<PCクエストノベル(2人)>


 更なる謎を求めて



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【冒険者一覧】

【3434/ 松浪・心語 (まつなみ・しんご) / 異界職】
【2377/ 松浪・静四郎 (まつなみ・せいしろう) / 放浪の癒し手】

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 心語:「…わかった」

 静四郎:「本当ですか?!」

 
 松浪静四郎(まつなみ・せいしろう)は、うれしそうに顔をほころばせて、義弟を見下ろした。
 ぱちんと両手を打ち鳴らして、にこにこと笑うその表情は、ひとつの曇りもなく、松浪心語(まつなみ・しんご)は深いため息をつきながら、渋々といった態でうなづいた。だが、その一瞬後に、きっ、と厳しい目をすると、もう一度改めて義兄を見上げる。


 心語:「だが、絶対に危ないところへは行っては駄目だからな!俺が安全を確認して、大丈夫だと確信したら、ついて来てもいい」

 静四郎:「わかりました。大丈夫、あなたの目の届くところにちゃんといますから」

 心語:「約束だぞ?!」

 静四郎:「はい、じゃあ、指切り!」


 勝手に小指をからめ取られて、ぶんぶん振り回され、心語はますます仏頂面になる。
 こういうところが「子ども扱い」だと思うのだ。
 だが、兄がうれしそうにしているところを見てしまうと、彼には何も言えなくなる。
 兄は自分を見つけてから、頻繁にこの家に顔を出すようになった。
 少し粗末な作りではあるが、そんなに狭くはないこの家に、いつの間にかもう一台のベッドを買い増し、ちゃっかり自分の居場所を確保している。
 何も言わずに出奔したその理由を、兄は無理に聞き出そうとはしない。
 きっと待っているのだろう、と心語は思う。
 こちらから、何の気なしに切り出すのを。
 まだだ、と彼は思った。
 まだ、その時期ではない。
 せっかくわだかまり自体が解け、関係だけは元に戻ったのだ、これが自然な状態だと、自分が思えるようになったら、話せばいい。
 少しだけ首を横に振って、そんな考えを払い、心語は机の上に丸めてあった羊皮紙の紐をほどき、はらりと卓上に広げてみせた。


 静四郎:「これが、地下水脈の地図なんですか?」

 心語:「ああ」

 
 そうして、心語はこれまでの経緯をなるべくわかりやすく、訥々と話して聞かせた。
 地図に書き込まれている記号も説明し、自分なりの推論も話す。
 

 心語:「だから、次の段階としては、このツタに覆われていた部分を進んで、その先に何があるか確かめることと、模様の正体、それと紅く光る柱について調べようと思っているんだ」

 静四郎:「この模様は、いくつか種類があるのですか?」

 心語:「それはこっちに書いてみた」


 模様だけが書かれている少し小さめの羊皮紙を指差し、彼は説明を続けた。


 心語:「縦棒と横棒の関係を見てみると、これはおそらく数字のようなものじゃないかと思うんだ。しかも、触ったら一瞬、消える。これとこれは、俺の推理した模様で、実は見つかっていない。だから、このふたつの模様が見つかったら、順番に触ってみるつもりだ」

 静四郎:「そうすると、何かが起きるかも知れないんですね」

 心語:「たぶん、何らかの動きは期待できると思う」

 静四郎:「…よくここまでひとりで調べましたね」

 心語:「…」

  
 心語はむっつりと黙り込む。
 もし、ここで伝説の門が開いたら、自分はどうするだろうか、と。
 兄とは種族がちがう、きっと兄はこの門の先には招かれないだろうから。
 自分たち戦飼族の生まれた地。
 そして、還りたい、場所。
 戦飼族の長老たちは、空間を切り取り、固定する力があったという。
 一生戦いの中で生きて行くことを余儀なくされた自分たちの種族が、唯一、誰の干渉をも受けず、迫害も受けずに生きていくことが出来る、そんな夢のような場所だ。
 はるか昔に閉ざされて、入口も失われ、今では誰もが希求してやまない伝説の地へ、自分は行こうとしている。
 この世界に留まる限り、自分の心は休まることがない。
 確実にいつか、戦場で鮮血をまき散らし、塵となって消えてしまうだろう。
 静四郎の傍に、一生いることを許されたけれど、宿命がそれを許してはくれなかった。
 この大事な兄を失いたくなかったから、自分はまた紅く染まった世界へと、身を切られる思いで飛び出したのだ。
 だから、そんな自分が唯一羽を休められる場所が、この門の向こう側だとしたら。
 宿命の鎖すら、断ち切ってもらえる場所だとしたら。
 その甘い誘惑に、勝てる自信はなかった。

 
 静四郎:「どうか、したのですか?」

 心語:「…いや」

 
 やめよう、と心語は思った。
 まだ見つかってすらいないのだ。
 今はこのことに悩む時ではない。
 見つかってから、ゆっくり悩めばいいのだから。
 
 
 心語:「今回はふたりだから、10日分くらいの食料や水を用意して行こう」

 静四郎:「そうですね。このツタがすべて焼き払われていないかも知れませんし、松明も多めに持って行くべきですね。ちょっと重いですけど、先に油布が巻いてある松明を使いましょうか」

 心語:「…いや、でも…」

 静四郎:「心配はいりませんよ。私だって、遊んでばかりいた訳ではありませんからね、少しぐらいの資金は持っているんですよ」

 
 静四郎は持ち物リストをいくらか改変して、少しでも長く滞在できるような品揃えにした。
 実際に道具の調達に行ったのは、勝手知ったる心語の方だが、予想以上に高価なものばかり購入することになったのには、いささかとまどいを覚えた。
 案の定、雑貨屋の店主も、「こんなのを買って懐具合は大丈夫かい?」と心配そうに訊いて来たくらいだ。
 買った物はすべて丈夫な皮袋にしまい、松明は落ちないように背負い袋に留め付けた。
 兄には軽い物を持ってもらうことにして、買い物を済ませた翌日の早朝には、ルクエンドへと発った。
 さすがに三度目ともなれば、道中で迷うこともトラブルに巻き込まれることもない。
 すんなり現地へたどり着いた。
 

 静四郎:「すごい…何て綺麗なんでしょう…」

 心語:「水も澄んでいるんだ。魚はいないようだが」

 静四郎:「この水はどこから来ているんでしょうね?」

 心語:「源流まで遡ったことがないからな…」

 静四郎:「この光の柱が、地上の水を濾過しているのかも知れませんね」


 いつも野営しているところに荷物を置き、さっそく探索を開始する。
 兄にはいつも数歩後ろを歩かせた。
 もちろん、「まほら」は背中にある。
 先日ツタを焼き払った場所は、きちんと通れるようになっていた。
 先を進むと、行き止まりと、さらに先に続く道に分かれる。
 ある広場を進んだところで、片隅に何か白い物が転がっていることに気付いた。
 静四郎をそこに待たせ、心語がまほらを手に、慎重にそれに近付いた。
 

 心語:「無謀な冒険心の成れの果て、か…」


 それは既に白骨化した死体だった。
 おそらく心語が来る前に、ここに入り込んだ者だろう。
 吸血ヅタにやられて、ここまで逃げてきたものの、食料もなく水もなかったために、力尽きたにちがいない。
 静四郎の許に戻って、軽く説明すると、兄は静かに黙祷を捧げた。
 そうやっていくつもの道を5日かけてふたりで回り、彼らはいくつかの模様を集めることに成功した。
 それは、最初に心語が予想したとおり、数字の羅列のように見えた。
 
 
 静四郎:「この模様を順番に触っていったらどうでしょうね?」
 
 心語:「ああ、いい考えだと思う」
 
 
 ふたりは地図を頼りに、その広い水脈を歩いて、紅の柱に描かれている模様を、ひとつひとつ手で触って行った。
 不思議なことに、この順番で触ったものは、白く発光し、点滅し始めたのだ。
 
 
 心語:「きっと、まちがった順番で触ると、元に戻ってしまうだろうな…」
 
 静四郎:「慎重に行きましょう、時間はまだありますから」
 
 
 兄にそうやって微笑まれると、心語はどことなく安心した。
 そうして、すべての模様を触り終えた時。
 目の前にあった、透明な壁が、しゃらん、という音とともに消えてなくなったのだ。
 
 
 心語:「先に…進めそうだ」
 
 静四郎:「行ってみましょう」
 

 心語はうなずいた。
 奥から何が現れるかわからない。
 兄を後ろに追いやって、心語はまほらをすぐにつかめるように身構えると、ゆっくりした足取りで先へと進んだ。
 それからすっと進んで行くと、音すら吸い込まれそうな、恐ろしく広い場所に出た。
 あまりに広すぎて、全体像がつかめない。
 だが、そんな中で、明らかに異質な物が中心に存在していた。 
 一見して人工物だと思われる、蒼い光の柱を造形して作った、長い長い階段が天に向かって伸びていたのである。
 いったい何段あるのか、想像もつかなかった。
 だが、心語には、それが何かわかったような気がした。

 
 心語:「これがきっと入口だ」


 この階段の先には、伝説の門があるはずだ。
 ふたりは、息をひとつ飲み込むと、天にそびえるその階段を、踏みしめるようにして登って行った。
 途中、何度か休んだが、ふたりは延々とその蒼い階段を上がって行く。
 やがて。
 宙に浮いたかのような、踊り場に出た。
 そこにはひとつの扉がついていた。
 何の変哲もない、ノブだけがついた扉だった。
 心語が恐る恐る、そのノブに手をかける。
 
 
 謎の声:『おまえは鍵を持っているか?』
 
 
 いきなり天から大きな声が降って来た。
 突然かけられた声に驚いて、思わず後ろに立っていた兄にぶつかってしまった。
 彼よりも背の高い静四郎は、やさしく弟を受けとめ、声のした方を見上げる。
 
 
 静四郎:「持ってはおりません」
 
 謎の声:『だが、紅の柱の謎を解いたな…そなたら、【路】を探す者か?』
 
 心語:「『清き水の棲むところ、我が愛し子たちを迎えんとせん…』」
 
 謎の声:『何と…!【愛し子】か…!』
 
 
 謎の声の主は驚いたようだ。
 心語はさらに語りかけた。
 
 
 心語:「門を探している!俺たちの一族の楽園を!」
 
 謎の声:『なるほど…おまえは【愛し子】だ…だが』
 
 
 声に剣呑な色が宿った。
 
 
 謎の声:『おまえの後ろにいる者は、招かれざる者だ…』
 
 
 いきなり天から雷光が走った。
 声を出す間もなく、静四郎の衣服が破け、鮮血が舞った。
 倒れる静四郎に駆け寄り、心語は怒りをたたえた目で天を見た。
 
 
 心語:「何をする?!」
 
 謎の声:『我らは我らの一族を解放した…そやつらから…永遠の自由と安らぎを得たのだ…もう奪わせはせぬ…!』
 
 心語:「兄上は奪いはしない!ただ、俺について来てくれただけだ!」
 
 謎の声:『ならぬ…【愛し子】よ、我はそなたを守らねばならぬ…その者を離せ…』
 
 心語:「嫌だ!」
 
 謎の声:『還る【路】を失うぞ…?』
 
 心語:「…っ」
 
 
 心語は唇を噛んだ。
 何のためにここまで来たのか。
 これほどまでに時間をかけ、ようやくたどり着いたのだ。
 不意に、右の手の甲が温かくなった。
 はっとして心語が右手を見ると、兄の手が添えられていた。
 血に染まった顔にいつもの微笑を浮かべ、静四郎は心語に言った。
 
 
 静四郎:「行きなさい…」
 
 心語:「兄上!」
 
 静四郎:「あなたが求めていたものでしょう…?行きなさい…」
 
 心語:「でも…!」
 
 静四郎:「いいから…私のことはいいんです…」
 
 
 あの日の償いが出来るでしょうか、と静四郎は心の中でつぶやいた。
 あの日、あなたを傷付けてしまったその罪を。
 心語は、一度も見せたことのない涙を目に浮かべて、兄に首を振る。
 
 
 心語:「行けない…俺は…兄上を置いては行けない…!」
 
 静四郎:「心語…」
 
 心語:「だから…俺は先に進まない…」
 
 
 心語は兄にそう言った。
 兄の傷は生死に関わるものではなさそうだった。
 だが、このまま放置すれば、確実に死が近付いて来るほどのものだった。
 だから、心語は首を振る。
 行けない、と。
 その時だった。
 ちゃりん、と心語の横の床に何かが落ちて来た。
 
 
 心語:「鍵…?」
 
 
 それは銀色の鍵だった。
 柄が長く、不思議な模様が刻まれていた。
 
 
 謎の声:『それをおまえにやろう』
 
 心語:「これ、は…?」
 
 謎の声:『おまえには罰をやろう。その鍵を使えば、この扉は開き、楽園に通じる【路】が現れる。だが、おまえはその鍵を一度しか使うことは出来ぬ。使えば、扉はおまえの背後で閉まり、永遠にこの世界には戻れぬ。無論、他の一族の者がその鍵を使っても同様だ』
 
 心語:「…わかった」
 
 
 心語は鍵を握りしめた。
 その瞬間、生ぬるい風が吹き、ふたりの身体は宙に投げ出された。
 そのまま、恐ろしい速度で落下していく。
 床にぶつかる寸前。
 彼らは意識を失った…。
 
 
 
 気がついた時には、なぜか家の前に倒れていた。
 兄の傷から血は止まっていたが、意識がなかった。
 心語は急いで家に運び込み、兄の傷の手当てをする。


 そうして、兄の意識も戻り、ベッドに起き上がれるまでになったある日。
 心語は、あの銀の鍵を首から革紐で下げた。
 この鍵を使う日は来るかも知れない。
 でも、来ないかも知れない。
 もしかしたら、心語が探す同族の義兄にあげてしまうかも知れない。
 だが。
 今はまだ選択の時ではないようだ。
 
 心語は窓から空を見上げ、大きく息を吸い込んだ。
 風から若木のにおいがした。
 いつの間にか、エバクトの夏は、もうすぐそこまで来ているようだった。
 
 
 
 〜END〜
 
 
 
 
 <ライターより>
 
 
 松浪さん、こんにちは!
 
 ライターの藤沢麗です。
 
 長かった旅もようやく終わりを告げました。
 
 この冒険によって、
 
 お兄さんとの絆も深くなったようです。
 
 あの別れの夜に何があったか、
 
 詳しいことはわからなくても、
 
 静四郎さんには心語さんが大事な弟であることに、
 
 変わりはなかったのだと思います。
 
 また次回、おふたりで仲良く冒険の旅をなさることを祈って!
 
 ありがとうございました!