<PCクエストノベル(2人)>


【修行! 強王の迷宮】

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【2573 / 杉野真紀 / ビジョンコーラー】
【2959 / チェリオ・リューム / 異界職】

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 ――修行が必要だろ。
 ある晴れた朝、チェリオ・リュームが杉野真紀に言った。ソーンの冒険者たる者、常日頃から修行が必要である。動機はそんな単純なものだった。

真紀:「いいよ、行こうっ」

 真紀は即答した。彼女は黒山羊亭で住み込みのバイトをしているが、ちょうど今日明日と休暇をもらっていたので、断る理由はなかった。

真紀:「で、どこに行くの?」
チェリオ:「強王の迷宮」

 ソーンの中でも特に謎多き遺跡として知られる強王の迷宮には、真紀もチェリオもまだ足を踏み入れたことはない。だが話は知っている。『恐怖』という、これ以上ないほどシンプルで恐ろしい名のついた球体が行く手を阻む。ゆえにそこは、修行の場としても十二分に用を成すのである。



 強王の迷宮に入るには、ギルドに登録して調査に参加という手順を取らなければならない。ふたりは情報収集のあと、いささか面倒な手続きを終えて迷宮へと向かった。先輩ギルドからも応援の声をかけられたので、真紀は張り切りつつも体が強張ってくる。

真紀:「うう、緊張するなあ」
チェリオ:「結構だ。一瞬の油断が命取りだからな。適度に緊張してくれ」

 ひとまず深く呼吸などしてみる真紀。地の果てまで続くような暗い入口からは、並々ならぬ暗黒のオーラが湧き出ているような気がした。
 いよいよふたりは迷宮に進入した。最初の一歩を踏み出せば、あとはするすると足が動いていく。固い体もほぐれてきた。

真紀:「頑張るよ! ……でも何から始めればいいのかな?」
チェリオ:「調査とは名目だけだからな。帰り道さえ把握していれば、好きに歩いていいだろう」

 鍵の開閉、罠解除、マッピングは自分が担当するとチェリオは言う。すなわち雑用のほとんどだ。あれやこれや道具を携える相方に、真紀は嬉しさとちょっぴりの申し訳なさを感じた。

真紀:「助かるけど、何か面倒を押し付けているみたいで」
チェリオ:「戦いに専念してもらいたいからな」
真紀:「……了解」

 歩き続けるふたり。強王の迷宮は地下4階からがギルドたちの探索対象になっているのだが、敵にさえ遭遇できればそこまで下る必要もない。マッピングするチェリオを先頭に、どんどんと進んでいく。地下1階は何とも遭遇することなく、地下2階へ着いた。
 階段からまっすぐに進み、最初のフロアに入った瞬間――ふたりは敵を目の当たりにした。
 あっと息を漏らす真紀。フロアの中央、直径1メートルほどの球体が不気味に、静かに宙に浮かんでいる。色は夜よりも濃い漆黒。無機質すぎるその雰囲気に、一気に場は冷えていく。

チェリオ:「これが噂の『恐怖』か……」

 黒い恐怖は様子見をするように動かない。チェリオは真紀に目配せし、前に立たせた。いよいよ修行の開始。
 すべての魔法は無効化されてしまう上に、倍に増幅されて術者へ放ち返されてしまう。倒すには物理的な衝撃を与えなければならない――司令塔のチェリオがそう説明すると、真紀は弓に矢をつがえた。
 黒い恐怖が動いた。音もなく水平に飛来し、真紀にぶつかってきた。野獣以上のスピードに真紀は反応が遅れ、矢を撃てない。体を捻りかわそうとするが、腕に鈍い痺れが走った。
 まともに食らったら、それでアウト。真紀は覚悟を固めた。
 落ち着いて矢を構えなおし、目標に向かって射た。しかし黒球はあっさりと横にずれて避けてしまう。真紀の矢も相当の速さだが、相手はそれを上回る――。

チェリオ:「普通にやったんじゃ、食らってくれそうにはないな」
真紀:「ん……」

 敵は遅く早くの繰り返し、チェンジオブペースで揺れ動く。これではただ矢を射ても簡単にかわされてしまうだろう。ならば――。
 黒い恐怖が急接近した。その瞬間、真紀はフロアの隅に走った。
 敵はそれを追った。背中に迫る脅威を、真紀はギリギリまで惹きつける。そして――まさに体当たりされるかされないかという刹那、真紀は体勢を低くしてかわす。
 真紀の頭の上を通り越した黒い恐怖は急には止まれず、隅に激突した。真紀はすかさずしゃがんだまま矢を放った。攻撃直後に発生する隙、そこを狙ったのだ。
 パンと風船が割れるような激しい音を立てて、敵は一瞬にして破裂した。あとには何も残らず静寂が――
 ――訪れない。

チェリオ:「次だ!」

 突如叫ぶチェリオだったが、間に合わない。急激に現れ突進してきたそれは、真紀を横からすっ飛ばした。騒ぎを聞きつけてやってきただけなのか、それとも真紀の緊張が緩んだ一瞬を狙っていたのか。いずれにしても計ったようなタイミング。
 雪のような真っ白な球体――白い恐怖だ。真紀は口にわずか、血の味を感じた。不意打ちなんて卑怯じゃないかと思った。
 白い恐怖は勢いよく旋回し始める。真紀は今度は無様を見せず、接近した瞬間サイドに抜けながら肘鉄を当てた。しかしちっとも手ごたえがなく、肘は球の内側へめりこむだけ。真紀は慌てて退避した。

真紀:「続けてくるなんて思わなかった……。えっと、どうすれば……?」
チェリオ:「さっきの黒いのとは反対だ」

 白い恐怖はいかなる物質でできているのか常識外れに柔らかく、どんな物理攻撃も吸収してしまう。
 が、魔法ならば一撃で討ち倒せる――先刻同様、チェリオは敵の特徴を説明した。

真紀:「これ、預かってて」

 真紀は弓をチェリオに投げ渡し、精神を集中する。
 と、白い恐怖が地面すれすれを滑ってきた。転ばされたら終わり、そんな気がした真紀は必死になって横に避ける。そして立ち止まらないように走る。
 集中と回避を同時に行う――これも戦闘にはなくてはならない技術なのだろう。真紀は今、かつてないほど真剣に修行に没頭している。
 その時、敵の体から白い煙が吹き出た。周囲はうっすらとベールに包まれたようになった。
 これを吸ってはいけないと直感した真紀は呼吸を止めた。この間にも敵は体当たりを続けてくる。動きながらではせいぜい10秒しか息を止められない。ここに来て勝負は迅速を要求された。
 迫る白球。必死の形相になりながらもどうにか攻撃をかわした真紀は、ついに魔力を込めた右腕を敵に突き出した。
 空間が削れる。真空魔法・ウィンドスラシュが唸りを上げて白い恐怖を襲撃した。瞬く間に白球は弾け、霧散していった。

真紀:「ぷはあ、やったよチェリオちゃん! ……げほげほ」
チェリオ:「く……別のフロアに行くぞ。そこでしばらく休む……」

 ふたりは煙の及ばないところまで移動して充分に休憩すると、また歩き回った。
 そのうちに地下3階への下り階段に到達した。ふたりは顔を見合わせ、降りていく。
 地下3階は一層暗い雰囲気が漂っている。さらなる強敵の出現を予感した。
 ひとつめの分岐路を右に進むと、先程戦闘を行ったような広いフロアに出た。
 ――そこに、待っていたかのように敵はいた。

真紀:「灰色――」

 灰色の恐怖。物理攻撃も魔法攻撃も効果がないという、白と黒の両方の特性を併せ持つ敵。唯一の方法は、物理攻撃と魔法攻撃をほぼ同時に叩き込むこと。チェリオの説明を聞いて、真紀は唇を強く噛んだ。

真紀:「そんな、同時なんて――」
チェリオ:「やらなきゃ、やられるだけだ」

 ひゅんとふたりの周囲を旋回する灰色の恐怖。真紀はウィンドスラシュを放ち、直後に矢を射ようかと思った。だがどう考えてもほぼ同時の着弾はできないだろう。

真紀:「私には無理よ!」
チェリオ:「ま、そうだろうな」

 と、チェリオは一瞬の動作で腰から二丁拳銃を抜き出した。前髪で隠れた目が光る。

真紀:「え、それって」
チェリオ:「驚くことはないだろ。こいつは俺の標準装備だ」

 灰色の恐怖が急激に止まり、ふたりに向かってきた。
 だが灰色の恐怖は一瞬で破裂した。
 チェリオの二丁拳銃から、弾が2発、まったく同時に放出された。銀色の銃は実弾を。黒の銃からはエレメント弾を。まさに物理と魔法の同時攻撃である。

真紀:「終わり?」
チェリオ:「ああ」
真紀:「うーん……」



 体力気力を考え、これ以上は欲張らずに撤退することにした。帰還途中にも何体かの恐怖に襲われたが、黒と白は真紀が破壊していった。一度コツを覚えたら、それほど難しくはなかった。もっとも灰色だけはチェリオがやるしかなかったが。
 そうして地上に舞い戻った。ふうと深呼吸するふたり。やけに太陽がまぶしい。

真紀:「なんか、チェリオちゃんが一番おいしいところを持っていったような気がするな」
チェリオ:「ま、お前もよくやったよ」

 ともかく成果はあった。いつ倒されても不思議ではないという緊張感――やはり修行は実戦に限る。また誘われたら、喜んで応じようと真紀は思った。

【了】