<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


記憶の欠片、輝きの源

 やけに整頓された倉庫の突き当たり。
 壁にかかった大きなタペストリをめくると、中には指をかける溝があり、
「ちょっと待っててくださいね〜」
 ルガート・アーバンスタインはその溝に指をかけて、ががが……と壁を移動させた。
「おやおや」
 ディーザ・カプリオーレは驚いたように片眉をあげた。「これはまた、大がかりなしかけを作ったね」
「本人の希望で……本人が壁細工して作ったから文句の言いようもなくて……てーい!」
 ルガートの渾身の力で壁を開ききると、そこからもわもわと埃が立ちのぼってきた。
 ディーザは自分の煙草の煙とあいまって、げほげほと咳き込んでしまった。
「な――なんだいこの埃っぽさは」
「我慢して頂けませんかー」
 ルガートはぽりぽりと鼻筋をかいた。
「……ヤツの部屋はゴミ屋敷なんで」

 ディーザ・カプリオーレ。少し伸びた金髪がさらっとなびき、オレンジ色がかった赤い瞳が今日は楽しげに輝いている。
 黒いシャツを下に着込み、上には青のジャケット。いかにも動きやすそうな服装だ。
 何をやっている人だろう――とは、ルガートは聞かなかった。
 それは、『クオレ細工師』に会いに来た人間に対する不文律のようなものだったからだ。

 件の『クオレ細工師』の部屋がゴミ屋敷だろうがなんだろうが、煙草をくわえたままのディーザは気にしなかった。
「ま、色んな人間を見てきたしね」
 安堵したような顔をするルガート。その彼について、ディーザは壁から現れた階段を下っていった。
 ――その部屋に降り立って、ディーザは一言、
「へえ」
 と言った。
 それは驚きを通り越して、感心している声だった。
 特に何があるというわけでもない。なのに散らかっている。がらくたが多いのだろうか? しかしひとつひとつは使えそうな気もする。
 要はこの部屋の主人がものぐさなだけなのではないだろうか。
 かと思ったらそうでもない。ほんの一箇所だけ――奥の棚、ひとつだけ、綺麗に整頓されている。瓶やガラス皿が丁寧に並べてある。
 その瓶やガラス皿からこぼれているかすかな輝きに、ディーザは惹かれた。
「あれは何だい?」
 ルガートに棚を指差してみせると、
「あれは今までに作ったクオレで――お客さんが持って帰らなかった分――こらフィグ、起きろ!」
 ルガートはがらくたの波を割って奥に入り込み、誰かを呼んでいる。
 フィグ。その名は『クオレ細工師』の名前のはずだ。ディーザはぷかあと煙草の煙を吐く。
 すると、
「うおっ!?」
 ルガートの驚いたような声がし、のそのそとルガートではない気配が動いた。
「……火気厳禁……」
 新しい声はそうのたまった。
「そうなのかい? そりゃ困ったね」
 ディーザは煙草を口から離す。
「当たり前……ここには紙類も多い……」
 うおおお!? と驚くルガートの足元から、のっそりと少年が起き上がった。
「おおお、お前がすぐに起きるなんて!」
「うるさい……煙草の匂いで起きただけだ……」
 こんながらくたの中で寝ていたのか? とディーザは驚く。
 そして、それなのに起き上がった少年――フィグの短い黒髪は、一糸として乱れていない。
 眠たそうにこする目は、黒曜石色か――?
 思って観察するディーザとフィグの視線がふと合った。
 黒曜石じゃない。黒水晶だ!
 ぞくぞくと高揚感が這い上がってくる。なぜかなぜか、すべてを見透かすようなあの黒い瞳。そうだ、あんな目を求めていたんだ――!
「火気厳禁……それじゃ」
 言うだけ言って、フィグはまた眠りそうになった。うああ、とルガートが頭を抱える。
 ディーザは携帯用灰皿に煙草を押し付けて、
「ほら、煙草吸うのいったんやめるからさ」
 とフィグのいる方へ近づいて行った。
 そしてフィグの襟首をひょいっと持ち上げ、
「キミがフィグ? 記憶を見て何かを生み出すって言う。実は、記憶を見てほしいんだ」
「……俺のところに来る人は大抵その用件ですけどね」
 猫のように吊られながら、フィグは不機嫌そうに言う。
 ディーザは笑った。
「『記憶覗き』、やってくれないかな? 報酬ははずむよ」

 フィグが渋々承諾したのは、その十分後だった。
 ディーザが、滅多に採れない宝石を交換条件に出したからだ。

 ディーザはルガートが部屋の隅から持ってきた椅子に座らされた。上着を脱ぐと、ルガートが持ってくれた。
 傍らに、フィグが立つ。
 ――目を閉じて。
 言われるままに、自然と瞼が落ちた。
 ――そのまま――
 くるくると、意識が回転しながら落ちていく――

  ++ +++ ++

 はあ――はあ――
 全力で走った。全力で、体の奥底のパワーまでも燃やしつくすように。
 はあ――はあ――
 一体なんで追いかけられているんだっけ。それさえ忘れかけていた。
 はあ――、――
 ああ、何てものに手を出したんだろう。
 もう息も出来ない。追手のかかりにくそうな道ばかりを選んできたから、体もぼろぼろだ。何より何日間飲まず喰わずでいるのか。
「もう……だめ……」
 かすれた声で言いながら、ディーザはずるりと座り込んだ。
 視界がかすれていてよく見えなかったけれど、目の前は灰色だった。
 ぼんやりと灰色に添って視線をあげていくと、その灰色は建物だと分かった。
「………」
 ディーザは向きを変え、建物の壁に背を預ける。
 ……もうこのまま、死んでもいいや。
 あいつらに見つかって殺されるぐらいなら、このまま安らかに……。

 その時だった。彼に出会ったのは。
 仏頂面でうっとうしそうに私を見下ろし、それでも私をラボの中に引きずり込んだ男――

 じじじ、じじじと機械音で耳はいっぱいだった。
 しかしその音に恐怖は感じなかった。
 目の前にかすんで見える顔は自分を追っていた男たちのものではなく、あの仏頂面――
 それだけで安心できたのだ。それだけで……

  ++ +++ ++

 ディーザの記憶はそこで途切れた。
「はい、今回はここまで」
 フィグがパンと手を叩くと、はっとディーザは目を開いた。
「最後までいかなかったな。自分の記憶に入り込みすぎたか……逃げたことを思い出して疲れ切ったんでしょう」
「………」
 ディーザは大きくため息をつく。そして、煙草を取り出した。
 今回はなぜか、フィグもそれを咎めなかった。
 ルガートが、こちらを見て物欲しそうにしている。
「?」
 フィグに向かって、彼が何を言いたいのかと視線で問うてみると、
「……あなたの気が向いたら、あなたの過去を話してやってください。そいつには過去は見えない」
「あー。そっか」
 煙草に火をつけながら、ちょいちょいとディーザはルガートを手招きした。
 ルガートが嬉しそうに寄ってくる。
「あのね。今見てた記憶は私のじーちゃんの記憶なんだ」
「おじいさん?」
「そう。でも、じーちゃんって言っても血のつながりはないよ」
 ふー、と煙草を吐き出し、ディーザは「ああ、うまい」と満足げな顔をした。
「――私はストリートチルドレンで、盗みで生計を立ててた。でもね、ある日やっちゃたんだ。手を出しちゃいけない、ヤバイものをね」
「手を出しちゃいけないヤバイもの……」
「詳しくは聞かぬが花だよ、ルガート」
「は、はいっ」
 いたずらっぽくウィンクしたディーザにルガートが背筋を伸ばす。ディーザはこんな子供っぽい顔をした時、なぜか妙な色香があった。
「それで――ええと、ああ。追われてたんだっけね。そう、追われて追われて追われて……たどりついたのは、打ち捨てられたようなラボだった」
 フィグに記憶を覗かれていた間、その時の記憶を思い出していた。
 苦しくて、いや、苦しいと思う余裕さえなくて、痛くて、痛すぎてもはや痛覚もなくて。
 のどが渇いて渇いて渇いて。
 やがてすべての力を使い果たして、もたれかかったのは、灰色のラボの壁だった。
「その時点で、私は放っておけば死ぬほど、ぼろぼろだった……」
 穏やかな声で、ディーザは囁く。
 まさか自分が死にかけた時のことを、こんなに心穏やかに話せる日が来るとは思っていなかった。
 ディーザはさらりと金髪を背中に流す。これから話すことを考えると、声が快活になる。
「で、その私をかくまって、サイバー化して助けてくれたのがじーちゃん」
「サイバー化?」
「あれ? 気づかなかった? 私サイボーグだよ」
「あえええええ!?」
 ルガートは心底驚いた様子で跳びあがった。その様がおかしくて、ディーザは笑う。
「何なら触ってみる? 普通の人間とあまり変わらないけど」
「いいいいいっす。恐れ多い」
「遠慮しなくてもいいって」
「えええ遠慮なんてしてませんっす」
 ぶるぶるぶるぶる首を横に振るルガート。ふとディーザが横を見ると、自分らには背を向けて何かをやっているフィグの肩が震えていた。笑っているのだ。
「えええと、そのおじーさんはやさしかったんですね」
 話をそらそうとして、ルガートは精一杯の笑顔で言う。ディーザは「まさか」と手を横に振った。
「へ?」
「ああ、善意だとかそんないいもので助けてくれたわけじゃない。気まぐれだったんだと思う」
「そ、そんな?」
 思い出す、自分に背中ばかり向けていた男。
 すすけた白衣を着ていた男。
「偏屈だし頑固だし口は悪いし拳は飛ぶし」
 ひとつひとつ言葉を並べるたびに、胸の奥が熱くなる。
 嫌と言っても食事を食べさせ、嫌と言っても勉強を学ばせ、嫌と言っても自分のために老体に鞭打って食用動物を取りに行き、ディーザを罵倒しながら好き嫌いをなくさせた。
 そして本当に悪いことをした時は、拳が飛んできて。
「ほんともう、小憎らしいじーちゃんで」
 ――ほんともう、愛すべきじーちゃんで
「でもね……」
 ディーザは自分でも信じられないくらい優しい声で、囁いた。
「そんなじーちゃんでも誰かが一緒にいてくれる」
 時には罵り合いになっても。時には殴り合いになっても。
「一人じゃないってことは、悪くなかったよ」
 相手がいてくれる。それだけのことが、どれほど幸せだったろう。
 ディーザはずっと自分らに背を向けて何かをしているフィグに声をかけた。
「フィグ。キミなら分かるんじゃない?」
 足を組み、その膝を抱きながら。「キミ、家族いないんだろ。私の気持ち、分かるんじゃない?」
「フィグの家族なら俺がいますよ」
 不満そうにルガートが割り込んできた。「俺は! フィグの兄貴です!」
「……誰がお前なんかを兄貴にするか……」
「なんだとーーーーー!」
 フィグにつかみかかっていくルガート。
 そんな二人の様子がおかしくて、ディーザは心から笑った。
「んでさ、とにかくこれと」
 と彼女は煙草を指してみせ、
 それからグラスをきゅっと傾けるようなしぐさをした。
「――これ。こいつらも覚えたしねー。いい日々だったと思っているよ」
「………」
 ルガートの攻撃を簡単に受け流していたフィグが、「記憶が足りない」と言った。
「クオレが出来上がるための記憶が足りない。あと何かが……」
 何かが足りない? 何だろう。まさか自分が闇の仕事を請け負っていた時代のことじゃあるまいし。
 ディーザ自身首をかしげてから、ああ、と手を打った。
「ひょっとしてじーちゃんのその後? それはまた今度かな」
 時間が来ちゃったみたいだね、と壁時計を見ながらディーザはルガートから上着を返してもらう。
「またくるよ。――思い出話、つきあってくれるだけでも嬉しいもんだね」
 またひとつウインク。
 ルガートが頬を赤くして、フィグは目を細めて、
「……まあ、サイボーグだからといって無理はなさらない方がいいですよ」
 と言った。
 ディーザは軽く笑った。

 薄暗かった倉庫から外へ出る。
 赤い夕陽が街を染めている。
 ディーザは手をかざして夕陽を眺めながら思った。
 この太陽はまるで、サイバー化された直後――ラボから初めて外に出た時に見た太陽に似てる、と。

 ―FIN―

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3482/ディーザ・カプリオーレ/女/20歳/銃士】

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■         ライター通信          ■
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ディーザ・カプリオーレ様
お久しぶりです、笠城夢斗です。
今回はゲームノベルへのご参加ありがとうございました!
一人称でのプレイングでしたので、記憶を覗いた描写より語った描写を多くさせて頂きましたが、いかがでしたでしょうか。
よろしければぜひ続きをw本当にありがとうございました!