<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『魔女の住処へ〜取引〜』

 以前にも、この道を通ったことがある。
 今と同じ、3人で。
 あの時は、少なくとも今より3人の間を漂う空気は軽かったと思う。
「あ、ここの分かれ道だけどさ、真ん中にしようぜ」
 けれども、先頭を歩くこの少年――ダラン・ローデスは、普段と変わらず元気だ。
「魔女の道はさ、確かに魔女が使ってた道なんだろうけれど、あそこを抜けて地上に出るには、天井まで登らなきゃなんないんだろ? 俺無理だし!」
「情けねぇことを、堂々と言うな」
 虎王丸がダランの頭を小突いた。
「ダランはこの道通ったことあるのか?」
「うん! 整備してあって、歩きやすかった。ちゃんとマッピングもしたから迷うこともねーし」
 蒼柳・凪の問いに、ダランは得意気に答えた。
「そうか、なら真ん中の道を行こう」
「よーし、じゃあ俺が先頭だ!」
「威勢よく言いながら、服を掴むな服を」
 虎王丸が自分の服を掴むダランの手をむしり取った。
「へへへっ、虎王丸達が逸れたら困るだろ?」
「言葉が足りねぇな。怪物に襲われたら倒せないから困るんだろ」
「そうともいう」
 そこにはいつも通りの2人の姿がある。
 しかし、凪は気付いていた。
 ダランの元気は空元気でしかないことを。
 ダランは直情的のようで、本心を抑えていることが多い。
 特に、悲しみや落ち込みを笑顔で隠す傾向がある。寂しさはふざけることで紛らわしているように見える。 
 無理をするなと言いたいが、無理なんてしていないと返されるだろう――虎王丸の前では。

 今朝、凪と虎王丸は、突然ダランの父に呼び出された。
 応接室で待つ二人の元に、頼みたいことがあると現れた父ローデスの顔は硬く強張っており、相当深刻な状況であることを物語っていた。
 事実、ダランの父が語った話は、凪には衝撃的だった。
 初めて聞いたダランの母親の話。
 その血を引くダランの寿命の話――。
 その事実を、ダラン本人は知らないという。
 頼まれた魔女の住処探索には、二つ返事でOKをした二人だが、そのダランの出生の秘密を父の口から本人に話すべきだと凪は主張し、虎王丸は凪の意見に賛同したのだった。
 ダランの父親は二人の意見に強く反発し、一生話すつもりはないと突っぱねた。
 そんな頑なな父親の説得は長時間に及んだ。
「何時までも護ってやれる訳ではないし、自分の運命と立ち向かわなくてはいけない時がくる」
 自分達も、父であるローデスも、いつでも、いつまでもダランの保護やサポートができるわけではない。本当のことを知らずして、自分では何もできずに一生を終えることになるとしたら、それこそダランの生涯は細く短いものになりはしないか、と。
 決して折れずに、根気強く凪と虎王丸は説得を続けた。
 その結果――。
 ローデスは、帰宅したダランに母親のことを話して聞かせた。
 ダランの反応は以外とあっさりしたもので、
「俺にも本当にかーちゃんいたんだなー。なんか特殊みたいでカッコいいじゃん俺! 目が翳むのだって、目から光線が出る前兆かもなっ!」
 と、おどけたように言っていた。

 魔女の道に比べ、はるかに歩き易いその道には、時折地上から下りてきたと思われる獣や怪物が現れた。
 しかし、いずれも3人の……いや、ダランを除く二人の敵ではなく、問題なく3人はその通路を通過することができた。
 地上には眩しい光が降り注いでいる。
 穏やかな草原がそこには在った。
 軽く伸びをした後、ダランは持って来た地図を広げる。
「ええっと、今ここにいて、こう山の周りを歩いてだなー」
 ダランはペンで印をつける。こういう作業は、結構得意なようだ。
「この辺りから山の中に入って探すのがいいと思うんだ」
 地図に従い山の周りを歩くと、所々に見かけない草――魔法草と思われる草花を見かける。
 この辺りは既に魔女のテリトリーと考えた方がいいかもしれない。
 ファムルの説明では、魔女のテリトリーは三段階になっているとのことだ。
 まず、魔女が暮していた目の前の山とその付近には、魔女が植えた魔法植物が繁殖し、魔女の魔力が行き渡りやすくなっているらしい。
 続いて、幻術が施されている範囲。そして魔女の屋敷の敷地内だ。敷地内は、魔女の口の中にいるようなものだとファムルは言っていた。つまり、舌で転がすことも、噛み砕くことも、飲み込むことも、魔女の思いのままだと……。
 凪は種族能力の「視界の野」で常に周囲に気を配る。
「おい、あんまり目、擦るなよ。擦ったって見えるようになんねぇよ、ど……」
 目を擦るダランに、どうせ疲れ目だろ、と言いかけた虎王丸は、直前で言葉を飲み込んだ。
 ダランの父親は大袈裟すぎる。
 見たところ健康そのもので、見かけも子供だし、目が翳む以外なんの症状もないとなれば、魔術書の読みすぎか、魔法薬の使いすぎの副作用なんじゃないか?
 そう思ってはいたが、凪に猛反論されそうなので、黙っていた。
「んーん、ちょっと痒かったから擦ってただけ。翳むっていっても、大したことないんだよ。とーちゃんは心配性だからなー。でも一応目薬点しておくか」
 ダランは出発前に錬金術師ファムル・ディートから受け取った目薬を取り出し、両目に点した。
「お、おお!? 良く見える。さっすが薬の調合だけはすげぇよなアイツ。凪の視界の野より見えてるかもしれないぜ〜」
 ダランの笑みに凪は笑顔で答えたつもりだが、少しぎこちなかったかもしれない。
 効いたということは……弱っていたということだから。
 出発前に、ダランは凪の指示でファムルから目薬を含む、魔法薬をいくつか譲り受けた。今回の分は全部ダランの父親が代金を負担するとのことだった。また凪自身も、予備に魔力増強剤を1瓶、以前採取したシシュウ草と引き換えにファムルから買い取った。
 その際に受けた説明では、増強系の魔法薬は体内の力をベースに本来の力を超えて短時間増幅させるものではあるが、回復系の魔法薬には増幅の効果はなく、本来の能力等を回復させるに過ぎないということだ。
 ダランが受け取った目薬は、特殊な回復系の魔法薬である。
「ここから、上り坂だぞ。へばるなよ」
「了解! へばりもしないし、へこたれもしない」
 ……と虎王丸の言葉に答えたものの、緩やかな上り坂に変わって僅か数分後には、ダランの息は上がっていた。
「おーい、魔女の住処見つける前に、日が暮れるぞー!」
 はるか先の方から虎王丸がダランに声をかける。
「わかって、るって……うあっ」
 次の瞬間、足を滑らせ転倒する。
「ったく、魔法の勉強の前に、体力づくりが必要なんじゃねぇの。どこで何しようにも、これじゃ役に立たねーじゃんか」
 ボヤキながら、虎王丸はなかなか立ち上がれないでいるダランのところまで戻る。
「ダラン、大丈夫か?」
 凪が伸ばした手を、ダランが掴んだ。
「凪……あのさ、変なカンジしない……?」
「変な感じ?」
 しなくはない。
 山に篭る霊力がひしひしと感じられる。
 だけれど、これといって、妙な感覚があるわけではない。 
「そっか」
 立ち上がって、ダランは再び歩きだす。
 足下だけを見つめながら、ゆっくりと一歩一歩踏み出しては、よろける。
 疲れているからだけではない。なんだか様子がおかしい。
「少し休もう」
 凪が休憩を提案し、ダランを木陰に座らせた。
「うーん……」
 ダランが顔を覆って下を向く。
「なんか、眼が回る。キモチワルイ。吐きそう……」
「うはっ、なんだよこんな時に。薬の副作用か?」
 虎王丸には、ダランの不調一つ一つが、薬の副作用や根性が足りない所為に思え……一方、凪は発作の可能性を否定できず、心底心配であった。

 結局、ダランは全快しなかったが、特に熱があるわけでもないため、不調のままゆっくりと山道を登っていくことになった。
 時折嘔吐しそうになるダランを連れた状態で、数分程登った時だった。
 現在地よりずっと先に、別荘のような建物が凪の脳裏に映った。陽射しを得るためだろうか、建物を囲むように美しい庭が設けられている。
 人の身長ほどある塀に囲まれているが、一箇所だけ門がある。
 ここに間違いない。
 凪は確信した。
「川かー。渡れそうもないな、迂回するしかねぇか」
 虎王丸が眼下の濁流を見ながら言った。
「いや、川は存在しない」
 凪はより精神を集中させ、足を進める。
「存在しないと信じれば、消えるはずだ」
 先ほどまでこの場所に川は存在しなかった。
 しかし、今は凪にも川が見えている。眼下に意識を集中し、凪は川を脳裏から消しさり、通過した。
「虎王丸とダランも早く」
「なるほど、川の匂いしねぇしな。いくぞ」
「うん」
 ダランは虎王丸に持たれながら、目を瞑って川の見える場所を通過した。
 この幻術のタイプだが、範囲内に入り込んだ者の脳裏に直接映像を映し出すタイプの幻術らしい。
 どうやら、『魔女』はその手の罠が好みらしい。
 凪は感覚を研ぎ澄ませ、虎王丸の手を取り、先頭を行く。
 目に映る景色だけ見ていると、同じ道を戻っているように見えてしまう。
 虎王丸は凪の手と、自身の感を頼りに地を踏みしめた。
 各々神経を研ぎ澄ませながら歩き、ようやく3人は門の前に到着した。
「さて、目的地に到着したわけだが。帰るか?」
 虎王丸がダランに問う。ダランの父の依頼は魔女の住処を見つけ出すことまでで、魔女との交渉は含まれていない。
 ダランは相変わらず気分が優れないようだが、それでも力強く首を左右に振った。
 虎王丸と凪は頷いて、門に向き合う。
 チャイムのようなものは存在しなかった為、虎王丸が力任せに門を叩いた。
 ダランが蒼白なのは、体調不良のせいか……恐怖のせいか。
 近付く足音に気付き、虎王丸は門を叩く拳を止めた。
 門がゆっくりと内側に開かれ、若い女性が姿を現した。

 3人はそれぞれ名を名乗ると、少しの間待たされた後、屋敷内に通された。
 陽射しが差し込む廊下の先……。
 その女は、書斎にいた。
 どこかしら違和感のある黒い髪と瞳。
 纏っているローブの色も黒だ。
 ゆったりとしたローブを纏っていても、その女の豊満な身体つきは一目瞭然だ。
 年は……20代後半に見える。
 女が顔を上げ、こちらを見た。
 美しい。
 そして、鋭利な刃物を思わせる眼であった。
「先ほど、お前の父から手紙が届いた。用件は大体わかっているが……お前の口から聞こうか、ダラン・ローデス」
 傍目で見てもわかるほど、ダランの体がビクリと動いた。 
 ダランは俯き、何も言い出せずにいた。
 虎王丸が足を軽く蹴るが、それさえにも気付かないほどに、体が強張っていた。
「どうした? 身体のことを聞きにきたのではないのか? それとも私の魔女(こども)達のことか?」
 薄ら笑いを浮かべながら、魔女は続ける。
「不完全な魔女ほど、内臓が弱い。消化機能が未発達で、成長が遅く、栄養のあるものをいくら摂っても太らない。心肺機能低下は体力に影響が出る。魔女達の老化と壊死は内側から始まる。内臓から筋肉へ影響が出だした頃は末期だ。例えば……ピントが合わなくなり目が見えにくくなる、などな」
 その言葉に衝撃を受けたのは、ダランだけではない。凪も同じだった。
「私は魔女を0〜99にランク付けしている。現在までの最高傑作はシス=6だ。大抵の魔女はキャラント=40あたりだが、ソワサント・ディス=70辺りになると、成人を迎えられない者も多い。より不出来な場合は第二次成長期の変化に耐えられず死に至る。
 ダラン・ローデス、お前はどのランクだろうな」
 魔女の言葉に、ダランが震えだす。
「どう……したら……」
「来い」
 ダランは不安気に凪を見た。凪は頷いて、ダランと共に、魔女の側に寄る。虎王丸も剣に手を伸ばしたまま、注意深く二人の後に続いた。
 魔女は右手を伸ばし、ダランの顔を掴んだ。親指で、ダランの瞼に触れる。
「フッ、なるほど、確かにお前はシスの子だ」
 突き飛ばすようにダランを離すと、魔女は3人を見回した。
「治療する術はあるのですか?」
 凪が訊ねた。
 地下道の罠と、ローデスやファムルから聞いた魔女の人体製造についての話から、凪もまた魔女に良いイメージを持っていない。
「魔女の寿命が人間より短い理由は2つある」
 魔女が凪の眼を切り込むように見据えた。
「一つは、人間の細胞より作られるため、元の細胞の寿命を受け継ぐためだ。ダラン・ローデスが受精で生まれたのなら、遺伝子的には人間の寿命があると考えていい」
 そこまで聞くと、ダランの体から力が抜け、倒れかかる。虎王丸が両肩を抑えて支える。
「おい、へばらねぇって言っただろ」
 出発前、ダランは虎王丸に決してへばらないと約束をしていたのだが……。
「脆すぎるな」
 それは嘲りの声だった。
「シスは過去最高の魔女だった。ここで普通に暮していたのなら、40年は生きただろう。だがしかし、ローデスという男に奪われ、穢され、孕まされ……胎児に力を摂られて死んだ」
 魔女は侮蔑の目で、ダランを見た。
「その代わりがお前か? 最高の魔女が人間のカスに変わって戻ってくるとはな」
 魔女は嘲笑した。凪が非難の声を上げる前に、ダランは虎王丸の腕の中で崩れ落ちた。
「ダラン!? しっかりしろ!」
 頬を叩いてみるが、全く反応がない。
「くくっ、部屋を貸してやる。連れて行け」
 魔女の側に仕えていた女性が、3人を案内する。
「待て。――お前は、ここに残れ」
 魔女のその言葉は、凪に向けられていた。

 虎王丸は、女性に案内され、日当たりの良い2階の角部屋に通された。
「部屋の中のものは、ご自由にお使いください」
 そう言葉を残し、女性は書斎に戻っていった。
 淡い金髪の、美しい女性だった。
 あの女性も魔女が作り出した『魔女』なのだろう。こんなに綺麗なのに、あと数年しか生きられないのだろうか?
(もったいねぇ……)
 そんな風に思いながら、とりあえずダランをベッドに寝かし、頬をぺちぺちと叩いてみる。
 やはり反応がない。
「結局、こうなるのかよ」
 椅子にドカッと腰掛けて、頭の裏で腕を組む。
「話もロクに聞けねーんじゃ、ずっと意気地なしのまんまだぜ、おまえ」
 そう言う声は、怒ってはいなかった。
 側で倒れられてしまうと、虎王丸とて、少しは心配になる。
 まさか本当に、寿命が僅かなんてことは……
「ねえよな! あるわけがねぇ!」
 自らの考えを否定して、窓の外に見える門を見た。門の外は鬱蒼とした森だ。
 凪を、1人魔女の元に残してこたことが気がかりだ。
 しかし、魔女が狙うとしたら、ダランだ。自分はダランの側を離れるわけにはいかないだろう。
「操られたりすんなよ、凪……」

**********

「案ずることはない。あの少年は、この辺りの魔力に当てられただけだ。魔術を知らなければ感じない。堪能ならば大したことはない。中途半端な者だけが影響を受ける。まあ、船酔いみたいなものだ。じきに馴れる」
「それだけではない。あなたの言葉が、ダランを傷つけた」
 凪の言葉に浅く笑って、魔女は立ち上がった。
 凪の目の前に立ち、眼を合わせる。
「真実を話してやっただけだ。奴が欲していた情報だろ? 今までの会話は、お前をここに連れて来たシスの息子に対しての礼だ」
 魔女が手を凪に向けた。顔に触れる直前、凪は軽く振り払い、足を一歩後ろに引いた。
 魔女には特に自分達に危害を加える理由はない……筈だ。
 しかし、ダランに向けた侮蔑の眼差しと、自分に向けているこの獲物を狩るような鋭い眼差しが、凪をいっそう警戒させた。
「まさか、無償で情報を得ようってわけじゃないだろ? ――取引だ、蒼柳凪」
 低い声に、凪の体に緊張が走る。
「私が魔女を作り出していることは、聞いているな」
 凪は眼をそらさずに、頷いた。
「最高の魔女を作るには、幾つかの素材が必要だ。まず、ベースとなる白人の女。若い方がいいが、生殖器官が未発達な少女は不適合だ。大体10代半ば頃が最適と思われる。続いて、それぞれの『パーツ』の情報が必要だ。色素の薄い体毛と瞳だ。ベースの女が所持していればそれに越したことはないんだがな」
 色素の薄い体毛と瞳……自分達の中では、やはりダランか。
「寿命に関する知識を与える代わり、ダランを実験材料にする……そういうことか?」
「違うな」
 振り払う間もなく、魔女の手が凪の顎を押し上げ、仰向かせた。
「色素の薄いパーツの入手はそう難しくはない。だが、色素が無いパーツは、この世界にはなかなか存在しない」
 魔女の顔が近付く。
 凪は一瞬たりとも目を逸らすことはなく、強く睨みすえた。
「そんな目をするな。興味が増すじゃないか。強奪してしまいたくなる」
 息が吹きかかるほど、顔を近づけて、魔女は言った。
「高度な魔術を使う上で、それを阻害する体内物質がある。その物質の多さが肌や髪、瞳の濃さとして現れる。その物質が少なければ、より薄く、白くなる。しかし……瞳は違う。青よりも灰色よりも薄い色、それが『赤』だ。赤い瞳は、その物質が存在しない証」
 どちらから離れたのかは定かではない。
 二人は次の瞬間、互いに下がり、距離を置いていた。
「取引だ、蒼柳凪」
 魔女は同じ言葉を繰り返した。
「お前の瞳の情報と交換で、現在までに把握している魔女の寿命に関する全ての情報をお前に与えよう。有能な薬師の元にでも持っていけば、何か判るかもな」
「……ダランを治療する方法はある、と解釈していいのか」
「さあ? 寧ろ治療など必要ないかもしれないぞ。症状は単なる思い過ごしかもな。くくくく……」
 笑いながら、魔女は再び椅子に腰掛けた。
「シスの代わりに一生ここで暮し、私に仕えるというのなら、必要な処置を施してやるがな。ああ、場合によっては魔術も教えてやろう。それは、本人と交渉するか」
 言って、軽く手を振った。
 出て行けという意味なのだろう。
 言いたいことは沢山あったが、倒れたダランが気がかりである。
 凪は魔女に背を向けた。
「言っておくが、パーツの提供をした者はほぼ何らかの障害を持つことになる。視覚障害くらいですんだら、魔法薬を飲み続けている限り普通の生活ができるだろ」
 つまり、視覚障害ですんだとしても、魔女の元に通い続けなければ、普通の生活が出来なくなるということか。
 凪は振り向くことなく、その部屋を後にした。

 凪が二人が待つ部屋に着いた時には、ダランは意識を取り戻し、体を起していた。
 水を欲したため、凪と代わって虎王丸が水をもらいに出て行った。
「大丈夫か? 魔力に当てられただけで、じきに症状は治まるそうだ」
 俯いていてよくわからないが、ダランの顔は相変わらず蒼白だった。
「凪は、大丈夫? 何も、されなかった?」
「何も、されてはいない」
 魔女が持ちかけた取引のことは、今は語らずにおいた。
「そう……よかった」
 ダランのその言葉の後、互いに何も言葉が出てこない状態が続いた。
 凪は椅子をベッドの傍らに運び、腰掛けた。
 そして、気付いた。
 布団の上のダランの手が、雫で濡れていることに。
 声を出さずに、唇をかみ締めて、ダランは時折堪えきれない涙を落としていた。
「ダラン……虎王丸と約束したんだろ?」
 こくりとダランは頷き、又一つ、雫が落ちた。
「でも、母ちゃんのこととか……聞いて……知らなかったから……俺を産んだせいで死んだなんて。かあちゃんの短い命を犠牲にして産む価値なんかないのに。俺、何もできない出来損ないなのに!」
「ダラン! 馬鹿なことを……」
「でも!」
 凪の言葉を遮って、ダランは髪を振り乱し凪を仰ぎ見た。
「嫌なんだ。ずっと一緒じゃなくても、いつか遠くで暮すことになっても、生きてるって思ってたら、また会える希望があるじゃんか! だけど、俺だけないのは、嫌なんだ。俺だけ先になくなっちゃうのは嫌、なんだッ!」
 胸に強い衝撃を受けた。
 見ればダランが自分の胸にしがみついて泣いている。
 声を上げて、今まで見たことがないほどの感情を見せ、強く激しく。

 凪は、ダランの肩を抱いた。
 もし、彼の命が今、この瞬間、目の前で尽きようとしたのなら。
 自分は
 自分は――「非時の花」を使ってしまうだろう。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 魔術師の卵】
【NPC / 魔女 / 女性 / 345歳 / 魔術師】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】
ローデス(ダランの父)
魔女の従者

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■         ライター通信          ■
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●現在の状況について
虎王丸様
自由に下山することができます。
ただ、一旦魔女の家を出て、再び戻られた場合、虎王丸さんを迎え入れることの必要性を魔女が感じなければ、門前払いされてしまう可能性があります。

蒼柳・凪様
魔女に返答をするまでは、軟禁状態にあります。出し抜いて下山したとしても構いませんが、ダラン・ローデスを連れていくことはできません。
今後、特殊能力「非時の花」を使う可能性がある場合、もう少し詳しい設定を教えていただければ幸いです(使用者に負荷やペナルティはあるのか等)。
また、もし赤い瞳について何か拘りがあるようでしたら、設定やプレイング欄にお書きください。

●ライターより
ライターの川岸です。
ゲームノベル「魔女の住処へ」にご参加いただき、ありがとうございます。
副題の違うノベル『魔女の住処へ〜誘い〜』の方もご覧いただければ、より状況が理解できるかと思います。
こちらのノベルの納品反映確認後、続きのゲームノベルオープニングを公開予定です。
参加締め切りは最初の発注を頂いてから20日後と考えております。
どうぞよろしくお願いいたします。