<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


闇の森
  ―闇を飛ぶ鳥―

□Opening
 見慣れた小屋に、足を踏み入れる。
 小さな小屋の内側は、扉扉扉、扉がずらりと並んでいた。それもまた、見慣れた光景。
 その真ん中で、ウサギのような耳と尻尾を持った番人、ラビ・ナ・トットがにこりと微笑んだ。
「こんにちは、いらっしゃい」
「こんにちは」
 山本建一は、見知った彼に、笑顔で挨拶を返す。その装備は、普段と変わらない。
「えっと、この扉の先へ進みますか?」
 トットの問いに、頷く。
 それは、新しく開かれた扉。その先には、闇の森が広がると言う。
「気をつけください。闇は深く、時に人を飲み込みます」
 トットの声は、真剣だ。
 何故なら、彼もこの先に広がる闇の森を知らない。知らないことはそれだけで恐ろしい。
 それでも、建一は、優しい微笑をトットに返した。光があれば闇もある。必要以上に怖がる事は無い。
 それでも、ちょっぴり心配そうなトットを残し、建一は扉へ足を踏み入れた。

□01
 片方の目を瞑り、闇に備える。
 背後で、扉の閉じられる気配がした。ざわざわと、木の揺れる音。けれど、その全容を見る事はできなかった。
 生ぬるい風が肌にまとわりつく。かろうじて、伸ばした手のひらがぼんやりと見える。闇の中と言うのは、伊達ではないと言うことか。背後には、もう、扉は見えない。
 建一は、慣れたように懐からコンパスを取り出し、方向を確認した。
 東に向く。
 辺りは既に、闇の森。
 うっすらと、浮かび上がる木の影を頼りに道を見る。どうやら、細い道がずっとまっずぐに伸びているようだ。しゃがんで、地面を確認する。草の無い砂利の小道、歩くのに支障は無いだろう。
 辺りに、気配は感じられない。
 建一は、迷わず、まっすぐに歩き出した。

□02
 しばらくは、穏やかな道が続いた。時折そよぐ風で、道の端にはずっと木が生い茂っていることがうかがえる。しかし、視界は悪い。光が全く無いと言うわけではなかったが、とにかく、ぼんやりと自分の周りがかろうじて見える程度だ。
 それまで徒歩で進んでいた建一の足が、ぴたりと止まった。
 気配が、する。
 ふっと小さく息を吐き出し、慎重に気配を探る。
 ばさりと大きな音がして、辺りが闇に包まれた。闇に覆いかぶさる闇。途端に、ほんのりと見えていた光も無くなり、何も無くなる。ただ、激しい風が吹き荒れ、建一の衣服がばたばたと激しい音を立てた。ずがんという地響き。揺れる地にバランスを取る。前方に、何か大きな物が着地したと、感じた。
 建一は、ゆっくりと瞑っていたほうの目を開く。
 ばさり、と、また風を起こす音が聞こえた。
 瞑っていた片方の目のおかげで、素早く闇に瞳が追いつく。視界が悪い事に変わりは無い。いや、正確には、視界が闇にさえぎられていた。
 ばさり、と、更に風を巻き上げる音。
 建一の目の前に現れたのは、巨大な鳥だった。全身に、燃え上がる炎のような闇を纏った鳥。ばさりと羽根を広げるたび、闇が辺りを覆う。鳥は、建一と距離をとり、その場で何度も羽ばたく真似事を繰り返す。
 無駄な戦闘は避けたいが、鳥はその場から動こうとはしなかった。それどころか、羽ばたきは激しさを増し、闇は広がっていく。
 はっきりとした敵意は感じないのだが、どんよりた負の気配が辺りを包んだ。
 それは、建一を対象にしたものではなかったのかもしれない。そう、もっと広く、鈍く、鳥から広がる闇は、森を侵食して行く。
 ざわざわと、木がざわめく。
 それから、はらはらと、木の葉が舞った。
 それは、おかしい。今までこの道を歩いてきて、木の葉が舞った事など一度もなかった。何故、今木の葉が舞う? 建一は、注意深く闇の行く先を見た。
 闇が、木を覆う。木の葉がはらはらと舞い落ちる。かさかさと、枯れた音が、かすかに聞こえた。それは、闇に包まれて、生気を吸われて行くようだった。そう、鳥を覆う炎のような闇。
「……、放って置くわけには、いきませんか」
 建一は、なお闇の風を起こし続ける鳥と向かい合った。

□03
 一歩、踏み込む。
 途端に、鳥は奇声をあげて、空へ飛び上がった。その風圧に押しつぶされぬよう、腰を落とし、しかし鳥をしっかりと見据える。ある程度上昇した鳥は、その場で留まるように羽根を広げた。その場で身体を静止するには不自然なポーズ。飛んでいると言うよりも、宙に浮いていると言ったほうが正しいのかもしれない。鳥は、自身を覆う闇の力で浮力を得ているようだった。
 鳥は、次には勢い良く羽根をばたつかせた。
「……、土の壁をっ」
 びゅんと、切り裂くような、風の刃。
 降って来るそれを、建一は、土の魔法で相殺させる。
 消えた刃は、それで良い。土の壁からこぼれた刃は、容赦なく地面をえぐった。遅れて、風の刃の道筋から、闇の波動が届く。それは、建一の周りを包み込み、覆い隠す。
「光よっ」
 寸でのところを、ライトの魔法で対応する。
 光は、闇を消し去り、一時静寂が戻った。
「キエエエェェエェェ」
 だが、それも一瞬。
 鳥は、大きく戦慄き、また羽根を広げた。
 ざっと、地面を蹴り距離を取る。今度は、相手が動く前に魔法を繰り出す。建一は、ライトの魔法で光をいくつも出現させ、狙いを定めた。勿論、他の魔物がこの光に引き寄せられるリスクは承知の上だ。
「行けっ」
 短い掛け声に呼応して、光は飛んだ。
 一つ一つが、弾けながら闇を解かしていく。鳥の纏う炎のような闇の勢いが、削げる。鳥は、ぐらりとバランスを崩し、片方から落下をはじめた。急いで羽根を羽ばたかせ、地面すれすれのところを旋回する。鳥は、建一のすぐ隣を通り越し、空に帰って行った。すれ違いざまに、感じたのは散漫な敵意。どこかぼんやりとしたそれは、決して建一を狙っているわけではないのに、敵意だと思う。
 鳥は、一度上空を回ってから、地面に降り立った。
 再び、建一の目の前に立つ鳥。
 ばさりと羽根を羽ばたかせたが、闇の炎に勢は無く、ぽたりぽたりと地面に落ちて行った。
 闇が、地面に落ちていく。
 その光景は、どこか自然ではなかった。建一は、鳥との距離を保ちながら、改めて鳥を見る。その身に纏う炎のような闇。それは、確実に、触れる物を腐敗させていくものだと思う。現に、木の葉は舞い、地面は更にどす黒く変化して行く。ただ、鳥自体はどうだろうか。闇の力で浮き上がり攻撃してきた。けれど、はっきりとした明確な敵意が見えない。
「もしかして、その闇が……?」
 建一は、その結論と同時に、ライトの魔法を収束しはじめた。
 輝く光を束ね、狙いを定める。
「……、行きます」
 そして、光を送り出す。激しさも、速さも無い、ゆっくりと大きな光が鳥を飲み込もうとしていた。
 鳥は羽根を羽ばたかせる。しかし、その場を動こうともしなかった。必死に抵抗している様子は伺える。何に対して、抵抗しているのか。建一の考えが正しければ、それは、――。
「ケェェェェェ」
 一つ、大きく、鳥が鳴いた。
 鳥が纏っていた闇が動く。闇は光を嫌い、鳥の後ろへと集まっていく。
「そこっ」
 一閃。
 ゆっくりと鳥へ向かっていた光が、建一の掛け声を合図に素早く鋭く闇に突き刺さる。
 一瞬、大きく光り、それから光が闇を解かした。
 ひゅうと風が吹き抜ける。
 光も無い、闇も無い。その場に、静寂だけが残った。

□04
「え? 乗って良いんですか?」
 建一の問いに、鳥は大きく頭を垂れた。
 闇は、鳥に憑いていた。鳥が闇を纏っていたのではない。闇の呪縛から解き放たれた鳥は、建一に甘えるように擦り寄ってきた。そして、自らの背中を差し出したのだ。
 建一は、微笑んで、一度鳥の背を撫でた。
「ケェ」
 鳥は、心地良さそうに、鳴き声を上げる。
 ふわりと、地面を蹴る。鳥の背は、思った以上に大きく、安心して乗る事ができた。
 建一が、背で安定した事を確認し、鳥が羽ばたきはじめた。ふわりと、巨体が浮く。
 ばさりばさりと、羽ばたく音がこだました。けれど、その風は、何も切り裂くことは無かった。何を傷つける事も無い。ただ優しく飛び立つ。
 建一は、目を細め、流れる景色を見ていた。
 やはり視界は悪い。ぼんやりと浮かび上がるように、森が見える。生い茂った木の間を、鳥は器用に飛んだ。頬に当たる木の葉は、瑞々しくほんの少し冷たい。
 やがて、鳥は少しだけ上昇して、森の上を旋回した。
「ああ、これは……」
 建一は、感嘆の声を上げる。
 ばさりと、鳥の羽根が聞こえるたび、それに答えるように一羽二羽と小鳥が集まってきた。建一を乗せた巨大な鳥は、集まってきた小鳥を先導するように、ゆっくりと優雅に空を舞う。その後ろから横から、小鳥達が楽しそうに飛び交った。あるものは建一の肩に乗り、あるものは建一と並んで遊んだ。
 この空は、やはり薄暗く、建一の知る青空とは全く違っていた。
 その中で、全ての鳥達の導となるように、迷わず巨大な鳥は飛ぶ。鳥達は、巨大な鳥の羽音を目印に、空を遊ぶ。確かな信頼を、建一は見た。
 闇の空をおそれずに飛ぶ鳥。それが、闇に囚われていた。この鳥を自分は救うことができたのだろうか。
 もう一度、優しく鳥の背を撫でる。
「ケェ」
 建一の自問に答えるように、鳥が一つ大きく鳴いた。

□Ending
 着地したのは、丁度冒険を開始した地点だった。
 鳥は、正確に建一を運んでくれた。
「ありがとうございました」
 そう言い、微笑む建一に、鳥が身を寄せる。優しく背を撫でてやると、気持ち良さそうに、鳥は鳴いた。
 それから、鳥は飛び立つ。
 ばさり、と、聞きなれた鳥の羽根音。
 顔にかかった髪を払うと、鳥は既に手の届かない空に戻って行った。建一に見せるように、何度か上空を旋回する。すると、鳥の羽根音に誘われて、小鳥達がまた空で遊ぶ。闇の中に浮かび上がる、鳥達の影。
 建一は、目を細めてその光景を瞳に焼き付けていた。

 ▼山本建一は闇に囚われた鳥を助けた!
<End>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0929 / 山本建一 / 男 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】

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■         ライター通信          
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□山本建一様
 こんにちは、いつもご参加有難うございます。
 闇の中の冒険、お疲れ様でした。光あれば闇有、なるほど、そうだなーと思いながら書かせていただきました。山本様の物語は、いつも優しくてどこか力強い感じがします。
 発見した物につきましては、後日Interstice of dimension内にも追加致しますので、ご確認下さい。
 少しでもお楽しみ頂けたら幸いです。
 では、また機会がありましたらよろしくお願いします。