<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


やさしい子守唄

 それは彼女の癖だった。歌いながらぼんやりと散歩をすること。
 ――そんなことをしていたら、迷子になっても仕方がない。
 そんなわけで。
 今日も今日とて迷子になっていたルイミー・アクロスは、街はずれの倉庫郡にやってきてしまった。
「あら嫌だ……」
 歌うのをやめて、ルイミーは頬に手を当てた。
「どこかしら、ここ……」
 見渡す限り倉庫しかない。道はいくつもあって、どれを選択すれば街の中央に戻れるのか分からない。
 と、そんな時。
「あのー」
 背後から声をかけられて、ルイミーはぼんやりと振り向いた。
「……はい? わたくしですか?」
「はい、そうです!」
 目の前にいたのは、くせのある赤毛の少年だった。少し残るそばかすがよく似合う。
 その少年が、目の前で瞳をきらきらさせてルイミーを見ている。
「……あの、何か?」
「さっきから聞こえていた歌、あなたが歌ってらっしゃったんじゃないですか?」
「ええ、そうですけれど……」
「うわー!」
 少年は飛び上がりそうなほどに嬉しそうな顔をした。
「すっげ! 聞き惚れてたんスよ! よかったらもう一度聴きたいなーとか思って!」
「まあ」
 ルイミーは微笑んだ。「それなら簡単なことですわ」
 俺はルガートといいます、と少年は言った。
「俺はあそこの三番倉庫の管理人です。実は友人が倉庫の地下室に住んでまして……」
「倉庫の地下室に……?」
「全然外に出ようとしないんスよ。よかったら地下室にいらして、友人にも聴かせて頂けませんか?」
 ルイミーは快諾した。
 ルガートの瞳に悪意は見られなかったから。

 ルガートの管理しているという、存外整えられた倉庫の壁にかけられた大きなタペストリ。それをめくると、扉があった。
 開くと、目の前には階段。その階段を下りると、ルイミーは即座に咳をした。
 信じられないくらい埃っぽい。上の階と違ってまったく掃除されていないらしい。
「おいフィグ! 起きろ!」
 ルガートが、ガラクタの山に向かって怒鳴っている。しかし、ガラクタの山は何の反応も示さない。
「おーきーろー!」
 赤毛の少年は声を張り上げる。それでもガラクタの山は反応なし。
 肩を怒らせたルガートは、「こうなったら……」とルイミーの方を見た。
「歌ってください、ルイミーさん!」
「え……?」
「いつもと違う音ならヤツも起きるかもしれない! ここで歌ってください!」
「はあ……」
 理屈はよく分からなかったが、ルイミーは従った。
 狭くて埃っぽい、ガラクタがつまったような部屋にルイミーの美しい声が響く。それは異質なようでもあり、また馴染むようでもあり、なんとも不思議な世界を創り出した。
 ……かたり。
 ガラクタの山が動いた。
 ルガートが顔を輝かせた。ルイミーは歌に夢中になって気がつかなかったが――
「何だよ……何の歌だ……?」
 もそもそと誰かが起き上がる気配――
 やがてその人物が上半身を起こした時、さすがに気づいてルイミーは歌をとめた。
 驚いた。ガラクタの山の中から、少年が起きだしていた。黒い髪の、そして――
 遠くからでもよく分かる、射すくめるような黒い瞳の――
 寝起きらしいその双眸は少し怒ったように細められ、友人らしきルガートをにらんだ。
「今度は誰を呼んで来た、ルガート」
「見れば分かるだろ。綺麗な歌い手さん〜」
「……クオレの客じゃあないんだな」
 なら寝る、と言って黒い瞳の少年はまたガラクタの山に突っ込んだ。
「ま、待て待て待てーーーー!」
 ルガートが慌てて掘り出しに行く。
「くおれ……?」
 聞き慣れない言葉に、ルイミーは首をかしげた。
 ルガートが黒い瞳の少年の腕を引っ張りながら、こちらを向いて慌てたように笑った。
「あ、いや、あの。こいつ、『クオレ細工師』って呼ばれてて。クオレってのは、他人の記憶を覗いてその記憶から造り出すもので――」
「わざわざ説明する必要ないだろ……俺にやる気がないんだから……」
 ガラクタの山の中からぶつぶつと声がする。
 しかし、ルイミーは興味を持った。
「それでしたらわたくしの記憶を読みとってくださいな」
 少し挑戦的に言ってみる。でもやっぱり微笑みながら。
 ガラクタが、動いた。
 黒い瞳が、戻ってきた。
 先ほどのように機嫌は悪そうなまま――今はどこかルイミーを値踏みしているような色も見える。
 そして、
「……いいでしょう」
 少年は、フィグという名の少年は、初めて立ち上がった。

 ルガートが椅子を持ってくる。ルイミーはそこに座らされた。
 目を閉じて。
 思いの外優しい、フィグの声がする。
 自然と瞼が下りた。ふわり。髪に、少年の手が触れる。
 そして、
 視界は暗転――

     ***********

「お前たちはこの祠を護るんだよ。大切な大切な『護り人』だ」
 そう言って、双子の姉とともに放り出されたのは何歳の時だったか――
 まだ子供だったルイミーはぼんやりと、親たちが戻ってくるのを待っていたが、なぜだか姉が激しく怒っていた。
 姉が怒っている理由が分からず、ルイミーは尋ねたのを覚えている。そして、訊き返した。
 ――イケニエって、なに?
 そんなルイミーでも、夜が来て朝が来て、また夜が来て朝が来て、誰も自分と姉を迎えに来ないことに気づいた。
 ――お前たちはこの祠を護るんだよ。
 ようやくその言葉が頭にのぼってくる。祠。そこは、フェニックスの祠と呼ばれる場所。
「……お姉さま、この祠を……護らなきゃ」
 姉はまだ怒っていて聞く耳を持たなかったが、ルイミーはその祠を護ることに意義をみいだしていた。
 なぜなら奥に――
 祠の奥に、誰かが眠っていたから。

 ルイミーは祠の奥にいる気配のために、歌い続けた。祠の奥の誰かは、とても寂しそうな気配を送ってきていたから。
 歌った。来る日も来る日も歌った。
 洞窟に反響するルイミーの声は華やかに散って、透明なガラスのように繊細に空気に吸い込まれていく。
 姉にうるさいと怒鳴られても、ルイミーは歌い続けた。
 そして。
 ――奥にいた誰かは姿を現し、人間、ましてやルイミーたちのような有翼人ではなかったそれは微笑んで、ルイミーに寄り添った。
 もっと近くで歌を聴いてくれるの?
 ルイミーは嬉しかった。もう、その『奥にいた寂しそうな誰か』はかけらもいない。
 自分の隣で、自分の友達として、歌を聴いてくれると言った。
 寂しそうなんかじゃなかった。ルイミーには姉がいたが、きっとこの新しい友人には今まで誰もいなかったに違いない。
 けれど、これからは自分がいる。
 ずっとずっと自分がいる……

 毎日毎日その祠にいると、姉と自分の羽に変化が現れた。
 色が――変わってきたのだ。
 灼熱のような色に。
「……ここは、フェニックスの祠……」
 ルイミーはつぶやいた。これはフェニックスの加護だと、体が知っていた。
 と、同時期に――
 姉の叫び声が聞こえた。
 奥で歌っていたルイミーは何事かと外に出ようとした。姉の声は、それを制止していたが――
 構わず、外に出た。
 そして、目を大きく見開いた。
 一面の炎――
「フェニックスの護り人を渡せえ!」
 それは他種族の有翼人の叫び声だった。炎を放ったのはその男だった。
 男は他にも仲間を引き連れていた。今にもフェニックスの祠の入り口に近づこうとしていた。
 それを身をていしてとめていたのは、ルイミーの種族たち。
「護り人は渡せん! 祠を護るのは、我々の使命じゃ!」
 何年も前に自分たちをこの祠に『捨てた』はずの声がした。
 ルイミーの種族は何とか優勢を保っていた。ここはルイミーたちの里だ。優勢で当然――だった、のだ。
 しかし。
「何事……ですか?」
 ルイミーは祠の入り口まで来て、ついつぶやいた。
 はっと、祠の入り口を護っていた仲間が振り向いた。その瞬間、
 その仲間を貫いた敵の矢――

 羽根が、舞った。

「―――!」
 若い有翼人だった。明らかに致命傷と分かる傷を負わされて、それでもルイミーのもとまでふらふらとやってくると、
 その真っ赤に染まった翼に触れて。
「フェニックスの加護を受けたか……良かった」
 そう言って、そのまま滑るように手が落ち、体が地面に崩れ落ちた。
「ま、待って……待って!」
 ルイミーはかがんで、必死でその体を揺さぶった。
 もう応えない骸を揺さぶった。
 姉が後ろから手を引っ張っている。祠の中に戻そうとしている。
「どう、し、て、こんな……!」
 ぼろぼろと。
 涙がこぼれてとまらなかった。
「祠に戻らぬか!」
 叱責されて、ふらふらと立ち上がって。姉に手をひかれるままに、祠の中に戻って。
 戦火の音が消えなかった。
 何人もの悲鳴が聞こえた。
 ルイミーは、耳をふさぐことができなかった。――できるはずがなかった。
 ……ルイミーの新たな友人が奥からそっと現れて、ルイミーの傍に寄り添った。
 ルイミーは歌った。
 哀歌を歌った。
 のどがつぶれそうなほどに歌った。歌って――……

「勝った、よ……」
 祠の外から、声がする。
「もう、大丈夫……フェニックスの護り人よ……」
 疲れきった声だ。
 ルイミーは祠の入り口まで走った。
 そして、
 たくさんの骸を見た。
 自分の種族もたくさんいた。
 自分たちを護るために、彼らは戦った――
 折り重なるようにしてある骸の中の一番下に、ルイミーの声に振り向いてしまった、あの若い青年のものがある。
「ああ……わたくしが外に出さえしなければ……」
 両手で顔を覆った。もう涙も出ない。心が引き絞られすぎて、痛くて痛くて。
 生き残った仲間たちがルイミーの傍にやってくる。
 若い娘もいた。傷ついた体で、それでもルイミーに優しい声をかけた。
「笑って。それが一番素敵なんだから」
「―――」
 ルイミーは顔を上げた。
 目の前には、誇らしげに笑う仲間たちの顔があった。
 ――笑って。
 ――あなたのせいだとかそうじゃないとか、そういうことは問題じゃない。
 ――笑って。
 ――皆が見たいのは、ただそれだけだから。
 ねえ。
 皆で、笑おう。
 死んでしまった者たちのためにも。
「――……っ」
 ルイミーは笑えなかった。代わりに歌を歌った。軽快な歌。無理やりに明るく。
 明るく、明るく、そして明るく歌っているうちにようやく頬が緩んできて、
 緩むと同時に涙が出た。
 ルイミーは泣き笑いの顔で、歌い続けた。
 泣き笑いの顔で、歌い続けた――

     **********

 ――目を開けて。
 優しい少年の声に促され、ゆっくりとルイミーは目を開いた。
 薄暗い、埃っぽいガラクタ置き場が目に入る。それが不思議と安心感をもたらして。
 ふと――
 きらきらと、どこからか輝きがこぼれているのが視界の隅に入った。
「………?」
 ルイミーは顔を上げた。
 それは、黒い瞳の少年の、握った両拳からこぼれる輝きだった。
「クオレ。生まれました」
 フィグはゆっくりと手を開く。
 片手ずつ――

 右手には、ルイミーの元の羽の色たる空色の羽根。
 左手には、薄紫の羽根。

「こっちの薄紫は……」
 フィグが目を細める。ルイミーはその先を制するように首を振った。
 二枚の羽根を見つめる。なんと、懐かしい色だろう。それがこんなにも輝きをこぼしているなんて。
 フィグが二枚の羽根の端を持ち、ひらりひらりと空中を舞わせる。空色と薄紫色がまざった光が空中に絵を描き出しては消えた。
「本当はこの、生まれたクオレを細工するのが俺の仕事なんですが」
 どうしますか? 少年は視線で問いかけてくる。
「……そのまま頂きますわ」
 ルイミーはそっと微笑んだ。
「それはわたくしにとって大切な記憶ですから」
 誰にも触られたくない。誰にも傷つけられたくない。
 私の……心。
 フィグは何も言わずに、二枚の羽根をルイミーの手に握らせた。
 光が、自分の手からこぼれた。
 ルイミーの目元がほころんだ。
「……お礼を、しなくては……なりませんね」
 少年の顔をまっすぐ見ると、少年は面倒くさそうに手を振った。
「要りませんよ。俺は眠いんです」
「……そうですの」
「だから子守唄でも歌っていってください。早く寝付けそうだ」
「―――」
 ルイミーはくすっと笑った。そして早々とガラクタの山にもぐりこもうとしている少年に捧げるために。
 最上の子守唄を歌った。
 ルイミーは思う。この歌こそ……
 あの時。祠の前での戦火が止んだあの時に、死んだ仲間たちの前で歌うべき歌だったのだろうと……
 それはやさしい子守唄。
 眠る子たちを楽園へと誘う、暖かな子守唄……


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3385/ルイミー・アクロス/女性/16歳(実年齢18歳)/超常魔導師】

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■         ライター通信          ■
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ルイミー・アクロス様
お久しぶりです、こんにちは。笠城夢斗です。
今回もゲームノベルへのご参加ありがとうございました!納品が大っ変に遅れて、本当に申し訳ございません。
ゲームノベルの規定のために一部表現できなかった部分もございますが、その分を埋めるために頑張ってみました。いかがでしたでしょうか。
また、お会いできますよう。ルイミー様の幸福を願って。