<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】蕗・寒去



「好きなんだ」
 瞬・嵩晃がそんな事を呟いた瞬間、シルフェの口につけていた湯のみを持つ手がぴくりと止まった。
 そして、ゆっくりと顔を上げて、ほわっと微笑む。
「まぁ。一瞬なんだがふきだしそうになりました」
 ほわほわと笑顔で告げる言葉に、背を向けかけていた瞬が振り返る。
 そして、何の事はないという表情で、小首をかしげた。
「ん? あぁキミの事じゃないよ」
 まさか私が特定の誰かに対してそんな感情持つわけないだろう? と、満面笑顔で返されてどこかほっとしたようなしないような。
「蕗のね天麩羅」
「ああ。そうでございますか」
 シルフェも半分聞いてますというようなそっけなさで返し、湯のみの中の花がくるくる回る様に視線を落とす。
「そろそろ七草粥でも作ろうかな」
 いきなり話しが飛んでませんか? と思わなくもないが、瞬はそんな事お構いなしに鍋に粥を作りはじめる。
 普通の料理も出来たんだなぁと何となく感心して見ていると、味見に…と口を付けた小皿を突然落として口を押さえる。
 そしてキョロキョロとあたりを見回すと、1つの瓶子を手に取った。
「誰だ! これを此処おいた奴は!!」
 あまりの瞬の怒りように一帯何が起こったのかと近寄ってみれば、なんだか瞬がどんどん小さくなっていく。
「瞬様?」
 まるで時間が止まったかのように動きを止めると、大きな瞳が自分を貫いた。
「あら、まぁ」
 すっかり小さなお子様になってしまった瞬を見つめ、どうしたものかと一瞬考えた後、シルフェは竃に拵えられた匂いだけは良い七草粥に視線を向けて、朗らかに微笑む。
「七草粥…といいますか、その瓶子の中身が原因なんですよねぇ? うふふ」
「何時もより笑顔が明るいのは私の気のせいかな?」
「いいえ。そんな事は」
 ございませんよ。と答えたものの、シルフェはもうこの状況がどこか楽しくて仕方がない。
 加えて、シルフェの頭の中のどこかが(使うアテはないものの)原因を作った瓶子を貰っていけば面白そうだと告げている。
「瞬様、この瓶子―――」

ドガシャン!!

 突然比較的ふもとに近かった庵の入り口と屋根の一部が吹き飛んだ。
 壊れた庵の入り口、そこには魚とも人ともつかない、半漁人と称してしまえるような妖怪が仁王立ちで立っていた。
「まぁ」
 シルフェはその妖怪を見るや、頬に手を当てて驚きともため息ともつかない息を漏らす。
 半漁人は奇声を発しながら槌を振り回し、庵の屋根を凪ぎ飛ばした。
 零れる粉塵を払いながら、いちいち相手にしていられるかと、瞬は遠距離を移動する印を組む。
 が、
「……おや」
 印が全くもって発動しない。
 半漁人は庵を壊している。
「どうやら、仙術? でしたかは、使えないようですねえ」
 シルフェはマリンオーブに手をかけ、少ぅし力を込める。

ザッパーン!!

 半漁人は眼を丸くして、自分が壊した庵の入り口から水に飲まれて流れていった。
「やれやれ、これはやっかいだ」
 仙術が使えないまではいいが、神通力の制御さえも出来ていないらしい。
 いち早くかぎつけたその鼻には感服だが、妖怪化したばかりなのか元々の性格なのか、知能があまり発達していなくて助かった。
「素人でも誰かに連絡出来る方法はございません?」
 印が使えないという事は、術系統は全て使えない状態だと言ってもいい。
「連絡を取ってどうするんだい?」
「宰相様に連絡を取って戻るまでなんとかして頂くのが良いかと思うのですけれど」
「弱みを見せるのは好きじゃないのだけどね」
「弱みだなんてそんな」
 そう口にしたシルフェの笑顔はどこまでも明るい。ああ後光さえも見える錯覚。
「悪者さんがこれ幸いといらっしゃってもわたくしではお役に立てませんから、ね? ふふ」
 今さっき半漁人を流し去ったその力は何なのかと問いたいが、確かに邪仙や本格的に人化を行える妖怪に見つかってしまえば、戦力的に不安があることは否めない。
「それに、救助よりは護衛の方がきっと借りも小さいですよ。うふふ」
 正直瞬は借りを作っても返さないタイプだ。まさにはた迷惑。
 しかし、あそこが一番安全であることもまた事実であり、シルフェの言っている事は正しい。
「仕方が無いな」
 印が使えないならば、符で代用できるだろう。
 瞬は手近にあった葛篭を探り、二枚の符を取り出して、一枚をシルフェに手渡す。
 瞬が符を発動させようとした瞬間、
「でもまずは身体にあった服に着替えましょう瞬様」
 シルフェに言われるまで気がつかなかったのか、瞬は自分が今まで来ていた服に包まっているような状態を見下ろして、苦笑した。










 符でたどり着いたのは楼蘭の街中。
 確かに通常の瞬は街中で薬を売っていることが多いのだから、星稜殿へ直結しているはずがない。
「ねぇシルフェ。市場、行ってもいいかな」
 シルフェ見上げて瞬はにっこり微笑むと、我先にと駆け出した。
 護衛を求めて星稜殿に向かうと思っていたシルフェは、一瞬虚を突かれた様に立ち尽くし、あっと我を取り戻して追いかける。
「瞬様、お待ちくださいまし」
 意気揚々と表してしまえるような表情で、瞬は市場へと駆け込んでいく。
 しかし、見て回っている露店はどれも薬草や茶葉のお店ばかり。お菓子の露店やお店など完全スルー。
「小さくなられても、瞬様は瞬様でございますねぇ」
 保護者然とした面持ちでその様を見つけるシルフェは、のほほーんと頬に手を当ててほぅっと息を吐く。
 喧騒とした市場は、活気があり、楼蘭の繁栄を象徴しているように見て取れた。
「はい、いらっしゃい」
 瞬はじぃっと店主を見上げ、にこぉと微笑む。つられるようにして店主も微笑み返すが、その瞬間店主の顔に投げつけられた赤い粉―――そう、唐辛子を摩り下ろした粉が宙を舞う。
「ぎゃぁあああ!!」
 先ほど薬草屋で買っていたのはどうやらコレらしい。
 きゃっきゃと笑いながら、小さくなった瞬はシルフェの前を走りすぎていく。
 シルフェは瞬の背をゆっくりと視線で追いかけて、店主に振り返り、その様を見てにんまり微笑んだ。
「あら、楽しそう」
 シルフェも瞬を追いかけざま、後ろを向いているどこぞの店主の首筋に一筋水を垂らしてみたり、飲もうとしている水を塩水に替えてしまったり。
「なかなかやるじゃないか」
「あら、瞬様こそ。うふふ」
 瞬が市場を駆け回って仕掛けた悪戯は、大人が拳骨で怒る程度のものばかり。所謂、子供だからこそ許される悪戯の部類。
 見つからないように布で覆われた机の下に潜り込んで、2人で悪戯の成果を見つめる。
 店主の怒声が響く中、どこか遠くを見るような目で瞬が呟いた。
「幼いからこそ許される悪戯か」
 私が幼いころは……と、続きかけた言葉がピタリと止む。
 シルフェは突然止まった言葉に軽く首をかしげるが、振り返った瞬は楽しそうに微笑むのみだった。











 星稜殿の角楼から月・凛華は城下を見下ろして眉根を寄せた。
「如何致しました?」
 傍らに控える武将がそんな凛華の表情の変化を見て取り、声をかける。
「なにやら妖怪の動きが騒がしいようでの」
 何かがあったのかもしれない。と、武将に告げて、凛華はまた城下を見下ろす。
 そこへゆったりと近づく影が1つ、いや2つ。
「こんにちは」
 ゆったりとした口調で掛けられた言葉を耳にし、凛華は声の主を探す。そして、角楼を見上げていた人物の姿を見つけ、硬くなっていた凛華の表情が一気に綻んだ。
「おお、久しいの。シルフェ」
 凛華は急いで角楼から出ると入り口に立つシルフェに歩み寄る。しかし、綻んでいた顔は、その足元で立っている子供を見て、一瞬でしかめられた。
「やあ、凛華」
 小奇麗な顔をした小さな少年は、どこかで見覚えがあるような気弱な笑顔を浮かべて凛華を見上げる。
「シルフェよ。一つ問うて良いかの?」
「はい。宰相様」
 この子供は、誰ぞ?
 いや、聞くまでも無く何となく予想はついているのだが。
「瞬様でございます」
 シルフェのあまりにも明るいニコニコ笑顔の答えに、凛華はとうとうこめかみを押さえてむっと眉を寄せる。
 そして、場所は凛華の執務室に移り、シルフェと瞬は宮殿で淹れられる最高級のお茶に舌鼓を打ちつつ、1人難しい顔を浮かべている凛華を見た。
「どうりで、妖怪どもが騒がしいはずじゃ」
 妖怪にとって見れば神通力を秘めた子供など格好の餌とも言える。我先にとその源である子供を捜すため動き出した者が居てもおかしくない。
「それは、瞬様が原因でしょうか?」
「それ以外にないじゃろう。お主達、ここへ来る前どこかへ寄ったな?」
「はい。市場へ」
「よりにもよって市場とはの」
 ふっと肩を竦めて凛華は苦笑する。
「私は何もしていないよ?」
「お主の言葉は信用できぬわ」
 実際そこで何が起こったかを凛華は知らない代わりに、瞬の性癖を心得ている。
 悪戯をされた妖怪と、力が欲しい妖怪が、ごっちゃになって一騒動となってしまったことは安易に想像がつく。
 しかし、どちらの人数が多いかと問われれば、もしかしたら悪戯をされて怒った妖怪の方かもしれないが。
「これ以上騒ぎ大きくされても困る。元に戻るまでここに居るのじゃぞ」
 悪戯王としてある意味最強だとしても、対処が出来ない現在の瞬が、本当の大物に出くわしてしまったら、それこそこの程度の騒動では終わらない。妖怪とて悪さをしなければ大切な住民だ。
「でも宰相様、楽しい一日でしたよ」
 確かに市場で大手振って悪戯をかましてきたシルフェと瞬にとっては楽しい一日だっただろう。
 だが、その言葉に凛華はただただ苦笑するのみだった。












☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2994】
シルフェ(17歳・女性)
水操師


【NPC】
瞬・嵩晃――シュン・スウコウ(?・男性)
仙人

【NPC】
月・凛華――ユエ・リンファ(?・女性)
仙人


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】蕗・寒去にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 突発的な窓開けでしたが、冬のシナリオが書けた事は大変嬉しかったです。ありがとうございました。
 今回は小さくなった瞬とというシナリオでしたが、あまり変化がないような…?以後精進いたします。
 それでも市場に一波乱起こすことに成功(?)しているとは思うので、目的は達したのかな?とも思わなくも無かったりします(笑)
 それではまた、シルフェ様に出会えることを祈って……