<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『薬草探索〜湖での葛藤〜』

 体の中で
 何かが渦を巻いている
 これを何と表現すればいいのか
 わからない
 普段、考えもしなかったこと
 別段、気にもしなかったこと

 自分より小柄な二人が
 前を歩いている

 自分より力の無い二人が
 笑いあっている

 何も考えなければ
 普段通りに
 自分は彼等の中にはいり
 共に笑うのだろう

 何を考えているわけではない
 普段通り何も変わってはいない
 ただ、体の中で何かが渦を巻いているだけで
 自分は何も変わってはいない
 自分はずっと、何も――

*******

「凪に教わった物を浮かせたりする力。その力の応用について、今学んでるんだ!」
 太陽の光のような髪をした少年が、瞳を輝かせながら語っていた。
「あと、ええっと……そう、精霊魔法なんだけどな。普通は自分の属性の精霊と契約することで力が発揮できるらしいんだけれど、俺の場合、自分の属性がよくわかんねーんだ。そもそも、精霊って存在が俺にはまだよくわかんねーから、今は無理矢理力を借りて精霊魔法を発動させてるみたいで、一応、地、水、火、風の最低ランクの魔法がつかえるような、使えないようなってところ」
「使えるようなって、どの程度だ?」
 虎王丸の相棒、蒼柳・凪がダラン・ローデスに訊ねる。
 最近、凪はこのダランという少年に随分と目をかけている。
 虎王丸自身も、ダランに興味がないこともないのだが、あまりそれを認めたくはない気分である。
「うーん、蝋燭に火をつけたり……くらいはできる。時間かければ。あと、草をちょこっと揺らしたりとか」
 半年以上魔法を学んでいて、初歩の初歩の初歩である火を点けるという魔法、しかも、蝋燭につけるだけで、時間がかかるのか!? とか、草を揺らしたのは、地の植物系の魔法なのか風の魔法なのか、とゆーか、偶然揺れただけだろとかとか突っ込みどころが多すぎだ。
「ひとつの系統に絞って学べばもっと効率いいんだろうけどな。でも、属性がわからないんじゃな……」
 虎王丸の内心と違い、凪の返答は冷静だった。
「わからねぇんじゃなくて、無いんじゃねーのか?」
 笑いながら言うと、ダランは目を吊り上げて、虎王丸を見上げた。
「なにおー! じゃ、虎王丸は……」
 言い返そうとしたダランだが、虎王丸の剣を見て口噤む。
 地、水、火、風の分類ならば、虎王丸は火だ。
「ぐっ……精霊魔術師の中で、火は戦士系なんだよなっ。魔法戦士になれる属性だ。俺も火がよかった」
 口を尖らせながら恨めしそうに見上げるダランのその様が、なんだか小憎らしく感じた。
「どう考えても、おまえは火じゃねぇよ。ああ、風でもなさそうだよな、風が吹いたら転んじまいそーなほど、貧弱だし。薬草の種類も覚えられないその頭じゃ、地や水とも考え難いよな。つまり、無いんだろ、やっぱ」
「うっ……」
 結構気にしていたらしく、ダランは唸ったまま、黙り込んでしまった。
「この辺りでは、魔術といえば精霊魔術が一般的なようだけれど、霊力を操る術はそれだけじゃないだろ? ダランの場合、まずは体内の力を上手く発動する術を学ぶのが先だろうな」
 すぐに、凪のフォローが入る。
「そうそう、薬にばっか頼ろーとしてっから、成長しねぇんだよ」
「わかってるよー。でも、薬使わねぇと、俺の力なんの効力にもなんねぇし」
 呟くような言葉は、虎王丸の耳に届いていた。
 今はまだ、そんな小さな力だけれど。
 虎王丸は知っている。
 凪の力を吸収したダランが、発した力を。
 魔法のことは、よくわからないが、その精霊の力とやらを、ダランが自分の力として使うことができるようになったら、どれだけの効力を発揮することができるのか――。
「おっ、湖が見えてきた〜!」
 今回の目的地は、レイル湖である。
 湖が見えるなり、ダランは駆け出した。
 レイル湖は観光地にもなっている場所であり、危険も殆どないと思われる。
「今回は手分けして探そう」
「そうだな」
 凪の言葉に頷いて、周囲を見回まわす。
「じゃ、俺はあっち行くぜ」
 凪と別れ、虎王丸は1人、人道から外れ林の中へと入っていくのだった。

 数分ほど歩いたところで気付いた。
「しまった、俺、薬草図鑑もってねぇじゃん」
 薬草図鑑はダランが持っている。虎王丸も軽く目を通しはしたが、何も記憶に残っていない。
 もとより薬草の種類を記憶するような作業は好きではないのだが、更に今、虎王丸は物事に集中できずにいる。
 それでもこれまでの経験から、幾つかの薬草は判別できるし、わからなきゃ、とりあえず全部持って帰ればいいだけのことだ。自分にはそれだけの体力がある。
 それは自分の特質であり、戦闘に於いても深く考えずとも、パワーで押し切れることが多々ありはした。
 しかし……。
 それでいいのかと。
 最近、思うようになった。
 きっかけはやはり、あの時。

 自分の喉に手を当てて、軽く締めてみる。
 あの時の感触と違う。
 直接、声帯を締め付けることなど、自分にはできない。
 そんな方法、知りもしなければ、知りたいとも思わない。
 種族得能の白焔には、破邪以外にも能力があるようだが、訓練する気は今はない。
 しかし、それでいいのかと。
 ダランを見ていて、凪を見ていて思うようになった。
 道理もよくわからないのだが、凪は舞術師として、精霊力を操り、様々な効果を及ぼすことができる。また、自らの精神力を糧とした力を放出する武具の扱いにも長けている。更には格闘技にも精通している。戦略は凪に任せっきりだが、不意打ちであっても彼は柔軟に対応できる身体能力を持っている。
 つまり、多才だ。武術ひとつとれば、負ける気はしないが、その他については勝負にすらならない。
 ダランには、体力がない。虎王丸からして、全く相手にならないガキだったのだが、先日の地下道探索を終えて彼への見方が変わった。
 今の段階では、恐れるに足らない相手ではあるが、彼の魔術に対しての向上心は認めざるを得ない。薬に頼り気味だが、薬で補わなくても使えるだけの力や手段が彼に備わったら……それだけで……。
(俺よりも強くなっちまったら……)
 ぐっと懐に手を当てる。
 実は、二人に言わずに持ち出したものがある。
 ベルトと、バンダナと腕輪――魔女の部屋で見つけたマジックアイテムだ。
 ベルトは診療所を出る際に巻いてきたのだが、その効果はわかるようなわからないような……意外と体にしっくりくる。大人の男性用サイズであり、ダランや凪には大きいだろう。
 腕輪も嵌めてみようと思ったのだが、これはサイズが合わなかった。第一虎王丸には似合わない。細い繊細な装飾が施された銀の腕輪だ。無理矢理嵌めることも出来るのだろうが、外れなくなった際の言い訳も思い浮かばない。
 腕輪は諦めてバンダナを取り出す。
 斑模様の派手なバンダナだ。
「頭に巻きゃーいいのか?」
 特に警戒もせず、虎王丸はバンダナを頭に巻いた。
「…………」
 特に変化は感じない。
「ベルトもそうだが、やっぱ魔力とかを理解してねぇと使いこなせねーってことか」
 ため息を一つついて、バンダナに手をかけた。
 このアイテムをもし、ダランが使いこなしたら、ホントに俺より強くなるなんてことも……。
 そんな思いが頭を過ぎった途端、ダランに敗北する自分の姿が頭の中を駆け巡った。ダランが放った炎が自分の力を上回り、迫り来る。交わす術を脳が必死に探し、いくつもの映像が次から次へと脳裏に浮かび上がる。
 それはまるで、走馬灯のようだった。
 激しい不快感を覚え、虎王丸はバンダナを毟りとるように外した。
「うげっ」
 吐き気まで催す。
 一つの考えについて、想像が駆け巡り、あらゆる対処法が浮かび上がる。
 単純に考えれば、頭の回転が早くなるってところか?
 熟考を得意としない虎王丸には、合わないアイテムのようだ。
「こんなモンしてたら、戦闘時かえって動きが鈍くなりそうだぜ。凪の舞術も、頭の回転が早くなれば早く発動するってわけじゃねぇだろうし、特に使い道はねぇかもな」
 あるとすれば、ファムルにつけさせて、新薬の開発をバンバンさせるってのもいいかもしれない。
 ああ、資金がないからダメか。
 そんなことを考えながら、虎王丸は薬草採取に着手することにする。
 シシュウ草らしき草と、普段採取している治療に使える薬草くらいしかわからないのだが、ダランに負けたくはないので、そこらじゅうの草を毟ることにする。
 1人で作業をしていると、再び先ほどの考えが脳裏を巡る。
 理由のわからない重い感情が、虎王丸の体の中を渦巻いている。
「あああ、なんなんだよ、くそっ!」
 思わず、木に拳を叩きつけた。
 そして、もう一方の手で首の鎖に手をかける。
「この鎖さえ、なければ……」
 両手で鎖を引っ張ろうとして気付く。
 木を叩いた拳が、めり込んでしまっている。
「そんなに強く叩いたか?」
 力任せに拳を引き抜く。と、今度は勢いあまって、よろめいてしまう。
 なんだか、腹の辺りに暖かみを感じる……。
「へぇ、そういうことか」
 腹を探った手が、ベルトに触れた。
 このベルトは恐らく力を倍増するベルトだ。
 ヒットの瞬間、効力を発揮するのだろう。
「って、危ねぇ危ねぇ」
 虎王丸は冷や汗の出る思いだった。
 もし、道中意識せず普段の調子でダランをどついていたのなら、彼の背骨を砕いてしまっていたかもしれない。
「アイツは貧弱だからな」
 そう。
 今はまだ、アイツは弱い。
 足手まといにしかならない。
 だけれど、時折見せる真直ぐなダランの目が、虎王丸を不安にさせていた。
 彼の魔術への意気込みが本物だということを、感じてしまっているから。

 もう一度。
 虎王丸は首の鎖に触れた。
 力で壊しても意味の無い鎖。
 体の一部のように、ここに在るというのに、それは酷く冷たかった。

**********

 背負った籠は勿論、布袋にも沢山薬草を詰め込んで、虎王丸は二人と合流をした。
 ダランは何故か濡れていたが、籠には十分に草が積んであり、そこそこの収穫があったようだ。
「なんだおまえ、湖に落ちたのか? こんな観光用に整備された場所でも落ちるなんて、相変わらずガキ以下だよなぁ」
「整備されてない場所で落ちたんだー! 冒険者もあんまり入ってない場所まで1人で行ったんだぜ! お陰で大収穫〜」
「どうせ、雑草ばかりだろ」
「虎王丸だって、選別なんてしてないくせにっ!」
「けど、お前の三倍は採ったから、三倍以上の収穫のはずだぜ!」
「そんなの調べてみなきゃわかんないだろー! よぉぉし! ここに広げて選別しようぜっ!」
「望むところだ!」
「コラコラ二人共! 選別できないから、量でカバーしたんだろ? こんなところで広げてどうする。ほら、帰るぞ!」
 そう言う凪は、あまり草を摘んでいないようだ。多分、必要な薬草だけ採取したのだろう。
 力任せに、大雑把に――。
 それだけでいいのか、俺は。
「凪、待って〜、俺も帰るってば」
 凪に駆け寄るダランの後ろ姿は、やっぱり貧弱な子供だった。

 今は、まだ。


※本日の虎王丸の成果
シシュウ草/3株
ナック草/5株
雑草/大量

※マジックアイテム効果
斑模様のバンダナ/脳を活性化させるようだ
青年のベルト/瞬発力が上がるようだ
繊美なブレスレット/不明

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 魔術師見習い】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】

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■         ライター通信          ■
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レイル湖編への発注、ありがとうございました。
虎王丸さんが、どんな答えを見つけ、この先どのような行動をされるのか、楽しみに見守らせていただきます。
またどうぞ、よろしくお願いいたします。