<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


戯れの精霊たち〜いつかライバルと呼ぶために〜

 精霊の森、と呼ばれる場所がある。その名の通り、精霊が棲む森だ。
 精霊が何者かって? そんな野暮なことは聞いちゃいけない。
 精霊は精霊なのだ。精霊として生きているから、それでいいのだ。

「俺も色んな精霊と会って来たしよ」

 グランディッツ・ソート――通称グランは、両手を腰に当てて、森を見上げる。
 彼は今日も自慢のグライダーで空を飛び、ここまでやってきた。
 精霊とは何なのか。グランだってはっきりと答えられないが、それでも、いるもんはいる。
「セイーもウェルリもグラッガもよ。元気でやってかな」
 グランは期待感で嬉しそうな笑みを浮かべた後――一変、難しい顔になった。
「……あのヤローは相変わらず小屋にこもって研究してやがんだろうな」
 グランの言うところの『あのヤロー』すなわち、この精霊の森の守護者クルス・クロスエア。
 長身で緑と青の入り混じった短い髪。銀縁眼鏡の奥は森の色の緑――
 常に白衣を着ている、痩せ気味の典型的な研究者タイプだ。
 うむ、とひとつうなずいてからグランは森に踏み込んだ。
「いっつも森にこもってばかりじゃ体によくないっての」
 森の中をずんずん進みながらつぶやく。
 彼の右腰には剣。そしていつもと違うことに、彼の左腰にも剣がぶらさがっている――

 森の中ほどに、クルスの住む小屋はあった。
 グランはおとなしく小屋をノックして、そこの主が出てくるのを待った。
 ――少しの間があり、やがて小屋の主が現れる。
「やあ、グラン……」
 少しだけ警戒した声。相変わらずの白衣に、銀縁の眼鏡の奥では困ったように目がしばたかれている。
 何しろグランは、クルスに会えば隙あらば何かいたずらをしかけようという人間なので、警戒されているようだ。
 グランはにこやかに笑った。
「遊びに来てやったぞ!」
「ああ……そうらしいね」
「セイーたちは元気か!?」
「まあ元気だけど……ちょっと腕を引っ張らないでくれ。まだ研究の途中――」
「ウェルリとかグラッガは?」
「彼らは元気だけがとりえだよ。おい、こら、なんなんだ、誰かをインパスネイトしてほしいのか?」
「えーい……」
 いい加減業を煮やして、グランは勢いでクルスを小屋の外へ投げ飛ばした。
 クルスがバランスを崩して転倒する。
 けははははは、とグランは笑った。
「やーい、素直に外に出てこないからこうなるんだぞー」
 あててて、とクルスは痛そうにしながら立ち上がった。
「じーさんかよお前」
「ほっといてくれ」
 小屋のすぐ傍あたりは、森の中では他に見られない程度に開けていた。
(ここしかないよな……)
 あえていえば、ここには木の切り株が数個あるあたりで危険だが。
 グランは唐突にクルスをにらみやった。
「なあクルス……」
「ん……? 何だい」
 白衣についた土を払っていたクルスがグランの視線に気づき眉をひそめる。
 グランは左腰にとりつけていた剣を手に取った。
「勝負しようぜ!」
 そして手にした方の剣をクルスに投げよこす。
「は? え?」
 剣を上手に受け取りながらも、クルスは目を白黒させた。
 グランは右腰に装備していた自分の剣を持ち出し、構える。
「お前、剣の心得あったよな、クルス……」
「あるったって……記憶をなくす前の話だよ。今は無理だ」
「つべこべ言うな、特訓だ!」
 グランは地を蹴った。クルスが慌てて受身を取る。
 キィン!
 剣が綺麗に交差する。
 ぎりぎりと力での押し合い。力勝負では負けると判断したのか、クルスはグランの剣を受け流した。
 グランは足を踏みしめ、体が流れるのを止めた。そのまま流動的な動きで――下からクルスの剣を斬り上げる!
 と、そう思った時にはすでにクルスの剣がそこになかった。
 グランの戦いの勘がはっと閃き、『横!』と叫ぶ。
 グランは前方向に転んだ。今まさにグランがいた場所の、脇腹あたりを、クルスの持つ剣が素通りしていく。
 持ち前の身軽さですぐさま立ち上がったグランは、愕然としてクルスを見た。
「お前……どこが『今は無理』なんだよ!」
 クルスは自分が持った剣を見下ろしながら、ぽりぽりと頭をかいた。
「多分……剣を手に取った時の本能的な何か……」
「お前の過去が怖ぇ……」
 グランは冷や汗を流した。
 しかし力勝負ではグランの勝ちになるはずだ。すばやさもグランの方が若干勝っている――小さいからだとは言うな!
 何より研究に没頭してろくに動かないやつに体力で負けるはずがない!
 グランはもう一度、当惑しているクルスに向かっていった。
 そして――勝った。
 クルスは木の切り株によりかかって、
「もう勘弁してくれ……」
 とぜいぜい言いながら、まいったと手を挙げる。
 ふん、とグランはそっぽを向いた。にやりと唇の端をつりあげながら。
「お前じゃまだまだ俺に勝てねえってことだ。勝てるようになれるよう、せいぜいたまには外に出て剣を振ってろ」
 その剣は預けといてやるからよ、とグランは満足そうに笑う。
「いや……というか、なぜ僕がキミに勝てるようにならなきゃならないんだい……」
「うっせー! 俺の対戦相手になれってんだよ! 俺の訓練相手! 分かるか!」
「………」
 思わず怒りもこめてにらみつけてしまったとき、クルスの瞳はそれを受けて――何かを、受け止めたような顔をした。
「……ああ。キミの訓練相手か……」
 これは頑張らなくちゃならないな、と笑って。
 グランは言いたいことが無事伝わったような気がして、にっと笑った。
(約束だぜ、クルス)
 心の中でつぶやきながら――

 ここは精霊の森だ。剣で勝負するだけして帰るのもなんだか申し訳ない。
「えーっとなあ……」
 どの精霊に会わせてもらおう。腕を組んで思案していたグランはふと、足元に風がさらってきた枯葉がからまって飛んでいったのに気づいた。
「枯葉?……少し前なら枯葉なんてほとんどなかったのによ」
「ああ……」
 クルスは立ち上がりながら、白衣を整えて枯葉を拾った。
「ここは本来、森を司る精霊ファードのおかげで完全に葉が落ちることのない常緑樹の森なんだけどな。ほら、最近騒がしいことが多かったから……」
 ――森を荒らす無頼漢の存在。グランは重々しくうなずく。
「そうか、森の精霊ファードか……そいつはグラッガみたいに外出るの嫌だーとか、言うのか?」
「言わないよ。外に出るのがむしろ好きな子だね」
「木なのに?」
「木だからまったく動けない。でも空と草原は知っている。だから外に憧れる」
「………」
 グランは即決めた。
「よしクルス。その、ファードってやつを俺に宿らせろ」
 クルスは唐突に言い出したグランをきょとんと見――それから微笑んだ。

 意識を宿らせる瞬間はまるで何かが自分の中に根付いていくよう――
 指先や足先まで枝葉が広がった気がして、奇妙な一体感があった。

 体が少し硬くなった気がする。首を回すと、こき、こき、と妙な凝り具合だった。
『ごめんなさいね、グラン』
 突然頭の中から優しげな女性の声が聞こえて、グランはびくっと跳びあがる。
『私は木の精霊……体が硬くなってしまうの。無理をせずに、嫌だったら離れてね』
「な……なんだ。お前がファードってやつか」
 こほんと咳払いをしてごまかしながら、グランはえへんと胸を張る。こきり、とどこかの関節が鳴った。
「ふん。俺がこの程度で嫌がるわけないだろ」
 こきり、こきり。関節が鳴るのが少々気になるが、それ以外に問題はない。
 ファードをグランに宿らせたクルスが、微笑ましそうにそれを見てから、
「じゃあグラン……今回も頼むよ」
「あ、お前は剣の鍛錬忘れるなよ!」
「分かったよ」
 苦笑する青年をねめつけて、それからグランは「ちょっと散歩行ってくらあ」と森の外に向かって歩き出した。

 森の中からうすうす感じてはいたが、森の外に出るとそれは確かな感触になった。
 足が――地面に吸い付くような気がするのだ。
「へえ」
 グランはその場でてくてく歩いてみながら、「これが木が地面に根をはるって感じなのか?」
『さあ……私は人間ではありませんので分かりませんが……』
「……そりゃ、そーだな」
 見てみろよ、とグランは自分のグライダーを示した。
「これさ、俺のグライダー。空飛べるんだぜ、空! 最強だな!」
『まあ』
 ファードは優しい声でころころと笑った。
『グラン、はしゃぐ子供のようですね』
「………っ」
 グランは真っ赤になる。自分は体は小さいがもう二十歳だ。子ども扱いされるいわれはない。
 第一外に出たことのない木の口から、どうして子供なんて言葉が出てくるのだ。
 ――憤然としすぎて、そんな思いがすべて意識を重ねている精霊に伝わってしまったらしい。
『クルスに聞いておりませんか? 私の樹液や樹皮、葉も何もかも――とてもいい“薬”になるのです』
「ああ? そーいや友人連中に聞いたことがあるようなないような……」
『……あの森には、実はよく人が来るのですよ。私目当ての』
 グランは沈黙する。……それは、もしや。
『今までに何人の人々と会ったのかしら……ご老人もいたし子供も』
 ファードが懐かしそうにつぶやく。
「ちょ――ちょっと、待て」
 グランは息苦しい思いで、本当にただ懐かしそうなファードの言葉を止めた。
「その、なんだ。お前の元に来たのは――その――」
『……薬を採りに、ですよ』
 くすくすと笑いながら、ファードは言った。
 特に樹液を、と彼女は言った。
『万病に効く秘薬と呼ばれています。本当かどうか知りませんけれど……』
「樹……液――」
 ……樹液を採るにはどうすればいい?
 決まっている。
 樹皮に――ナイフを入れることだ。
「お、前、は、痛く、ない、のか」
 まるで自分が傷つけられたような痛みを感じながら、グランはうめく。
『私は……私の体の一部で誰かが癒されるのならそれでよかった』
 ファードは言い切った。『ただ……』
「ただ、なんだ?」
『……歴代のクロスエアたちには、苦労をかけたと思います』
 ファード目当てに訪ねてくる人々を、本当に病気のためか商売目当てか、見極めなければならない。
 そして歴代のクロスエアたちが決めていたのは、
 ――ファードの樹液を採る時は、自分たちの手でナイフを入れること。
 決して他の人間にはその役目を渡さなかった。
 そんなことを話しながら、くすくすとファードは笑う。
『樹液を採る時、一番泣くのがクルスだわ。ぽろぽろと涙をこぼしながら樹液を採るの。本当にあの子もいつまで経っても子供なんだから』
「―――」
 グランにはクルスの気持ちが分かる気がした。
 こんな――優しい声の持ち主の本体にナイフを入れるのなら、なおさら。

 グランは暗い気分を一新しようとして、にぎやかな街にくりだした。
「人間多いだろー? あ、まさか人間多いと気分悪くなるとかないよな?」
『大丈夫です、グラン。もっとたくさん街のことを教えてください』
「よっしゃ。あの山のてっぺん見てみろ? あの偉そうな――じゃなくて荘厳な建物が城って言ってさ、この国の王様が住んでる」
『王様……?』
「お? 王様知らねえか。ええとな、このエルザード王国……エルザードって言葉聞いたことあるか?」
『ええ、それならよく話に出てきますから……』
「よし。そのエルザードっていうひとつの国を、統べる王様が住んでるってことだ」
『……滑る? つるつるしているのですか?』
 ぶっとグランは吹き出した。
 なんとなく言葉のイメージから、王様の頭がつるつるなところを想像してしまったのだ。
『……頭が、つるつる?』
 強くそのヴィジョンを思い浮かべてしまったせいだろうか、ファードまでそんなことを言い出して、グランはますます腹を抱えて笑った。
 傍を通っていく人々は、1人で大爆笑しているグランに不審な目で見ながら横切っていく……

「ひー、はー、ファード。あんまり笑わせんなよ」
『そんなつもりはなかったのですが……』
 困ったようなファードの声に、「悪い悪い」とグランは手を振った。
「そだな。俺が勝手に笑ったんだもんなーーーーーひーひひひひひ、ひい、ひい」
 再び思い出しては笑う。それを数回繰り返してから、ようやくグランは落ち着いた。
「あー笑った笑った」
 周りの連中に奇異の目で見られようとも構わない。こんなに全開で笑える時なんて、そんなにないじゃないか。
 気がつくと、『王様の頭がつるつるネタ』だけで信じられないくらい時間が経っていた。
「うあっ。名残惜しいけどもう森へ帰るかー」
 しまったなーと後悔しながら、グランは頭をかく。
『まだ……この魔術は丸一日効き目がありますから……』
「あ、そーだっけか。そうだな前の炎の精霊の時みたいに無理させてないもんな」
 でもひと勝負した後だったしなーとつぶやいた時、ファードが不思議な沈黙を脳裏に送ってきた。
「ん? なんだファード?」
 行き付けの美味しい料理店目指してくるりと向きを変えたグランは、不思議そうに訊く。
『いえ……』
 ファードはそのまま沈黙してしまった。
「そーか? ああ、これから行くところは俺の好きな料理屋でさ、めっちゃうまいんだぜっ。ファードは味感じられるのか? 感じられたらいいな!」
『ええ……』
 ファードは歯切れが悪い。
 ひょっとして食事はダメなのか。グランは、「食事ダメならはっきり言っていいんだぞ」と頭の中に語りかけた。
『そうではなくて――グラン』
「うん?」
『クルスに、戦いを……教えないでほしいのです』
 思いがけない言葉だった。グランは口を開き、しばし呆気にとられた。
『あの子が森に初めてやってきた頃の話……ご存知ないですか?』
「き、聞いたこと……ないな、そういや」
『あの子は記憶喪失で、そしてとんでもない乱暴者だった』
「………………はあ!?」
 クルスが!? あのクルスが乱暴者!?
『いえ。森に対してはすぐに心を開いたのです。あの子にはこの間の騒動の時の狐といい……人外のものとの相性がいいようですね』
 ファードは静かに語りだす。『しかし、森にたどりついて、そこで心の安息を手に入れてしまった元戦士……どう行動すると思いますか?』
「どうって……」
『何度も言いますが、森に来る人間は少なくないのです。目的は……』
 そこまで言って、彼女は切る。
 グランは、「ああ……」とため息とともにつぶやいて、目を閉じた。
 森を愛した戦士ならば。ファードを傷つけることを応としないだろう。
『あの子と争った人々はどれだけいたことか……』
 木の精霊はつぶやく。
『あの子をいさめようと間に入った先代クロスエアの苦しみはいかばかりか……』
 結局、と優しい声の精霊は言った。
『先代クロスエアはクルスから武器を取り上げました。おまえ自身の手で森を血で染めてどうする、と』
「………」
『ですからグラン、どうかあの子に武器は」
「ばーか」
 グランは足元にあった石を蹴っ飛ばした。
「それまでの事情は俺にはよく分かんねえけどよっ」
 きしきし。きしむ体を前に進ませ、グランは言葉を続ける。
「その後、お前ら精霊のために不老長寿を選んだのはヤツの意思だろ。お前らのために研究し続けることを選んだのはヤツの意思だろ」
『………』
「その時点でもう、ヤツはお前らに心配されるような『子供』じゃねえよ」
 ファードが目を閉じたような気配がした。
 グランは小石をひとつ地面から取り上げて、上空に飛ばした。
「……約束なんだ」
 小石が落ちてくる。落ちてくる――
「クルスは、いい訓練相手になる。いいライバルになる。口にしなくてもできる、男の約束さ」
『グラン……クルス……』
 すすり泣きが聞こえた。
 ああ、精霊にも涙があるんだ。そんなことも初めて知ったな。
 まったくクルスの野郎め。精霊を泣かせやがって。
 俺と一緒に……泣かせやがって。

「さ! 飯食いに行こうぜ!」
 グランは努めて元気にファードに言った。
 ファードは泣きながら、うなずいたようだった。

 森に帰ると、剣だけが木の切り株に立てかけてあり、青年の姿がなかった。
「あっ! このやろ、クルス!」
 元々鍵のない小屋のドアを蹴っ飛ばすと、ドアは簡単に開き、
「あんまり乱暴しないでくれよ。ドアが壊れる」
 と苦笑してクルスが現れた。
「鍛錬しとけっつっただろー!?」
 グランは思いっきり下からにらみつけた。
 どうどうとクルスは手でグランを抑え、
「ちゃんとやるよ。これから――毎日少しずつ」
 そうしないとね、と彼は苦笑した。
「一気にやるとさ――一気に昔返りしそうで怖いんだ」
「………」
 グランはふんと胸を張った。
「お前もばーか。そんなもん、俺がしょっちゅう来てお前の尻ぶったたけば何も戻りゃしねえよ」
「………」
 クルスはグランを透かすように見る。おそらく中にいるファードを。
 そして、微笑んだ。
「……そうか。頼りにしてるよ、グラン」
「てめーが頼りなさ過ぎるんだ、クルス!」
 げしっとクルスの膝あたりに蹴り。
 ひょい、と避けたクルスは、
「あのね、急所を簡単に狙うんじゃ」
「うらっ!」
 みぞおちに向かってエルボー。
「こら、グラン!」
 動きづらい体で、それでもグランはクルスに向かっていく。クルスの過去に――立ち向かっていく。

 お前の過去が何だろうが知ったこっちゃない。……というのは、多分嘘だ。
 気になる。気になるからこそ、俺は全部を振り切らせてやる。
 だってお前は俺の対戦相手だ。訓練相手で鍛錬相手で。そして。

 そして、いつかライバルと呼ぶために。


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3108/グランディッツ・ソート/男/14歳(実年齢20歳)/鎧騎士】

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■         ライター通信          ■
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グランディツ・ソート様
お久しぶりです、笠城夢斗です。
今回納品大変遅くなりまして申し訳ありませんでした。
しかも……なぜか内容がクルスの話になってるんですが……そのあたりもお詫びします……
しかしこうやってクルスを一喝できるのはグランさんぐらいのものだろうとv
楽しんで頂けたら幸いです。よろしければ、また。