<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『仰ぎ見た月』

 ソーンで最も有名な歓楽街ベルファ通りの酒場といえば、真っ先に思いつくのは黒山羊亭だろう。
 この美しい踊り子の舞う酒場では、酒と食事の他、様々な依頼を受けることができる。

「えー、囮捜査の依頼、終わっちゃったの?」
 日没前に来店した十代半ばの少女が残念そうに言った。
「ええ先ほどね。出遅れて正解だったかもしれないわよ」
「なんで? ただ道を歩けばいいだけの簡単な依頼だったのにー」
「実はあの依頼、終了というより、紹介をやめたの」
 踊り子のエスメラルダは、グラスを磨きながら少女に説明を始めた。
 男がその依頼を酒場に持ち込んだのは1週間ほど前だった。
 多発している誘拐事件の犯人がこの辺りに潜んでいるという情報を掴んだため、外見の良い少女を囮に使い、メンバーをおびき出したいとの話だった。
 囮といっても、人通りの多い街中を歩かせるだけで、危険はないということで、黒山羊亭で取り扱ってはいたのだが……。
 昨日、その依頼を見た客が、同じ依頼を別の斡旋所でも見たと言い出した。それも、一箇所ではないという。
 同時期に、多くの場所で少女を募っているのだとしたら……。
 エスメラルダは依頼に危険性を感じ、急遽斡旋を取りやめたのだ。
 更にもう一つ理由がある。
 先ほど資産家から黒山羊亭に緊急の依頼が持ち込まれた。
 資産家の13歳の長女が、昨晩家を出たきり戻らないそうだ。
「なんか事件の匂いがするでしょ? 裏組織が絡んでるって噂もあるのよ」
「うーん、そうかあ……」
 少女は諦めて他の依頼を探すことにした。

**********

「……ちゃん、……トルちゃん」
 淡い意識の中、少女の顔が映った。
 2、3度瞬きをして、焦点を合わせる。
「キャトルちゃん、大丈夫?」
 心配そうに自分を見る少女は、涙に濡れていた。高そうな服を着た女の子だ。
 手をついて体を起そうとするが、体の自由が利かない。
「待って、今解くから」
 少女が自分の手を掴み、口を近づけると、縄に歯を立てた。
 彼女だけではない。側には自分を見下ろす沢山の少女の怯え眼がある。
 キャトル・ヴァン・ディズヌフの意識が、次第にはっきりする。
 ……そうだ、なんだかよく分からないけれど、捕まったんだ、私。
 カツーン、カツーン
 冷たい音が響いた。
 途端、少女達は恐怖に顔を引き攣らせる。
「離れて」
 低く叫んで、少女達を散らばらせる。
 キャトル自身も足で床を蹴って、皆から出来るだけ離れた。
 姿を現したのは、一組の男女だった。
 女が鍵を開け、男が部屋――堅牢へと入ってくる。
「気分はどうだい、お嬢ちゃん」
「……いいわけないじゃん」
 40代くらいだろうか。剣を携えた騎士風の男だ。
「どうしたんだ、その娘」
 牢の外から女性が言った。
 緋色の口紅が印象的な、やはり40代くらいの女性だ。
 ローブを纏うその女からは強い波動を感じる。おそらく魔術師だ。
「酷く暴れたんでな、2、3発殴って縛り上げた」
「2、3発じゃない、記憶にあるだけで5発だ」
 言った途端、男の手がキャトルの頬を打った。
「こりゃ、徹底的に調教しねぇと出せねぇな」
「捨てちまえば?」
 女の赤い唇から出された言葉は、“始末”を意味していた。
 しかし、キャトルにはわからなかった。
 自分が何故、縛られているのかも。
 何故、殴られなければならないのかも。
 理由が、全くわからない。
「こいつ……縄を切ろうとしたのか」
 キャトルの手を縛っている縄が、切れ掛かっていることに男は気付いた。
 キャトルの視界の隅に、唇を腫らした少女の震え上がる姿が映る。
「そうだよ。縛ったって無駄無駄。こんなの簡単に自分で噛み切れ……」
 キャトルの言葉が終わる前に、男は彼女の胸倉を掴みあげた。
 息が詰まる。
「……妙な気を起さないことだ。次、同じ事をしたら、お前は魔物の餌に決定だ」
 ここに連れてこられる最中、奇妙な唸り声を沢山耳にした。……魔物だろうか。
 怖いというより腹立たしい。過去も今も、姉達から折檻はしょちゅう受けているが、彼等に今回、自分は何か悪いことをしただろうか?
 キャトルが疑問を口にする前に、彼女の体は投げ出され、その両手は今までよりもきつく縛り上げられた。
 少女達がすすり泣く声が、キャトルの耳に届く。
 そうだよな……しっかりしなきゃ。
 キャトルは腹に力を入れ、腹筋の力で身を起した。
 途端、男の足が、キャトルの鳩尾を蹴る。小さな悲鳴が周囲から上がった。
 仰向けに倒れたキャトルは、天井を見ていた。
 ガラス張りの天井から、淡い光が降り注いでいる。
 多分、ここは山の中。普段見る夜空と変わらない。
 月が見える。
 その美しい輝きが、今日は冷たい輝きに、見えた。
 ここにいる中では、きっと自分が一番年上だ。
 だから、しっかりしないと。
 皆を街に帰してあげないと。
 でも、どうしたら――。
「貴様等は、これから一人ずつ選別される。不要な者は外に出してやる。……外は魔物の巣だがな」
 そんな男の言葉を聞いた直後、キャトルの意識は途切れた。

**********

●序章
「おう、エスメラルダ」
 夕方、いつもより早い時間に、シグルマは黒山羊亭に顔を出した。
 カウンター席に腰掛けると、隣にエスメラルダが座った。
「いつもより早いのね。今日の用件はお酒ではなく、依頼の方かしら?」
「察しがいいな。実は最近、少女達が行方不明になる事件が多発してるらしい」
 シグルマは焼酎一升分の代金を前払いすると、自身の考えを述べる。
「俺が考えるに、身代金目的というより人身売買や魔術の生贄の為に拉致されているのだと思う」
 なぜなら、消えた少女達の行方は一向にわからず、犯人からの声明も、肉親への連絡も一切ないからだ。
「だとすると早く助けださねーとだろ」
「うちにも人探しの依頼は何件か来ているけれど……」
 エスメラルダはシグルマに囮捜査の依頼があった件について話して聞かせる。多分その依頼も、行方不明事件に関係があるのではないかと。
「なるほどな。んじゃ、ちょっと捜査してーから囮役の冒険者を紹介してくれねーか」
「囮に出る少女はもういないわ。だけれど、資産家の娘探しの依頼を受けた方や、捜査に乗り出した自警団があるみたい」
「そうか。まあとりあえず、どんな奴か会わせてくれねーか」
「そうね。人数は多い方がいいと思うわ。なんだか、嫌な予感がするの。……こんなに行方不明者が出ているのに、あまり騒ぎにならないんですもの。なんだかおかしいわ」
 そう言って、エスメラルダは資料を取り出すと、この件に関係のある依頼や捜査を行なっている人物のリストアップを行い、シグルマに手渡したのだった。

●作戦
 先行して周辺調査を行なっていた青年、ワグネルと一行は合流を果たす。
 事態の緊急性を考え、作戦を立てて直ぐ実行に移すことになった。
 日が暮れたばかりであり、雲の間から顔を出した月が辺りを照らしている。
 依頼を出した人物の情報を集め、情報屋の情報等からアジトを割り出したのは、自警団に所属するフィリオ・ラフスハウシェと、冒険者のワグネルだ。
 アジトの特定は簡単ではなかった。依頼書に書かれていた依頼主の身分や住所は全て偽りであり、情報屋にも事件についての情報はほぼ皆無であった。
 そんな時、フィリオは盗賊ギルドに籍を置く冒険者のワグネルと、ワグネルはフィリオと出会った。
 互いが集めた情報を交換することで、アジトの特定に至ったのだ。
「潜入手段だが……あそこを下りる」
 ワグネルが指した場所は、断崖絶壁だ。
 付近は木々に覆われているのだが、アジト周辺は草原となっている。おそらく人の手により、人工的に作られた草原だろう。
 その草原が問題だ。
 ただ草原が広がっているのではなく、所々に魔物の姿がある。ワグネルが上方から確認したところ、アジト周辺にいくつかの洞窟が存在しているようだ。全て魔物の巣と思われる。寧ろ、ここ一体が魔物の住処と言っていいだろう。この辺りは聖都の管轄ではなく、訪れる者もいなければ、探索の価値がある場所でもない。
 アジトは、魔物に護られるかのように存在している。
 東西南の三方向は魔物に囲まれているのだが、北側は山を背にしており飛行系の魔物が僅かに見られるだけであった。ワグネルの策は、その北側の絶壁を下るというものである。
「無論、脱出は正面からだ。壁を下りるのは、俺と……」
 ワグネルはメンバーを見回す。
 自分の他、自警団に所属する異界職のフィリオ・ラフスハウシェ。多腕族の戦士シグルマ。そして、優しげな雰囲気を持つ魔術使い山本健一。以上が今回の作戦メンバーであった。
 ワグネルはその中から、格好や、予め聞いてあった技能からフィリオを選んだ。
「二人で、天井から直接牢へ潜入する」
 ワグネルの調査で解ったことといえば、周辺の魔物の分布状態と、建物の大体の構造くらいだ。もっとも、高所から双眼鏡で見ただけであり、詳細な内部構造などは全くわからない。
 ただ、多くの部屋の天井がガラス張りになっていたため、少女が捕らえられている場所の見当はついていた。
「俺らは、正面から魔物を蹴散らして攻め入ればいいんだな。任しとけ」
 シグルマが不敵な笑みを見せる。
「派手に暴れて、一味の目を引き付ければいいのですね。わかりました」
 健一は微笑んで頷いた。しかし、アジトを見上げた黒い瞳は、鋭い輝きを放っていた。
「じゃ、健闘を祈る」
「ご武運を!」
 ワグネルとフィリオは木々を掻き分けるように、山道を登っていく。
 シグルマは4本の腕を回し、武器を抜き放ち、健一はスタッフを手に前を見据えた。

●零れた涙
 月が薄い雲に隠れた僅かな時間に、ワグネルとフィリオは絶壁をロープを使い下りてゆく。
 時折近付く魔物は小型の投げナイフで対処する。対魔物用の毒を塗ってある為、軽く触れただけで魔物は落ちてゆく。
 岩を蹴り、建物の上部に足をついたところで、額の汗を拭う。
 そっと部屋の中を覗き込むと、3つの人影が目に映った。いや、もう一人、倒れている人物がいる。監視の姿はない。
 偵察時には十数名の少女が監禁されていたと思われる部屋である。既に多くの少女が別の場所に移されたようだ。
 ワグネルとフィリオは頷き合い、火を熾して、健一とシグルマに合図を送った。
 ワグネルが硝子の天井にテープを張り、フィリオが刀を突き刺す。
 音を立てずに、硝子がひび割れる。ワグネルは手を差し入れ、割れた硝子を剥がすと、屋根に縛り付けたロープを垂らし入れる。
「あっ」
 フィリオが半分ほど下りた時、一人の少女が気付いた。次々と少女達がフィリオを見上げる。
「大丈夫です。助けにきました」
 部屋に降り立ったフィリオは、小声でそう言い、少女達の怯え眼に微笑んでみせた。
 泣き出しながら、少女達がフィリオに駆け寄る。
 続いて下りたワグネルは、足下に転がる物体に気付いた。
「……おっす、ワグネル」
 月明かりが差し込み、物体――倒れた少女の姿が映し出される。他の少女達と違い、縄でぐるぐる巻きにされている。
「なんだおまえ……そりゃ、また新しい遊びか?」
「違ーう。抵抗したら、縛られちゃってさ。解いてよ」
 彼女は、街で最近よく見かける少女、キャトル・ヴァン・ディズヌフであった。
 ワグネルはナイフを投げて、キャトルを縛る縄を切った。
「へへへ、サンキュー……」
 キャトルは蓑虫のように這い、壁に背を当てて体を起した。体に巻きつくロープをゆっくりと剥がしてゆく。
「怪我してんのか?」
 暗くてよく判らないが、キャトルの頬が膨れているように見える。
「あ、うん。でも大丈夫。薬飲めば5秒で治るし」
 市販薬で痛みが引く程度の怪我かと、ワグネルはその時それ以上気に留めなかった。
「他の皆さんはどこですか?」
 フィリオがキャトルに聞く。他の少女達は全てパニックに陥っており、会話ができる状態ではなかった。
「……あたしら、捕まってここに連れてこられた後、奴等に分けられたんだ」
 キャトルが小さな声で説明を始める。
 彼女達は、一旦街中の貸部屋に集められたという。
 現れた男から説明を受けている最中、次第に意識が遠くなり、気付いたら馬車の中にいた。
 知らない道を通り、この場所に連れてこられた、と。
 早く目覚めた他の少女の話によると、途中、御者が変わったらしい。自分達を集めた人物も、ここで働いている人物も大半は金で雇われた者のようだ。
 その後、この場所で主犯格と思われる騎士風の男性に暴力を受け、監禁されたと。
 そして、後に男性が連れてきた魔術師と思われる女性により、彼女達は選別された。
 キャトルは唾を飲み込んで悔しげな瞳で続けた。
「奴隷、エネルギー源、実験材料、兵器、そして魔物の餌」
「なんだ……それは」
「従順な少女の奴隷を欲している貴族が沢山いるとかで、それが一番マシだって言ってた。その……奴隷に選ばれた子達は、もうこの建物にはいないよ。あとは詳しいことはわからないんだけれど……今ここに残っているのは、『兵器』に選ばれた子達だ。随分前に、この中から一人、隣の部屋に連れていかれた。その他に選ばれた女の子達も、それぞれ別の部屋に固まって入れられていると思う」
 ワグネルはキャトルに一枚の写真を見せた。
「その中に、この子はいたか?」
「あ、うん。あたしの縄を解いてくれようとした子だよ。彼女は確か、実験材料部屋にいると思う。急いで行ってあげて。何をされてるかわかんないし」
 語尾は辛そうな声だった。まるで自分の非力さを呪うかのような。
 ワグネルは牢の入り口に近付くと鍵穴を確認し、道具袋から太めの針金を取り出す。何度か穴に差し入れ、針金を折り曲げ、捻り開錠する。
「では、この子達をお願いしてもいいですか? すぐに他の女の子を集めて戻ってきますので」
「うん、よろしく」
 フィリオの言葉に頷いて、キャトルは近場の少女の手をとって、引き寄せた。
「ぐあっ」
 廊下に出た途端、ワグネルは遠くに見えた監視の男にナイフを投げた。続いて、フィリオも飛び出る。
 建物の外から争う音が聞こえてくる。シグルマと健一が行動を開始したらしい。
 階段付近の部屋から慌しく男達が飛び出す。すかさず、ワグネルがナイフを飛ばす。この階廊下は、牢とこの部屋のみしか繋がっていない。
 続いて部屋から現れたのは……少女であった。そして、少女を抱えるように騎士風の男が姿を現す。精巧な作りの鎧に、派手なマント……。兵士ではない。聖都の騎士とも違う。年は40代くらいだろうか。
 フィリオは自警団の令状を見せる。
「その娘を放しなさい。そして、速やかに誘拐した者達を開放し、おとなしく投降するならば、情状酌量の余地は与えましょう」
 フィリオの言葉に、男は薄ら笑いを浮かべる。
 その様子に、フィリオは刀に手をかけた。
「できないのらば……容赦はしませんよ」
 ワグネルに先に行けと目で合図を送る。ワグネルは軽く頷くと、ナイフを放った。
 放たれたナイフを、男は剣で弾く。フィリオが瞬時に駆け寄り、男の剣を自らの刀で抑えた瞬間、ワグネルは僅かな隙間を潜り抜け、廊下を走り抜けた。
「小僧。身の程を知れ」
 男の強い力に押され、フィリオは地を蹴って後方へ飛びのく。相手が少女を抱えているため、迂闊に攻撃できない。
「ここを突き止め、潜入したことは褒めてやる。しかし、それが如何に愚かで無意味なことなのか……理解する前に、お前はこの世を去る」
 男の剣が閃き、フィリオに打ち下ろされる。
 受けた攻撃の重さに、フィリオを歯を食いしばる。パワーでは敵わない。男が剣を引いたその瞬間に、フィリオは受けた力をバネに、体を回転させ、刃を少女の頭上に位置する男の胸に叩き込む。しかし、厚い鎧に弾かれてしまう。
 男は衝撃に顔を歪め、少女を放すと剣を振りかぶった。完全に力任せの戦士のようだ。
 フィリオは少女の位置を確認し、男の一撃をステップで躱すと、身をかがめて下段から刀を突き上げた。男は瞬時に首を捻るが、頬に深い傷を負う。剣を真横に振り、フィリオを退けると、男は少女の腕を引いて間合いを取った。
「き……さま」
 流れる赤い血を左手の甲で拭う。赤く染まった小手を見、男の形相が変わる。
「行け」
 男は少女を離し、背を押した。虚ろな瞳をした少女が、一歩一歩、フィリオに近付く。
「早くこちらに……」
 フィリオが手を伸ばす。
 少女もまた、手を伸ばした。
 多分、澄んだ瞳の持ち主なのだろう。だけれど、その青い瞳は曇っていた。
 表情は感情を失ってしまったかのように、何も表していなかった。
 ただ、その眼から。
 涙が一つ、二つ……こぼれ落ちた。
 男が剣を振り上げる。フィリオは左手で少女を抱き止めた。右手の刀で受けの姿勢に入る。
 しかし、男の剣はフィリオを狙ってこなかった。男の剣は、柱に激突した。太い支柱が崩れ、付近の天井が落ちる。少女を抱えてフィリオは飛んだ。――視界の端に飛びのく男の姿が映る。
 フィリオと少女が地に倒れこみ、共に体に強い衝撃を受けた、その瞬間。
 視界が光ったような感覚を受けた。同時に、爆風が起こる――。

●少女の使い道
 上の階へ駆け上がったワグネルは、間取りを確認しながら近場の部屋を開ける。少女達が監禁されている部屋は施錠されていたのだが、その殆どはギルドで揃えた盗賊用具で開錠することができた。
 南側から派手な戦闘音が響く。監視要員もほぼ出払っており、辺りは手薄になっていた。
 目的の少女は一番奥の部屋にいた。ワグネルの出で立ちに、少女が怯えの表情を浮かべる。どの部屋でもそうだ。初見、一味と間違えられる。
 次第に面倒になりながらも、手早く説明をする。
 資産家の娘は、説明を聞いた後も、酷く怯えた表情のままであった。青白い顔で、ワグネルをただただ見つめている。
「どうした? もうすぐ両親の元に帰れるぞ」
「わ……私」
 少女が、搾り出すような声で言った。
「何か……飲まされた。どう、しよう……。吐き出せない」
 両目から涙を溢れさせ、少女は震えた。
「あ……毒ってわけじゃねぇだろうし、早く街に戻ればなんとかなるさ。親御さんからの依頼を受けてるからな、あんたのことは死なせやしねぇから、安心しろ」
 言ってワグネルは、少女の震えている腕を強く掴んだ。
 こくりと頷いて、少女は涙を拭う。その飲まされたという薬のせいか、彼女は歩くことが出来なかった。ワグネルは少女を背負うと、その部屋を後にした。

「うぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁ!!!」
 シグルマは力任せに武器を振り回す。
 その4本の手には、それぞれ剣、斧、鉄球、金槌が握られており、獣の如く暴れる彼には、魔物さえも近づけない。
 健一は彼の後方から進む。近距離戦はシグルマに任せ、頭上を飛び回る魔物や巣穴から飛び出す魔物の群れを炎の魔術で一掃する。
 しかし、その快進撃はほんの僅かな時間であった。
 空が、一瞬にして曇る。周囲に閃光が走り、轟音が響く。
 雷魔法だと瞬時に気付いた健一は、シグルマと自分を防御壁でガードする。
 突き破るほどの威力で、彼等の周囲に激しい雷が落ちる。
「……っ、かなりの術者ですね」
 健一の眉間に皺が寄る。
 こそ泥風情と思っていたわけではないが、このような強力魔法を放つ相手との遭遇は想定外であった。
 雷攻撃が止み、空に月が戻る。
 2階の広いバルコニーに映し出されたのは、女性であった。宝玉が嵌められた杖を手にしている。
 彼女からしても健一の防御魔法は想定外だったのだろう。鋭い視線が、二人に注がれている。
「接近戦が弱点でしょう。援護します、シグルマさん跳んでください」
「了解」
 シグルマは、武器を振り回しながら突き進み、高く跳んだ。
 健一は魔術師に炎弾魔法を打ち込み、続いてシグルマを風魔法で援護する。
 魔術師は炎弾魔法に氷系魔法で対抗し、軌道をずらせ爆発させる。続け様に魔術師が放った魔法がシグルマに直撃する。シグルマは斧で顔面を庇うが、魔法の威力で押し戻される。再び、健一は風魔法でシグルマの身体を押し上げた。シグルマは武器を一つ手放し、バルコニーに手をかけた。
「オリャァ!」
 すかさず魔術を放とうとする魔術師に、鉄球の一撃を浴びせる。
 魔術師が倒れた隙に、体を振り子のように揺らし、助走をつけてバルコニーの中へ飛び込んだ。
 一人になった健一の元に、容赦なく魔物が押し寄せてくる。
 しかし、容赦をしないのは、健一も同じ。
 もう、他人を巻き込む心配はない。
 爆風を起こし魔物を一瞬退けた後、極炎魔法の詠唱に入る。
 だが、魔物の状態を把握しようと周囲に眼を向けた健一は、信じられない光景を眼にしたのだった。
 少女が、空を舞っている――。
 2階から振り落とされた少女が、魔物の群れに吸い込まれていく。
 即座に、健一は詠唱を止め、落とされた少女周辺の魔物を風魔法で吹き飛ばす。
 自分に襲い掛かる魔物の攻撃を身を捻って躱しながら、少女の体を浮かび上がらせる。……傷ついてはいるが、命に別状はないようだ。
 一つの魔法をコントロールしながら、別の魔法での応戦は難しく、健一の体に魔物の攻撃による傷が刻まれていった。
 彼女を自分の元に引き寄せながら、跳び上がり、同じ風に乗る。
 少女を抱え、シグルマと逆のバルコニーに着地した健一は、部屋に逃げ込む男を追った。
「来るな!」
 男が二人、別の少女を捕らえ、首にナイフを当てた。男達が背にしているドアは半開きになっている。
「動くなよ。そのまま外に出ろ。魔物の群れに飛び込め!」
 健一は冷静に男達を見る。
 魔法を放つ前に、男達は少女の首にナイフを突き立てることができるだろう。距離は数メートルほどある。体術で瞬時にナイフを弾き落とせる距離ではない。
 腕の中の少女を、そっと下ろす。
「彼女を、どうしようとしました?」
「こいつらは、魔物の餌だ。餌を少しやれば、匂いで更に魔物の活動が活発になるからな。お前達が去れば、今すぐ餌にすることもない」
「餌……ですか」
 健一の目が細くなる。
「うあっ」
「つあっ」
 健一が魔法を放つ前に、男達が倒れこむ。それぞれ頬と背から赤い血がにじみ出ている。
「この位置からじゃ、急所は狙えなかったが……どうだ毒の味は?」
 ドアの外でナイフを片手に構えているのは、ワグネルであった。毒を仕込んだナイフにより、男達は通常の何倍もの衝撃を受け、少女達から手を離したのだ。
「こちらへ!」
 健一の腕の中に、少女達が駆け込む。
 部屋にいた全ての少女を部屋の隅に集めると、健一は男達の微笑みを向けた。
 しかし、その眼は決して微笑んでいない。
 細く鋭く向けられた瞳は、冷たい光を宿していた。
「魔物の餌ですか。あなたたちがなってみますか。下種な人達」
 穏やかなリズムで放たれたその言葉。冷たく湛えたその顔に、男達は後退った。
「くっ、そ……!」
 男達は剣を抜くと、健一に向かってきた。
 男達が剣を振り下ろす前に、彼等の体は空を舞い、壁に叩きつけられた。
 健一は男達に近付き、おもむろにその胸倉を掴んだ。
「そうですね。あなたを餌にして、活発になった魔物に、この館の下種な輩を全て片付けていただきましょうか」
「ひっ……」
 男は小さく恐怖の悲鳴を上げたあと、意識を失った。もう一人の男も、既に意識が無い。毒が回ったのだろう。
 健一は男を捨てるように放すと、振り返り、優しい微笑みを少女達に向けた。
「大丈夫ですか、お嬢さんたち」
 先ほどとは打って変わって、穏やかで安心感を与える笑みであった。
 階下の魔物の数は減らない。巣から湧き出るように現れる。
 そんな状況だからか……少女達は、依然手を取り合いながら震えていた。
「よう、片付いたんなら、こっちの部屋に来てくれるか」
 ワグネルの声が健一の耳に入る。
 男達をバルコニーに引き摺り出して窓を閉めると、健一は少女達を連れワグネルと合流した。
「ここより奥の部屋の女の子はこれで全部だ」
 ワグネルは1人を背負い、8人の少女を連れていた。
「で、この部屋なんだが」
 魔術師のいるバルコニーへと続く大部屋だ。
 ワグネルは、ドアノブを捻ってみせる。
「鍵はかかってねぇんだが、開かない。どうも、魔術的なもので施錠されてるみてぇなんだが」
 健一もワグネル同様ノブを回してみる。確かに、鍵はかかっていない。しかし、開く気配はない。
 頑丈なドアであり、人の力ではぶち破れそうにない。
 健一は精神を集中し、魔力を感じ取る。
 やはりドアには魔術による施錠が施されているらしい。
 魔術で構成された鍵に、自らの魔力を一気に流し込み、破壊する。
 小さな音を立て、ドアが開いた。
 ……その部屋は異質であった。
 床には魔法陣が描かれている。水槽のような透明の大筒に入れられた少女が2人、魔法陣の中央でもがいていた。
 一歩、足を踏み入れた健一だが、直ぐに足を引く。
「魔力を吸収しているようです」
 窓の外に、シグルマと魔術師の姿がある。
 多分、彼女達のエネルギーはあの魔術師に送られているのだろう。迂闊に陣の中に入れば、健一の力も魔術師の力に変えられてしまう。放った魔法すら、エネルギーに変換される恐れがある。
「ちょっとこの子頼むぜ」
 ワグネルが背負っていた少女を健一に預ける。
「お前が行くよりマシだろ」
 ワグネルは背中の大刀の柄に手をかけると、軽く助走をつけ、部屋に跳び込む。
 空中で大刀を抜き放ち、少女達を囲う筒に叩きつけた。
 透明の筒が音を立てて崩れ落ちる。素早く刀を納めると、少女を両脇に抱えて、魔法陣上から退散する。
 救い出された少女に、健一は回復魔法を施す。少しは効果があるだろう。
「これで、全員ですか?」
「ああ。この建物に残っていた少女はな」
 ワグネルは資産家の少女を再び背負う。彼女はまだ、苦しそうである。
「あとは……」
 健一はバルコニーを見据えた。
 
●覚悟
 シグルマは魔術師と対峙した。
 40代くらいの女性だ。女とはいえ、容赦はできない。
「一応聞くが、目的は何だ」
「さあな」
 女は薄い笑みを浮かべた。先ほどの鉄球の一撃は効いていないようだ……いや、即座に回復魔法で癒されてしまったらしい。
 間を縮めることは許されなかった。シグルマが動きを見せれば、瞬時に風魔法で追い戻される。逆に、シグルマの方も、相手に強力魔法を唱える隙を与えない。それは自分にとって、絶好のチャンスとなる。
「こういう睨みあいは性に合わねぇ。とっとと決着つけようぜッ」
 鉄球を魔術師に放つ。魔術が飛んでくる瞬間に手を離し鉄球を囮にし、逆サイドから魔術師に迫る。
 剣と斧を振り上げるシグルマの顔に向い、魔術師の杖が向けられた。宝玉が不気味に光る。
「っ……」
 放たれた炎を、咄嗟に斧で受ける。弾けた火の粉がシグルマの髪を撫でた。
 連続して、魔術が打ち込まれる。
「厄介な女だ」
 武器で魔術を躱しながら、シグルマは再び間合いをとった。
 しかし、これはどういうことだろう。
 これだけ魔術を繰り出しているというのに、魔術師の女は一向に疲れを見せない。
 その時、雲に隠れていた月が再び姿を現し、光が射し込み室内を照らし出した。
 ふと、眼を移したシグルマは気付いた。
 部屋の中に、少女が二人いる。
「あれはエネルギーだ」
 薄い笑みを浮かべたまま、魔術師が言った。
 その言葉の意味を、シグルマは悟った。
 魔法陣が描かれた部屋にいる少女達。
 鈍く光る杖の宝玉――。
 少女達の力が吸い取られ、魔法へ変換されているのだ。
「どうやら、悠長にやってる時間はねぇようだな」
 シグルマは斧を手すりに叩き込む。その隙を見逃さず、魔術師が風刃の魔術を放つ。威力を見極めると、シグルマは臆することなく、刃をその逞しい体に受け、続け様に斧を手すりに叩き込み続ける。
 そうして手すりを壊して得た武器を、一斉に魔術師に投げつける。
 魔術師は風魔法で対抗する。しかし、強力のシグルマが放った細い棒の威力は、魔術師の想像以上であり、広範囲魔法で吹き飛ばすことは不可能であった。すぐさま、魔術を切り替え、爆発による弾き飛ばしを試みる。
 無論、その瞬間にシグルマは魔術師に斬りかかる。杖を向けられるが、今度は防ぐつもりはなかった――頭を吹き飛ばされるイメージが浮かぶ前に、剣を叩き下ろす。
 何かが弾ける音と、棒が散乱する音。そして、生物が裂ける鈍い音が、シグルマの体に直接響き渡る。
 視線を下ろせば、足下に、声を上げることもなく絶命した魔術師の姿がある。
「無事ですか?」
 部屋へ続くガラス窓が開けられ、健一が姿を現した。
 シグルマは剣を引き抜いて血を払い、肩にかけた。
 部屋の中の魔法陣は崩され、少女達は解放されていた。
 多分、そのお陰で自分は杖から放たれる魔術の攻撃を受けずにすんだのろう。シグルマは安堵の吐息を漏らした後、いつものように豪快に笑う。
「おうよ! ……そっちは?」
 健一は魔術師の亡骸をちらりと見た後、表情を変えずに言った。
「この階に捕まっていた少女は解放しました。下に向かい、フィリオさんと合流しましょう」

●鮮やかなる月
 激しい勢いでフィリオの体が浮き上がり、天井に激突した。投げ出された体は、そのまま地に落ちる。
 何が起きたのか、理解が出来なかった。
 ただ、感じているのは、絶叫さえもままならないほどの苦痛。
 突如感じた光は何だったのか。
 体を引きちぎられるような衝撃は、何なのか。
「なんだ、生きているのか。人一人も殺れねぇとはな。いや充電前なら、こんなものか」
 男の剣がフィリオの首に向けられる。
 剣に刻まれた紋章がフィリオの眼に入った。
 鮮やかな満月だ。ただ、丸いだけではない。色付けられ、月の表面の紋様まで描かれた月。
「お前を始末したら、残りの兵器化に取り掛かるか」
 男の剣が僅かに上がる。
「あばよ」
 瞬間、混濁していた意識が戻る。フィリオは理解した。
 彼女は彼等に『兵器化』されたということを。
 あれは、魔力の爆発。衝撃でスイッチが入り、爆発するような仕組みを埋め込まれていたのだろう。
 原理はわからない。いや、そんなことは、今はどうでもいい。
 剣が下ろされる寸前、フィリオは片手の指を男に向けた。男の目の前で空気が弾け、男は瞬間的に眼を瞑る。
「貴様、魔法を……!」
 体を捻り、辛うじて下ろされた剣を躱し、震える左手を男に向け、風刃を放つ。男が怯んだ隙に、渾身の力を込めて体を起こし膝を立て、刀を掬い上げるように、切り上げた。
 短い叫び声と共に、血の雨が降る。

「しっかりして、起きてってば!」
 激しく体を揺すられ、目を覚ます。
 自分は、どれだけ眠っていたのだろうか。自分を見下ろしているのは、茶色い瞳の少女だった。
 フィリオは体を起す。途端、激しい眩暈に襲われる。
「よかった! 死んじゃうかと、思ったよ……」
 この少女は……牢獄で縛られていた少女、キャトルだ。
 足下を見れば、喉元を切り裂かれた男の遺体がある。キャトルは視界にいれないよう、遺体に背を向けている。
「薬、効いたみたいだけど、体力までは戻らないから」
 その言葉を聞いた途端、思い出したくない光景がフィリオの脳裏に浮かんだ。
 少女の瞳――。
 自分に向けて伸ばされたあの少女の手と哀しい瞳を、フィリオは一生忘れることはできないだろう。
 この場所は牢内よりも明るく、直ぐ側にあるキャトルの顔が鮮明にわかる。
「随分、殴られたようですね」
 生々しい青痣が痛々しかった。持っていた薬を、自分自身に使わずに、フィリオに使ったのだろう。
「薬飲めば5秒で治るし」
 先ほどと同じ言葉を、キャトルは繰り返した。
 その言葉に嘘は無い。フィリオは両手の感触を確かめる。爆発を受けた際には、片腕の感覚はほぼ無くなっていた。自分は重体であったはず。しかし、腕の感覚は戻り、体全体の痛みも今は全く感じられない。彼女が所持していたのは、市販されていない特殊な治療薬のようだ。
「帰りましょう、皆を連れて。帰ったら、直ぐに薬を飲んでください。ありがとうございます」
 そう言うと、キャトルは唇を噛んで俯いた。
「お礼を言うのは私達の方なのに」
 そして、顔を上げると、精一杯の笑みを見せた。
「変なのっ!」

●帰還
 1階の廊下で、メンバーと少女達は合流を果たす。
 フィリオは牢から少女達を連れ出す前に、男の遺体を隠した。そして、自分の裂けた衣服と血を隠すため、男が羽織っていたマントを身に纏う。
 牢の隣室から格納庫へと出た一行は、警備の男達と遭遇する。指揮官である騎士風の男が倒された為か、彼等は武器を捨て一列に並び、一行を迎え入れたのだった。
 魔物避けの塗料が塗ってあるという馬車に、まずは少女達を乗せる。
 怯えきった少女達は、誰一人安堵の笑みを見せない。狂ったように泣き叫んでいる娘もいる。
 キャトルが彼女達を励ましながら乗せ、最後に馬車に乗り込もうとするが、ステップで足を踏み外し膝を付いてしまう。
 シグルマが身を屈め、4本の腕でキャトルを抱え上げた。
「軽いな」
 勢い余り、腕の中でキャトルの体が軽く跳ねた。
「うわっ……なんか、体が浮いたみたいだ」
 そのままシグルマはキャトルを馬車に乗せようとするが、健一が手を伸ばし止めた。
「お怪我をされていますね?」
 足に触れると、キャトルは小さな悲鳴を上げて、目を細めた。
 健一は両手でキャトルの細い足を包み込み、治癒魔法を唱えた。
 膨れ上がっている。骨折しているかもしれない。よく何も言わず、立っていられたものだ。
 続けて、健一は右の掌でキャトルの腫れた頬と顎を優しく覆う。
「よく頑張りましたね」
 微笑みながら、彼女の顔にも癒しの魔法をかけた。
 キャトルが感じていた痛みが、少しずつ引いてゆく。
「あたし、魔法使えないから、お返しできないや」
 茶色い瞳が、健一の肩やシグルマの腕に注がれている。そこには、二人が戦闘で受けた傷が生々しく残っていた。
 そして、4人の顔を交互に見つめた。
 他の少女達のように恐怖に怯えたりはせず、彼女は4人の顔と、傷と、血に染まった服を見ていた。
「怖かったですか? もう大丈夫です」
 健一の言葉に少し考えた後、俯き加減でキャトルは言った。
「自分の身に関しての恐怖は感じなかった。……でも、人間って怖い生き物だと思った」
 大きく息を付いて、顔を上げた。
「だけどさ」
 目を細めてキャトルは小さな笑みを浮かべる。
「アンタ達のことは……好き、うん!」
“ありがとう”
 他の少女達の分の感謝も込めて、4人に精一杯の気持ちを伝えた。

●仰ぎ見た月
 少女達を救出し、街へ帰還して数日が経った。
 フィリオは治療院にいた。
 経過は順調だが、今だ万全とは言えない。治療薬では失った血液までは戻らない。
 医者の話では、最低でもあと1週間の療養が必要だという。
 その日、フィリオの病室に男が一人現れた。冒険者のワグネルである。
「資産家の娘のことだが」
 薬を飲まされたという資産家の娘は、街に着いてすぐ、ワグネルがこの治療院に運び込んだ。
 検査の為に今日まで入院していたのだが……。
「異常はないようだ。体調が優れないのは精神的なモンだろうってさ」
「そうですか。それはよかったです」
「自警団の方はどうだ? あの建物はどうした?」
「それが……」
 フィリオは拳を握り締めながら、つい先ほどの同僚から受けた報告をワグネルに話してきかせる。
 自警団は今回の件に関しての一切の調査を断念した。
 上の決定だ。フィリオも同僚もどうすることもできない。
 どうやら、上から圧力があったようだ。
 何者かが、もみ消しを図っている――。
 連れ去られた少女達の行方は未だ不明である。
 判っているのは、聖都の力が及ばない場所だということ。
 他国か、異世界か。
 自分の無力さに、フィリオは握り締めた拳でベッドを叩いた。

 カーテンの隙間から、月明かりが射し込みフィリオの拳を照らした。 
 手を伸ばし、カーテンを開く。
 見上げれば、月が在る。
 美しく、どことなく寂しい月。
 満月――。
 そうだ、あの男の剣に刻まれていた月は、
 こんな色の『月』だった。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 男性 / 22歳 / 異界職】
【0812 / シグルマ / 男性 / 29歳 / 戦士】
【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 無職】
騎士風の男
魔術師の女
※PCの年齢は外見年齢です。

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

ライターの川岸です。
『仰ぎ見た月』にご参加いただき、ありがとうございます。
申し合わせたかのようなバランスの良いメンバー構成に驚きました。
今後、続編の検討もしていきたいと思っております。
また若干の関連のあるノベルをゲームノベルで扱うかもしれません。
またお目に留まりましたら、どうぞよろしくお願いいたします。