<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


ルディアのリボン

「‥‥これ、誰から?」
「え? 知らない♪」
 店の看板娘はあくまで笑顔だった。手の中には色とりどりのリボンが溢れかえった木の小箱。
「‥‥え、えっと。いつもらったの?」
「一週間前からかなー?」
「‥‥‥‥‥‥」
 常連は目を交し合った。
「‥‥誰からかはわかんないんだよね?」
「そー♪ 良い人だよねっ」
 店を開ける前に軒先に吊るしてたり! 店を片付けようとしたら机の下に隠されてたり! 買出しに出たらルディア宛のカードが道端に点々と!
「良い人‥‥?」
 店内にいた客は思った。

 ──それはストーカーではないですか、ルディアさん‥‥?


●ルディアとリボンとあたし
 その日、あたしはアルマ通りのお店、白山羊亭に仕事をしに行ったのよね。
 鳥の羽のようにふわふわとした白銀の髪を持ち、小鳥のような愛らしい金の瞳を持つミルカ。彼女は酒場などで歌姫として報酬をもらっている。そのため、白山羊亭に行くのもいつもの事だった。
 ──仕事をしに、来たのよねえ‥‥。
 なのだ、が。今日は歌を歌うどころではなく、人の輪の外にいながら話を聞いたミルカは溜め息のように息を吐いた。
 ──ルディアちゃんって、確か十八じゃなかったかしら?
 あたしより一つ年上だった筈である。そして傍らにいる少女──リース・エルーシアも千獣もあたし達とはそう離れた年齢には見えない。だのにこの会話は何だろう?
「二人ともっ‥‥ありがとう!」
 ダメだ。
 天然が三人集まっても天然な結論にしかならない。
 隣で酒を煽っていた男も肩を震わせ笑っている。どうやら多くの野次馬とは違い、話を聞いて無さそうにしていながら、しっかりばっちり耳に入れていたらしい。
 ──その男と、目が合った。
「あの三人、完っ全に好意からくるプレゼントだと勘違いしてるな」
 ニヤリと笑う男は彼女達の会話を心底楽しんでいる。
「誰か、止めてやる奴が必要じゃないか?」
 なぁ?
 愉快そうに細められた目がミルカを射抜いた。
 ──放っといたら、どうなる事か気付いてんだろ?
「ねえねえ、それってちょーっと、あやしいと思わない?」
 気付いたら、あたしはもうその三人組に声をかけていた。

「あやしい? の?」
 ミルカの注意に、純粋な青い瞳で訊ねてきたのはリース。千獣も表情が全く動いていないが、若干不思議そうだ。ルディアに至っては
「貰うとダメなの?」
 直球で訊いてきた。
「ううん、貰うのは全然いいの。だって、たくさんのプレゼントは女として魅力的だってゆう証拠、でしょう? けれどね、何事も貰いすぎってゆうのは良くないと思うのよう」
 何だって、タダより高いものは無い、っていうもの。
 やんわりと諭そうとするミルカに、リースとルディアは顔を見合わせ、千獣はやっぱり無表情で首を傾げた。
 ──もう一押し。
「大体こーゆーのは下心があるって、相場が決まってるものよう」
「「「‥‥した、ごころ?」」」
 三人がハモった。ミルカの言葉も流石に途切れる。
「「「「‥‥‥‥‥‥‥‥」」」」
 野次馬含め、四人の会話も途絶え、珍しく白山羊亭が沈黙に包まれる。
 ──ええと。下心の説明ってどうすればいいのかしらあ?
 笑顔で苦悩するミルカを助けたのは、先ほどカウンター席で笑っていた男、であった。

「ま、送る理由は様々ってな。ルディア、カードには何て書いてあった?」
 えっ?
 ルディアだけでなく全員が振り返ったそこには、トゥルース・トゥースがでかい体躯で野次馬をかき分け、近づいていた。
「ええーと‥‥?」
「このお嬢さんが疑ってんのはストーカーだろう。ストーカーってのは、恋愛感情を一方的に募らせ付きまとう行為だ。そのカードに書かれている文面は、そういった類なのか?」
 トゥルースの言葉に、ようやくルディアはそのプレゼントの奇妙さに気付いてくれたらしい。

●リボンの送り主を捕まえろ!
「まずはストーカー捕獲の為に張り込みだな」
 納得したお嬢さん達お前に、トゥースがルディアから預かったカードに目を通す。
「ルディア、このカードやそのリボンが贈られた、もしくは置かれた時間は分かるか?」
「えぇーっと‥‥?」
「大体でいい」
 さくさく打合せを始める二人に、寡黙な千獣はこれからの行動に思いを馳せる。
 乱暴はしたくない。ルディアが好きでそんな贈り物をしたというなら、何でこんな形で贈りつけたのか、それが訊きたい。ルディアの為にも。
「じゃあやっぱりお客さんの一人で、しかも常連なのねえ」
 ミルカがぐるりと店内を見回す。俺じゃねぇと言いたげに首や手を振る者ばかりだが、この中にルディアのストーカーが居るかもしれないのだ。
 ──ルディアに怪我や逆恨みを負わせるわけにはいかない。後腐れのないよう説得し、木箱に溢れかえっているリボンのほとんどを返却をさせなければ。
「ま、相手が誰かわからんから張り込みが中心になっちまうな。とりあえず俺はもう店を出る」
「そうねえ」
 察しのいい二人がさりげに店を出る事にした。もちろん、この会話もよほど身を乗り出さない限り、聞こえないようにして。
「‥‥大、丈夫‥‥?」
 いつもニコニコしているリースが黙っているのを見て、千獣が声を掛けた。他のメンバーもこちらを見る。
「うんっ、大丈夫!」
 にこぱ、と人好きのする笑顔の花が咲いた。
「もらいっぱなしじゃ悪いだろうし、会ってちゃんとお礼も言わなくちゃだよね!」
 ──えっ?
 トゥースが巨体が一時静止し、ミルカが笑顔のまま固まった。千獣がことんと首を傾ける。
「わかった、あたし、アルマ通りにいる人達に、それらしい人を見なかったか聞いてみるね!」
「えっ、あの」
「行こっ、みるく!」
 ぱたぱたぱた、ぱた、ぱたん‥‥。
 小柄な体が元気に駆けていく後ろ姿を見送った面々は。
「お礼、言うの‥‥?」
 ミルカの言葉に皆首を傾げるばかりであった。

 その日、何もなかったのはただ単にストーカー男の都合だったのか、はたまた様子を伺ったのか。
 ずっと物陰に潜んでいたトゥースとミルカ(念の為、千獣には店内で客の振りをさせている)は無事ルディアが帰宅したのを見送り、そっと吐息した。
 ──危険度は通常の冒険より低いとは言える。けれど逆上させればそうとは限らなくなってしまうのだ。
「それにしても」
 ミルカに皆まで言わせず、トゥースは頷いた。
「リース嬢は大丈夫かねぇ‥‥?」
 ルディアにつく為、三人は個人行動を取って情報収集しているリースの事まで把握していない。ただあの相手の悪意を1ミリたりとも疑っていないのは不安を抱かせるには十分で。
「厄介な依頼だぜ」
「本当に」
 ルディア達年頃の少女達が無意識に周りに気苦労をかけるのは、天然ゆえか、純粋ゆえか。

「あっふ」
 ミルカが可愛らしい欠伸をしたのを見て、開店を待っている千獣が『大丈夫か』という意味で見つめる。
「張り込みを続ける事になると、お仕事出来ないから困るのよねえ」
 おっとり笑うミルカの脳裏には元気いっぱい手を振って情報収集に駆け出したリースが常にある。どうせならこの辺りで訊き込みをしてくれれば良いのに‥‥。
「──おい」
 その緊張感のない声に、おっとりとミルカはトゥースに反応を返す。
「大丈夫よう、さすがにストーカーを前にして眠ったりなんか」
「そうじゃなくてだな。‥‥お前さん、『アレ』何だと思う‥‥?」
 泰然自若としている大男が、目を見開き唖然と指差した方向には、
「‥‥リー、ス?」
 千獣が口にしたように、心配の種となっていた少女がいた。
「何やってんだありゃあ?」
「さあ‥‥絡んでる、のかしらあ?」
 ひょろ長い青年にじゃれるように腕を取ったり、みるくをけしかけたり、ここまで笑い声が聞こえてくる。反して男は明らかに狼狽し、解放されたがっていた。
「ナンパか?」
「ええっ、やるわねえ」
 ほのほのほのと会話する中に、感情の抜け落ちた言葉が落ちた。
「‥‥捕獲、した‥‥?」
「「────は?」」
 そもそもこんな物陰にいたのは、全てはストーカー捕獲大作戦の為である。それが、何故情報収集係に先を越されているのだろう?
「何でだ?」
「天然だけれど抜け目なし、ってとこかしらあ?」
 だからそういう会話をしてる場合なのか、このシーンで。

●今日の説教部屋
「えへへっ、ロンディさんとこの奥さんに話したらね、あたしが皆に言っといてやるよーってお願いしてくれたみたいでね、アルマ通りの奥さん達がミドリ君を紹介してくれたの!」
 早く見つかったって良かったよねぇ? と笑顔全開のリースに捕まっているのは、ロンディの奥様が井戸端会議でバラした事によって正体がバレたストーカー君であった。
 奥さま方の情報網は一国家の諜報機関に相当すると聞く。恐ろしい、リース除く全員が思った。
「ほらリース君、どうせならルディアに直接渡そうっ!!」
「あー‥‥例のカードと同じもの、だな」
 さっと手製のカードを奪ったトゥースに上から見下ろされ、細い青年が青ざめる。
「ほらほらー、照れないでっ! ねっ? ルディアも待ってるよ!」
「えっ?」
 俄かに嬉しそうな顔になってしまった青年に釘を刺すべく、ミルカが『貰い過ぎた分の返却にね?』と言い募る。
「えっ‥‥」
「‥‥どうして、こんな、贈り方、した、の‥‥?」
 傷つけるつもりはないが、リースが傍にいるので一応腕を掴んで訊いてみる。千獣の無表情に、ストーカー男が口ごもった。
「‥‥ルディアが喜ぶから」
「あの木箱いっぱいの贈り物? それはちょっと迷惑ねえ?」
 にっこり笑うミルカ。
 穏やかに見えて案外容赦ねぇな、とトゥースが苦笑する。
「まぁ、な。愛情ってのは一方通行じゃねぇ。相手にも気持ちがある。押せばいいってもんじゃねぇんだ」
 相手が拒むなら、引け。
 トゥースの台詞に、手元のリボンを大事そうに抱え込む。自分の気持ちを守るように。
 誰からも目を逸らそうとする青年に、ダメ、と千獣が首を振った。
「人を、好きに、なる、ことは‥‥悪い、ことじゃ、ない‥‥でも‥‥気持ちを、押し付ける、ばかりで……通じる、わけじゃ、ない‥‥」
 やはり嫌そうな顔をする青年に、上手く伝わらない、ともどかしくなる。
「ちゃんと、ルディアの、ルディアの、気持ちと、向き合って、みた‥‥? ちゃんと、向き、あって……気持ち、確かめよう‥‥?」
 懸命に言葉を紡ぐ千獣に、全員が黙る。リースが気遣わしげに腕を引いた。
 ──彼の、ルディアを好きな気持ちは本当だと思うから。傷つけるようなものじゃないって思うから。
「白山羊亭、行こう?」
 引きずられていた腕を乱暴に振り払う。自分の感情がよってたかって間違ってると言われた気分だった。
 オイコラ、と乱暴な仕草を叱ろうとしたトゥースより先に、
「‥‥もし‥‥それ、でも‥‥押し付ける、ばかり、なら‥‥」
 その、ときは‥‥私は、あなたの、敵に、なる。
 千獣が無表情の目に確固たる決意を宿し、腕を強く掴んだ。

●ストーカーさん、ありがとう
「ええーっ!?? ミドリ君がくれてたの!? 何でぇ!?」
 ミルカがルディアの天然っぷりに笑う。
 店内に引きずって来られたストーカーを確認したルディアは、大層驚いたのだ。常連だよ? と。
「あの、その‥‥」
「へぇー、これ全部くれてたんだぁ。ね、どうしてカードに名前なかったの?」
「!?」
「何で?」
 ──何で、とくるか?
 トゥースが絶句している青年の後ろ姿に同情を禁じえない。男として辛い天然パワー。時々女が小悪魔に見える瞬間だ。
「やだなぁルディア、ミドリ君ルディアの事がもがふがっ!?」
「うふふふ、リースったら。とりあえずリボンの贈り主は分かったし、今後は黙って店に放置したりルディアの行く先々でカードを置いてみたり帰宅を待ち構えたりとかしちゃダメよう?」
 リースの口を封じるミルカ。やばい男を意識させるよりいっそスルーさせた方が良しと判断した。
「ふがもがーっ!?」
 何で何でー!? と暴れる天然少女2を見つめ、ミルカとトゥースは煩悶する。
 リースも、こんな危険な貢物に騙されなければいいのだが。

「このリボン特にお気に入りなの♪ ありがとー♪」
「っ!!(///)」
 無邪気に微笑まれ、真っ赤に顔を染めて『どういたしまして』とどもりながら言う青年を確認し。
 ──‥‥良かっ、た‥‥ルディア、も、嬉し、そう‥‥彼、も、もうこんな、事‥‥しない、よね‥‥?
 それは分からないが、天然パワーの前にストーカー男が撃沈する方が、どちらかと言えば早いかもしれない。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 3457 / ミルカ / 女性 / 17 / 歌姫/吟遊詩人

 1125 / リース・エルーシア / 女性 / 17 / 言霊師

 3087 / 千獣(せんじゅ) / 17(実年齢999歳) / 異界職

 3255 / トゥルース・トゥース / 38(実年齢999歳) / 異界職

 NPC / ルディア・カナーズ / 女性 / 18 / ウェイトレス


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■         ライター通信          ■
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ミルカさま、ご依頼ありがとうございました!
こちらの都合でお届けがすっかり遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。シナリオが少しでもお気に召して頂けると良いのですが‥‥。

ちなみに今回、『ルディアとリボンと●●』の章は、各PCさま視点で書かせて頂いております。
シーンの進め方は、リースさま→千獣さま→ミルカさま→トゥースさまな感じです。ですがどこからでも読めるかと。

白いおっとりした雰囲気でありながら、ところどころに効くスパイス。素敵です(笑)
NPC初め天然なメンバーの中で、上手く危険から引き離す事が出来たのは、ミルカさまとトゥースさまがいらっしゃったからですね。誰も怪我しなくて良かった!
そしてストーカーへの釘刺し、ナイスです。放置しておくとまた同じ事が引き起こされたかもしれません。今後も白山羊亭で歌のお仕事をされる時、ぜひルディアやストーカー男に一言、辛口スパイスをお願いします。

今後もOMCにて頑張って参りますので、ご縁がありましたら、またぜひよろしくお願いしますね。
ご依頼ありがとうございました。

※二箇所一人称が間違えておりました(汗)ご指摘ありがとうございますm(__)m

OMCライター・べるがーより