<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


+ 幼夢の館〜水晶の扉〜 +


 女はララと名乗った。
 柔らかく微笑む青年、山本建一は椅子に座りメニューを眺めていた。
「どうですか? お気に召した物語はありましたでしょうか?」
「そうですね……この『浦島太郎』にします」
 そう言って建一はメニューを置いた。
 ララがニコリと笑うと健一もニコリと笑った。その表情に本性を悟られまいと作った仮面を感じたが、悪い癖だと頭から振り払った。
 ララは水晶玉に手をかざした。
「さあ、身をこの水晶の光にまかせて、そう。力を抜いて。だんだん深みに入っていくから――。さぁ、あなたは浦島太郎よ」
 建一は頭を、垂れた――


□■■


 ちゅんちゅんちゅん。
目が覚めると、木造の小屋にいた。網や釣り針など、ここは漁師の小屋のようだ。
「あ、建一。目が覚めたのね」
 声の主の方を向いて、建一は驚いた。
「カレンさん?」
 この小屋の雰囲気とは真逆の雰囲気の女性――カレン・ヴイオルドが建一の隣で微笑んでいた。カレンを見て気づいたが、服装が変わっている。まるで古い日本の平民のような服である。
「今日は大量だったもんな。いまから売りに行っている。そうだ、竪琴でも弾きにいったらどうだ?」
 頷く前に竪琴を持たされ、追い立てられるかのように小屋から出された。カレンが笑顔で見送っている。
「今日は少し遅めに帰ってきたほうがいいよ」
 そう言ってカレンは小屋の中に入っていった。
 建一はあてもなく歩きながら、考えた。
 ララさんが言った暇つぶし。その世界の中にはソーンの住人もいるようだ――。
 気づいたら森の中にいた。元々、森の近くに小屋があり、無意識のうちに足が向いていたようだ。割と浅かったようですぐに抜け、高台に出た。
 すぐそこに海が見える。海風が頬をなでる――。建一は腰を下ろし、竪琴を構えた。細くて長い指をまるで海風の如くなびかせるように動かす。音色に動物たちが集まり耳を落ち着かせる。曲が終わると、もっと聴きたい、と兎が足元で見つめていた。
「そうですね、では、あの曲を……」
 指先が弦を触れたとき、建一の耳に叫び声が飛び込んできた。
 立ち上がり、辺りを見回す。
 動物たちが唖然とした様子で建一を見ているだけで、誰も叫んではいない。
――いや。また聞こえた。
 建一は動物たちに一言言って、高台を駆け下りた。


 建一が叫び声の主を見つけたとき、まわりには2人の人がいた。
「ヘッヘッヘッ。これだけ大きけりゃ、たんまり銭が入ってきますぜ」
「早く持っていくぞ。誰かに見つかれば横取りされちまう」
 いかにも悪そうな大人2人。隠しているようだが彼らは大きな亀を風呂敷で覆おうか木箱に詰めようか試行錯誤している途中であった。だが、亀は大きすぎた。どれも収まりきらずに甲羅が見ている。建一がそっと彼らに近づいた。
「そんなのではダメですよ、もっとこうしなくては」
「それは丁寧にどうも…って、誰だおまえはぐぁ?!!」
 建一は甲羅の前まで来ると、後ろ蹴りをした。顔を蹴られた男は反撃しようと拳を握ったが、その前に決着がついた。
「覚えてろー!」
 捨て台詞を吐き男たちは逃げていった。
「大丈夫ですか?」
 大人2人分はあろうかというほど幅のある、立派な亀が頭と四肢を出し、建一を見上げていた。
「あ、そうでした……亀は人の言葉がわからな」
「ありがとう御座いました」
 建一は一瞬、耳を疑った。いや、でもこういう生き物に出会ったことがあったようななかったような、そんな気がした。
「お怪我は……」
「ふふふ。心配なさらずとも大丈夫です。それより、私の背に乗ってください。お礼をしたいのです」
「お礼ですか? そんな……」
「ふふふ。遠慮することはありません、どうぞ――」
 亀は建一を背に乗せた。背に乗った建一は甲羅に手を置いた。ふと、違和感を感じる。見てみると、甲羅にひびが入っている。
「あら……」
 亀は困ったように呟いた。建一は懐から袋を取り出した。
「どうぞ、これには傷に効く薬草を混ぜてありますよ」
 一枚取り出し亀の口の中に入れた。噛み砕かれる音とともに亀は目元を緩めた。
「ありがとう御座います。なんとか、着くまでは大丈夫でしょう。さあ」
 そう言って、海へと入っていった。建一は不思議と、息苦しさを感じない。逆に全身をマッサージされているかのような快感が全身を包んでいる――。
 やがて前方にエルザード城と思しき巨大な建物が見えてきた。いや、大きさは同じ位でも華やかさでは比べ物にならない。屋根はすべて金で、柱は銀で出来ている。飾りはサンゴや貝やウロコが使われ、光をあてていないのにもかかわらず煌いていた。
「あそこが私たちの城。竜宮城です」
 正面に降り立つと、慌てた様子の女性が召使いとともに駆け寄ってきた。
「無事でよかったわ」
 そう言って亀に抱きついた。クリーム色に近い金髪の女性だ。どこか声に聞き覚えがあるが……。
「エルファリア様?」
「ふふ。お客様?」
「捕まっていた私を助けてくださった恩人です」
 そう聞いたエリファリアは手を叩いた。
「久しぶりのお客様よ。さあ、もてなしの用意を」
 建一の言葉は海水に溶けるだけで、エリファリアは建一の手を引き、召使い達と一緒に城へ入っていった。
 亀はその様子を見ながら微笑んだ――


■□■


「さあ、どうぞ。こちらにお座りになってください」
 ここまでくると、遠慮することがかえって無礼な気がした。
 目の前に広がる料理の数々。すべてが魚料理――。手前にあった煮つけに箸を入れた。一口食べると視線を感じた。隣にエリファリアが座っている。
「ふふ。みんなでお昼ご飯です」
 そうしてエリファリアは箸を取った。人魚に魚人に龍人……。様々な人種が料理を囲んでいる。
「あ、はじまるみたいだよ!」
 金魚人の子供が大声で叫ぶと、あたりはシンと静かになりステージを見つめた。パッとライトで照らされる。
「Ladies and gentlemen! 今夜の宴はいかがお過ごしかな? 司会はわたくし、ルディアが務めさせていただきます! どうぞ、よろしく!」
 盛大な拍手が城内に響き渡る。姫も召使いも兵士も客も、みながステージに釘付けになっている。
「さあ、今夜のゲストは! といきたいところですが、なんと水揚げされちゃったということで、今日は英雄をお呼びしたいと思います。建一さーん!」
「は、はい?」
 みなの視線が一気に建一に集まる。今日は特に亀を助けただけで、英雄と呼ばれるようなことをした覚えがなかったが、エリファリアが耳元で、
「あなたが助けてくださった亀の種は、もうあの方しかいない貴重な方なのです」
 にっこり。とエリファリアは微笑んでいる。
 だから――。
 引かれる手にも逆らわず、ステージに立った。
「では……そうですね。今夜にぴったりな曲を披露したいと思います」
 竪琴を構える。ふわりと、泡が上へのぼっていった。そういえば、海の中にいるのだと、泡を見て思い出した。
 そして、指を、時には小川のせせらぎのように優しく、時には荒波のように激しく動かした。
 奏でられる音は場内の隅々にまで行き渡り、人々の耳へこだまする。
 やがて曲が終わると、立ち上がり、お辞儀をした。
 司会のルディアは目を丸くして建一を見たまま動かない。建一が「あの…」と話しかけると、はっとして、
「…あ、あまりの素晴らしさに司会をするのも忘れてしまいました!」
「アンコール!」
 最前列の魚人が言った。それに続いてみなが言う。
「わかりました。では、今度は……」
 竪琴の音色に心落ち着かせ、今宵も夜は更けていった――。


 翌朝。
 建一は用意された部屋で目を覚ました。昨晩中、演奏していたので起きたのはもう昼頃だろう。だが、ここはいつでも昼間のように明るい。竪琴の手入れをしながら窓の外を覗くと、城のまわりは明るいが、その奥には漆黒の闇が広がっていた。
 コンコン。
「失礼します。お目覚めはどうでしょうか?」
 エリファリアが部屋へ入ってきた。召使いのものも一緒に。
「折り入ってお願いしたいことがあります。実は――」
 建一には想像がついた。ここは浦島太郎の世界。なら――。
「いいですよ」
 建一はニコリ、微笑んだ。エリファリアは目を瞬かせたが、
「ありがとう御座います。では、朝食を用意してありますので、どうぞ――」
 ニコリと微笑み、建一を促した。


 それから建一は、5日のときを過ごした。
 6日目。竪琴の弦が切れたのだ。それに、カレンのことが気にかかる。
「エリファリアさん」
 読書をしている方に話しかけるのは忍びないが、どうしても伝えたかった。
「僕は帰ります」
 エリファリアはいつものようにニコリを微笑むと、雅な箱を差し出した。
「箱は、なにがあっても決して開けてはなりません。それと、この箱にまた……思いを込めました」
 箱に目を落とし、そして目を合わせた。
「カレンさんが無事でありますように――」
 意識は、まだエリファリアがいる部屋にあるかと思っていたが、身体は竜宮城の外にあった。
 なぜか、早く帰らねばならない気がした。
 いまさらカレンが言った最後の言葉が気になった。
「……行かれるのですね」
 亀が、ゆっくり建一に近づいてきた。甲羅の傷はすっかり癒え、最初に会った頃とは顔色がよかった。
「わたしの背に乗ってください。息が……苦しくなると思いますので」
 建一は念のため、甲羅の傷を避けるように乗り、亀は建一の心を読み取ったように早く、早く岸へ向かった。
 早く、早く――!
 焦る気持ちとは裏腹、なぜか海面が遠くなっていくような気がした。
 早く、早く――!
 建一が抱く竪琴がぴくりと動いた気がした――

「カレン!」
「……あら、悪夢でも見たのですか?」
「え……」
 あたりを見回す。右側に花瓶の花をいけかえる女性がいた。目の前には水晶玉が置いてある。
「ちょっと時間がかかってしまいましたが……30分ほどしか経っていませんよ。いま、紅茶の葉が届いたので入れますね。ゆっくり、おくつろぎください」
 にこりと笑う女性――ララは奥へと入っていった。
 建一はソファーに深く腰掛け、天井を見た。
 言いたいことはたくさんあった。胸騒ぎは、いまだする。
「ララさん、あの……!」
 ただ、腕に抱かれた竪琴だけは動かずじっとしていた――




□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0929/山本建一/男性/19歳/アトランティス帰り(天界、芸能)】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
         ライター通信          
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 こんばんは、田村鈴楼です。
 ご参加ありがとう御座いました!
 大変遅くなってしまい申し訳御座いません。
 いかがでしたでしょうか?
 少しでもお楽しみいただけたのなら幸いです。
 お粗末さまでした。