるのはただ、未だ倒れぬカオスナイトの姿だけである。
「コノヨウナチカラ……ミカクニン……未確認……」
 剣を持つ手はだらりと下がり、体を支えるように床に突き立てられていたとしても、それでもなおカオスナイトは倒れていなかった。
「そのしつこさには感服するが、俺たちゃいつまでも付き合ってるわけにもいかなくてな! こいつで止めだ!」
 半霊獣人形態の虎王丸が走る。
 いや、もはや飛ぶと言った方が適切なスピードだ。人間の限界を超えた領域で、カオスナイトの剣が上がるより早く、虎王丸の背に大輪の白き華が咲いた。
 『白華一閃』
 そう名づけられた技が、カオスナイトを両断した。
 白焔を背負い、火之鬼の先端にまで通わせた一撃が、ついにカオスナイトのコアを捉えたのであった。
 そして次の瞬間。 
「いけない! 伏せてください!!」
 建一は地に墜ちるカオスナイトの上半身で、炎の精霊力が暴走するのを見た。
 それは爆風となって周囲に拡散し、後には何も残らなかった。
 

「大丈夫……ですか?」
 広間は惨憺たる有様になっていた。それでも、爆心地に近かった虎王丸を含めて怪我が少なかったのは、遼介が咄嗟に作り上げた氷の盾のおかげであった。
「『氷結盾』か……助かったよ」
 腰を上げながら、カイが感謝の意を示した。
「しかし……」 
 そのまま軽やかに奥の間へと進み、火の制御球の無事を確認する。
「こっちは何とか無事なようだが……」
 仲間達の方を振り返る。
 建一が治療符を配っている所だったが、予想以上にダメージを受けているようだった。
 ポーションで幾らか体力を戻していたとはいえ、遼介が重傷を負っていた事に変わりはない。加えて、彼と凪はカオスの魔物の唾液に含まれていた毒をまともに被ってしまっていた。
 虎王丸も今は半霊獣人形態から戻っているが、背中に重度の火傷を負っていた。最後の爆発によるものか、あるいは限界以上の『白華一閃』が引き起こしたものかは判らないが。
「建一……おぬしやはり……?」
「ええ……。精霊に嫌われてしまいましたね。これでしばらくは魔法は使えないでしょう」
 そして建一も精霊合成魔法の反動で、一時的に魔法が使えない状態になっていた。
 これで戦力は半減したと言っていい状態であった。
「ジェイクたちと連絡ついたよ。向こうも風の制御球を抑える事に成功したって。もう、水の制御球へ向かってるみたい」
 グリムがテレパシーを使って東側と連絡をとり終える。
 どうやら展開は向こうの方が進んでいるらしい。ぐずぐずしてはいられないようだ。
「どうやら、あたし達だけでも先に進まなきゃいけないみたいね」
「ま、仕方ねぇな。これだけで倒さなきゃならねぇなら、そうするまでだ」
 恐れを微塵も感じさせず、それどころか、どこか楽しそうにさえ映る顔でジルは言い放った。
「どうせこっちにも人は残さにゃならんのだろう? だったら、その役目をきっちり果たしてくれ」
「……解りました。こちらの事は心配しないでください。魔法は使えずとも、僕も戦えます。見たところ虎王丸さんは回復も早そうですし、何とかなるでしょう」
 建一が荷物から幾つかのソルフの実を取り出し、アレックスに渡した。
 そして、もう一つ彼が渡した物があった。
「これは……?」
「前に報酬で頂いたものですが、キャッツアイと呼ばれる宝石です。アトランティスでは殆ど採れませんが、ルビーと組み合わせる事でファイヤーボムを、ムーンストーンと組み合わせる事で先程僕が使ったシャドウバインディングの魔法が、使える様になるはずです」
 まじまじと手の中の宝石を眺めるアレックス。
 そして、深々と建一に頭を下げた。
「貴重な物を……かたじけない」
「いえ。今回の戦いで、貴方なら上手く使いこなせると確信すればこそですよ。……ご無事を祈っています」
 握手をする二人。
 そして横たわったままの状態で、凪と遼介も手を振った。
 もう少し経てば、凪の『天恩霊陣』によって僅かずつでも体力を回復していけるだろう。
「それじゃ、向こうを抑えたらテレパシーで合図を送るから。出来るだけ火の制御球の近くに居てね?」
 グリムの言葉を聞き、頷く四人。
 彼らに感謝の言葉と微笑を残し、残る四人のアミュート戦士たちは地の制御球を目指して歩みを進めたのであった。


●戦場へ続く道
 高い壁に遮られた回廊を南へ走る四人。
 全般的に大きく作られた道は大理石で作られているが、魔術的な強化が施されており、多少の事では砕けない。
 それはつまり、敵に出会ってしまえば突破するしかないという事でもある
「このメンバーで走っていると、バジュナ攻城戦を思い出すのぅ」
「ああ、そうだな。出てくる奴らはみんな敵っていう状況までそっくりだ」
 アレックスの言葉に、物騒な例えを持ち出すジル。
 いつもとまるで変わらない二人の様子に、後ろを走るグリムとカイは視線で笑みを交わしあった。
「……ところで、気がついてるかい?」
 ぽつりとジルが呟く。
 残りの三人は言ってる意味が解らず、僅かに彼女に身を寄せた。
「誰だか知らねぇが、ぴったりあたし達について走ってきてるぜ。姿も気配も上手く消してはいるがな」
 表情には出さず、三人は周囲の様子を探る。 
 ブレスセンサーを使っているアレックスでさえ、周囲にそれらしい呼吸音をキャッチできない。
 だが、カイは気がついたようだ。
「右後ろ、30メートルってとこか……『裏』の人間だな。言われなきゃ気がつかなかったぜ」
「乱戦になってからじゃ厄介そうだ。先手を打っとくか?」
「そうだ……な!」 
 右手だけを後ろに振りぬくと、カイの体からアイスチャクラムが放たれた。氷で出来た四つの戦輪が、方向とタイミングを微妙にずらしながら飛んでいく。
キィイン! 
 甲高い音を立てて、チャクラムが弾かれる。壁の中から飛び出したかの様に、黒装束が現れた。
 四人は即座に戦闘態勢をとる。
「気配を殺して追いかけてきたところを見ると、疚しいところがあるようだね。ギルドナイトの関係かい?」
「……」  
 能面のような顔からは、心中を窺うことは出来なかった。ただ、体格や顔つきからは女性ではないかと思われた。
チリン♪
 黒塗りの小太刀の柄につけられた鈴だけが、雰囲気にはそぐわなかった。
「……鈴?」
 ハッと、ジェントスでの一件がグリムの脳裏に走る。
 確か死人を操る魔法具として、鈴を使っていた気がする。後でいろいろと調べてみたのだ。
「貴女、やっぱりヒルダの手の者ね!」
 グリムが一歩前に出る。
 それが合図だったかのように、黒装束は後ろに跳んだ。
「逃がさない!」
 あるいはジェスの行方を知っているかもしれない。捕まえて情報を聞き出したいところであった。
 だが、間合いを詰めようとした彼らの前に扇状の火炎が噴き出した。
 反射的に足を止めた三人。その横を猛然とジルが駆ける。
 繰り出された陽炎の小剣の一撃を小太刀で受け止めると同時に、黒装束の姿が四人、五人と増え、周囲に散った。
 カイのアイスチャクラムが四体の分身を同時に切り裂き、消失させる。
「月光よ!」
 対象を一体にした上で、絶対命中のムーンアローを放つ。言葉にせずとも通じる、グリムとカイのコンビーネーションであった。
「え!?」
 確かに魔法の矢は黒装束を捉えたかに見えた。しかし、命中した瞬間、黒装束は木の人形へと姿を変え、床に転げ落ちた。
「変わり身って奴か……味な真似を」
 床に落ちた木の人形を確かめるカイ。と、そこに何か記されている事に気がついた。
「お前達の仲間は無事に帰す……? どういうこった?」
 グリム、ジル、アレックスも順にそのメッセージを読んでいくが、真意がつかめず、戸惑いの表情を浮かべている。
「どちらにしても、確認するすべがない……よね? 向こうの撹乱かもしれないし、この場は先に進もう」
 ただでさえ、西組よりも遅れているのだ。余計な時間はかけられない。
 ジェスの身を案じているのはグリムとて同じだが、今は先に進む事を優先させた。
「そうだな。全部ぶっ倒していきゃあ、その内見つかるさ」
「まぁ、そういうこった。行こうぜ!」 
 カイがぽん、とグリムの肩を叩いた。
 そして無言のまま、軽く抱き寄せる。 
「簡単にくたばるような奴じゃない。あの戦を生き抜いたんだからな」
 小さな肩が震えている事に、カイは気がついていたのだ。
 理性では割り切っていても、親友を心配する感情は打ち消せない。それを見抜いてフォローを入れてくれたのだ。
 長い付き合いだが、未だにこういうところはカイに及ばないと、グリムは思っている。
「うん! 行こう!」
 不安を押し殺して笑顔を浮かべると、グリムは先頭をきって走り始めた。


●禁断の力
 橙色の灯りで広間が満たされている以外、先程の部屋と造りに差は無かった。一段高くなった奥の間に、カオスナイトがいる事さえ。
 ただ、その鎧の色が紅であることぐらいは確かめる余裕があった。
 事前にブレスセンサーでチェックはしていたのだが、反応は無かった。だからといって楽観視するほど、彼らは楽な生き方を選んできたわけではなかったのだが。
「……まぁ、こんな事だろうと思ったわい」
 軽く溜息を漏らしながら、アレックスがバーニングソードをかける。
 彼の目の前で、床から歪な水晶状の魔物が次々と姿を現していく。ジェイクが使う水晶系の技に酷似している。上位である火の精霊力が効果を発揮すると思いたかった。
「今さら言う事は何もねぇ……行くぞ!」
 四人の精霊鎧が眩い輝きを放ち、戦う意思に呼応する。
 ジルが前衛として突っ込み、グリムとカイがフォロー。そしてアレックスが魔法を交えつつ援護というのが戦術の一つであった。
 しかし、地の精霊力を歪めて創り出されたカオスの魔物たちは、動きはともかく、とにかく硬かった。
「ちっ、エクセラでも殆ど歯が立たねぇぞ、こりゃあ!」
 カイのサーベルも表面を僅かに削るだけだった。
「ここは、わしが前に出る! 援護を頼む!」
 アレックスが二人の間を割って前に躍り出た。
 体重の乗ったハルバードの一撃が、斬ると言うよりも砕く感じで魔物を倒していく。
 ジルも炎の蛮刀を力任せに叩きつけ、戦場を縦横無尽に暴れまわっていた。36騎士縁の小剣は、カオスの魔物を相手にしている事もあって、いつもより数段切れ味がいい様に感じられる。
 両肩に振り下ろした蛮刀が装甲に食い込む。そのまま力任せに押し込むことで、魔物の両腕を切断していった。
「……あん?!」
 一瞬、ジルの足が何者かに掴まれた様に固まる。
 足元を見下ろすと、橙色の水晶が彼女の足を地面に固めていた。
「ジェイクの『水晶結』かい!」
 視界の片隅に捉えていた紅のカオスナイトが、『風の翼』を発動させて宙に舞い上がる。
 周りにいた魔物たちが、ここぞとばかりにジルに群がってくる。
「ジル!」
 気がついたグリムがカバーに入ろうとするが、高速で飛来したカオスナイトの剣の前に防戦一方になる。
「くぅっ……」
 斬鉄が出来るまでに成長した彼女にしても、その全てを避けるのは不可能であった。
 急所だけをガードし、体の中心線から遠いところは全て捨てる。ジュエルアミュートの防御力が頼みだ。
「グリム!」
 カイの放つアイスチャクラムがカオスナイトを捉えるが、表面で弾かれて殆どダメージを与えていない。
 瞬時に飛び上がったカオスナイトの剣が、天井を蹴った反動で雷光のように肩口を狙う。
 かろうじてエクセラを滑り込ませ、直撃こそ免れたものの、衝撃の大きさにグリムの顔が歪む。さらに着地と同時の後ろ回し蹴りが、細身の彼女をカイの方に吹き飛ばし、二人の動きを止めた。
 その時。 
「だぁぁぁぁ−−−−−っっ!! 邪魔くせぇぇぇっっ!!!」
 黒山と化した魔物の集団の中から一筋の爆炎が立ち上り、魔物たちを四散させた。
 『身体覚醒』で能力を底上げし、一気にカオスナイトに肉迫する。彼女の脳裏に、何故か先程の戦いの虎王丸のイメージが重なった。人の姿をした白虎の姿だ。
「速い……!」
 眼前の魔物に止めをさしていたアレックスが唸る。オーラマックスを使っている時のレッドよりもなお速いかもしれない。
 逆手に持った炎の蛮刀が紅の鎧を削っていく。
 獣じみた咆哮を上げながら、加速度的にジルの剣はスピードを増していった。
(まだだ……まだ足りねぇ……! 力を……もっと力を貸しやがれぇっ……!!)
 アミュートの関節部から血が噴き出す。
 人体の限界を超え、筋肉の、関節の限界を超えた動きが体を痛めつけているのだ。
 紅の騎士と、紅の獣。
 両者の激突は既に人間の領域を突破しつつあった。
 ジルの視界が、思考が、急速に狭まっていく。
 火竜王の神殿でも感じた、あの領域だ。自分が自分で無くなるような狭窄感の中で、ジルに恐れは無かった。
(力だけだ……こいつを倒す『力』以外は必要ない。後の事は……お前らに任せた!!)
 力への渇望と、仲間への信頼。
 その二つがピークに達した時、禁断の領域が開かれようとしていた。


●異界の門、開く時
「ア、アミュートが……!?」
 非対称だったジルのアミュートが、さらなる姿へと進化しつつあった、
 レッドの鋭角な変化とも違う、猫科の猛獣を思わせるシルエットへ。
 正対象のブラスターアミュートへと、進化したのだ。
「ガァァァァァゥッッ!!」
 ジルの両手は既に小剣を握っていない。ただ、灼熱の炎が巨大な爪牙を形づくり、相手の剣をへし折らんばかりの勢いで叩きつけていった。
 フェイスマスクも変化し、懐に入り込んだ状態から喉元を喰いちぎろうと牙を剥く。
 超接近戦をカオスナイトが嫌い、胴に膝蹴りを入れて体を剥がそうと試みる。しかし、その脚はジルの肘と膝による交叉法によって、まるで顎のように挟み込まれ、装甲が砕けた。
「!」
 『局部障壁』の光が足を包み、偽りの顎を開かせる。両足がつくと同時に、『百炎槍』によるラッシュがジルに突き込まれ、大きく跳ね飛ばした。
 壁に激突し、アミュートの全身にもひびが走り、鮮血が噴き出す。
 なおも追撃しようとするカオスナイトの横合いから、グリム渾身の精霊剣技が炸裂した。 
「クレッセントムーンブレード……!! これで『精神』が斬れれば……!」
 三日月状の閃光がカオスナイトの顔から胸元の辺りを襲う。しかし、その衝撃波は淡い月光のような輝きを放って砕け散った。
「駄目なの……?」
 グリムが唇を噛む。
 その時、紅のカオスナイトの動きが止まった。
 不思議そうに胸元を見下ろす。そこには、一筋の亀裂が入っていた。
 そして一歩、彼女の方に歩きかけて、その膝をついた。それは先程ジルが装甲を砕いた方の足であった。
「チャンスじゃ……!」
 隙を見て、アレックスが魔法を唱えようとする。
 その時だ。
「地震……?」
 回廊全体が大きく振動を始めていた。
 初めは小さかったそれが、次第に大きな地鳴りと化して、建物を揺らし始める。
「クル……」
 カオスナイトが呟く。
 その頃にはもう、仲間達は膝をつかなければ立っていられないほどの地鳴りが辺りを包んでいた。
「やばいぞ……これは……!」 
 カイがふらつきながらもグリムに駆け寄り、抱き上げるようにしてジルのもとへ跳ぶ。
 誰もが感じ始めていた。回廊の中心方向から、胸が悪くなるような瘴気が溢れ出そうとしているのを。
 カオスナイトの周囲に黒い影のような物体が幾つも現れ、それを取り込んでいった。
 砕かれたはずの脚の装甲が修復されていく。
 だが何故か、胸元の傷だけはそのままだった。 
「この傷は忘れナイ」
 『風の翼』を展開し、カオスナイトが宙に舞う。
 天井を砕き、広間から大きく外へと羽ばたいていった次の瞬間。
 天と地とが逆転し、全ては闇の中へと飲み込まれていった。


●流転する世界
「大丈夫……?」
「……グリか」
 ジルが目を覚ました時、横たわった彼女を見下ろしていたのはグリムとカイの二人であった。
「アレックスは?」
 『精神探査』で自分を引き戻してくれたのだろう。少女の可憐な顔には憔悴の色があった。
 それに感謝しつつ、ジルは周囲の様子を確認する。戦士の本能のようなものだ。
「飛ばされた時に離れ離れになったみたい。あたしたちはカイがロープで繋いだから同じ場所に落ちたみたいだけど……」
「あん? 飛ばされた……? どういうこった?」
 首を傾げるジルに、カイが無言のまま窓の外を示した。
 その時初めて、彼女は自分達が廃屋の中にいる事に気がついたのであった。
 痛む上半身を引っ張り上げる。包帯は巻かれているようだが、血は止まっているらしい。
 顔を上げていくと、虹色の膜に包まれた空が目に入った。昼なのか、夜なのか。それすらもはっきりとしない。
「体の方は大丈夫なの? レッドみたいにどこか調子が悪かったりしない?」
「全身が筋肉痛みたいな感じだが……気分は悪かねえよ。むしろ、すっきりした感じだぜ? ……それより、こいつはどうなってんだい?」
 二人の話では回廊の中心で何かが起こったらしく、空間転移で飛ばされた後は、この廃屋の上で倒れていたらしい。
 カイが周辺を探索したところ、神殿らしきものを見つけたらしい。
 相談して、ジルの回復を待ってからそちらに向かう事にしていたようだ。
「あたしなら大丈夫だ……体中がバキバキ言っちゃぁいるがな」
 最後のポーションなどは全て彼女に飲ませたという事だった。
「なら、なおさらだ。すぐに行こう。状況をはっきりさせないとな」
 起き上がろうとするジルに、グリムが呟く。
「妹弟子としては、もう少し体を大事にして欲しいとこなんだけどなぁ……」 
「はぁ? なんだよ、そりゃあ?」
 元来が大雑把なジルは、ゼラがグリムを弟子にしていた事を知らなかったのだ。
 首筋がムズムズするような思いにかられ、即座に立ち上がる。
「頼む……やめようぜそう言うの」
 手早く装備をチェックし、失くしたものがない事を確かめる。 
 アミュートも、陽炎の小剣もある。
「行こうぜ」
 三人は疲れた体を引きずって、神殿の方向へ向かって歩き始めた。


 しばらく行くと、神殿の方角から戦いの音が響いている事に気がつく。
 小走りに駆けながら、三人はアミュートを準備する。
「ジル……無茶はしないでね。何らかの後遺症が出てもおかしくないんだから」
「心配性だな。けど、手も足もなんともねぇよ」
 近づくにつれ、向かっていたのが風竜王の神殿だった事にグリムは気がついた。
 カイはあの時、風竜王の神殿には行っていない。それで判らなかったのだ。
「それにしても……辺りの様子が変じゃねぇか? 廃墟の様子が……ほら、あれなんかカグラの建物だぜ?」
 言われてみれば、シティの内部にいるはずなのに、廃墟のあちらこちらにカグラ風の建物が見受けられる。まるで、無理やり建てたかのように。
 そして神殿前の広場を望める場所まで来ると、『風竜王の騎士』が人々を護りつつ、カオスの魔物と戦っている姿が見てとれた。
「どうなってんだ。こりゃあ?」
「とりあえず行ってみよう!」 
 三人が広場に辿りついた時、既に戦いは終わっていた。辺りに小型の魔物の死体が散らばっている。
 カオスの魔物とはいえ、このサイズなら竜王の騎士の敵ではないだろう。
「お前たちか」
 表情の無い顔を向けて、『彼』は話かけてきた。
 どうやらこちらの事は覚えていてくれたらしい。
「ねぇ、どうなってるの? 分かっている範囲内でいいから教えてくれませんか?」
 グリムの言葉にも余裕がない。
「現在、天空都市レクサリアはカオスの異界の中にある。周辺にあった街も一緒に吸い上げられたようだが、風竜王様のお力によって都市内部に収容した……まぁ、瓦礫の上に置いただけだが」
 それでカグラの街並みがシティの中にあって見受けられるのだ。
 さらにカオス界という言葉を聞いて、三人の表情にも緊張の色が走る。
「異界からの侵食を防ぐ為、三竜王は『四天結界』を発動させていらっしゃる。だが、残念ながら完璧なものではない。地竜王が欠けている現在、完璧な結界を張ることは不可能だからだ」
 その状態で、街にいた住人の大半は各神殿に身を寄せているらしい。
 神殿の結界は全体を包んでいるものよりは強固だし、冒険者たちが『竜王の騎士』に協力して魔物を撃退しているからだ。
「竜王さまは、不完全とはいえ結界の維持だけで精一杯で身動きが取れない。そこで今、この状況を打破する手段を考慮中だ」
 現状では結界の外にいる大型の魔物を防ぐ強度を維持するだけで限界との事だ。
 小型の魔物はどんどん入り込んで来ているし、空気も漏れ出している。
 あまり、時間的な猶予は遺されていないようだ。
「いずれにせよ、お前達の戦力は必要になると思われる。神殿の中に入って休んでおくといい。状況が変わったら呼びに行く」
 そう言うと、『風竜王の騎士』は再び彫像のように入り口に立ちはだかった。
 三人は顔を見合わせ、これからの事を相談し始める。
 今、判っている事は一つだけ。
 次に『彼』に呼ばれた時、それは都市と街の住人達全ての命をかけた戦いになるだろうという事だけだった。




                                     ……to be continued final stage




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0929/山本建一/男/19歳/アトランティス帰り
1070/虎王丸/男/16歳/火炎剣士
1856/湖泉遼介/男/15歳/ヴィジョン使い・武道家
2303/蒼柳凪/男/15歳/舞術師
2361/ジル・ハウ/女/22歳/傭兵
2365/風見雪乃/女/27歳/ゴーレム乗り
2787/ワグネル/男/23歳/冒険者
3098/レドリック・イーグレット/男/29歳/精霊騎士
3116/エトワール・ランダー/女/25歳/騎士
3127/グリム・クローネ/女/17歳/旅芸人(踊り子)
3216/アレックス・サザランド/男/43歳/ジュエルマジシャン

※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なる場合があります。

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■         ライター通信          ■
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 どうも、神城です。半年以上ぶりの更新になります。

 まずは納品が遅れたことを深くお詫びさせていただきます。

 現在の環境では、これまでのような商品作成は不可能であると考え、この形式での執筆は次回の完結編を最後にしたいと思います。
 本当は3部作にする予定だったのですが、前後編にすることにしました。
 夏休み前の8月頭に最後の募集をしたいと考えています。出来ればもう一回お付き合いください。
さすがに次は半年も待たせることはないと思います。

 なお、こちらより西側突入組の方が、いくらか現状について詳しく書かれています。よかったらご覧ください。
 『街のどこかで』については、遅れない程度には開きたいと思ってはいますが、これも不明です。

 それではまた、最後のステージでお会いしたいと思います。


>建一
 エレメンタルカラーは水の属性でいいんですかね?
 SFESについては、かなりここのオリジナル設定で書いております。

>遼介
 『氷結盾』という特殊能力を得ました。火の攻撃に対して高い防御力を持つ氷の盾を生み出せるようになりました。
 物理攻撃に対しても有効ですが、電撃などの風属性の攻撃には弱い側面があります。

>虎王丸
>凪
 火の制御球の間にいた皆さんも、シティのどこかに強制転移されています。
 近くの神殿に移動した事にしてもよし、彷徨っている事にしてもよしです。

>ジル
 原稿の遅れについて、特定のキャラの設定云々は関係しておりませんので、お気遣いなく。

>グリム
 ジェスとグランについて。
 望むなら、この間の二人の状況について『街のどこかで』で書く準備があるとお伝えください。風見鶏亭をチェックするようにしときます。
 あまり長いのは無理かもしれませんがw

>アレックス
 キャッツアイは他に、サファイアとの組み合わせでレジストファイヤー。エメラルドとの組み合わせでバイブレーションセンサーの魔法が使えるようになります。