<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『戻らない意識〜君がくれた言葉〜』

「落ち着けってば! 眠ってるだけだろ?」
「これはただ眠っているんじゃない。昏睡状態だ。しかも、ダランの精神エネルギーが感じられない」
「それは、わかった。でも、命に別状はないわけだろ。少し落ち着いて冷静になれ、凪」
「俺は落ち着いているし、冷静だ!」
 言い放って、蒼柳・凪は急ぎドアに向う。
「魔女に会ってくる。虎王丸はダランを頼む」
「待て、凪!」
 虎王丸の言葉は耳に入らなかった。
 真直ぐ、凪は書斎へと向った。
 強くドアをノックする。
「入れ」
 返事と同時に、ドアを開く。
 不敵な微笑みをたたえ、魔女は凪を迎えた。
 それはまるで、待っていたといわんばかりの表情だ。
「用件は、分かっているようですね」
 歩み寄る凪の瞳を、黒い装いの魔女は満足気に眺めている。
「ダランの心を、どうしました?」
「手下として使えるかどうかテストをしている。早ければ数分で戻ってくるんだがな。やはり、アイツはクズのようだ」
「……ダランは、どこに?」
 焦る心を押さえながら、普段より低い声で凪は魔女に訊ねた。
「硝子の迷宮。パーツ提供者の能力を測るために作った精神世界だ」
「本人がそれを望んだわけでは、ない、ですよね?」
「さあな」
 嘲笑する魔女の姿に、怒りが湧き上がる。
 凪は拳を握り締め、強く魔女を見据えて言う。
「それなら、俺も同じ場所へ送ってくれ。パーツ所持者の能力も知れるだろ」
「それは良案だ」
 魔女が立ち上がる。
 強い魔力の波動を感じる。
「座れ」
 言われた通り、片隅のソファーに腰掛けた。
 魔女が近付き、凪に手が伸ばされた。
 抵抗はしない。身を任せ、受け入れればたどり着けるだろう。
 ダランが待つその場所へ。
 目を閉じて、凪は待った。
 魔女が触れる、その瞬間を――。 

**********

 周囲の力の流れが変わる。
 意識が、冷えた空間に投げ出された。
 そっと、目を開く。
 目に飛び込んだのは――硝子。
 幾重にも連なる硝子。
 そこには、硝子以外何も存在しなかった。
 目の前の硝子に映し出されているのは、自分。
 黒い髪も、赤い瞳も、この小柄な身体も、見慣れた自分の姿に他ならない。
 だけれど、自分の本当の身体はここに存在していない。
 蒼柳凪は、それを理解していた。
 出口もわからない。進むべき道も、分からない。
 四方八方全て硝子。
 動揺は少なかった。
 目的を強く胸に刻んでいたから。
(こんな世界で、君は――今、どうしている?)
 自分のことではなく、彼のことを想いながら、凪は歩き始めた。
 どちらに進めばいいのかわからない。
 印をつけることもできない。
 入り口がないのなら、出口という場所も存在しない。
 出口を発見するカギも、自分の内面にあるはずだ。
 そう信じて、凪は歩く。
「凪」
 懐かしい声が響いた。
 振り向いた先に、故郷の知人の姿があった。
「帰ろう、凪。君の力が必要なんだ」
 凪は目を伏せて首を左右に振り、知人に背を向けた。
「凪!」
 怒声が響き、遠い親戚の男の姿が現れる。
「俺達がどんな目に遭っているかわかっているのか。お前が逃亡した所為だ!」
 歯を食いしばり、その場から立ち去る。
「待て蒼柳凪!」
 目の前の硝子に、ズラリと並んだのは故郷の人々。
 懐かしい顔ぶれだが、皆、手に武器を携えている。
 振り返れば、後ろにも見慣れた服装の人々が立ち並んでいる。
「同族でありながら、貴様は我等の意思に背くのか」
「……っ」
 幻覚だとわかっていても、頭に響く声が消えない。
 目を閉じていても、人々の姿が浮かび上がる。
「凪」
 太い声に、思わず目を見開く。
 顔を上げた途端、身体に衝撃が走る。
 床に叩きつけられた凪が、見上げたその先には――。
「こんなところで何をしている」
 冷たく見下ろす視線に、凪の身体が硬直する。
 父、だ。
 襟首をつかまれ、無理矢理立たされる。
「迎えに参りました、凪様」
「帰りましょう、凪さん」
 見知った女性達が現れて、凪に手を伸ばす。
「我等の力を我等の為に使って何が悪い。それが自分自身のためになることも分からんほど子供なのか、お前は」
 激しく揺すられ放たれた言葉に、凪は必死に首を左右に振る。
 乾いた音と共に、頬に痛みが走る。
 歯向かえば、殴られる。
 二回、三回と連続して頬に痛みが走る。
「こんな世界で燻っている場合ではない。帰るぞ」
 無理矢理身体を引きずられる。
 凪は故郷の世界に引き戻される恐怖に、身を震わせた。
「違、う。違う!」
 思い出せ、自分の目的を。
 飲まれるな、自分の心に。
「お前達は、全て知り合いの皮を被った俺自身だっ!」
 叫んで、振りほどき、凪は闇雲に走った。
「ダラン! ダランどこにいる!?」
 声の限り叫ぶ。
「ダランはもうここにはいないぜ」
 陽気な声と共に現れたのは――虎王丸だった。
「あんなヤツのことは忘れて、戻ろうぜ凪」
 虎王丸を無視し、凪は先へ進もうとする。
「ダランは俺が始末してやったんだよ。何かと気に食わなかったからな。お前もだぜ、凪」
 炎の剣が自分に向けられる。
「何様のつもりだ? ずっと貴様等の存在、むかついてたんだよ。お高くとまってんじゃねぇよ!」
 虎王丸の炎の剣が凪に迫る。凪は腕を交差させ、その剣を受けた。
 熱い衝撃を感じる。
「……好きなだけ斬ればいい」
 臆せず、動揺せずにいれば、自分存在が消えることはない。
 凪は痛みに耐えながら、反撃はせず、心に力を込めた。
「俺にやらせてくれ!」
 背後から、届いたのは……捜し求めているダランであった。
「凪を倒すのは、俺だっ。前からぶった切りたいって思ってたんだ」
 長剣を手にしている。
 振りかぶって、自分に向かってくる。
 その様子は……逆に、凪を安堵させた。
 これは、自分が作り出している幻影ですらない。
 ダランは、こんなことは言わない。
 自分も、ダランにこう思われているとは、少しも思っていない。
 凪の記憶から、勝手に作り出された出来の悪い偽物だ。
 凪は、小さな笑みを浮かべる。
 パン。
 途端、周囲の硝子が音を立てて崩れ落ちた。
 落ちてくる破片を手に取れば、何も映ってはいない。
 硝子を捨て、周囲を見回した。
 何も無い空間に、捜し求めていた人物の姿があった。
 多分、今自分が彼を放っておけないのは――。
 信じられるから、なのかもしれない。
 確かに今は、まだ弱い彼だけれど。
 その気持ちを、痛いほど感じることがある。
 自分は、彼に必要とされている。
 友として、愛されている。
 そう、信じられるから。

「ダラン」
 蹲っている少年に声を掛けた。途端、彼は飛び上がり後退った。
「今度は何だよ、消えろよーっ!!」
 絶叫するその様子から、ダランが自分の幻影に幾度と無く傷つけられたのだということを理解した。
「俺は本物だよ」
「その言葉も聞き飽きた!」
 両手で耳を塞いでダランは頭を振る。 
「それじゃ、信じられるまで信じてくれなくていい。ずっと、ここにいるから」
 そう言って、凪はダランの隣に腰掛けた。
 二人とも、しばらく何も言わなかった。
 ダランは蹲り顔を伏せたまま、全く動かない。
 疲れ果ててしまい、何も見ず、考えないことに決めたのだろう。
 長い間、二人は互いの気配だけを感じていた。本当の身体はここにはなくとも、本当の2人の心は、ここに存在していた。
「ほ、本物なら、なんでこんなところにいるんだよ」
 顔を上げずに、ダランが声を発する。
「ダランを迎えに来たんだ」
「……なんで」
「一緒に帰りたいから」
「だから……なんで……」
 ダランが顔を上げた。堪えているが、目に浮かんだ涙は隠せない。
「なんでなんだよ。俺がいなきゃ、虎王丸と二人で仲良く冒険でもなんでもできるじゃんか。いなくても何も変わらないし、いたら、邪魔になるだけだし。足手まといで何もできない、いつも皆の邪魔ばっかしてる」
「そういう時もある。でも、そうじゃない時もある。今のダランは昔と違うし、魔法を勉強したり、冒険に行くなんて普通の人は出来ない事をしてるじゃないか。そういう姿勢、凄いと思う。そういう気持ちや積み重ねがあれば、今日の自分は昨日の自分より役立てるはずだから」
 涙を拭うダランの頭に、凪は手を乗せた。
「ほら、過去の事は忘れて、今自分の事を大切に思ってくれる人の事を考えようよ」
「そんな人、いない」
 普段、自分の母親になりたがっている人は沢山いる、仲間は沢山いると豪語しているダランだが、本当のことは、彼自身がいつも感じていた。
「父ちゃんは俺のことが大切なんじゃないんだ。俺が母ちゃんの子だから大切なんだ。父ちゃんが好きなのは俺じゃなくて、今でも死んだ母ちゃんただ一人なんだ。他のみんなは、金目当てなんだ。それでも楽しければいいって思ってた。金で何でも買えると思ってた。力が弱くても、力の強い男を雇えばいいし、魔法なんか使えなくても、使えるやつを雇えばいい。仲間も友達も全部金で買えるって……」
 凪はそっと手を離して、ダランの言葉の続きを待った。
「だけど、生まれて初めて、どうしても欲しいと感じたものは、金じゃ買えなかった。魔法が好きなんじゃない、力が欲しかったんだ。冒険が好きなわけじゃない、経験が欲しかったんだ」
 拳を握り締めて、吐き出すようにダランは続けた。
「凪達と、並んで歩きたかったからッ」
 穏やかに、けれど真剣な瞳で、凪はダランを見つめた。
「本当に、自分を大切思っている人がいないなんて思ってる?」
 右手で、ダランの左手を掴み、強く握った。
「俺も虎王丸も、ダランに死なれたくないよ」
 声が、掠れた。
 その言葉がもし、ダランに死んで欲しくないという言葉であったのなら、ダランの心は惨めな自分に対しての同情と感じていたかもしれない。
 だけれど、凪がダランにくれたその言葉と声の暖かみが、凪の心をありのままの姿で表していたから――その小さな一言は、ダランの心の奥に染み渡った。
 ダランは凪の手を握り返して、ゆっくりと頷いた。
「……さっきからずっと、右腕が熱いんだ」
 ダランが右手を空へと伸ばした。
「虎王丸が呼んでる気がする。帰らなきゃ」
「うん、帰ろうダラン」
 同じように、凪も何も無い空に向い手を伸ばした。

**********

「い、いふぇふぇふぇふぇふぇふぇふぇ!」
 奇妙な声に目が覚める。
 白い天井が目に映った。……無事、戻ってこれたようだ。
 体を起した凪が最初に目にしたのは、ダランの頬を左右につねる虎王丸の姿だった。
「虎王丸、手荒なことはするなよ」
 言いながら、見慣れた光景に笑みが浮かぶ。
「お帰り、凪! ったく、こらダラン、なにがおはようだ。日はとっくに暮れてんだぞ」
 ダランの頬を引っ張りつづける虎王丸。そんな二人の様子を、笑う声があった。虎王丸の隣に、街で見かけたことのある少女の姿があった。
「ファムルのおっさんも来てるぜ。今、書斎でアイツと話をしてる」
 手を離して虎王丸が言った。
「ウィノナも、ファムルもなんで……」
 ダランはウィノナという少女の答えを聞く前に、ベッドから下り立った。
「俺、あの人に返事をしなきゃ」
 体調は万全ではないはずだが、その瞳にもう迷いはなかった。
「一緒に行くよ」
 凪はダランと共に魔女の元に向うことにする。

「返事ってなに?」
 凪の問いにダランは笑っているだけだった。
 書斎のドアをノックして、反応を待つ。
 ドアを開けたのは、ファムル・ディートであった。
「なんだダラン、元気そうじゃないか。ローデスさんが心配してたぞ」
「えへへ、父ちゃんには心配ないって伝えておいて」
 ダランと凪が書斎に入り、ファムルは従者の女性と共に、書斎から出て行った。
「戻ったか。そいつが足を引っ張ったにしては、早かったな」
 その言葉は凪に向けられていた。
「足なんて引っ張ってねーよ。凪は側にいてくれただけで」
 ダランは昨日とは違い、強気だった。
 しかし、その拳は震えを隠すかのように強く握られたままであり、決して平気なわけではないようだ。
「で……戻ってきたら、体診てくれるって約束だったよな」
「一生の服従が条件だ」
「わかってる」
「ダラン!?」
 ダランの言葉に、瞬時に凪が反応した。
「大丈夫、凪は何も言わないで」
 驚く凪に笑みを見せた後、ダランは魔女に向き直り彼女に近付いた。
「でもそれって、一生診てもらうのなら、一生ってことだろ? もともとの寿命を延ばせるわけじゃないんだろうから。だから、診てもらわなくてもよくなったら、脱走する」
 ダランは堂々と言ってのけた。
「まあ、それでも構わない。状況が変わったからな」
 魔女は立ち上がり、ダランの前に立った。
 女性にしては身長が高い。ダランは自然と見上げる姿勢になる。
「とりあえず、お前を5年間飼ってやる。その間は必要な処置を施してやろう。――左手を出せ」
 言われたとおり、ダランは左手を差し出した。
 魔女は自分の指から指輪を一つ抜き、ダランの左手の人差し指に嵌めた。
 鮮やかな赤い石が嵌められた指輪だ。
「訓練を受ける前の魔女は、体内の魔力を制御できない。魔女が持つ魔力は一種類ではないからだ。この石は軽い麻酔効果がある。目にした一瞬だけ、魔術に関係ある神経以外の全ての神経が麻痺する。自身の力をコントロールできるようになるまでは、この指輪を使い、日夜魔力の調整に努めろ」
「う、うん」
「また、それが不完全な魔女が長く生きられない理由でもある。偏った食生活では体に様々な支障が起きるのと一緒だ。壊死していなければ、魔力バランスを調整することで、視覚障害は改善されるだろう。まずは、魔力の制御を学べ。しかし、それより先に――」
 魔女は突然ダランの首を掴むと、突如腹に膝蹴りを浴びせた。
「お前には、礼儀を学んでもらう。貴様は奴隷同然だ。私は無論、この屋敷の魔女と対等な口を利くことは許さん」
 投げ出され蹲るダランに、凪は駆け寄った。
「蒼柳凪。お前の返事は明日の朝まで待ってやる。渡す意思がないのなら、虎王丸を連れて出て行け」
 凪の赤い瞳に鋭い視線を浴びせながら、魔女は言葉を続けた。
「もっとも、お前が拒否しようと、そのパーツは何れいただくつもりだがな」
「ダメだッ、何のことだよ! 凪は関係ないだろッ。行こう!!」
 腹を押さえながら、ダランは凪の手を強く引く。
 魔女の不敵な笑みが二人の背に降り注いでいた。

 ダランは再び笑みを見せるようになった。
 しかし、その笑顔の裏の彼の本心を凪は感じてしまう。
 5年――。
 彼はその間、この敷地内から外へ出ることは許されない。
 それは、彼に、彼の周りの人物達に、そして自分に……どのような影響を及ぼすのだろうか。

【現在の状況】
●ダラン・ローデス
軟禁状態。敷地内から出ることはできない。万が一脱走できたとしても、現状では遭難する可能性が高い。身体は近日中に検診予定。
下僕扱いだが、魔術の訓練は受けさせてもらえるらしい。

●蒼柳・凪
拘束解除(ダランを手元においている限り、いつでも呼び寄せられると判断された)。
硝子の迷宮にて、魔女クラリスにデータを採取される(クラリスは現在はまだ結果を見ていない)。

●虎王丸
ダランに盟約の腕輪を嵌めたが、コントロールする魔術を知らないため、ダランに対しての強制力はない。
強く念じれば、離れていても漠然とした想いくらいは伝えられるかもしれない。

●ウィノナ・ライプニッツ
盟約の腕輪により、常に監視状態にある。
5年間限定で、魔女の弟子となる(ダランより格上)。通いでも住み込みでも構わない(ただし、魔女の館は街からかなりの距離がある)。魔女の屋敷へは出入り自由(数あるクラリスの部屋は立入り禁止)。
魔術は魔女クラリスが直接指導。それ以外は高度な知識をものにするまでは、館の魔女達から学びながら図書室での自主勉強が中心となる。
5年後には、どういう状況であっても、髪の情報を提供しなければならない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 魔術師の卵】
【NPC / 魔女 / 女性 / 345歳 / 魔術師】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
能力のご説明、ありがとうございます。
硝子の迷宮に行った場合は前後編になる予定でしたが、プレイングの内容的に、1回で戻ってこれると判断し、1回で迷宮編は終りとなりました。
翌朝凪さんと虎王丸さんは魔女とダランにより、帰還を促されることになります。ご指示等を頂く前に、物語を進展させることになった場合は、一旦帰ったとさせていただくと思います。
一応今回軽く区切りがつきましたが、この後、この物語を進展させていただける場合は、ゲームノベル『生命の尊厳』からご参加お願いいたします。