<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『シシュウ草を探して〜降ってきた声〜(後編)』

 依頼だから、ではなく。
 ティナにはダランを見捨てることが出来なかった。
 1人で帰るという選択肢は彼女の心に浮かばなかった。
 上を見上げて。
 強い瞳で見上げて、彼女は一歩足を踏み出した。
 激痛に耐え、腕を石段につけて這うように上る。
 聴覚と嗅覚に意識を集中する。
 血の臭いは……多分、人間のものではない。そのことに気付き、少しだけ安堵する。
「ダラン、何があった? 一旦戻って!」
 声を張り上げるが、反応はない。
 しかし、何か音が聞こえる。
 ダランの声ではない。
 動物の唸り声?
 ティナは両腕に力を込め、階段を這い上がるのだった。

 地下道から顔を出したティナの目に、広い草原が映った。
 普段の彼女なら、駆け回りたい衝動に駆られていただろう。
 しかし、今はダランのことが気がかりであった。
 探す必要もなく、臭いと音でティナにはダランのいる方向が分かった。
 草原の一角。背の高い木々に覆われた先に、負傷した鹿の姿がある。
「大人しくしてろって、外してやるからっ」
 ティナと同じ種類の罠にかかったようだ。
 暴れる鹿に時折蹴られながら、ダランが罠を外そうとしていた。
 一先ず無事なようだ。
 しかし、ティナは気付いていた。
 ダランの背後の木陰から……狼のような獣が獲物を狙っていることに。
「ダラ……」
 声を上げようとして迷う。
 ダランをこちらに走らせたのなら、ダランが今救おうとしている鹿は獣の餌食となるだろう。
 それは自然の摂理ではあるけれど、自分達には心がある。
 彼が救おうとしている生き物を、ティナも守りたかった。
 その時、野獣が一斉に姿を現した。その数、4匹。
 獣の唸り声にダランが振り返る。
「あっ、く、来るな! こ、こっちに来るなよっ」
 声を上げながら、木の枝を振り回し追い払おうとするダラン。
「ダラン!」
 痛みは消えたわけではないけれど、それよりも踏み出した勢いの方が強かった。
 ティナは一気に駆け、ダランの前に飛び出した。
「ティナーっ」
 ティナは鋭い目で野獣を威嚇する。
「ダラン、罠外さない。今自由になったら、獣に食われる」
「わ、わかった。来るな、来るなよー。こ、こう見えても俺は未来の大魔道士なんだぞー。お前等なんて、一瞬で消滅させることだってできるんだ! ……将来は」
 獣が人語を理解できたとしても、全く威嚇にもならない言葉をわめきながら、ダランは棒を振り回している。
「その棒、布巻いて火つける!」
「う、うううん」
 言われた通り、ダランは棒に上着を巻きつけた。
 魔法で火をつけようとしているが、なかなか成功しない。
「ダメだー。つかない、つけられねーよ」
「落ち着いて!」
 道中のように、ダランの手を握ってあげる。
 唸り声を上げていた獣が大地を蹴った。
 2人と鹿めがけて飛び掛ってくる!
 最初に飛び掛ってきた獣の顔面を、ティナは鋭い爪で裂いた。
 次々に獣は襲いかかってくる。対処しきれない――。
「うわあーーーっ!」
 ダランが気が狂ったように、棒を振り回す。
 その先には、火が点されていた。
 獣達は一斉に唸りながら後退りを始める。
「うー、がうぅう!!」
 ティナは大きな唸り声を上げ、牙をむき出しにし、獣の顔面を裂いた爪を振り回して見せた。
「ギャウン」
 最初に飛び掛った野獣が退散する。それが合図であったかのように、全ての獣がその場から姿を消したのだった。 
「ティナー」
 ダランが棒を投げ出し、ティナに抱きついてくる。
「ダラン、火消して」
「うわっ、消し方わかんねーっ」
 慌ててティナが土をかけて消す。
 半泣き状態で自分に抱きついている少年は、男としてはとても情けないのだけれど……出会ったときより好きになっていた。
「ティナ、大丈夫?」
「変わりない」
 ティナの足に巻いていた包帯は、真っ赤に染まっている。
「ごめん」
「大丈夫、それより、鹿助ける」
 頷いて、ダランは鹿の罠に手をかけるが、やはり彼1人の力では無理なようだ。
 見かねて、ティナも手伝う。
 鹿は大人しくなっていた。助けようとしていることを、分かってくれたようだ。
「せーの!」
 ダランと力をあわせ、鹿の足を挟む金属を引っ張る。
 主にティナの力で、罠は外れた。
 解放された鹿は、手当てする間もなく、片足を引き摺りながら走り去っていく。
「あの鹿、俺に驚いて逃げようとして罠に掛かったんだ。……俺、やっぱり1人じゃ何もできない。役に立たない」
「そんなことない」
 もっと沢山のことを伝えたかったが、ティナは自分の気持ちを上手く伝えるほど、人の言葉を知らなかった。
 だから落ち込むダランに、もう一度同じ言葉を言った。
「そんなことないから」
 そして、手を伸ばす。
「1人じゃ、帰れない。肩、貸して?」
「うん。いや、おぶるよ、俺!」
「それは無理、だと思う」
「だ、だよな……ごめん」
「ごめんじゃない」
 ティナはダランの肩に手を回した。
「肩、ありがと」
 ティナの言葉に、ダランは俯きながら首を縦に振ったのだった。

 周辺でそれらしい草をいくつか摘んでいたダランは、それ以上の探索を望まなかった。
 ティナを労わりながら、階段を一歩一歩下りて、帰路につく。
 ティナの指示で、出口付近を草や土で簡単にカモフラージュしたため、怪物が下りてくることはなかった。
 二人は互いを気遣いながらゆっくりと歩いた。
 行きは休憩ばかり望んだダランだが、帰りは一切弱音をはかなかった。
 地下道を出、地上に戻ってすぐ、ティナはダランが呼んできた人々に担がれ、治療院で手厚い治療を受けた。
 運んでくれた人も、治療をしてくれた人も……ダランも優しい。
 冷たい人もいるけれど、優しい人も沢山いる。
 手当てされた足は、動かさなければ痛みを感じない。
「ティナ、俺さ……」
 ティナの足を見ながら、ダランが神妙な顔つきで言った。
「覚えようとしてたのって、攻撃系魔法ばかりなんだ。でも、回復系もとっても大事だって最近思うんだ。1人じゃない時は攻撃より回復が大切なんじゃないかって」
「ティナにはわからない。それ、自分で答えみつけること」
「そだな! 次にティナと出かける時にはもっと役に立つからよー。そしたら、ずっとくっついていような♪」
 最後の言葉がなかったら、可愛いんだけれどな、この少年。
 そんな風に思いながら、ティナは微笑んだ。

 後日、ティナはファムルが調合した回復薬と傷薬をダランから受け取った。
 その薬は今まで使ったことがないほど、効果が高く、ティナの怪我は僅か数日で完治した。
 薬について訊ねると、地下道の先の草原で摘んだ草の中に、珍しいサクサ草という薬草も混じっていたとのことだった。その貴重な薬草を使って薬を調合したらしい。
 自然に生える薬草ではないため、何者かが栽培していた薬草が繁殖したらしいのだが……。
 そういえば、道中遭遇した生き物も、草原に現れた狼のような獣も、不自然に変態していたように思える。
「また機会があったら、あの草原もっと探索してみたいな!」
 ダランの言葉に、こくりと頷くティナ。
 その時は、二人一緒とは限らないけれど……。
 別々に行ったとしても、多分、共にあの日のことを思い出すだろう。

※今回の成果
シシュウ草/3株(およそ1回分)
サクサ草/1株(調合、使用済)
雑草/少々
薬の使用/1回

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2447 / ティナ / 女性 / 16歳 / 無職】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
前後編のご発注ありがとうございました!
ティナさんの優しさと勇気が2人の無事と成長に繋がったと思います。
また機会がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。