<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
『ストーカー撃退大作戦』
ソーンで最も有名な歓楽街ベルファ通りの酒場といえば、真っ先に思いつくのは黒山羊亭だろう。
この美しい踊り子の舞う酒場では、酒と食事の他、様々な依頼を受けることができる。
「他には? あたしが出来る仕事ないのー!」
エスメラルダに詰め寄っているのは、キャトル・ヴァン・ディズヌフという少女である。
これといった特技もなく、非力な彼女に紹介できる仕事は少ない。
「それじゃ、ここで雇ってよ! とにかく金を稼ぎたいんだ」
「そう言われても、今は人手足りてるし……」
エスメラルダは少し考えた後、思い立って手を打った。
「それじゃ、一つ頼んでもいいかしら?」
「なになに〜? 何でもするよ!」
エスメラルダは声を落とし、囁くように続ける。
「最近過激なファン倶楽部が出来て、困っているの。こう毎日のように付回されては、気が滅入ってしまうわ」
確かに、最近エスメラルダに付き纏っている集団がある。先ほども黒山羊亭の前でたむろしている男達とすれ違った。
「たまにはのんびり買物でも楽しみたいのだけれど、彼等に見られてると思うとねー」
エスメラルダは深いため息をつく。
「わかった。そいつらを撃退すればいいんだね」
「明日一日だけでも撒ければいいかなと思ってるの。他にも応援頼むつもりだけれど、あなたも手伝ってくれる?」
「おっけー! で、報酬は……」
「成功したら弾むわよ。失敗しても、頑張ってくれたら全員に夕食くらいは奢らせてもらうわ」
「了解! まっかせといてよ! で、エスメラルダは明日、どの店いくの?」
エスメラルダは明日向おうと思っている店と、ルートを書き出してキャトルに渡した。
「癖のある男達だから、くれぐれも注意してね」
**********
「うっわー、ホントに天使だ! ホントに女の子だ」
待ち合わせの場所に現れたフィリオ・ラフスハウシェの姿に、キャトルは思わず息を呑んだ。
青い髪や、黒い瞳は確かにフィリオのものなのだが、その容姿は丸みを帯びた女性のものに変わっている。
そして、背には白く美しい羽根。
キャトルはこんなにも美しい羽根を見たことがなかった。
「おかしいですか?」
キャトルの視線に少し顔を赤らめる姿は、本当に女性そのものである。
「ううん。なんかイイ! 凄くいいよ〜。あたしさ、男ってよくわかんなくて、なんか不思議な生き物だよ……。だから、その姿の方がもっと親近感が湧いて好き」
「男が不思議な生き物ですか?」
「うん。だってさー」
キャトルはショーウィンドーを指差す。
そこには、飾られたドレスを見るエスメラルダの姿と……物陰からエスメラルダを覗き見る男性の姿が映っていた。
「なにあれ? たまに薄気味悪い笑みを浮かべて近付いてくるんだ。何度も蹴り入れたんだけれど、相変わらずついてきてるし!
フィリオは苦笑しながら、ゆっくりと物陰に近付く。
フィリオの姿が美しい天使だったため、エスメラルダを見ていた男性は逃げることもなく、逆にフィリオの姿に見惚れて立ち尽くしていた。
「こんにちは」
「こ、こここんにちは」
びしっと背筋を伸ばした男性にフィリオはそっと手を伸ばした。
「吹き飛びなさい」
突如湧き上がった風が、男性をフワリと浮かび上がらせ、空の彼方へと連れ去った。
「おお、魔法使えるんだ〜。しかも、凄い威力の風じゃん」
「こんなことの為に覚えたわけではないですけれど……」
「ってまた湧いた」
少し目を離したすきに、エスメラルダに近付く影があった。
「エスメラルダには、こんな服が似合うと思うぜー。試着してみようぜ!」
深いスリットの入った服を勧めている男は、黒山羊亭の常連客だ。その霊獣人の少年はキャトルも良く知った人物である。
「ホントなんなのー? うちのお姉ちゃんも、“男”に付き纏われたりしてるしさ。ホント何が目的なんだよ!?」
「うーん……」
フィリオはキャトルの言葉に再び苦笑いをする。
「それは、エスメラルダさんが魅力的な女性だからです。ほら、キャトルさんにも、美しいものを側で見たいといった気持ちありますよね? 彼等の場合、自制ができておらず、他人の迷惑を考えずに間違った行動をしているんです。情けないことです」
言ってフィリオは本日二度目の風魔法で少年を空の彼方へと吹き飛ばした。
「ふーん。ホントいろんな人がいるよなぁ。よくわからないけれど、そこが面白いとも思うんだけどね。じゃ、私達も服見よっか!」
キャトルはフィリオの手をぐいっと引いた。
「あっ、私はこのあたりでファン倶楽部メンバーの行動を見張ってますよ」
「えー、そんなのつまんない。エスメラルダも呼んでるし」
見れば、エスメラルダが二人を手招きしている。
「ほら、天使のあなたには、この服とても似合いそうよね」
エスメラルダが指差しているのは、ショーウィンドーに飾られた、純白のワンピースであった。
「こっちは、エスメラルダ向きだな!」
キャトルが指したのは襟元が大きく開いた紫色のドレスだ。
「この店には、私に合うのはないな〜。あっても買えないけどさ」
ショーウィンドーを見回すキャトルは、エスメラルダより活き活きしている。
そんなキャトルの様子に、フィリオは一人笑みを浮かべた。
フィリオとキャトルが知り合った事件――今もあの時の恐怖で心を閉ざしている娘が沢山いるというのに――キャトルは本当に強く明るい娘のようだ。
昨晩、偶然黒山羊亭でキャトルと会ったフィリオは、彼女から今日の話を聞き、以前助けられたお礼にと、キャトルを助ける意味で同行を申し出た。
キャトルの方といえば、助けられたのは自分の方だと強く言い張ってはいたが、フィリオの同行に関してはとても喜んで受け入れたのだ。
「そろそろお昼にしましょうか」
しばらく3人でウィンドーショッピングを楽しんだ後、エスメラルダが言った。
「うんっ」
キャトルがエスメラルダの隣に並ぶ。
フィリオは辺りを見回し、ストーカーの姿がないことを確認すると、二人の後を追った。
*********
「我が同志達よ!」
隣で目を回していた男性を起こし、その両肩を掴んだのはあの霊獣人の少年――虎王丸だ。
「いいか、おまえのやり方はなってねぇ。エスメラルダ様ファン倶楽部に所属し、我等と共にあの妖艶なお姿を目に焼きつけ、心に刻み、肌に感じようではないかっ!」
がしっと男の手を掴み、握手を交わす。
「さて、エスメラルダの次の目的地は、レストラン〜白菊〜だ。既に当番の同志が集結しているはずだ。急ぐぞ」
「なんかさ……」
レストランに入ったエスメラルダは小さな声で二人に言った。
「やけに増えた気がするの。以前は付き纏うといっても、多少の視線を感じる程度だったのだけれど、今は――」
「いらっしゃいませ」
現れた店員がエスメラルダとフィリオに水を出し、にこにこにたにた二人を見回している。
黒山羊亭付近でよく見かける顔だ。
「そう、今はこんなところにも入り込んでるわけっ」
頭を抱えるエスメラルダ。
「あの、ちょっとよろしいですか?」
さすがにここで、吹き飛ばすわけにもいかないので、フィリオは極上の笑顔で店員を外へ連れ出した。
男が消えてほっとしたのもつかの間、ねっとりとした視線を感じ振り向けば、他にもいるではないか。
厨房から覗いているコックさえ、どうもエスメラルダファンのようだ。
エスメラルダはがっくり肩を落としている。
「な、なんかエスメラルダ大変だねぇ……」
「分かってくれる?」
その顔には涙さえ浮かんでいる。戻ったフィリオも、キャトルもこくこく頷いた。
キャトルはエスメラルダを連れて壁際に席を移動し、店内が見えない位置に彼女を座らせることにする。
フィリオはエスメラルダを不埒な目で見る男を、かたっぱしから外に連れ出して、空の彼方へと消し去っていった。
そうして店には女性従業員しかいなくなり、3人はようやく食事を注文することができた。
「それじゃ、あたしは日替わりランチセット」
「あたしも同じの〜」
「では、私も日替わりランチセットにします」
3人揃って同じセットを頼んだ。
今日のメニューはハンバーグステーキだ。
この店のハンバーグは絶品である。
「ファン倶楽部のメンバーが焼いてたりして」
キャトルの言葉にエスメラルダの手が止まる。
「恐ろしいこと言わないでッ」
「ご、ごめんごめん」
「厨房もちゃんと確認してきましたから、大丈夫です。いただきましょう」
フィリオが言い、ナイフとフォークを取った。
「頂きまーす」
キャトルはフォークを掴むと、ハンバーグを大きく切り、口に押し込んだ。
「美味しい〜」
「ホント、美味しいですね」
「でしょ」
そうして他愛ない会話をしながら、3人は食事を楽しんだのだった。
その後、シェリルの店で買物を済ませ、それぞれ荷物を抱えて天使の広場へと戻ってきた。
慣れてきたこともあり、フィリオはストーカーがエスメラルダの目に入る前に、爆風で吹っ飛ばせるようになっていた。
散歩がてら並木道を歩き、噴水公園へと到着する。
「本当なら喫茶店で休みたいところだけれど……どうしようかな」
既に喫茶店もマークされていると考えられる。
「とりあえず、ここで一休みしよっか」
キャトルがベンチに荷物を置いた。
「そうね。……ってあれ??」
ベンチの側に、人影がある。
見覚えのある顔に、エスメラルダが美しい顔を歪めた。
「あ、黒山羊亭の側で見かける顔だ」
「エスメラルダさーん」
半泣き顔の男達は、何故か縄でぐるぐる巻きにされている。
エスメラルダは頭を抱えつつ、キャトルに支えられ反対側のベンチに移っていった。
「ここで何をしているんです?」
フィリオが訊ねると、男達は事情を話し出した。
なんでも、エスメラルダがたまに座るこのベンチは、ファンの間では至福の場所として、扱われているらしい。
早朝から場所取りをし、エスメラルダを待っていたのだが、『公認ファン倶楽部会長』を名乗る男に蹴り落とされ、縛り上げられてしまったということだ。
「そうですか……それではごゆっくり」
自業自得なので、フィリオはにっこり笑ってほうっておくことにした。
「公認なんてしてないわよ」
「でも、統制をしようとしている人がいるみたいです」
「ふーん……それなら、このあたりは少しは安全なのかしら?」
3人は予定通り、エスメラルダお気に入りの喫茶店に向うことにする。
緑に囲まれた喫茶店は、癒しを与えてくれる。
フィリオがドアを開けて、二人を店内へと通す。
「可愛いお店だー」
テーブルも椅子も、木の温もりを感じる作りになっていた。
案内された席に腰かけ、メニューを見る。
「ちょっと高いかも」
「奢ってあげるから、好きなもの食べていいわよ」
エスメラルダの言葉に、キャトルは目を輝かせる。
「ホント!? それじゃ、パフェにケーキに、アイスクリームも食べたい〜♪」
「勿論、報酬から差し引くけどね」
「うっ……それってオゴリじゃないし」
途端消沈するキャトルの姿に、エスメラルダとフィリオは顔を合わせて笑った。
「注文どうぞー!」
雰囲気に似合わない威勢のいい声に、3人は同時に振り向く。
小麦色の肌の少年が、伝票を手に笑みを浮かべている。
「今日のオススメはこれだぜー。さっき毒味してみたんだけど、すげぇ美味えんだ」
エスメラルダに近付き、背後からメニューを開いて見せ、どさくさに紛れて肩に手をおいている。
「うっきー! またお前かっ!」
奇妙な声を上げて立ち上がったのはキャトルである。
「隣のお姉さんもどうだ? これなんかは女性に大人気のスイーツってやつで〜」
キャトルの姿も声も全く無視で、少年はエスメラルダとフィリオにべたべた張り付いている。
「会長! お水持ってきましたっ」
「おう、会員ナンバー123号、ご苦労! そこにおいておいてくれ」
「はいっ」
会員ナンバー123号と呼ばれた少年は、水をテーブルに置くと、エスメラルダの顔と胸元になめるような視線を向けて、にたぁぁっと微笑んだ。
「なるほど、あなたがファン倶楽部の会長なのね、虎王丸クン」
エスメラルダは手を払いのけて軽く睨んだ。
「ふふふ、美女観察の義務を果たすために、内部統制をし、日々様々な活動に勤しんでいるんだぜ!」
誇らしげに言う様に、エスメラルダは呆れ返る。
「公認なんてしてないんだけれど?」
「それは無論、俺が公認した! 美しい女性を観るのは男性としての責務でもあーる!」
どうやら、店内外にいる男性従業員全員がエスメラルダファン倶楽部の会員のようだ。いたるところに配備されており、行き届いた接客が……というより、逃げ出せない状況になっている。エスメラルダ側からすれば、レストランの時より厄介な状況だった。
「なんだよそれっ。嫌がっている人を追っかけまわすのが男の責務なのかー!?」
飛び掛るキャトルを虎王丸は軽く摘み上げる。
片手で窓を開けると、ぽいっとキャトルを外に落とした。
「……でさ、二人にはサービスしちゃうぜ〜」
何事もなかったかのように、虎王丸はエスメラルダとフィリオの間に入り込み、二人の肩を抱いた。
「貴方、こんなことをしてただで済むと思ってるんですか……」
フィリオはぐっと虎王丸の腕を掴み、魔法で彼の体を浮かせた。
「私からのサービスですッ。恥を知りなさーい!!」
今日一番の突風で、虎王丸は窓から外へ投げ出され、遥か彼方へと消し飛んだ。
女性店員に聞いたところ、彼等は公認の公園美化推奨委員会のメンバーであり、美化活動の一環としてボランティアで時折働いているのだという。多分この辺り一体には同じような活動の名目でファン倶楽部会員が入り込んでいるのだろう。
フィリオは片っ端ら会員を外に連れ出し、店内の美化活動に勤しんだ。
「凄まじい根性ね。ある意味尊敬に値するかも」
「うぎゃー、やっぱり男ってわかんねぇー!」
エスメラルダは苦笑しながら、店特製のハーブティを口にした。
キャトルは頭を掻き毟っている。
「あの方々は特殊な人種ですから! 決っしてあれが男性というものだとは思わないでくださいね」
キャトルにお茶を差し出しながら、フィリオも苦笑した。
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夕方、ベルファ通りのなじみの店で食材を買い揃え、3人は黒山羊亭に戻る。
アクシデントは沢山あったが、総じて楽しかったといえる。
「こうして女同士で出かけるのも楽しいものね。一人じゃなければ、視線もそこまで気にならないし」
「オゴリならいつでも付き合うよ〜。誘って誘って!」
キャトルがエスメラルダの腕にぎゅっと抱きついた。
「そうね、今度はゆっくり温泉でも行きたいわよね」
言った途端、3人そろって後ろを振り返る。
隠れる影が幾つか目に入り、フィリオが爆風で影を空高く舞い上げた。
「ふふふ、こういう会話をすると、必ず近付いてくるのよね、スケジュールを把握しようとする人たちが」
「なんか、少し面白くなってきたかも……私も風の魔法使えればな〜」
キャトルが羨ましそうにフィリオを見上げた。
「キャトルさんだって、訓練すれば使えるようになりますよ」
「……なれば、いいんだけどね……」
ため息を一つついた後、キャトルは笑顔を二人に向けた。
「色々あったけど、今日はとっても楽しかった!」
黒山羊亭はもう目の前であった。
「おう、お帰り〜」
店内に入り込んで開店を待っていたのは……。
言わずと知れた、虎王丸である。
「いやー、腹減ったぜ。今日はかなり走り回ったからな。特に最後のは、隣町まで飛ばされちまってさー」
明るく言うその様に、反省の色は勿論全くさっぱりない。
「虎王丸!」
キャトルが正面に立ち、バンとテーブルに手をつく。
「なんだよ。エスメラルダが見えねぇだろ」
ムッとしながらも、キャトルは紙袋を取り出してテーブルに置いた。
「シェリルのお店で撮った、エスメラルダとの写真があるんだけれど、買わない?」
「うっ……とりあえず、現物を……」
キャトルは袋の中から2、3枚インスタント写真や写真シールを出して見せる。エスメラルダを中心にキャトルとフィリオも映っている。
「ファン倶楽部解散したら、もっと凄いの手に入れてあげるよー。どういうのが好き?」
「それは勿論、せくしぃーしょっとをだな」
「なーに話してるのかなぁ」
エスメラルダがテーブルに勢いよく水を置いた。
「ファン倶楽部解散についてだよ! 解散させたら報酬弾んでくれるだろ?」
キャトルには悪びれた様子はない。
「キャトルちゃんは、女心もよく分からないらしいわねぇ」
「いたっ!」
エスメラルダはキャトルの耳を掴み、彼女と袋を回収すると、虎王丸を軽く睨んだ。
「普段は見せないその顔! いいよなぁぁ」
うっとりとエスメラルダを見つめるファン倶楽部会長!
一応客である彼を吹き飛ばすわけにもいかず、フィリオは深ぁいため息をついた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【NPC / エスメラルダ / 女 / 秘密 / 踊り子】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 無職】
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸です。
そうですか、虎王丸さんが纏めていましたか〜。
プレイング拝見した時点で様々な想像が膨らみ、笑ってしまいました。
ご参加ありがとうございました!
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