<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


初夏の水想曲


 賑やかな街中から外れて太陽の沈む方向に歩いて行くと「静寂の森」と呼ばれる場所がある。名前の通り昼夜問わず物静かな所で、音といえば木々のざわめぎが聞こえるくらい。物騒な雰囲気ではないのだが、どこか厳かで神聖な空気に包まれている。
「さて、この辺りにしようか。……こう良い天気だと、昼間でもしたくなってしまう」
 水が流れて行く微かな音。悪戯に風が木々の葉を揺らしては通り過ぎていく。

 夏の日差し、水の流れる涼しげな音。小鳥たちが午後の唄を囀り始め、緩やかな眠気を誘う。
 穏やかな森の空気の中で、ふと気がつけば人間の気配。しかし小さく首を傾げる。純粋な人間ではなく他の何かが混じっているような、もっと正確にいうならば、融合しかけた二つ分の気配。
「――面白い。人の外に存在するのは私も同じ、だからね」
 口の中で小さく呟くと、シズは後ろを振り返った。




「まぁまぁ、いいじゃないか。夏の森の楽しさというものを、私が教えて差し上げよう。……まずは魚釣りなんてどうだい。そもそも、瞑想や修行といった意味での孤独とは……」
「あァ? アンタ何言ってやがんだ。誰が川遊びなんてするかよ」
 そこに立っていたのは黒髪に青い目をした青年だった。口調はやや荒いが、名を聞けばきちんと答えたくれる辺り、もしかしたら根は素直で良い人柄なのかもしれない。
 無駄に口数の多いシズと、それを見事な太刀筋で真っ二つに両断するリルド。一見正反対のタイプだが、やり取りされる会話は聞いていて微笑ましい。
 シズは川から竿を引き上げ、傍らに置く。
「……」
 すると、そこにあるはずの糸も針もなかった。
 それに気付いたリルドが呆れた様子で前髪を掻き上げる。魚釣りとはいっても、これでは掛かるものも掛からない。無意味で非生産的な行為だと受け取ったのだろう。
「行くぞ」
「うん?」
 くるりと背を向け、早くもリルドは歩き出す。数秒後、呟かれた言葉をの意味を汲み取り、淡く微笑んでしまう。捻り婉曲し裏返って、元の形から離れてしまったとしても、その中に存在する確かな心。
「……あぁ。今行くよ。ちょっと待ってくれ。今、荷物を纏めるから」
 案内役の許しが出たらしい。年柄もなく子供のように喜んで、シズは小さくなる背中を追いかけた。

「君はこの森に入ったことがあるのかい」
「いや、……ないな」
 連れ立って森に入って行くと、人の手が加わっていない生まれたままの自然が広がっていた。太陽の光を木々の葉が遮っている為か、肌に触れる空気は涼しく過ごし易い。時折ちらりと見え隠れするのはリスやネズミといった小さな動物たち。それを追うようにして、橙色の毛並みをしたキツネが前を横切る。
「ちょうどいい。せっかくだからやってみようか。最近ご無沙汰だったが、今日は君がいるからね」
「何の話だ?……胡散臭い」
 シズは思いついた様子でぽん、と手を叩く。
「おやおや、言ってくれるね。だが、……リルド。君にもきっと気に入ってもらえると思うよ」
 足を止めてきょろきょろと辺りを見回す。うん、と頷き、わくわくした様子でぴっと人差し指を立てた。
「宝探しさ」



 川から離れ奥へ奥へと向かって行くと、次第に人の道はなくなっていった。元より大地に「道」というものは存在しない。人間が歩き平坦になった地をそう呼ぶだけだ。今、足を踏み入れているのは動物たちが使う獣道。大きな植物の葉や伸びた細い枝で多少歩きにくいところもあるが、腕や手を使い押しのければ済むことだ。
「シズ。宝探しって地図は持ってるのかよ。結構広いぜ、この森」
 地面にあるぬかるみをひょいと飛び越えて、リルドが呟いた。
「いーや、地図は持ってないね。あるとしたら、ここかな」
 骨ばった指でとん、と自分の頭を示す。
「それに宝といっても、金銀財宝の類じゃない。それよりもっと価値のあるものさ。私達が生きる上で必要不可欠なモノ。君も今朝飲んだんじゃないかな。……さて、何だと思う?」
「……、水」
 御名答、と手を叩く。
 人間は水だけで数日を生きることができるが、水なしではすぐに衰弱してしまう。普段身近にあるモノだからこそ、その大切さを感じる機会は多くない。しかし、失ってみて初めてわかるなどという台詞、できれば生涯使いたくない言葉だ。
「この森はどうやら精霊が多く棲むようでね」
 何百年も生きたであろう、蔦の巻きつく大木を左へ曲がる。木の実を持ったリスが興味津々といった顔で来訪者たちを見ている。
 しばらく歩いていくと、開けた場所に出た。
「ほら、此処だ。……小さいが良い泉だよ。精霊の加護を受けているから、水も冷たくて綺麗だろう」
 滾々と湧き出る透明な水は絶えることがない。動物たちも飲みにやって来るようで、辺りには幾つか小さな足跡が残っている。リルドが手を伸ばして触れてみると、シズが言った通り冷たくて心地良い。掌に掬って飲んでみると、身体に力が染み渡っていく感じだ。
「悪くねぇな。……貰ってくぞ、コレ」
「構わないよ。私の持ち物でもないからね。……おや」
 携帯用の容器を取り出したところで、リルドが顔を上げる。
「水精霊は割と人見知りをするんだが……、君は随分と懐かれているようだね」
 泉から溢れた水から、ふわりふわりと何かが浮き上がり宙に舞う。片手に乗るような大きさで、半透明な少女の姿をしている。身に纏っているのは薄青をした衣のようだ。恐る恐るといった様子でリルドに近付き、くるりとまわりを飛ぶ。
「何だ。こいつらは……」
「水精霊だよ。古くからこの地を守っている」
 精霊は眼帯で覆い隠されたリルドの右目をじっと見つめる。言葉はない。
 だが何かを理解したように或いは悟ったように微笑むと、吐息を集めて小さな玉を創り差し出した。
「君への贈り物だそうだ」
「水の力を封じた玉か。……いいのか?」
 こくん、と精霊は頷き、リルドが受け取ったのをみると満足そうに消えてしまった。消滅したようにも見えるが実のところ森に溶け込んだだけで、またいつか姿を現すだろう。
「良い土産ができたようだね。日も傾いてきたところだ。そろそろ送ろう」



「此処まで来れば戻れる」
 森の入り口までやってくると、二人は足を止める。10分も歩けば賑やかな街の中までたどり着くだろう。
「そうか。まだ暗くはなっていないから、大丈夫だろう」
 午後を過ぎ、少しずつ太陽は西へ傾いている。夕日の色が赤く大地を染め、空には巣へと戻る鴉の姿。遠く割れた声で鳴く黒い鳥が一羽、視界を通り過ぎていく。

「寂しくなったらいつでもおいで」
「……誰が」
 眉を寄せ答えるリルドに、くすくすとシズは笑った。
 その後リルドがどうなったのかは、また別の話。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3544/リルド・ラーケン/男/19歳】
【NPC0746/シズ・レイフォード/男/32歳】

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■         ライター通信          ■
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ご参加ありがとうございました。如何でしたでしょうか。
夏の良い思い出となれば幸いです。