<PCクエストノベル(1人)>


魂の流浪の果てにある場所

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【冒険者一覧】

【3434/ 松浪・心語 (まつなみ・しんご) / 異界職】

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 彼としては「戻ること」を願わなかった日はない。
 ここは、とても冷たくて、自分には寒すぎる。
 身を震わせてそう思う一方で、戻ってもいいのかどうか、迷う自分もいる。
 戦いに明け暮れ、血にまみれ、砂を噛んで地を這い、それでも何とか生きて来た。
 拾ってもらったことには感謝している。
 庇護されていると感じることは、そう、暖かかったから。
 だが、今の自分はそこから逃げ出してしまったのだ。
 もう、帰ることも出来ない。
 だからかも知れない。
 戻れる場所があることを、彼が忘れたことはなかったのだ。
 それを探すことを決めた時、ひとつの扉が彼の心の中で開いた気がした。
 四の五の言っているより、行動した方がはるかにマシだ。
 彼―松浪 心語(まつなみ・しんご)は、そうつぶやいて、その店の扉を開けた。


 酒場はどこも同じだ。
 大勢の人と、発酵した葡萄のにおいと、鼻をくすぐる食べ物のにおい。
 どこもかしこも賑やかで、こちらも大声でなければ、かき消されてしまう。
 そのまま気にせずにいたら、自分の存在すら、埋もれてしまうのかも知れない。
 まだ日が高いのに、ここには酒を楽しむ輩が大勢いた。
 彼はあまり酒が得意ではない。
 戦闘における勘を鈍らされるからだ。
 傭兵稼業を続ける彼にとって、それは死活問題のひとつだった。
 だから、そんな輩の間で、木を横に切っただけの無骨な椅子に腰を下ろし、水と少しの食べ物を注文した彼を、店員は不思議そうに一瞥し、だが言葉にしては何も言わずに立ち去った。
 彼はここに情報を集めに来たのだった。
 ここでもう十件目になる。
 大してめぼしい情報が手に入らなかったためであるが、急ぎでもないので、出された食事にのんびりと手をつけながら、周囲の噂話に耳を傾けていた。
 頼んだ肉の揚げ物に何度目か手を出した時、不意にカウンターの髭面をした大男が、吼えるような声で隣りの男に話しているのが耳に入った。
 

男1:「へえ、そんなところに水脈がなあ…」
男2:「あの辺にゃあ、澱んだアルワダ川しかねえのに、なぜかこの前掘った井戸からは、そりゃあ綺麗な水が出たって話だ。でな、この話にはまだ続きがあってよ、村の近くの洞穴の奥に、大きな穴があいてやがって、そこから地下に降りられるらしいぜ」
男1:「降りてったヤツがいるのか?」
男2:「ああ。だが、そいつはまだ、戻って来てねえって話だ。もしかしたら、ヤバい獣でもいるんじゃねえかってな」
男1:「迷子になって野垂れ死んだのかも知れねえしなあ」


 大男たちの話題は、そのまま別の町で起きている流行病いのことに移って行った。
 彼は考えた。
 

心語:「アルワダ川沿いの村と言えば、ルクエンドか…」


 今いる場所からそう遠くはないところに、ルクエンドという小さな島がある。
 そこを流れる川の名前がアルワダ川だ。
 アルワダ川はそれほど大きい川ではない。
 水も大層濁っていて、使うには何度も浄化しなければいけない。
 だから、その周辺に住む者たちは、川があるにも関わらず、近くの湖まで水を求めに行かなければならないのだ。
 あの辺りが寂れているのは、アルワダ川が原因に他ならない。
 だが、もし地下から清涼な水が出たのだとすれば、かなり急速に発展するだろう。
 しかも、それが地下水脈からもたらされたのなら、それはそれは豊富な水量にちがいない。
 そして、そのことが示す事実がもうひとつあった。


心語:「『清き水の棲むところ、我が愛し子たちを迎えんとせん…』」
 

 彼は、口の中で反芻した。
 還る門は、そこに存在するのだろうか。
 まあ、仮にそうではなかったとして。


心語:「無駄足にはならない、か…」


 少女然とした表情に、幾何かの自嘲をこめて、彼はつぶやいた。
 どうせあてのある道程ではないのだから。
 多少の寄り道くらい、どうということもないではないか、と。


 その町で、彼はルクエンドに向かうための準備を整えた。
 残念ながら、ルクエンドには大した店も品もない。
 たまに行商がちらほら訪れるだけの島で、彼らも、その島に住む者たちが生きるのに必要なものしか持ち寄らなかったからだ。
 ならば、最初からこの町で揃えて行ってしまった方が確実だ。
 多少重いのを我慢すればいいだけなのだから。
 彼は慎重にいくつかの雑貨屋を回り、手頃な値段の松明や干し肉、地図を作るための丸められた紙、体を温めるための少量の酒、それらを入れる丈夫な皮袋などを買い込んだ。
 何しろ、地下に潜るのだ、思った以上の大荷物になってしまったが、致し方ない。
 途中、柄に精巧な彫り物をした短剣を見つけ、切れ味も良さそうだったので購入した。
 そうしてひとしきり必要な物を買い揃えたところで、彼は翌日にはルクエンドに向かった。
 手に入れた情報によると、村までは半日の行程だ。
 早朝に出れば、昼過ぎには着くだろう。
 その日は非常に天気が良かったので、道中は至って平穏だった。
 危険で獰猛なモノたちにも出くわさず、期待通り、昼過ぎには島に到着した。
 彼は島の中心部にある村の酒場で情報をもらい、止める彼らを振り切って、件の洞穴に向かった。
 洞穴は広かった。
 入口付近に、野営をした跡が残っていたので、そのかがり火の燃えさしの中から、比較的長い棒を選んで拾う。
 天井は高く、奥へ奥へと進んでも、なかなか狭くならない。
 だが無論、進めば進むほど、日の光は遠くなる。
 彼は持って来た松明に火をつけ、足元を確認しながら一歩、また一歩と進んで行った。
 やがて、彼は洞穴の最奥部にたどり着いた。
 そして、そこに、大きな穴が開いていることも確認した。
 ふわりと、湿った空気がその穴から流れて来る。水が存在する証拠だ。
 彼は穴の中に、そばにあった小石を投げ入れてみた。
 だが、期待した音はなかなか返って来ず、彼が青ざめる寸前にかろうじて、ポチャンという小さな小さな音が聞こえたのだった。


心語:「相当深いな…」


 彼は背負っていた皮袋から、丈夫なロープを取り出した。
 店で一番長いものを調達したのだが、これでも足りるかどうか。
 心配しながらも、彼は岩に楔を穿ち、しっかりと固定した後、自分の腰に巻きつけて、そっと穴の中に飛び込んだ。
 

心語:「な、何だ、ここは?!」
 

 思わず彼は叫んでいた。
 そこはまさしく「異界」であったのだ。
 最初闇かと思われたその場所は、天井部分が分厚い不思議な藻で覆われていた。
 穴をいくらのぞいても何も見えなかったのは、そのせいだった。
 しかしその藻をかき分けながら何とかその下に這い出ると、そこは一面、蒼い光で照らされた広い広い空間だった。
 地面には細く、いくつもの水が流れていて、自分が今降りてきた天井部分を、蒼い硬質の鉱石が何本も林立して、支えているようだ。
 地面も、同じ材質で出来ているらしく、ところどころ、赤や黄色や緑に光っている。
 すべてが作り物のような世界で、清らかな水と蒼い鉱石以外には何も存在しない。
 持参したロープが、かろうじて地面に飛び降りることが出来るところまで伸びていたので、彼は迷うことなく地面に飛び降りた。
 彼は皮袋を背中からおろし、紙に現在地を書きつけた。
 出来るだけ正確に、見える限りの脇道を記述する。
 どうやら、蒼い鉱石自体が発光しているようで、松明はいらなかった。
 きらきらと、彼の銀糸の髪まで光るほどの、豊富な光量だった。
 そのまま、いくつかの脇道を試し、そのほとんどが自然な形で行き止まりになっていることを確認して、また地図に記す。
 その先に行けそうなものをひとつ選び、今度は丹念に歩数を数えながら先へ先へと向かった。
 途中、水脈が大きく道を横断している場所に出くわし、彼はそこから引き返した。
 場所によってはひどく濡れていて、彼は何度も転びそうになった。
 そうして、出来る限りの道を歩いては戻り、歩いては戻りしながら、彼は正確な地図を作り上げていった。
 そんな中で、彼はいくつかの壁に、奇妙な文様が描かれていることに気が付いた。
 特に一定の距離ごとに描かれている訳ではない。
 だが、何か意味のありそうな、流線型の文様である。
 彼はその位置も地図に入れておいた。
 とはいえ、広大に過ぎる場所である。
 手持ちの食料が尽きそうなところを見計らって、彼は村に引き返そうと思った。
 数日ここで過ごしたが、特に危険もなさそうだった。
 また次回、ここに来ればいい。


心語:「思わぬ収穫もあったしな…」


 彼はうなずいて、ロープをたどり、元の世界へと戻った。
 遠くない未来、また自分がこの場所を訪れるだろうことをはっきりと感じながら――――


〜END〜


 
≪ライターより≫

初めまして!
ご無沙汰ライターの藤沢麗(ふじさわ・れい)と申します。
この度は、ご指名、ありがとうございます。

今回は松浪さんの元の世界への初期探索ということで、
手がかりを見つけています。
この手がかりの答えがここにあるのか、
別の場所にあるのかは定かではありませんが、
次回の探索に何らかの影響を及ぼすかも知れません。

それではまたお会いできるのを楽しみにしています。
ありがとうございました!