<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
『賞金首を炙り出せ』
ソーンで最も有名な歓楽街、ベルファ通りの酒場といえば、真っ先に思いつくのは黒山羊亭だろう。
この美しい踊り子の舞う酒場では、酒と食事の他、様々な依頼を受けることができる。
「ねえねえねえ、他には? あたしが出来る仕事ないのー!」
キャトル・ヴァン・ディズヌフという少女が、エスメラルダに付き纏っている。
このところ依頼を求めて頻繁に黒山羊亭に顔を出しているキャトルだが、非力でこれといった特技もない彼女に、紹介できる仕事などほとんどない。
「じゃあいいよ、とりあえず、その依頼書の束の一番上! なんでもいいからそれ請けることにする!」
キャトルはエスメラルダの持つ依頼書の束から、一番上の紙を引き抜いた。
「あれ?」
「それは依頼じゃないわよ」
ため息混じりにエスメラルダが紙を取り戻す。
「これは手配書。賞金がかかってるわね」
その手配書には、二人の男の似顔絵が描かれている。
「賞金首ってやつ?」
「1人100Gで、2人で200Gね。まあまあの金額だわ。格闘家に幻術師……」
「ふーん……って、幻術師!?」
再びキャトルは手配書を奪い取る。
強盗殺人の常習犯らしい。
二人組みのうちの一人は元格闘家。もう一人は幻術師と書かれている。
「そうみたいね。だからなかなか捕まらないのよ。噂ではかなりの使い手らしいわ。もしかしたら、この酒場の客の中に紛れているかもね
キャトルは店内を見回してみる。
「ううん、ここにはいないよ。あたしさ、幻術見破れると思う! 魔法は使えないけれど、魔法耐性は凄くあるんだよね。幻術師相手なら、勝機はあるかもー」
「魔法耐性あるんだ。それは初耳だけれど……魔法にかからなくても、あなたの場合、大の男を捕まえるだけの力はないと思うんだけれど」
確かに、幻術師一人だけを相手にするとしても、正面からではキャトルに勝ち目はない。
「うーん……でもやる。気付いてないフリして罠に嵌めれば、なんとかなるよ、多分!」
「まあ、依頼ってわけじゃないから、勝手に捜すのは自由だけれど、協力者は募った方がいいと思うわ」
「そうだね。それじゃ!」
キャトルは酒場の客に向い、大声で協力を呼びかけたのだった。
……しかし、若い少女の言葉に、耳を傾ける者は少なかった。
「楽しそうじゃねーか。その話、俺も交ぜろよ」
ただ一人、右目に眼帯をした青年が、不敵な笑みを浮かべつつ、そう言ったのだった。
目を輝かせてキャトルは青年の元に駆け寄る。
「うんうん! あんたいい感じだよね。凄みがあるっていうかー。名前は?」
「リルド・ラーケン」
「じゃ、リルドよろしくー。あたしは幻術見破るからさ、格闘家の方はあんたに任せるよ」
「こらっ、キャトルさん!」
作戦を立て始めるキャトルの頭に、ぽんと手を置く者がいた。
キャトルよりずっと背の高い女天使だ。その背中には美しい白い羽根が生えている。――フィリオ・ラフスハウシェである。
「あっ、フィリオ来てたんだー! フィリオも協力してくれるの? してくれるよねっ!」
「協力以前の問題です。危険すぎます。キャトルさんには無理です」
「えーっ」
「大体、幻術を見破れるといっても、キャトルさんは魔法を使えないのですよね? 武器はどの程度使えるのですか?」
「一通り使えるよー」
「本当ですか?」
「うっ……」
キャトルは押し黙ってしまう。
そして、ちろちろっとリルドを見る。助け舟を出して欲しいらしい。
しかしリルドとしても、協力を申し出た理由の一つは、キャトルのような見るからに力の弱そうな少女一人では危ないと思ったからである。故にフィリオの言葉を否定できない。
「いいの、大丈夫だから行く」
「大丈夫じゃありません。キャトルさんの場合、今まで大丈夫だった例の方が少ないのでは?」
「絶対行くっ! 行くったら行くの!!」
キャトルは駄々っ子のように、同じ言葉を繰り返しだす。
根負けして、フィリオはため息をついた。
「では、その前に少し付き合ってください」
フィリオがキャトルを連れて来たのは、自らが所属する自警団の詰め所であった。
「キャトルさんが使える武器といったら……」
「うわーっ、これこれ、凄いよ、こんなの振り回したら怖いものナシだ!」
そう言って、キャトルが掴んだのは自分の身の丈ほどもあるスパイクの付いた棍棒だった。
無論、持ち上げることはおろか、動かすことさえできない。
「キャトルさん。あなたが扱える武器は、こちらでしょ」
ちょんちょんとキャトルを指で叩き、フィリオが反対の手で指したのは……吹き矢であった。
「えー、せめて剣とか使いたいんだけどなー」
「では、持ってみますか?」
フィリオは刀をキャトルに手渡す。
キャトルは思いっきり振り上げてみる。しかし、振り上げた途端、後ろに倒れそうになる。
「お、重い……」
「両刃の刀より細身ですから、そう重くはないと思うんですけれどね」
やはり痩身のキャトルはかなり非力なようだ。
「本当は吹き矢をお勧めしたいところですが、扱えるようになるまで時間がかかるでしょうし……」
万が一、一般人に毒矢が当たってしまったら大事になる。
フィリオは棚に置かれている武器から、警棒を取り出した。
「キャトルさんだったら、相手は無力な市民と誤解して油断すると思います。幻術を破り、相手が動揺したその隙を突ければ勝てる可能性はあるでしょう」
そう言ってフィリオは警棒をキャトルに持たせる。
「ですから、その効果的な一撃を打ち込めるように戦う術をキャトルさんに覚えてもらいます。……これが出来ないなら、キャトルさんには何が何でも諦めてもらいますからね」
「やだっ、諦めない!!」
強い瞳でキャトルは言った。
これだけの意気込みがあれば大丈夫だろうと頷きながら、フィリオはその武器の使い方を教えたのだった。
**********
「いっ……むぐぐ」
大声を上げかけたキャトルの口をリルドが背後から手を回して塞いだ。キャトルの手は酒場の一角を指している。
「あの二人か?」
キャトルが指しているのは、若い女性である。普通の外見の普通の服を着た、目立たない女性……しかし、良く見れば、なるほど不自然だ。笑い顔はどこか下品であり、スカートにも関わらず、足を大きく開いている。
こくこく頷くキャトルの耳に「外に出てろ。打ち合わせ通りに頼む」と小さく声を残すと、リルドは一人カウンターに近付いた。
「おっさん、この店で一番高い酒を出してくれ」
「構わねぇが、大丈夫かい兄ちゃん」
「さっきギャンブルで大儲けしてさ。金なら腐るほどある」
自慢げに、少し大きめの声で言う。
「了解」
マスターが返事と共にグラスを取った瞬間。
「お兄ちゃーん!」
元気のいい声が酒場中に木霊する。キャトルだ。
「家が小火で大変なんだ。こんなところで酒呑んでる場合じゃないよ。帰ろー!!」
酒場に入り込み、キャトルはリルドの手を掴んだ。
「小火? 家族は無事なのか?」
「全然平気。ぴんぴんしてるよ。でも、修繕費は相当かかりそうだよ」
そんな会話をしながら、二人は店から出て行く。
さて……。これは勿論作戦である。
あの二人が強盗殺人の常習犯であるのなら、おそらくリルドを追ってくるだろう。
リルドとキャトルは兄妹のふりを続けながら、路地裏へと歩みを進める。
「!?」
突如、視界が歪んだ。リルドは思わず目を細める。
「幻術だよ。しっかり!」
キャトルが思い切りリルドの足を踏みつけた。
「っ!」
「睨まない睨まない。ちゃんとあたしのこと、見えてるね?」
「当たり前だ」
不機嫌になりながら、剣を引き抜くと同時に振り返る。
「よう、何の用だ?」
「言わなくても分かってるようじゃねぇか」
振り返った先にいたのは、手配書の人物の一人――格闘家の方だ。幻術師は身を隠しているらしい。
「おいキャトル。もう一人の場所わかるか?」
「分かるよ。幻術師は任せて! フィリオに武器借りたし」
小声で言いながらキャトルが懐から覗かせたのは、棒のようなものである。
「じゃ、俺はコイツと楽しもうか」
リルドの青い瞳がギラリと光った。
「それじゃお兄ちゃん、お金もって先に帰ってるね〜」
そう言って、キャトルはリルドから袋を受け取ると駆け出した。
キャトルを追おうとする元格闘家の行く手を、リルドが阻む。
「道を開けろ。俺の名を知らねぇわけじゃねーだろ。金さえ渡せば命まではとらなくてもいいんだぜ?」
「そうか」
薄く笑い、リルドは地を蹴った。
「俺は金も貰うがお前の命も貰うッ」
根性はあるつもりだが、何せ自分には体力がない。
直ぐに息が切れ、キャトルは荒い呼吸を繰り返しながら、壁に手をついた。
無言で、男が近付いてくる。
手配書に書かれていた幻術師だ。フィリオが言っていたとおり、キャトルの外見に男は油断をしているようだ。
「あ、んた誰だよ」
演技力に自信があるわけではないが、精一杯恐れるそぶりを見せ、後退りをする。
「金を出せ」
男がキャトルの目を凝視し、指で軽く印を結んだ。術を発動したようだが、キャトルには効かない。
キャトルは言われたとおり、リルドから受け取った袋を、足下に置く。
近付いてくる男を呆然とした顔で見ながら、そっと懐に手を伸ばす――。
今だっ!
男が屈んだその瞬間に、キャトルは警棒を取り出し、男の頭めがけて振り下ろした。
パコンという気持ちのいい音が響く。
不意をつかれた男だが、倒れることはなく、瞬時にキャトルに体当たりを食らわせた。
「貴様……!」
非力なキャトルの一撃では、男を気絶させることなどできなかったのだ。
「ヤバイ、使い方間違えたー」
起き上がる間もなく、男がキャトルを組み敷き、首に手をかけた。
「俺の幻術を破るとはな」
「結構強力な術みたいだけれど、あたしには全然効かな……」
強い力が加わる。
武器だけは手放すなとフィリオに言われている。
キャトルは警棒を握り締めながら、ゆっくりと動かす。
警棒の先が男の体に触れた瞬間、親指でスイッチを入れる。
バチッ
電気が弾ける音が響く。
弾かれたように、手を離した男から、体を引きずって逃れる。
「いったーい!」
締め上げられた痛みより、男の手を通じ感じた一瞬のショックの痛みの方が首に残っていた。
「痛い! 痛い! 痛い!」
キャトルはパコパコ警棒で男の頭を殴った。
「痛い痛いよイタイー!!」
「キャトルさん、キャトルさんっ! もう気絶してますよ」
綺麗な女性の声に顔をあげれば、天使姿のフィリオがいた。
「あ、そっか……」
フィリオから預かった武器は、特殊警棒型スタンバトンであった。電気ショックを与える器具である。
普通の人間ならば、一瞬にして意識を失うほどの威力だという。
つまり、意識のない相手をキャトルはボコボコ叩いていたのだ。
フィリオは安堵の吐息を漏らす。
幻術師はかなりの使い手であったはずだ。戦闘能力の全くないキャトルであったが、すんなり彼を捕らえることができるのは、紛れもなく彼女の存在あってこそだろう。
――名を上げることが目的ではない。
ただ、血が騒いだ。
自分よりも、逞しく優れた体を持つ相手に。
男はリルドの攻撃を付近の鉄柵を引き抜いて受け止めた。
そのまま鉄柵を振り回すが、リルドは素早く身を退き手を振り上げた。
途端、空が光り、鉄柵に稲光が落ちる。
瞬時に手を離した男だが、多少のダメージをくらったらしく、手を押さえてリルドを睨みつけている。
リルドは剣を再び構えた。
目の前に見えるのは、獲物だけだ。
魔法で起した風の力を借り、逃げ出す男の背に飛び掛る。
まず一閃。男の背から吹き上がった血飛沫に高揚する。
剣を両手で掴みなおし、崩れる男の背に……
「待ったー!」
声が響き、自分の背に何かが絡みついた。
「……なせッ」
「殺すな!」
絡み付く物体を乱暴に振りほどいて、剣を向けた。
「上等だ。それならアンタが俺を楽しませてくれるのか?」
剣の先にいたのは……。
「うわっ、幻術かかってないのに、目がいっちゃってるよー」
尻をついたまま後退りしているのは、キャトルだ。
「こ、殺したらダメだリルド、賞金が1割になるだろ!」
そうであった。
今回の容疑者の場合、殺してしまったら賞金は1割になってしまうのだ。
背後に引きずるような音が響く。
顔だけ振り向けば、負傷した元格闘家が体を這うように逃れようとしている。
瞬時にリルドは剣を振った。
「だからダメだってばーーーーーー!」
キャトルが絶叫した後、パタンと倒れた。
「……おい」
リルドはキャトルの細い腕を掴んで起した。
「あううあうう、お金が……」
ガクリとうな垂れているが、キャトルに怪我はないようである。
「殺してねぇよ。気絶させただけだ。興が醒めた」
「えっ、ホント!?」
キャトルが倒れた男に駆け寄る。
「確かに生きてはいるけど……す、凄い怪我。大変大変! 治療院に。いや、詰所が先ー!?」
混乱しているキャトルを尻目に、リルドは上を見上げた。
役人を呼ぶ必要はない。見上げれば、自警団の制服を纏った天使が自分達を見守っているのだから。
「幻術師の方も楽勝だったよー。パッコーンて一撃」
キャトルの言葉にくすくすフィリオが笑う。
とりあえず、リルドとキャトルは強盗殺人犯を2人とも引き出すことができた。
賞金はそれぞれ100Gずつ受け取ることにする。
「リルドはこのお金、何に使うの?」
「さあな、まだ決めてない」
「やっぱとりあえず、酒場で一番高い酒かな?」
それもいいかもしれない。
その前に、この血で汚れた服をクリーニングに出すか、新調しなけりゃならない、か……。
「んじゃ、黒山羊亭で乾杯しよっか!」
血の臭いが漂っているのに、空気は朗らかだ。
リルドは明るく笑う天使と痩せた少女に挟まれながら、一時の安らぎを感じていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳 / 冒険者】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 無職】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、ライターの川岸です。
フィリオさんのご助力でなんとかキャトルは幻術師を気絶させることができました。一人で行動していたら、おそらく酷い目にあっていたと思います。
またお目に留まりましたら、どうぞよろしくお願いいたします。
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