<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


記憶の欠片、両手に確かな絆もて

 倉庫街は閑散としている。活気があってもよさそうなものだが、この辺りの倉庫は純粋に個人が所有して使っているので人の出入りもそれほどないのだ。
「と、いうことは……」
 ディーザ・カプリオーレは明るい金髪をかきあげた。
「あのルガートのぼっちゃんも、倉庫を所有できるほどのお金持ちの、それこそおぼっちゃんなのかね」
 そんなことを思いながら、彼女はいつもの倉庫の近くへ近づいた。
 目的の少年は、すぐに見つかった。くせのある赤毛にそばかす……
「やあルガート」
 ディーザはわざと背後から声をかけてやった。「うわっ!?」とルガートが跳び上がる。
「――お客さん! び、びっくりした……!」
 ディーザはにっとくわえ煙草で笑ってみせる。ルガートは苦笑した。
「悪いんだけど、今日もフィグに会わせてもらえる?」
 本題に入ると、赤毛の少年はきょとんとして、
「クオレならこの間終わったじゃないですか。何の用で――あ、棚ならまだまだ頑丈ですよ!」
「……棚のことを確かめにわざわざ来ないよ。今日はお話でもどうかなーって」
「話……」
 ルガートは眉を寄せる。
「それだけの用件で、ヤツは目を覚ますだろうか……」
「……そう言えばそうだねえ」
 かの少年のこんこんと眠る様子を見たことのあるディーザは、そうだった、と思って髪の毛をかきみだした。
「まあいいや。とにかく当たって砕ける。案内して」
「はあ」
 ルガートは倉庫を開けてくれた。

 倉庫をまっすぐいった奥、壁に大きなタペストリがある。
「そう言えばさあ……」
 ディーザはタペストリをめくるルガートに声をかけた。
「キミの家って、裕福?」
 ルガートは振り向き、照れたように笑った。
「宿屋ッスよ。まあとんとんで」
「宿屋か。ソーンだと確かに儲かるね。どうりで倉庫を持てるわけだ」
「俺は三男坊なんで、家を手伝わずにここの管理してるんス」
 ――タペストリの向こう。壁の中にぽっかりと小さな穴がある。
 ルガートはそこに手をかけて、思い切り横に引いた。
 ごごごご、と壁が動いていく。
「キミとフィグは兄弟?」
 そうはとても思えなかったが、一応ディーザは聞いてみる。
「違います……よ!」
 重いドアを開けきったルガートが、はあはあ息をつきながら否定する。
「あいつは居候です。滅多に働かなくてずっと寝てる困った居候ですけどね」
「ふーん……」
 ドアが開くと、地下室への階段が現れる。
「さ、どうぞ」
 ルガートに促されて、ディーザは先に階段を下りた。
 ――むわっと襲ってきた埃。
「この間私が来た時に掃除したのになあ」
 首をかしげながら「フィグー!」とディーザは呼んだ。
「フィグー。聞こえてるんだろ、狸寝入りはやめて起きろー」
 返事はない。
「こら、フィグー!」
 ルガートがフィグの指定席たるごみごみした山の中央部へ突進していく。
「おーきーろー!」
 そこで止まって怒鳴りだしたルガートを見ると、どうやらフィグはちゃんとそこにいるらしい。
 ディーザは煙草を口から離した。
 そして、
「起きないと煙草ここに落とすよー」
 と言ってやった。
 もぞもぞと、ルガートのいる辺りで何かが動く音。
「……脅すなんて大人のやることじゃない……」
 どこか不思議な響きのする少年の声が聞こえてくる。
 ディーザはははっと笑った。
「人の心は永遠に子供さ。ところでフィグ、キミそういう生活習慣直さないとそのうちひげが生えるようになったらあっという間にひげもじゃだ」
「そんなこと知らない……」
「フィグがひげもじゃ?」
 素っ気なかったフィグ本人より、起き上がったフィグの胸倉をつかんだルガートが反応した。
 しげしげと友人を見つめ、
「……ひげもじゃ?」
 眉をひそめ、難しい顔をする。
 確かに、自分で言っておいてなんだが、フィグにはひげもじゃは似合わない。というかひげが生えてきそうにないなとディーザは思う。
 暗いこの地下室でも浮かび上がる抜けるような白い肌、どこか神秘的な黒髪と黒い瞳。
 人間とは、かけ離れているような。
(このソーンだからなあ……ひょっとして普通の人間じゃないのかもね)
「フィグ」
 ルガートに無理やり上半身を起こされたままの少年に、ディーザは話しかけた。
「今日は記憶を見てほしいとかじゃなくって、話でもどうかなって」
「話……?」
 フィグは面倒くさそうに、「話なんかありません」と素っ気なく言った。
「キミになくても私にはあるんだよ」
「興味ありません」
「興味とかそういう次元じゃないんだよ」
「………」
 フィグは眠そうに目をこすってから、
「……煙草の火は完全に消してからにしてくださいね」
 と言った。

 あいにくこの地下室には、来客用の椅子が1つあるだけだ。
 その椅子をディーザにすすめ、フィグとルガートは平気な様子であたりのがらくたの上に座った。
「で? 話ってなんです」
 覚醒したフィグが不機嫌そうにディーザを見る。その綺麗な黒水晶の瞳は怒るとさすがに迫力があって、ディーザは「まあまあ、あんまり怒らないで」と苦笑した。
 そしてフィグに向かって身を乗り出し、
「フィグ、君さ、どうやったら記憶を見れるの?」
「……は?」
「意識して見るの? 相手から勝手に流れてくるの?」
「………」
「人の記憶が否応なしに流れてくるから、倉庫に引きこもってるのかなって思って」
 ディーザは軽く腕を組んで、「それ、何とかできないかな?」
 フィグは目を伏せる。その顔を見つめながらディーザは続けた。
「持って生まれたものだからって、そのまま付き合うことはないんじゃないかなって」
 フィグの視線があがるように、人差し指を一本立ててみた。
 つられるように、フィグは顔を上げた。
「今のままが生きやすいっていうんだったら、無理強いはしないけどね――」
 ディーザは、フィグの黒水晶の瞳に向かって、にっこりと笑った。
「3人で外とかいけないのかなーって思っただけで」
 楽しそうでしょ、3人で外。そう言ってディーザは笑う。
「3人でさ、あちこち歩き回ってさ。好き勝手にけんかみたいなこと言い合ってさ。ここじゃなくて太陽の下で。3人だけじゃなくて道行く人としゃべってみたりして」
「フィグは太陽の下に行くと溶けるんですよ」
 ルガートが大真面目に言ってきたので、ディーザはアッパーをかましておいた。
 そしてフィグの顔を改めて見て、
「どう? 無理?」
 小首をかしげながら訊いてみる。
 フィグは顔をそらした。
「……不可能では、ありません」
 ――ぽつりとこぼれた言葉に、ディーザは驚いた。まさか最初から正直に言うとは思わなかったのだ。
 フィグは続けた。小さな声で。
「俺の場合は外から勝手に流れてくる……街に出たら頭がパンクしそうになる。だから、制御する。でも気を抜くとすぐに」
 言って、深いため息。
「そっか、勝手に流れてくるのか……」
 ディーザは眉にしわを刻む。それでは外へ行くのは難しい。道行く人々の記憶が全部流れてくる。想像するだに恐ろしい。
 フィグの場合は制御方法を知っているというが、それを持続させるのも大変なことなのだろう。
 フィグは天井を見た。
「太陽の下、か……」
 無論、この地下室に太陽の光などかけらも入ってこない。
 人の記憶を見ることで、太陽よりももっと美しい光をたくさん目にしてきている彼には、太陽の光など興味のないものなのだろうか。
「フィグ……太陽の下に出たいと思ったことない?」
 尋ねてみた。
 フィグは天井を見たまま、しばらく返事をしなかった。
 やがて――少年は顔を下ろし、うつむいて、
「太陽の光……憧れだった」
 と彼は言った。「人の記憶で見られる太陽の光。明るくて、強くて、人々に力を与えていて。憧れだった」
 ディーザは優しい顔になる。
「……ほんの少しだけ、行ってみない?」
「―――」
「気持ち悪くなったらすぐに帰ろう。ね」
「―――」
「できるだけ人通りの少ないところを選んでさ」
 長い沈黙があった。
 やがてフィグがぎこちなく――うなずいた。
 ディーザは椅子から立ち上がり、笑顔でフィグの頭を撫でた。
「キミ、頑固頭かと思ったらわりと素直だねえ」
 その辺は子供なのかな。そう思ったらすべてを見透かすような黒い瞳も急にかわいく思えてくる。
「さ! ルガート!」
「はいっ!?」
「……なに声裏返ってんの。キミも一緒に行くんだってば」
「あ、ああ、はい」
 ルガートは何か知らないがひどく動揺しているらしい。ディーザの言葉にも生返事だ。
 まあいいやとディーザは思い、
「さ、行こう。フィグ」
 と黒髪の少年に手を差し出した。
 おとなしくディーザの手を取ったフィグににかっと笑ってみせ、ディーザは階段を昇り始める。
 ようやく我に返ったのか、ルガートが「待ってください〜!」と追いかけてきた。

 倉庫を開ける瞬間――

 それはまぶしい、まるで世界が変わったかのような瞬間。
 フィグは思わず目を閉じたようだった。黒い瞳に日光は強すぎただろうか。そんなことを思ってディーザは心の中でくすっと笑う。
 やがておそるおそると、
 フィグはその瞼を上げる。
「―――」
 日光を浴びて、少年は立っていた。
 黒髪が陽光を吸い込んで不思議な色に光っていた。

 しばらく太陽の下にいることに浸っているフィグを、このままでいさせようと見守っていると、ルガートが隣まできてつぶやいた。
「驚いた……あいつが自分から、あんなに素直に外に行きたいなんて言い出すなんて」
「………? そんなに意外かい?」
「意外も何も。あいつ今まで何度誘われても一度も外に出るなんて言ったことありませんよ」
「―――」
「太陽に憧れてるなんて俺も初耳だ。すげえッスよディーザさん。やっぱディーザさんだからなのかな――」
 私だから? とディーザは自分を指差す。
 そうですよ、とルガートはうなずく。
「多分、クオレの棚を直した時の……色々と……」
「そっか」
 ディーザは顔をほころばせる。
 壊れてしまったクオレを集めておく棚を直せと言ったのは自分だ。あの少年にとって、その言葉はとても意味を持つものだったのかもしれない。
 やがてフィグが振り返る気配がして、ディーザはルガートから視線を移した。
「とりあえず日光には満足した?」
「……ええ」
「じゃあ街に繰り出そうか!」
 ディーザはフィグの手を取って、歩き出した。
「何で俺の手は取ってくれないんスか〜〜〜!」
 嘆きの声をあげながら、ルガートが後ろからついてきた。

 いざとなったら、自分の記憶を見せればいい。ディーザはそう思っていた。
 多分、一番近くにいる人間の影響が強いはずだ。
 フィグが気を抜いた時、望みもせず流れ込んでいく記憶が一度見たディーザのものなら、大分楽だろう。
 だから、この手は離さない――

「さて……どこへ行こうか」
 ディーザが思案していると、
「あの……天使の広場とか、アルマ通りとか、まだ残ってるんですか」
 フィグが見上げてくる。
「ん? ああ、残ってるよ」
「……じゃあそこに行きたい」
 ディーザは目を丸くした。
「いいのかい? その2つはこの街でもかなり人でにぎわってる場所だけど――」
 フィグは黙ってうなずく。
 ディーザは思う。――どうせ人の記憶が流れ込んでくるなら、人が多くても少なくても変わりはないのだろうか。
 それとも思い入れがあるのだろうか。
 それとも――人々を、見たいのだろうか。
「分かった。アルマ通りで食べ歩きでもしよう」
 提案して、元気よく歩きだす。
「そいつの分の金、まさか俺が出すんスか〜〜?」
 ルガートがひいいと自分の財布の中身を確かめる。
「しょうがないねえキミは……フィグの分もキミの分もおごってやるよ」
 ディーザは呆れて腰に手を当てる。ルガートは飛びあがって喜んだ。
 まったく、フィグと違ってこちらは素直というか単純というか……

 アルマ通りで食べ歩き。果物やお菓子の試食物が多かったので、試食物だけで済ますというせこい真似をしつつ、3人は進んだ。
「ちゃんとした食事は天使の広場で取ろう。――フィグ、まだ大丈夫かい?」
 フィグは小さくうなずく。
 途中、何も言わないまでもフィグがご執心になった飴があったので、それを一袋買ってやった。あの暗い地下室の中で、フィグが飴を口にしているところを想像すると、何となく笑えた。
 フィグはきょろきょろと落ち着かずに周りを見る。誰かを探しているようで、また誰にも見つからないよう気をつけているようで――
 アルマ通りも一通り終わり、天使の広場にやってくる。
「あそこのパスタが美味しいんだ」
 ディーザの勝手な嗜好により、お昼を食べる店は決まった。

 店の中は涼しい。
 そう言えば、あの倉庫の地下室はいつも気温が一定だな、と思い出し、ディーザは不思議に思う。
 そしてさらに思い出した。――今日は日光の強い日だ。なのにアルマ通りを通っている間、暑さを感じなかった。
 まさか――
 見つめる先、自分の横の席にフィグがいる。
 フィグの傍が――気温が一定なのか――

「俺ナポリタ〜ン」
 向かい側の席に座り、にへらっとしながら幸せそうにルガートが注文している。
 そんな赤毛の少年を、ディーザはじっと見つめた。
「……ルガート」
「なんスか?」
「前に、平気な顔で辛い過去を話せるって不思議って言ってたよね」
「あ……はい」
 突然神妙な態度になって、ルガートはうなずく。
 ディーザは苦笑した。ここまで素直じゃなくてもいいだろうに。そう思いながら、話を続ける。
「別に不思議なことでもなんでもないよ」
「え……?」
「過去と現在は繋がってる。でも、それは足枷って意味でじゃないよね」
 ふいにフィグがこめかみに手をやったのを視界の端に見て取って、ディーザはぎゅっとフィグの手を握る。
 フィグはその手を握り返してきた。
「――過去を教訓にするだとか、そういうのだったら良いと思うんだけど、不幸な過去があるから今も不幸な顔してなきゃいけないなんてことはない。そういうこと」
「………」
 ルガートは辛そうな顔になった。その視線は、ディーザの隣、フィグに向かっていた。
「フィグ……だったらお前は、今はもう平気な顔できる……のか?」
「―――」
 ディーザは一瞬凍りつく。
 そうだった、そういう可能性を忘れていた。
 他人の記憶を見る。フィグの性質はそれだけだと思っていたけれど、そうじゃない。
 フィグはフィグという、ちゃんとした1固体の人間なのだ。
 横を見ると、フィグは不機嫌な顔で、
「……人様の前でそういう話をするんじゃない。ルガート」
「あ……悪ぃ」
 ルガートはそのまま沈黙した。
「ありがとうございますディーザさん」
 フィグはディーザを見た。「さっきからあなたのおかげで抑えられている」
「……そう。お役に立ててるならいいんだけど」
 フィグは――笑顔をちゃんと浮かべられる。
 ディーザは思い出す。自分も彼の笑顔を見ている。
 大丈夫、彼は笑顔を浮かべられる。
 それは決して作りものではない。
 ――傍らからいい香りがして、気がつくと注文の品を店員が持ってきていた。
「さあフィグ。思いっきり食べて、今日のことはしっかり胸に刻んでおくんだよ」
「……ええ」
 フィグは小さく微笑んだ。
 ああ、ほら。
 ちゃんと笑えてる。

 たくさんの記憶を見る少年。
 それは辛い記憶ばかりではなかったはずだ。
 だから彼は、笑顔を知っている。だからきっと、涙も知っている。辛さを知っている。怖さを知っている。弱さを知っている。
 強さを知っている。
 楽しさを知っている。

 3人でのおいしい、賑やかな昼食。
 ディーザは思う。――彼らを外に連れてきてよかった。

 店を出たところで、
「な! フィグ、うまかったろ!」
「……ここはディーザさんのおすすめの店じゃなかったか。何でお前が偉そうなんだ」
「細かいこというな。な!」
「その能天気な笑顔に時々拳をめりこませたくなるんだが……」
 ばしばしとフィグの肩を叩くルガート。そのルガートをにらみつけるフィグ。
 ディーザはくすくすと笑った。そして、そうかと思い至った。
 こんなルガートだから。
 こんなフィグの親友でいられる。
「世の中、うまくできてるもんだよね……」
「え?」
 つぶやきに振り向いたルガートに、なんでもないよと首を振った。
 フィグはそっぽを向いていた。ディーザのつぶやきが聞こえていて、その意味を汲み取ったのかもしれない。
「さ! 午後は歓楽街にでも行こうか!?」
「わ! おねーさん子供を誘惑する気!?」
「甘いね甘いよルガート。フィグはともかく少なくともキミぐらいの歳の子は普通にいるよ」
「どええええ!」
 ふ、ふ、ふと今度はルガートの手も引いて、ディーザは走りだした。

 右手に奇跡の少年を。
 左手にそれを支える少年を。

 2人の手を思い切り振り上げて、ディーザは思い切り空気を吸い込んだ。
「2人の友情を祝して!」
 白い鳥がばさばさと空を通りすぎていく。
 太陽が変わらずさんさんと、彼らをまぶしく照らしている――


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3482/ディーザ・カプリオーレ/女/20歳/銃士】

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■         ライター通信          ■
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ディーザ・カプリオーレ様
こんにちは、笠城夢斗です。
今回もゲームノベルへのご参加、ありがとうございました!
納品が遅れてしまい、大変申し訳ございません……。
今回は素敵なプレイングのおかげで、何年かぶりに某少年が外に出られました。親代わりとしてお礼申し上げます(笑
こんな素直なフィグを書くのは初めてかもしれません(笑
貴重な経験をさせて頂きました。ありがとうございました!
それでは、また会える日を願って……