<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『ファムルの診療所/お勧め探索地〜郊外の地下道、最強の敵!?〜』

「毒薬? そんなもの何に使うんだ?」
 ファムル・ディートは顔なじみの冒険者、ワグネルの依頼に疑問の声を上げた。
 痺れ薬や麻薬の注文はあるが、人体にも効く毒薬の依頼は稀である。
「いや、用途は決まってねぇんだけど、必要になるシゴトもあるからな」
「ふむ。作るのは構わんが……こういう類いの薬は横流しは勘弁願いたいんだが、厳守できるか?」
「了解。自分で使う分だけだ」
 ワグネルの返事を聞くと、早速商談を始める。
 一口に毒薬といっても、いくつもの種類がある。
 今回、ワグネルは使用目的が決まっていないとのことで、様々な状況下で使用できる毒薬の調合を望んでいた。
「では、飲食物に混ぜる暗殺用ではなく、武器に塗って使用するタイプがいいんだな?」
「そういうことだ」
 無論効果は高い方がいいが、魔法薬である必要はないとワグネルは説明をする。
「そうかそうか、ならば、中枢神経を侵すタイプがいいか、それとも呼吸障害を起すタイプが、いやいや直接心臓を……ふふふふふふふ」
「おいおい……」
 ファムルは不気味な笑いを漏らしながら、新薬の構想を始めたのだった。

 市販されていない毒草を必要とするため、ワグネルは採取に向うことになった。
 ファムルから受け取ったリストによると、最低2種類の毒草が必要なようである。
 探索場所としては、やはり一般人がさほど入り込まない場所の方がいいだろうということで「郊外の地下道」を選んだ。
 ダラン・ローデスが使っていたというボロボロの地図を時折広げながら、ワグネルは地下道を進む。
「薬草が生えてそうな場所というと……やっぱ、地下道の先の窪地だよな」
 途中、通路が3つに別れていたが、無難に目的地に行ける中央の道を進むことにする。
 地下道では、時折怪物の亡骸を目にする。
 数十分歩いた地点では、馬のような怪物と遭遇した。かわしてやり過ごしたのだが、その後に現れた猪型の怪物は襲ってきた為、大刀で応戦し叩きのめした。
 一般人には危険だが、戦い慣れしている者であれば、さほど苦労しない道だろう。
 どれくらい歩いた頃だろうか。いい加減単調な道に飽きてきた頃、地上からの光が見え始める。
 狭い出口をくぐると、その先は広々とした草原であった。
 周囲は木で覆われている。
 ワグネルは早速薬草採取に取り掛かった。
 できれば日没までに診療所に戻りたい。
「木の根元あたりか」
 ファムルから受け取った薬草のイラストと繁殖場所が記されたメモを見ながら、一角の木々が生い茂る場所へと足を運ぶ。
「うはっ、この辺りにもいるな」
 怪物の唸り声が響く。迂闊に近付くと面倒だ。
 ワグネルは移動すると、目的の薬草と金に換えられる薬草を幾つか摘み取る。
 場所を変えつつ薬草採取を続けながら、時折耳に入る怪物の唸り声に、ふと昔のことを思い出す。
 この地に出現するような怪物は、大抵獣がベースとなっている。理由は様々だろうが、動物が変化した姿だ。
 いつだったか、ギルドの仲間と共に冒険に出た際、そういった怪物の群れと遭遇したことがある。
 罠や武器による威嚇で追い払うのが主であったが、そうもしていられないほど怪物の数は多く、またその場所を突破せねば、目的地にたどり着けない状況だった。
 皆で綿密に作戦を練り、分担を決め、実行に移したわけだが……。
 ワグネルは任務を果たせなかった。
 本人にしては、物凄く重大な事情があったのだ。
 その怪物の群れの中に、『猫』の一群があった。
 まず、猫の群れに先制攻撃を仕掛ける仲間の足をかけて、思い切り転ばせてしまった。猫の怪物は無事だったが、仲間は鼻の骨を折るという大怪我を負った。
 そして、自分の担当である怪物の捕獲が出来なかった。猫は自由な生き物である。猫を捕らえて拘束して縛り上げるなどということは、ワグネルにはどうしても出来なかったのだ。
 さらに、気付けば自分達の目的をすっかり忘れ、猫が怪物化した理由について調べ上げ、その原因になった人物を探し当てるという方向に、一人つっぱしっていた。
 未だに、何の目的であの地に行ったのかは思い出せないほどに、その事件はワグネルにとって衝撃的だった。
「おお?」
 そんなことを思い巡らしていたワグネルは、猫じゃらしに似た草を見つけ、迷わず引っこ抜いた。価値はなさそうだが、猫達が喜ぶだろうと、採取用に持って来た巾着に入れた。
 そろそろ帰ろうと腰を上げたワグネルだが、唸り声が近付いてきていることに気付く。
 ただっぴろい草原だ。罠を仕掛けられる状態になく、毒薬も切らしている。
 早々に退散した方がいいと判断し、ワグネルは地下道に向った。
「!?」
 そこに、ワグネルは見た。
 ひらひらと浮かぶ……空飛ぶ猫の姿を!
 あ り え な い。
 怪物化していたとしても、それはありえない。
 ワグネルは首を振りながら、地下道に飛び込む。
 空飛ぶ猫に気を取られてしまったせいで、狼の一群だろうか……怪物が背後に迫ってきていた。
 足を止めず、顔だけ後ろに向けると……それは猫の群れだった。
「なんだこりゃ!?」
 唸り声は確かに野獣の声だった。しかし、目に映っているのは確かに可愛らしい猫!
 更に、地下道内で朽ち果てている怪物の姿が、全て猫の亡骸に変わっている。自分が始末した猪型の怪物もまた猫に変わっていた。
 あまりの惨状にワグネルは眩暈を覚える。
 迫り来る猫達を、あやしたくなる。
 倒れた猫達は、埋葬してやりたい。
 そんな感情と葛藤しながら、ワグネルは走った。
 これは、幻だということだけは、わかっていた。
 視覚を狭め、極力目に頼らぬよう、とにかく必死に走った。
「くそっ」
 これを見せているのは、自分自身の脳だ。
 頭を叩いても、変わらない。
 頭を振りながら、とにかく走った。
 獣避けの薬を撒きながら、走って走って走りぬけ、どうにか怪物を振り切り、地下道への扉を閉める。猫猫パラダイスと化している地上をも必死に前だけ見据え、一切わき目を降らず走りぬけ、飛び込んだ先に――自分が、いた。
「目を覚ませコルァ!」
 ワグネルは、目の前の自分自身の胸倉を掴み、強烈な往復ビンタをかました。

**********

「…………」
「散々謝っただろ、そろそろ機嫌直してくれよ」
「…………」
「は、はははははは……」
 部屋の隅で拗ねたように、飼い犬と縮こまっているのは、錬金術師ファムル・ディートだ。
 ばつが悪そうに笑いながら、しきりに頭を掻いているのは、ワグネル。まだ息が荒い。服は汗で体に張り付いている。
 顔を上げてちろりと自分を見たファムルの顔に、思わず吹き出しそうになる。両頬が真っ赤に腫れて、痩せた顔がぷっくり膨れてしまっている。
「ほ、ほら、必要な薬草は採ってきたからよ、そろそろ調合してほしいなーなんて思うわけだ」
「…………」
「あ、ついでに他の薬草も採ってきたんだぜ。詫びにこれ置いてくぜ、な?」
 そう言って、ワグネルは袋から採取した薬草を取り出した。途端、ファムルが立ち上がり、その一つにガラスケースを被せた。
「これは、トナル草だ」
「トナル草?」
「薬に幻術効果を持たせる魔法草だ。引き抜いた際に胞子が飛び散り、視覚に働きかけ幻覚を見せることがある。その人物が考えていたことが視覚に現れるわけだが……。そうか、君は私を殴ることを考えていたのか」
「ち、違っ、断じて、それは違う!」
「…………」
「だからッ、拗ねるなって」

 ――この後、ワグネルの説明は数時間に及んだ。
 ファムルが納得をして調合に取り掛かったのは、深夜になってからだ。
 徹夜で手伝い、翌朝ようやくワグネルは目的の薬を手に入れることができた。
 もっともファムルの機嫌といえば、ワグネルが「今度綺麗な娘が沢山いる店に連れて行く」と口にした途端上機嫌になり、結局のところ色々とサービスしてくれたわけだが。

※本日のワグネルの成果
シシュウ草/3株
トナル草/1株
その他薬草/そこそこ
〜但し全てファムルに献上〜

※購入(及びプレゼント)薬
毒薬
毒薬対人用(即効致死性)サンプル
毒薬魔物用(即効致死性)サンプル
人体用解毒剤サンプル

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】

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■         ライター通信          ■
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ご依頼ありがとうございます。
ワグネルさんのビンタ、相当痛かったでしょうね(笑)。
今回購入した毒薬は人間を含む動物全てに効果のある一般的な毒とお考えください。
サンプルは1回分(ナイフなら数本分)です。
またどうぞよろしくお願いいたします。