<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『シシュウ草を探して〜魔女の罠/刃の先〜(後編)』

 ダラン・ローデスの右手が、岩陰に転がる銃型神機に伸びる。
 多分、いや間違いなく、ダランのターゲットは自分だ。
 虎王丸は直感的にそう感じ、身を翻した。
 体は鉛のように重いが、動けないほどではない。
 ダランが震えているのは演技だ。
 状況は把握できていないが、どうもダランは操られているらしい。
 ダランが銃を構えるより早く、虎王丸はその開けた空間から来た道へと飛び出したのだった。

**********

 飛び出して僅か数秒。虎王丸の体が自由になる。
「あーあー」
 声も普通に出るようだ。
 呼吸を整え、剣を投げ捨てる。
 ここで燻っていても、いい案が浮かぶとは思えない。
 取り敢えず、戦意がないことを示して、あとは凪に従おうと虎王丸は考える。
「にしても……っ」
 ダランの行動に関しては訳が分からんのでまあいいとして、ファムルが楽々と突破した道如きに手間取っていることが、無性に腹立たしい。
 ファムルの嘘だったのか? それとも、ファムルには楽に進める理由があったのか?
 診療所に戻って聞く余裕はない。凪達が気がかりだ。
 虎王丸は、踵を返し、再び罠の空間へと走った。

 さほど離れはしなかったため、外していた時間は僅か数分だろう。
 狭まっている通路をくぐった虎王丸が、目にした光景は……ダランが、凪の首を絞める様子だった。
 剣は捨てたが、懐刀は持っている。虎王丸は瞬時に動いた。
「ダラン、てめぇ!」
 放った短刀が、顔を上げたダランの頬を掠める。
「凪を傷つけた俺を許さないとかのたまってたくせに、おめーは何してんだよ!」
 ダランの気が逸れたその瞬間に、凪はダランの手から逃れていた。
 軽く咳き込んでいるが、無事なようだ。
「虎、王丸。これはこの場所に仕掛けられた洗脳の罠だ。ダランを連れてここから出ろ!」
「了解!」
「うわああああっ」
 ダランが突如叫びだし、素早く凪の後ろに隠れる。
 駆け寄ろうとした虎王丸の体に、再び異変が起きる。
 重い。まるで大岩を抱えているような負担を感じる。そして、喉は絞められているかのような圧迫感があり、声が出せない。
「そんな事いって、アイツは俺を斬るつもりなんだ! 虎王丸を近付けたらダメだ!!」
 ダランが叫ぶ。
 反論しようにも、声が出せない。
「ダラン、とにかくここから出よう。見ろ、虎王丸は武器を持っていない」
「嫌だー! 武器を持っていなくても、俺のことくらい簡単に捻り殺せるんだ、あいつは! ここが一番安全なんだ! 虎王丸を追い出してよ、凪ー!!」
(嘘だ。分かるだろ、凪!)
 虎王丸は、声は出せずとも口を開いて、凪に伝えようとする。
 凪が、目で頷いたように見えた。
「俺を信じてよ、凪! さっきのも凪を攻撃したんじゃないんだ。少し眠っててもらって、その間に自分で全て終わらせようと」
「信じるよ、ダラン。……それがお前の本当の言葉なら」
 言った後、凪は肘鉄でダランの腹部を突いた。
 ダランが声も出さず崩れ落ちる。途端、虎王丸の体が軽くなった。
「虎王丸、早くダランを!」
 言われるまでもなく、虎王丸は動いていた。
 ダランの華奢な体を掴み上げると、来た道に向かい投げ飛ばした。
「超特急で出口にご案内〜ってな」
「馬鹿、手荒すぎだ」
 一番早くて確実な方法だったが、ダランの身を案じる凪は気に入らなかったようだ。
 よろめく凪を腕を掴み、立ち上がらせる。
 互いの目が合った。
 大丈夫、凪は正気だ。
 自分も、正気だ。この場所では多少高揚するが、特に洗脳を受けたりはしていない。……はず。
 考えるのは苦手なので、凪を支えつつあの大馬鹿ダランの元に行くことにした。
「傷だらけじゃないか」
 倒れたダランの姿を見ると、凪は虎王丸から離れ、即座にダランの側に跪いた。
「投げる前と大して変わんねーよ」
 怪我はしているが、無事なようだ。
 虎王丸は薄暗い回りを見回し、自分の剣を見つける。
「俺が気を失ってる間、何があったんだ?」
 凪の問いに、剣に伸ばした手が止まる。
「それはだな……」
 あの時の状況判断は、自分が正しかったと思う。
 ただ、あの時の状況をこの状況下で上手く説明できる気がしなかった。
「いや、そんな事より、早く採るもの採って帰ろうぜ。説明はあとあと!」
「そうだな」
 意外にあっさり言った凪の顔は、蒼白であった。相当疲れているらしい。
「で、どうすれば、罠にかからずにすむんだ? てゆーか、俺はずっと正気だったぜ」
 一瞬たりとも、意識を乗っ取られた覚えはない。あの空間でのことは、鮮明に思い出せ、全ての行動は自分の意思だったと断言できる。
 ただ少しだけ、あの空間では心が高揚するような、血が騒ぐ感覚を受けていたのは事実だ。
「魔力……霊的な力か」
 凪は呟くように、話しだす。
「あの場所に入った途端、俺の中の霊力や精神力に類するエネルギーが侵食され変換されそうになったんだ。抵抗しているうちに、何か別の思念が入り込んでくるような感覚もあって……」
「……なんだかよくわかんねーけど……つまり、自分の力が自分のものじゃなくなっちまうとかそんなカンジかよ?」
「まあ、そんなところか」
 体から引き剥がすかのように、エネルギーを放出させたのは、そのせいか。
「んじゃ、奥の部屋には俺1人で行ってくるぜ! それなら、万が一洗脳されても、傷つける相手がいねぇしな」
 罠の空間の先に、扉のようなものが存在していた。多分そこが目的地だろう。
「そうだな……。侵食は一気に行われはしない。急いで駆け抜ければ虎王丸なら、大丈夫だろう」
 虎王丸は剣を構えて目的の場所の方へと向ける。淡い光は扉までは届かないが、数秒でたどり着ける距離のはずだ。
「あ、虎王丸……」
 踏み込もうとした瞬間、凪に呼び止められる。
「分かってるって! 草以外にも色々役立ちそうなもの、山ほど持ってくるからよ!」
 笑みを残し、虎王丸は罠の空間へと飛び込んだ。

 扉まではすんなりたどり着けた。途中、凪の銃型神機を拾う余裕もあったくらいだ。
 扉の先は、部屋になっていた。
 高い天井はガラス張りになっており、光が入り込んでいる。
 部屋の隅々に雑草と思われる草が生えているが、多分その大半は薬草なのだろう。
 シシュウ草のイラストは見てはいたが、どれがその草なのか判断がつかない。とりあえず、もてるだけ持つことにする。
「いやまて、それよか、宝の方だ大事だろ。次に来たヤツが全部持っていっちまうかもしれねぇし」
 ……というわけで、草は程々にし、部屋にあるものを持てるだけ積み込むことにした。

 復路は往路の2倍くらい時間がかかった。
 ありとあらゆるものを持ち出した為、自分の体重以上の荷物を担ぐ羽目になった。
 しかし、虎王丸としては、今日は散々な目にあったので、これくらいの収穫がなきゃ納得できないのだ。
 根性でファムルの家まで持ち込むと、ファムルの許可を得て診療所の外に倉庫を作ることにした。
「よくこんなに持ち出したものだ。あの狭い空間、どうやって通ったんだ?」
「通らないなら、空間を広げればいいだけだ……というか、お前こそ、どうやって扉の前の罠を通過したんだよ? ま、俺には当然効かなかったけどよ」
 癪に障るので、罠に苦戦したことは黙っておく。
「あの罠は魔道に長けていなければ効かんだろ。たとえ干渉されても、本人を主体とするらしいから、本人が知り得る行動しかできん……とか聞いたな」
「聞いたって誰にだよ? そうだ! 魔女はどこだ? 奥の部屋には誰もいなかったぜ!」
 魔女に会えるかと期待して入ったのだが、人の姿はなく、生活感もなかった。
「あそこは、魔女が栽培と倉庫に使っていた場所でな。10年程前はあの近辺で暮していたみたいだが、今もその辺りに住んでいるかどうかはわからんな」
「10年前って……その魔女っていくつだ?」
「確か300は超えてるって言っていたが、正確な年は知らん」
「300ぅ!?」
 夢破れて虎王丸はガクリと肩を落とした。
「ああそうそう、あの魔女は自分と同じ『魔女』を作り出すことが趣味でな。そのためにパーツを集めているらしい」
「パーツ?」
「ああ。そのお陰で若かりし頃、絶世の美男子だった私も付き纏われてなぁ」
 昔を懐かしむような遠い目をするファムル。
 ファムルが絶世の美男子だったかどかはさておき、魔女を作り出すという言葉には興味が湧く。
「なんでお前が付き纏われるんだよ」
「私の目が気に入ったらしいんだ。瞳の色と形だな。美しい肉体のパーツを集めて、最高の魔女を作り出したいんだそうな」
「肉体って……目、とられちまうってことか!?」
「いや、取られはしない。失明はするかもしれんがな。魔術で読取るだけらしいんだが、魔術を受けた者が不随になったりするケースは多々あったようだ。その魔術は魔法を知らん人物には掛けられないらしくてな。結局魔女は私の目を奪うことはできんかったというわけだ」
「ふーん。なんか意外な過去もってんだな、おまえ」
「他にも色々あるぞ。聞きたいか、私の武勇伝」
「いや興味なーし。それよか、倉庫だ倉庫!」
 虎王丸は廃材担ぎ上げ、倉庫作りに取り掛かることにする。
 ダランと凪は到着するなり、二人仲良く眠ってしまった。少しすれば、凪は回復するだろう。
 しかし、ファムルの話からすると、あの部屋でダランから受けたと思われる力は、ダラン自身が行なえることだということになる。
 喉を締め上げたり、肉体に負荷を負わせたり。
 虎王丸はダランの成長が嬉しくもあり、腹立たしくもあった。

 目を覚ました凪が調べたところ、虎王丸が持ち込んだアイテムの中に、マジックアイテムが3つほどあったようだ。腕輪と派手なバンダナに、ベルト。効果はわからない。
 使ってみたくもあるが、罠が仕掛けていないとはいいきれない。
 ただ、先ほどのファムルの話によれば、同類の魔女の魔術ならば虎王丸が使う分には、万が一仕掛けが施されていても大して影響がなさそうだ。
「よーし、完成!」
 廃材で作ったにしては、上出来な倉庫だ。
「それじゃ、凪! メシ行くぞ!!」
 診療所には大した食材はなく、戻ってからパンを軽く摘まんだだけであった。
 とにかく空腹で気が狂いそうだ。
「虎王丸、まだ解ってないことが……」
「いいから、メシだメシ!」
 凪を引っ張って、外へと出る。
 月が美しい光を放っている。
 しかし月は食えないので、今はそんなことはどうでもいい。
 とにかく、肉が食いたい。コースか? いや、バイキングの方が――。
 虎王丸の頭の中は、もはや食べ物のことでいっぱいであった。

※本日の成果
シシュウ草/3株(およそ1回分)
サクサ草/1株
トナル草/3株
マジックアイテム/3種類
家具
雑貨
その他
薬の使用/なし

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】

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■         ライター通信          ■
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診療所に倉庫が出来ました!
倉庫の中の物品は虎王丸さんと凪さんに所有権があります。お越しの際にはご自由に出し入れしてください。薬草はダランの手からファムルに渡っていますが、シシュウ草以外は所有権を主張することができます。
虎王丸さんが罠の空間での出来事や、帰還後のファムルとの会話をどの程度凪さんにお話したのかは、PL様の判断に委ねさせていただきます。
ご参加ありがとうございました。