<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『生命の尊厳<求める者、退く者>〜形見〜』

「それは……渡せない」
「なんでだよ、ダランのものだろ?」
 ローデス邸の応接室に通された虎王丸の前に、ダラン・ローデスの父の姿がある。
 苦悩に満ちた表情で、ローデスは同じ言葉を繰り返えした。
「渡せない」
 魔女が取引材料として提示したマジックアイテム――それは、随分前に美術館で見たものであった。
 雪の結晶を形どった豪華なペンダントであり、ダランの母親の形見だと聞いていた。
 確かあの時の話では、母親の命日にダランに渡すとのことだったが。
 そう話すと、ローデスは首を左右に振った。
「そのつもりではあった。しかし、ダランに話したらレプリカでもいいと言ってな。だからこれは渡せない」
「言わせたんじゃねぇのか?」
 あの日、美術館に展示されていたペンダントをダランは盗みに現れた。
 騒ぎを起こし注目を集めることが目的だったのかと思いもしたが、後日それだけではなかったのだと虎王丸達は知った。
 ダランはレプリカの存在を知っており、展示されたレプリカではなく本物の白雪のペンダントの存在を知らしめることが、彼のもう一つの目的だったようだ。
「レプリカといっても、本物と大差ない。魔力が込められていないだけだ。魔女ならマジックアイテム化することができるだろ? そうすれば、同じものに……」
「それ、本気で言ってんのかよ!」
 段々、腹が立ってきた。
 ローデスのダランを心配する様は、嘘ではないんだろうが、どうも姿勢が気に食わない。
「じゃあ、同じモンなのに、どうしておめぇは本物が欲しいんだよ」
「それは……」
「効果が関係してんのか? ……理由によっちゃあ諦めてもいいぜ」
 諦める気持ちはさらさらないが、一応そう言っておく。
 ローデスは腕を組んで、うな垂れた。
 そして、ゆっくりと語りだす。
「白雪のペンダントには、魔法を籠めることができるんだ。今もまだ、妻が残した魔法があのペンダントには残っている」
「それを消したくないってことか?」
 虎王丸の言葉に、ローデスは頷く。
「……あのペンダントには、妻がダランに残した言葉が宿っている」
「それなら、尚更ダランに」
「いや! 妻は、ダランが大きくなったら渡してくれと言っていた。15になったらやろうと思っていたが、まだあの子は子供だ。ダランが魔法を開放したら、妻の言葉は永延に消えてしまうだろう」
「あのさ……あんた、ダランの命と死んだダランの母親との思い出、どっちが大切なんだ?」
「勿論、両方だ」
 ローデスの言葉に、虎王丸は頭を悩ませる。
 夫婦とは、親子とはそういうものなのだろうか?
「うー、じゃ他には? ダランの母親は、そのペンダントを他にどんな風に使ってたんだ?」
「魔力を溜めることができるようだが、それ以上の効果は知らん」
「それじゃ、もう一つ。あの魔女の元から、あんたはどうやって、魔女の子を手に入れたんだ?」
「知らなかったんだ、何も……」
 ローデスはシスとの出会いを、虎王丸に語り始めた。

 魔女クラリスは、魔女達が15歳を迎えると、自由に行動をさせるらしい。
 山を下りたものは、大抵パーツ提供者等、魔女の存在を知るものと暮すということだ。
 シスは、山を下り、弟のような存在であったファムル・ディートと共に暮していた。
 二人が開いていた薬屋に、ローデスが訪れたのがきっかけだった。
 彼女の美しさに惹かれたローデスは、毎日のように薬屋に通うようになった。
 シスは外見の美しさだけではなく、内面もとても美しい女性であった。
 何も知らないまま、ローデスは恋に落ち……その猛烈な求愛にいつしかシスもローデスを愛するようになっていた。

「なんか……フツーだな」
「ああ、普通だ。普通の恋、普通の結婚、普通の家庭……を築けると思っていたんだ」

 しかし、シスは短命の魔女であった。
 寿命が短いという話は、彼女の口から結婚前に聞いていた。
 普通の人間ではなく、魔力が高いことも聞いていた。
 シスという呼び名が数字の6を表していることも聞き、ローデスは彼女に新たな名前をつけた。
 だが、子供を産むことが命に関わることなど、ローデスには知る由もなかった。
 出産を望んだのはシスであった。
 どうしても、ローデスとの子供が欲しいと、強く願ったのだと言う。
 そして、ダランが産まれた。

「その後だ、彼女が全てを語ってくれたのは。魔女の手から奪ったわけではない。殺したわけではない。私は彼女に――」
 その後は、言葉にしなかった。
“私は彼女に生きていて欲しかった”
“子供など設けずとも、彼女の寿命が尽きるまで、ずっと”
 多分、そんなところだろう。
 ダランを愛しながら、その存在を否定してしまう気持ちも、ローデスの中にあるのかもしれない。
 だから、溺愛していながら、彼をきちんと見ようとはしない。
 漠然とであったが、虎王丸にもなんとなくローデスの気持ちが伝わっていた。
「まぁつまり、魔女はシスの行動を止めることができなかったってことか」
「彼女達はマジックアイテムで魔女クラリスに監視され、護られている。しかし、彼女は私の元に嫁ぐ時、その腕輪を外して、魔女の倉庫に返したらしい」
「腕輪……そうか」
 虎王丸がダランに嵌めた腕輪は、どうやらシスの腕輪のようだ。
 虎王丸は考え込む。
 しかし直ぐに、面倒になり頭を掻き出し、ついにはバンとテーブルを叩いた。
「消えちまうかもしれねぇけど、シスが残した言葉、あんただって聞きたいだろ? ダランだって聞きたいはずだ。ホントは分かってるんだろ、ダランに渡すべき時が来たって!」
 顔を覆い、うな垂れたままローデスは動かない。
 苛立つ心を抑えながら、虎王丸は彼の反応を待った。
 ……しばらくして、無言でローデスは立ち上がり、内ポケットから、箱を取り出した。
「頼む。ダランも、これも、必ず持ち帰ってくれ」
「やっぱ持ってたんじゃねぇか。わかったよ」
 中を確認する。確かに白雪のペンダントだ。
「けどよ、変わりにダランの父親を差し出せって言われたら、その取引乗っちまうかもしれねーけど?」
 冗談交じりで言った言葉に、ローデスは力なく微笑んで「それでも構わない」と答えたのだった。

 ペンダントを大切に持ちながら、虎王丸はローデス邸を後にした。
 見送りに出ていたローデスの姿が見えなくなった頃、もう一度箱を開けて、白雪のペンダントを取り出してみる。
 この綺麗なペンダントにどんな想いが籠められているのだろう。
 そして、あの繊細な装飾の施されていた腕輪も、シスの形見だったのだ。
 今もダランの腕に嵌っているだろう腕輪を思い出す。
 硝子の迷宮で、自分の呼びかけダランに届いていたことに、気恥ずかしさを感じていた。
 だけど、届くのなら――。
 呼びかけてみよう。
「頑張れよ、へばってんじゃねぇよ!」

**********

 ダラン・ローデスは、家畜小屋にいた。
 草で敷き詰められた寝床に、最初は不満を漏らした。
 だけれど、今は、何も考える余裕がない。
 何が自分を苦しめていて、どこが痛いのかわからないほどに、身体が蝕まれている。
 引き裂かれそうなのは、心か、体か?
 だけれど、一箇所だけ。
 たまにとても暖かくなる場所がある。
 右腕を目の前に上げた。
 何故か、意識せずに頷いていた。
 そしてもう一つ。
 右腕を下ろし、胸を掴む。
 ここには、もう一つの大切なものがある。蒼柳・凪からもらった大切なもの――彼の故郷の御守りだ。
 腕輪と御守りが合わさると、不思議と心が落ち着いた。
 大丈夫、明日も自分は生きている。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 魔術師の卵】
ダランの父ローデス

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。いつもありがとうございます。
次回魔女の屋敷に向った場合、特にご指定がなければ、ダランと別れてから一ヶ月くらい経過していると考えたいと思います。
そのくらいの期間で魔女の一通りの検査や基礎修行は終えていると思われます。ただ、ダランの肉体や精神の状態がどのようになっているかは分かりませんが……。
日を置かずに魔女の屋敷に向ったとされる場合や、もっと間を空けたとされる場合は、その旨プレイングにご記入ください。
どうぞよろしくお願いいたします。