<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『薬草探索〜湖での思考〜』

 春は突然のように訪れて、気付けば宙を舞う柔らかな綿が、冷たい結晶から淡色の花びらに変わっていた。
 そんな麗らかな春を感じる日。蒼柳・凪は虎王丸と共に、ダラン・ローデスの探索に付き合っていた。
「凪に教わった物を浮かせたりする力。その力の応用について、今学んでるんだ!」
 習練の進み具合について問うと、目を輝かせながらダラン・ローデスは語り始めた。
「あと、ええっと……そう、精霊魔法なんだけどな。普通は自分の属性の精霊と契約することで力が発揮できるらしいんだけれど、俺の場合、自分の属性がよくわかんねーんだ。そもそも、精霊って存在が俺にはまだよくわかんねーから、今は無理矢理力を借りて精霊魔法を発動させてるみたいで、一応、地、水、火、風の最低ランクの魔法がつかえるような、使えないようなってところ」
「使えるようなって、どの程度だ?」
「うーん、蝋燭に火をつけたり……くらいはできる。時間かければ。あと、草をちょこっと揺らしたりとか」
 どうやら、ダランは全く違う系統の魔術を平行して学んでいるようだ。
「ひとつの系統に絞って学べばもっと効率いいんだろうけどな。でも、属性がわからないんじゃな……」
「わからねぇんじゃなくて、無いんじゃねーのか?」
 背後から、虎王丸の嘲るような声が飛ぶ。
「なにおー! じゃ、虎王丸は……」
 振り向いてすぐさま噛み付くダランだが、虎王丸の剣を目にすると言葉を止めた。
 虎王丸の属性は行動を共にすれば一目瞭然だ。彼の炎の剣はダランも何度も目にしている。
「ぐっ……精霊魔術師の中で、火は戦士系なんだよなっ。魔法戦士になれる属性だ。俺も火がよかった」
 この世界で、火を属性とする焔法師は、魔法戦士として活躍する者が多いらしい。しかし、ダランには近距離武道の才能はないように思える。
「どう考えても、おまえは火じゃねぇよ。ああ、風でもなさそうだよな、風が吹いたら転んじまいそーなほど、貧弱だし。薬草の種類も覚えられないその頭じゃ、地や水とも考え難いよな。つまり、無いんだろ、やっぱ」
「うっ……」
 虎王丸のからかい文句に、ダランは黙り込んでしまう。
 ダランには何が向いているのだろう。
 凪は軽く思考をめぐらすが、すぐには思いつかない。
「この辺りでは、魔術といえば精霊魔術が一般的なようだけれど、霊力を操る術はそれだけじゃないだろ? ダランの場合、まずは体内の力を上手く発動する術を学ぶのが先だろうな」
「そうそう、薬にばっか頼ろーとしてっから、成長しねぇんだよ」
「わかってるよー。でも、薬使わねぇと、俺の力なんの効力にもなんねぇし」
 近頃、ダランは役に立つことに、躍起になっているようだ。
「おっ、湖が見えてきた〜!」
 こうして3人で出かけるのは何度目になるだろう。
 湖が見えた途端、ダランが駆け出す。
 その様子は、最初の頃と変わっていない。
 だけれど彼は、心構えも能力も、確実に成長しているのだ。
 ただ、自分達とはまだ能力に差がある為、自分の役割を見出せないのだろう。
「今回は手分けして探そう」
 凪は虎王丸にそう言った。
 今回の探索地、レイル湖は観光地にもなっている場所だ。
 人里も近く、危険は殆どないだろう。
「そうだな。じゃ、俺はあっち行くぜ」
 虎王丸は観光場所から少し離れた林の中を探すらしい。
 凪は、とりあえずダランの後を追うことにした。

**********

 ダランがファムルから預かった図鑑は、子供用のものであり、薬草ごとの詳しい解説までは載っていなかった。
 毒草と分類されている草であっても、恐らく錬金術的には、なんらかの薬を作り出せそうなのだが、今回は「からだにいい薬草」と分類されている薬草を採取することにした。
 図鑑にはシシュウ草も載っていない。店で扱っていないような草は、ファムル曰く、高度な技術を持つ錬金術師しか使用しないらしい。そういえば、シシュウ草は市販されておらず、採取しようとする冒険者もいない。
「この辺だと、水辺に生えてる薬草とかありそうだよな〜」
「ダランは湖付近を探してみるか? 俺は……そうだな、あっちの岩場の草を見てみる」
「わかった! それじゃ、夕方に合流しようぜ。よーし、沢山採って、二人をびっくりさせてやるぜっ」
 そう言いながら、ダランは水辺に走っていった。
 ダランの後姿を見送って、彼の位置を確認した後、凪は岩陰辺りを探索することにする。
 戦闘能力を持たない一般人も気軽に入り込める場所である。そのため、めぼしい薬草は全て採られてしまっている。
 シシュウ草は雑草と区別がつきにくいことと、あまり知られていないため、残ってはいるようだが……。
 凪は足下のシシュウ草を引き抜く。見た目では雑草との区別がつきにくくとも、触れた時の霊力の感覚で、雑草とシシュウ草の違いは明白だった。ダランもそれを感じられるようになれば、簡単に採取が出来るようになるだろう。なるほど、シシュウ草採取はダランにとって、結構いい修行になりそうだ。
 岩の隙間には、見たことのある草が生えている。隙間に手を入れて、草を掴んだ……その時、視界の端のダランが勢いよく転倒した。斜面を滑り落ち、体が湖に投げ出される。慌てて駆け寄ろうと、腕を引き抜いた凪だが、岩に思い切り手の甲をぶつけてしまう。
 痛みで冷静になった。痛みを振り払うように手を振りながら、ダランの落ちた方を見る。
 湖畔付近には危険な生き物はいないはずだ。水も冬ほどは冷たくはない。
 つい、助けたくなってしまうが、過保護すぎてもいけないと凪は思いとどまり、ゆっくり腰を上げ、歩いてダランの元に向ったのだった。

「へっくしょん!」
「大丈夫か? 火焚こうか?」
「いや、大丈夫〜。今日は日があるうちに帰る予定だしな! それよか、これ見てー!」
 湖に落ちたダランだが、凪の助けなくして、自分で這い上がり、且つ水面近くに生えていた草を採ることができたらしい。
 図鑑の【水辺に生える草】の頁に載っていた薬草だった。
「ようやく一つゲットだー!」
 子供用図鑑に載っているだけあり、珍しい薬草ではないのだが、だからこそ一般人も入り込むこの場所で入手できたのは運がよかった。
「凄いじゃないか。やったな!」
 ダランに自信をつけさせるために、凪は少し大袈裟に褒めた。
「よぉぉぉーし! 採って採ってとりまくるぜ〜」
 調子に乗って、ダランは付近の雑草を抜きまくる。
「それは殆ど雑草だ。シシュウ草は魔法薬の材料だけあって、掴んだ時の感覚が雑草とは違うんじゃないか?」
「そっかー! ……よーし、わかるまで抜きまくってやるー!」
 軽くアドバイスをすると、更にハイペースで雑草抜きに勤しむダランであった。
 その後も、ダランはしょっちゅう転んでいたが、すぐに立ち上がり作業を続けていた。
 凪は再び先ほどの場所に戻ると、手を伸ばして岩の隙間に生えていた草を引き抜く。
 シリス草。
 大して珍しくもない草だ。
 だけれど、この草には少しの思い出がある。
 あの頃は、彼は今より子供だった。
 微笑しながら、凪は袋の中にシリス草を入れたのだった。
 さっき、湖に落ちる寸前――。
 僅かに、本当に僅かにだが、ダランの体が空中で2、3度止まったように見えた。
 離れていたので、力の流れはわからなかったが、おそらく無意識に魔法を使ったのだろう。
 凪は薬草を探しながら、思考を巡らす。
 魔法をいくつかに分けて考えるのなら、精霊術は自然等周囲の力を利用して発動する術だ。術の種類によっては、多大な威力を発揮することができる。凪が得意とする舞術もこれに類する。
 対して神機の使用は、自身の力の発動だ。虎王丸の炎の剣も、この部類だろう。ダランには神機を何度か貸したが、抵抗なく使いこなし、使用後の精神的疲れも特に見られなかった。精神力は、人並み……もしくは、人並み以上あると思われる。
 更にもう一つ。万物を変化させることで、発揮する魔法というものがある。通常は呪文の詠唱、印を結び念を込めるという精霊術と同じ動作が必要になるのだが、自然の力を使わず、自らの精神力だけで起せる範囲の変化を重ねることでも、なんらかの効果を発揮することができるのだ。例えるのなら折紙、だろうか。一気に複雑な形を完成させることは出来ずとも、一回折ることは念動で可能であり、それを繰り返すことで作品を作り上げる。
 しかし、それには膨大な魔力の他、素早く術を編みこむ脳の処理能力が要求されるため、大抵大した効力を発揮することができないのだが。
 ダランは自分では理解していないと思われるが、周囲の力を利用する術と自身の力の発動に関しては、既に基礎をマスターしている。虎王丸のような種族的魔力が備わっているのなら別だが、ダランの場合小さな火であっても、自然の力を利用しなければ、起せるわけがなく、また凪が教えた舞術の基礎も、効果を発揮することができていた。自身の力の発動に関しては、掛け声だけでスプーンを曲げたところを、見たことがある。精神力が備わっているのに、威力を発揮することができないのは、舞術ならば舞、精霊術ならば呪文や印、そして集中と力の配分に問題があるのだろう。ダランの魔法をそう何度も見たことがあるわけではないので、推測でしかないが、恐らくは針に糸を通すために、糸を1000本繰り出しているような状態なのだろう。
 そしてどうも、属性が不明だということと、“自分が役に立つこと”に固執するあまり、自分の魔力で大きな効力を発揮させる方向に意識が傾いているように思える。つまり、効力を重ね合わせる魔術を、無意識に習練しているようだ。
 いいことなのか、やめた方がいいのか……向いているのか向いていないのか、今の段階では凪にはわからなかった。ただ、そちらの難しい技術に意識が傾いている以上、魔法技能向上には時間がかかりそうではある。
「もしかして、今のダランに有効な薬は、魔力増幅薬じゃなく……」
「凪ー! そろそろ帰ろうぜ〜」
 見上げればダランが大きく手を振っている。
 いつの間にか、日が傾いていた。
「わかったー!」
 手を振って答え、凪は待ち合わせの場所へと戻り始めた。

 虎王丸より先に、彼と別れた場所に着いた。
 ダランは籠を下ろして収穫物を確認しながら、落ち着かないそぶりを見せていた。
「虎王丸が行ったあたりは、あんまし日が当たってないだろうし。今回は俺の勝ちだな!」
「確かに量は多いけど……それ、雑草ばかりだろ?」
「そうだけどさ〜、シシュウ草の探索も何度も経験したし! 今回は絶対俺の勝ちだ!」
「勝負していたわけじゃないし、別に勝ち負けに拘らなくてもいいんじゃないか?」
 凪の言葉に、ダランは首を左右に振った。
「勝ちたい。どんな小さなことでもいいから。俺、まだ虎王丸に何も勝てていないんだ」
 そう言ったダランの眼は真剣だった。
「俺、虎王丸が負けたとこって、見たことないんだ。傷ついたことも見たことがない。炎の剣とか、信じらんないパワーとか……すげぇと思うし。怖いと感じる時もある。鍛えても俺には絶対無理だっていうのがわかる。あのファムルだって、錬金術師としては超一流だって解ってる。それも俺には無理だってことも。俺は何やっても続かないし、なんの特技もない。だから、相手の特技以外は勝ちたい。虎王丸が得意じゃないことでいいから、勝ちたい」
 虎王丸に対抗しているようで、どうやらダランは彼をかなり尊敬しているようだ。
 確かに力の面で、ダランは虎王丸を抜くことはできないだろう。
 だけれど、何も敵わないわけではない。
 既に魔術の面では、虎王丸にない知識を会得しているのだから。
「凪には、頑張っても何も敵わない気がする。でも、勝てなくてもいいと思ってる」
 そう言って、ダランは笑顔を見せた。
 ……それは一体、どういう意味だろう。
 自分はそんなにパーフェクトな人間でない。
「あ、虎王丸! うっ、ちくしょー、俺の2倍くらい抱えてやがる!」
 凪が疑問の声を発する前に、ダランが虎王丸の姿を見つけた。
 虎王丸は背負った籠の他、大きな袋にも大量の草を詰め込み、抱えていた。
「なんだおまえ、湖に落ちたのか? こんな観光用に整備された場所でも落ちるなんて、相変わらずガキ以下だよなぁ」
「整備されてない場所で落ちたんだー! 冒険者もあんまり入ってない場所まで1人で行ったんだぜ! お陰で大収穫〜」
「どうせ、雑草ばかりだろ」
「虎王丸だって、選別なんてしてないくせにっ!」
「けど、お前の三倍は採ったから、三倍以上の収穫のはずだぜ!」
「そんなの、調べてみなきゃ、わかんないだろー! よぉぉし! ここに広げて選別しようぜっ!」
「望むところだ!」
「コラコラ二人共!」
 合流するなり張り合い始めた二人を軽く嗜める。
「選別できないから、量でカバーしたんだろ? こんなところで広げてどうする。ほら、帰るぞ!」
 言って、先に歩き出した。
「凪、待って〜、俺も帰るってば」
 ダランがバタバタと走り寄り、隣に並んだ。
「腹減ったな〜。食べれる草があったら、雑炊にして食おうぜ!」
 それって金持ちの息子の考えじゃないよなぁ。普通の活発な少年らしくなってきたというか、虎王丸に似てきたというか……そんなことを考えながら、凪はダランの言葉に頷いたのだった。


※本日の凪の成果
シシュウ草/5株
シリス草/1株
ミンカ草/1株
その他薬草/5株

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 魔術師見習い】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】

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■         ライター通信          ■
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ご参加ありがとうございます!
薬草の効果につきましては、個室の方に載せておきます。
「その他薬草」は、調合には適さない普通に野山に生えている栄養のある草や、多少の殺菌効果のある草等とお考えください。