<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
+ 幼夢の館〜水晶の扉〜 +
女はララと名乗った。
白虎模様の鎧を着た多腕族のシグルマは、特別に用意した大きく丈夫なソファーに座り、メニューを見ていた。金の装飾がされ錦には上質の綿が使われており、それに座るシグルマはまるで王のようであった。
「どの話もしらねーな」
「あら、そんなことはないはずよ。聞いたことあるだけでいいの。内容は、あなたの好きなようにしていいから」
「そうだな……なら、『赤ずきん』にしよう。この話なら聞いたことがある。よし、決まりだ」
メニューをバンと置き、腕組みをした。
「やるからにはさっさとはじめてくれ」
ララはニコリと笑うと水晶玉に手をかざした。
「頭の中に、あなたの『赤ずきん』の世界を思い描いて。だんだん、そのイメージが濃くなっていくから……さぁ、あなたは赤ずきんよ」
シグルマが組んでいた腕の力が、少し、緩んだ――
□■■■
この町でシグルマの名前を聞いたことがないものなど、世間知らずと笑われた。さる豪族の一人娘を盗人から助けた英雄として平民出のしたっぱ若造が副将軍にまでなったと、町内はこの話題で持ちきりだった。
だが、当のシグルマは豪族の屋敷に隣接された離れに篭ったまま出てこないらしい。
「きっと盗人に負わされた怪我で苦しんでいるんだよ……」
捕らえられた盗人は見たことがないほど鋭く鋭利な刀を所持し、べっとりと血をつけていたらしい。
そんな噂話が絶えない一角の茶屋通り。赤ずきんをかぶった男が団子を頬張っていた。
「おい、ルディア。おかわりをくれ」
「え。シグルマさん、もう15皿目ですよ?」
「シッ。その名で呼ぶんじゃねえ。何かと厄介なんだよ、さっき言っただろ」
シグルマはあの一件以来、あっちでわーわー騒がれ、こっちでキャーキャー叫ばれていた。人ごみでは押し合い圧し合いのもみくちゃにされ、さらには盗人の組織にまで狙われていた。だから鼠色の和服を着、まるで平民のような格好をして、赤いずきんをかぶっていた。
「それにしても、赤いずきん。似合ってますね」
「俺はなあ。好きでこの色かぶってんじゃ」
「ルディアちゃーん! お団子おかわり!」
「ごめんなさい、またお話聞かせてくださいね」
そして、ルディアはぱたぱたと走っていった。橙色の着物を着たルディアはこの老舗の団子屋、白山羊屋の看板娘だ。客からの人気は絶大で人の目が多い場所だが、何日も食べていなかったので急に食べたくなってしまった。
シグルマが15皿目をたいらげたとき、さっきルディアを呼んだ客がこそこそと落ち着かない様子で辺りを見回している。すると、突然立ち上がり走り出した。
「食い逃げか!」
シグルマは素早く立って走ると腕で服をがっしり掴んだ。尚も激しく暴れる食い逃げを1本2本と掴む腕を増やしていったが、なかなか観念しない。
「はなせ! はなせって!」
シグルマの右肩を大きく揺さぶるように激しく抵抗すると、鼠色の和服が少しずれ、肌が露出した。食い逃げの目が肩で留まると同時に抵抗は収まった。
首の付け根から伸びた枝は右肩右腕に巣食っているように鮮やかな梅と桜の花びらを咲かせ、風に吹雪いていた。
やがて食い逃げはおかっぴきの手に渡り、一件落着。だが、おかっぴきはシグルマの顔を食い入るように見つけていた。
「もしかして、シグルマ殿ではござらんか?」
視線が一気にシグルマに集まった。みな、食い入るようにシグルマを見つめる。シグルマはその視線の一つにあるものがあることに気づいた。赤ずきんでさらに顔を隠し、
「いや、違う。俺の名は赤銅だ」
「なんだ、人騒がせな」と言わんばかりのため息がこだまする。シグルマはルディアに15皿分の代金を握らせると足早にその場を去った。
先ほど視線の中に、あの組織のやつがいた。あの、鋭利な刀を持ったやつの仲間が。武器を持っていない今、これ以上にあそこにいると、いつばれるか時間の問題である。
シグルマは屋敷に急いだ。
■□■■
「おかえりでしたか」
そう言って入ってきたのは、シグルマが組織に狙われるようになる原因になった娘、エルファリア。純白の生地に純金の刺繍やら何やらが施された着物に身を包んだ姿は見た目通りのお嬢様。こんな所に一人でやってきて何の用かと思えば、後ろからやっと追いついたと言わんばかりに肩で息をするエルファリアの世話係ペティがエルファリアの袖を掴んでいた。
「あ、あれほど……げほげほ、一人で行動なさらないよう、ゼェゼェ。言ったのに……はぁはぁ。また連れ去れるようなことになったら、どうするのですか!」
「あら〜、そうね」
にこにこと受け答えするエリファリアにペティは折れた。
「で、俺に何の用なんだ?」
さっきから2人に疎外感を感じつつも、刀を手入れしながら話をふってみた。
「実は父が、町でシグルマさんが大怪我をしたという噂を耳にしまして、その真相を確かめに来たのですが……。お元気そうですね」
「あぁ。だが、暇で暇で死にそうだ。外出もなるべく控えろとかうるさいしな。副将軍ってのはこんなにやることがないものなのか?」
エリファリアは口元を押さえながら笑い、
「いいえ。きっとこの町が平和なせいですわ。ほとんど、おかっぴきによって罪人は捕まりますし。たまに事件が起こりますと、シグルマさんのような方が解決なさりますから、特に、なにも……」
「本当にか?」
エリファリアの表情にはどこか影があり、なにか悩んでいる様子を疑わせる。エリファリアはペティと顔を見合わせ、頷いた。
「……えぇ。隣町から妙な要望書が届いたのです。先日、飛脚が来て『領地で採れる野菜の半分を持ってくるように、さもなくばエリファリアを連れ去った後、門の前に首があると思え』と――」
「シグルマ様が助けてくださったので未遂に終わりましたが、次はどうなるか……」
ほろほろとエリファリアは涙を流した。シグルマは手入れをしていた刀を鞘に収め、腰に差した。そして、戸を開いた。
「行って来る」
「ど、どちらに行かれるのですか?」
「野菜を届けに行くついでに、すべてを終わらせてくる」
赤いずきん――エリファリアから貰った赤ずきんをかぶり、屋敷を後にした。
■■□■
背筋に電流が走ったかと思った。3人、いや4人だ。茶屋通りを過ぎた辺りから感じる。
誰かにつけられている。いや、誰かではない。つけられるといったら、あの組織の誰かしかありえない。シグルマは気づいていないふりをして、両手一杯に野菜が入ったカゴを抱えて歩いた。
相手から襲われることなく、目的地にたどり着いた。そこは隣町の奉行の邸宅。ここはエリファリアが住んでいる屋敷よりはるかに大きかった。
「誰だ。用件を述べよ」
「隣町から来た赤銅だ。約束通り、野菜を持ってきた」
門番は戸口を開け、使用人を呼んだ。やがて使用人が来ると野菜を渡し、「ご苦労」と言われて戸は閉められた。
「さて」
シグルマはエリファリアの屋敷に続く道を歩き、さっと横道に入った。
チャリン、チャリン、チャリン……
闇に光る銭の煌き。すかさず手は伸び、上からの衝撃に倒れた。
「あと3人か? つけていたのは」
「さすが、シグルマ様。やはりうちの若いのが簡単に倒されただけある……クックックッ」
「暇つぶしには丁度いい。まとめてかかってきな」
「ふっ。あなたは邪魔なので、本気でいかせていただきます!」
2本の刀がぶつかった。きりきりと音をたて、火花を散らす。唸り声がこだまする。砂埃が舞い上がり、さらに視界を悪くする。シグルマは3方から攻められていた。
刃先から刃元へと動く。斬りかかられるが左へさっと避け、無防備な背中を斬りつけた。断末魔をあげ、体が傾いていった。体が地に着くより早く、他の2人に斬りかかられる。仲間が斬られたからか、先程より力がこもっていたがシグルマの敵ではなかった。
かぶっていた赤ずきんが宙を舞う。
遊びはこれまでにしよう。
頭から腹にかけて、一刀両断。血飛沫があがる。
「ヒィィィィ!!!」
それを見た最後の一人が刀を収めるのも忘れて通りへ駆け出した。シグルマも駆けようとすると右肩に、なにか冷たい感触がした。
「ひ、ヒヒヒ……まだ、死んでねぇぜ」
最初に斬ったはずの男は血の気のひいた顔で言った。だが、多腕族の特権といおうか問題はない。男はすぐさま倒れた。
「ちょっと油断したな……」
シグルマの右肩に彫られた梅と桜の吹雪は、より一層鮮やかに光った。
右肩を押さえながら道に出ると、なにかがぶつかった。
「うわっ! って、シグルマ様?! ど、どうしたんですか、その肩!」
橙色の和服を着たルディアが尻餅をついていた。どうやらぶつかってしまったらしい。起こすと半強制的に応急処置をされ、「今日のお代、ちょっと多かったので持って来ました。でもシグルマ様が全然見つからないので、さっきそこの茶屋で冷やし飴を……。ごめんなさい!」
頭を下げ、残った銭を差し出した。シグルマはその上にさらに銭を足し、
「応急処置のお礼だ。今日はちょっとやることがあってな。まあ、これであんみつでも食べろ」
頭をがしがし撫で、屋敷へ向かった。
野菜を届けた屋敷に――
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肌寒い空気に包まれる夜空を見つめる雅な格好をした男が2人。酒を酌み交わしていた。2人の間には大きくて湯気がもくもくとたつ鍋。そこにシグルマが持ってきた野菜を入れた。
「申し訳ありません。本来ならここにエリファリアがいるはずなのですが逃げられてしまい……」
「馬鹿もん! なにをやっているのだ貴様らは。わしがどれだけ援助してやっていると思っているのだまったく……。はやく、火をもう少し強くして、醤油を持ってこい。いますぐだ!」
一際、雅な格好をし、どっぷり太った体を機敏に動かして鍋の味加減を調節している。
そんな雰囲気の中、場違いな男が転がり落ちてきた。
「御奉行様! シグルマが、シグルマが来ます!」
「なんだと!!」
そう叫んだのも束の間、奉行の目に何かがぶち当たった。
「さっきの会話。聞かせてもらったぜ。おまえらの目的はエリファリアか」
「くそッ! どっから入ってきた。おい、そいつをひっとらえろ!」
「血の臭いが隠しきれてねえんだ」
奥から浪人風情の男が何名も出てきたが、シグルマが素早く銭投げをし、頭に当たると、めまいを起こしたようにふらふらとよろめき、鳩尾を打たれた。
そんな様子を見て、太った男は頭を真っ赤にさせて飾ってあった刀を取った。
「ええい、役立たずめが!」
鞘を放り捨て刀を構える。
「誰の差し金だ! レーヴェか? ディアナか?!」
刃先はぶれ、足はガクガクと震えている。
「わしは斬られんぞ。斬ってみろ! あの屋敷、叩き潰してくれるわ!」
「……救いようのないやつだな。安心しろ。成敗しようとは思っていない。だが、警告だ」
シグルマがどんと畳に踏み込むと、鍋がひっくりかえった。
「ひぃ!」
「俺がいる限り、あの屋敷の住人も、あの町の住人にも、指一本触れさせん」
風を切り、刃先を鼻の前で止める。
「わかったな」
首をこくこく、激しく頷き後ろに引き下がった。
「に、二度と来るな!」
そう言って隣の部屋に逃げ込んでいった。
〜〜〜
満天の星が輝く夜空の下。
シグルマは右肩に彫られた梅、桜を吹雪かせ、町を歩く。
人々は寝静まり、遠くの山から狼の遠吠えが聞こえてきた。
今日も夜は更け、シグルマは屋敷に戻る。
あれから、この屋敷の用心棒として雇われ、エリファリアに振り回されている。
「あの赤ずきん、ずっとかぶっていてくださいね」
そう、笑顔で言われたとき。狼よりも侍よりも恐ろしい、何かを感じた。
「おかえりなさい。赤ずきんさん」
屋敷の門に辿り着くと、笑顔でエリファリアが出迎えていた。
シグルマは、苦笑した――
「おかえりなさい、シグルマさん。どうでしたか? シグルマさんが創造した赤ずきんの世界があまりにも特異的でしたので、かなりかけ離れたものになってしまいましたが……」
「あ、あぁ」
そうだ。夢だ――。
「どうぞ、余韻にひたってくださいな。これでも15分しか経っていないのですよ? お茶を入れるので、そのままお座りください」
「あぁ」
シグルマは深く椅子に腰掛け、天井を見上げた。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0812/シグルマ/男性/29歳/戦士】
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ライター通信
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こんばんは、田村鈴楼です。
ご参加ありがとう御座いました!
いかがでしたでしょうか?
文中にもありました通り、プレイングを反映させたところ、かなり変わった、といいますか、もう別の物語になってしまいました。
でも、これはこれで、気に入って頂けたら幸いです。
ありがとう御座いました。
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