<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『生命の尊厳<求める者、退く者>〜神の血を継ぐ者〜』

 蒼柳・凪と虎王丸は、一旦街へと戻った。
 とりあえず最悪の事態を回避できたことには安堵していたが、解決は程遠い。
 凪はまず、錬金術師ファムル・ディートの診療所を訪れた。
 互いの情報の交換し、対策を練らねばならない。
 診療室へ通された凪は、軽い違和感を覚える。
 それが何であるかは、その時はわからなかった。
 ソファーに向かい合って腰掛け、魔女の屋敷で互いが見聞きした情報を交換する。
 しかし、凪が包み隠さず語るのに対し、ファムルはあまり気が乗らないらしく、魔女とファムルの会話については、その詳細までは聞くことができなかった。
「では、魔女クラリスは研究を成功させるために、ファムルさんのことも狙ってるんですね」
「んー、まあそうだ」
 ため息をつきながら、ソファーに深く腰掛けるファムル。
「ダランが向うにいるままでは、いずれ自分達は魔女の手中に落ちてしまいます。何か手立てはないんですか?」
「私の方はともかく、君はそう難しいことではない」
「え?」
 室内は蒸し暑い。
 ファムルは水差しを手繰り寄せ、グラスに水を注ぐと一気に飲み干した。
「魔女には関わらなければいいだけだ。今後一切魔女の息の掛かった場所には近付かず、ダランのことも諦めればいい」
「諦めるって!?」
「ああ、言い方が悪かったな。ダランのことは、父親であるローデスさんに任せろということだ」
 任せるといっても、ダランの父にあの魔女を納得させる交渉力があるとは思えない。そして、魔女がローデスに取引として持ち出すのは、やはり自分だろう。
「魔女のテリトリーの話は覚えているか?」
 ファムルの言葉に、凪は頷いた。
 魔女のテリトリーは三段階になっているとのことだ。
 まず、魔女が暮していた目の前の山とその付近。その辺りは魔女が植えた魔法植物が繁殖し、魔女の魔力が行き渡りやすくなっているらしい。
 続いて、屋敷へ行く途中の幻術が施されている範囲。
 そして魔女の屋敷の敷地内だ。敷地内は、魔女の口の中にいるようなものであるという。
「その他、魔女の力が及ぶ範囲は彼女が仕掛を施したり、魔動生物を送り込んだ範囲に限られる。その場所に近付かない限り、君の存在を彼女は認識できない。そして、魔女クラリス本人は街へ下りてくることはない」
「何故です? 実際のところ、魔女クラリスはどのくらいの力を持っているんですか?」
「はっきりとはわからんが……少なくとも魔力はシスの方が上だった」
 ファムルの言葉は意外であった。
 シスとは魔女クラリスが作り出した女性であり、ダランの母親だ。自らが作り出した魔女に抜かれたというのだろうか?
「あ、いやシスの方が強いっていうんじゃなくてな。魔女クラリスのあの姿は、彼女本来の姿ではないんだ。作り出した体か、人間の体なのかはわからないが、あの体の名前が「クラリス」であり、中の魔女の本当の名前ではない。人間の体を使うことで、自らの魔力を抑えているそうな……いや、私も詳しいことはわからんのだが」
 クラリスという体……。
 黒い髪に黒い瞳。肌の色は黄色である。
 つまり、色素は濃い。魔女の魔術に適していない体である。
「それでは、一体、魔女とは何者なのですか? 異界人?」
「さあ、わからん。しかし、以前こんなことを言っていたことがあってな」
「こんなこと?」
 うなずいて、ファムルは話し出す。
「『生命の創造を許されるのは我等だけだ』とか『我等の施しは生態系を崩す。よって我等は必要以上人とは関わらず、取引はギブアンドテイクに徹する』などだ。その言葉から推察するに……」
 ――神族――
 嫌な単語が凪の脳裏を巡った。
「そうだよ、あたし達は神の血を分け与えられた者だよ」
 声に振り向けば、診療室の入り口に、帽子を目深に被った少女が立っていた。
「キャトル……来てたのか」
「うん! 今日も手伝いに来たよー。おおっ、今日は片付いてるね。てか、昨日の今日だから当然か」
 キャトルと呼ばれた少女が、帽子をとった。淡い金色の髪が落ちる。酷く痩せた少女であった。
 凪は違和感の理由に気付いた。
 部屋が普段より片付いているのだ。配置も若干変わっているように思える。
 どうやら、この少女が時々片付けているようなのだが……。
「で、この子誰? なんか色々知ってるみたいだけど……」
 キャトルが言った。
 凪から見れば、彼女は自分より年下に見えるのだが、キャトルから見た凪もまた、年下に見えるらしい。
「あっ、もしかしてシスの子供?」
「いや、彼は蒼柳凪君。シスの息子ダランの友達だよ」
「へー。ダランは一緒じゃないの?」
「一緒じゃないというか……とりあえず、おまえはあっちに行ってなさい」
「待って」
 追い払われそうになるキャトルを、凪が呼び止めた。
「君は誰? 神の血を分け与えられた者ってどういうこと?」
「あたしは、キャトル・ヴァン・ディズヌフ。ファムルの娘だよ!」
「ちがーーーう!」
 ファムルが思い切り否定した。
「えへへっ。じゃあ、ランク99のクラリス様の失敗作って言ったらわかるかな?」
 失敗作――。
 凪はファムルとクラリス間で交わされた会話が、少しずつ解ってきた。
 ファムルは凪に、失敗作を完全なものにするための、助力を頼まれた。と説明していた。
 失敗作とは多分、この娘のことだ。
「君は、魔女?」
「うん! 魔法使えないんだけどねっ」
 一点の曇りもない瞳で、彼女は言った。
 魔女の言葉が思い出される。
『私は魔女を0〜99にランク付けしている。現在までの最高傑作はシス=6だ。大抵の魔女はキャラント=40あたりだが、ソワサント・ディス=70辺りになると、成人を迎えられない者も多い。より不出来な場合は第二次成長期の変化に耐えられず死に至る』
 第二次成長期――彼女は今その年頃である。
 このままでは、長くは生きられないというのに、どうしてこうも明るい顔で笑っていられるんだろう。
 その答えは、凪が問わずとも、彼女自身が口にした。
「あたし達は、そう長くは生きられないけどさ、それはこの世界でこの肉体でのことで、ここで死後、天での生活が約束されてるんだよ。あたしは今がとっても楽しいから……できれば、もっとずっと長くここにいたいんだけどさ」
 僅かに、本当に僅かに、キャトルは目を細めた。
「でもさ、あたし達と違って、ダランってなんなんだろうね。魔女でも人間でもない。体は人間なんだろうけど、シスの力を受け継いでるだろうし、人間と同じだけは生きられないんだろ? クラリス様は興味があるみたいで、調べたいって言ってたけどさー。調べても魔女にしてあげることも、人間にすることもできないんだろうし」
「いやまて、そうでもない……」
 ファムルは何かに気付いたのか、立ち上がり、薬品棚を探り、奥から薬瓶を一つ取り出した。
「凪君、不完全な魔女が長く生きられない理由の一つについて『体内の魔力を制御できないことにある』と、魔女は言っていたんだね?」
 凪はファムルの言葉に頷いた。
「ならば、一つ方法がある。魔女は価値のないものを手元に置いたりはしない。ダランを診てやるという名目で手元においてはいるが、魔女からすれば実際は研究対象として手元においているんだ」
「はい」
「だったら、その価値をなくしてしまえばいい。全てを解決する方法、それは――」
 思わず唾を飲み込んだ。ファムルの次の台詞は予想できた。
「ダランの魔力を消すことだ」
 テーブルの上に、置かれた薬瓶。瓶に書かれている文字は読めない。
 しかし、これが魔力を消す薬であることに違いはないだろう。
「一時的に……ではなく?」
「そうだ。これは魔力の源を破壊する薬だ。作り出された魔女達は魔力を失えば生きてはいけんのだが、ダランの身体は人間だ。魔力を完全に体内から消してしまえば、体に害を及ぼすことも、魔女に狙われることもないだろう」
「だけど、そうしたらダランは魔法が――!」
「ああ、二度と使えなくなる。どんな魔法であっても。しかし、魔力が極端に少ない人間は普通に存在している。私のようにな」
 凪はダランの努力を知っている。
 ダランの夢を知っている。
 だから……。
「そんなこと、出来ないっ」
「そうか……。では、これはローデスさんに渡すとしよう。親であるローデスさんに決める権利があるからな」
「決める権利は、ダランにあるんじゃないですか!?」
 思わず、声に力が篭る。
 対して、ファムルは冷静だった。
「凪君、君は子供の自殺をどう思う?」
「え?」
「子供の命は、子供の判断で捨てていいものではない。ダランが反発したとしても、健康を最優先に考えるべきだろう」
 “生きれる道を選ぶことにした”と、ダランは言っていた。
 しかし、夢を捨てることになっても、長く生きる道を選ぶのだろうか。
 ダランの父親の反応は容易く想像できる。
 確実に、ダランの魔力を消す道を選ぶだろう。
「魔法に関して、全部忘れさせるって手もあるよ」
 キャトルが言った。
「ファムルに忘れ草って魔法草で、記憶の一部を封印する薬、作ってもらおうとしてるんだ。ダランにもそれを使えばいい」
 魔術に関する事、全てを忘れさせても変わらない。
 役立てないことに苦しんでいく。努力する道をも断たれ、手段もなくずっと。
「あんたも辛いのなら、ダランのこと忘れればいい。ダランもあんたのこと忘れればいい。そうすれば、出会う前に戻るだけだから」
 そうしたら、ダランは昔のダランに戻るのだろう。
 夢もなく、本当の楽しみを知らず、ただ人を恋しがり、他人に迷惑をかけ続け、疎まれ、利用され……。
 凪は首を左右に強く振った。そして、テーブルの上の薬瓶を取った。
「俺からローデスさんにお話します。ちょうど、ダランに手紙を書いてもらおうと思っていたので」
「わかった。君に任せるよ凪君。しかしその薬だが」
 自分と同じ色の瞳が自分の瞳を直視した。
「君が使ってもいい。君も魔力を失えば、魔女にとって価値のない存在になるだろう」
 そうだ。魔女は魔力のない者から情報を得ることができない。
 だから、自分もこの薬を飲めば――!?
「まさかファムルさん、あなたもこの薬で……」
「さあ? 君の想像に任せるよ」
 ファムルは、凪の言葉に微笑してそう答えた。 

 診療所を出て、草むらを通り過ぎる。
 強い日差しの中、商店街に差し掛かった。
 ふと、ガラス扉に映る自分の姿に足を止める。
 最近、更に自分が幼くなった気がする。
『この子誰?』
 先ほどまでの会話が、次々に頭を巡る。
『ダランってなんなんだろうね。魔女でも人間でもない』
 自分もまた、神でもなければ……人間といえるのだろうか。
 人間として許される存在ではないのではないか?
“生命の創造を許されるのは我等だけだ”
“我等の施しは生態系を崩す”
 そう、この小柄な身体の中に在る力が、自分が普通の人間ではないことを物語っている。
 ダランも、自分も――いずれ、体内の力に、決着をつけなければならない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 無職】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 魔術師の卵】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
引き続き発注ありがとうございます。
ファムルが提示した解決策は、凪さんにとって受け入れがたいものだと思いますが……。
どのような決断をなさるのか、楽しみにしております。