<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『記憶の奥底に〜知ってはいけないこと、知りたくないこと〜』

 昨晩の大雨のせいで、山道は普段よりも滑りやすかった。
 今日も空は厚い雲で覆われており、今にも雨が降り出しそうだ。
 先を急ごうとすると、滑って転倒してしまう。
 転んで泥まみれになるキャトル・ヴァン・ディズヌフに、手を差し伸べる長身の男性がいた。
「まだかかるのか? 出直すか……」
「ううん、もうすぐだよ。あたしなら大丈夫だから。行こっ」
 キャトルはロキ・アースの手を掴んで立ち上がり、泥を払う。
 ロキが診療所を訪れたのは、ほんの気まぐれであった。
 特に用事があったわけではない。
 薬でも見ようかと入った途端、このキャトルという少女に捕まったのだ。
 なんでも、薬の材料を採りに行きたいのだが、自分一人では無理だということで人手を求めていたらしい。
 特に予定がなかったロキは、軽く二つ返事でキャトルを手伝うことにした。
 キャトルはとても元気のいい少女ではあるが、酷く痩せており体力はないようである。
 しかしロキの負ぶおうか? という言葉に対しては、頑なに「平気、全然元気!」と首を横に振るのであった。
 彼女の歩調に合わせながら進み、雨が降り始める前に、2人は目的の場所に着いた。
「あそこに、岩があるだろ。その岩の先に魔法草が生えてるんだ」
 大岩が行く手を遮っている。
 見た目は確かに岩なのだが、不思議な感覚を受ける岩であった。
「これはね、魔動体なんだ。魔法でどかそうとしたら、襲ってくるんだよ。だから、この中心辺りを物理攻撃で破壊するのが一番なんだけど……ホントにその矢で貫けるの?」
 ロキの武器は、弓矢である。しかも、矢は一本しか持っていない。
「ああ、この矢で貫けないものはない。しかし、砕いた方がいいんなら、別の方法にするが?」
「あ、うん。砕けるのなら、その方がいい。通りやすくなるし」
 キャトルの言葉を聞くと、ロキは破壊する場所を拳で確認し、右足を下げる。
「少し下がって」
 キャトルを下がらせて、やや半身に構える。
 呼吸を整え、拳を強く握り締めた次の瞬間、身体を捻り右拳を大岩に叩き込んだ。
 ガコッ
 鈍い音が響き、岩が砕けた。
「……なんじゃそりゃー!」
 キャトルが奇妙な声を上げる。
「素手で岩って砕けるものなの!? いや、無理でしょ。いくら男って生き物が女より力があるとはいえ!」
「まあ、別世界には色んな種族がいるってことさ」
 ロキはのんびりとした笑みを浮かべながら、キャトルが通りやすいよう、足下の石を退かした。
「あー、そうだよね。あたしも人間とは比べ物にならないほど、魔力高いし。ふーん、ロキも人間じゃないんだ」
「あんたも異種族か? 見かけは人間と変わりないようだが」
「うん、あたしは「魔女」だよ。でも出来損ないだから、魔法は使えないんだけどねっ」
 そう言ったキャトルの顔は変わらず明るかった。劣等感は全く感じられない。
「それじゃ、俺と同じだな。俺も落ちこぼれだ」
「えー、こんなに力あるのに?」
「力があっても、能力がなきゃなぁ。魔力があっても、能力がないあんたとやっぱり一緒だ」
「そっか〜。それじゃ仲間だね、あたし達!」
 明るく言いながら、キャトルは魔法草の繁殖地へと飛び込んでいった。
 木々と岩に囲まれたその場所は一面の薬草畑であった。
「ええっと、一回に6株くらいが限界かな。それ以上採ると怒られる」
「怒られるって誰に?」
 ロキはキャトルの後に続き、キャトルが採っている魔法草と同じものを引き抜いて彼女に渡した。
「ここの管理者だよ。あたしを生み出した人」
「母親のことか?」
「うーん、そんな感じ?」
 キャトルはぴったり6株袋に入れると、手や身体ついた土を払い落とした。
「その草、忘れ草だっけ? あんたは何で忘れ薬が欲しいんだって?」
「皆ともっと仲良くなりたいからだよ」
 キャトルはロキの問いに笑顔で答えた。
「仲良くなるのに、なんで忘れ薬が必要なんだ?」
「それは……あたしは、長くここにはいられないからさ、凄く仲良くなった人達と別れるの辛いだろ? 凄く辛いと思ってもらえるほど、誰かを好きになりたいし、好かれたらなぁって思うんだ! だから、そんな気持ちを忘れられる薬があれば、思い切り人を好になれる気がするんだ」
 キャトルの話を聞いたロキは、怪訝そうに軽く眉根を寄せ、首筋をかきながら言った。
「せっかくできた人との繋がりを忘れ去るのが幸せかぁ?」
 ロキがそう言うと、キャトルの顔から笑みが消えていった。
「俺はあっちから絆ぶち切られたけど、別にそれを忘れたいとは思わないぜ」
「あっちから?」
 キャトルの問いに、ロキは自分がこの世界に来た理由について、軽く話して聞かせる。
 自分は、アース族という神族の落ちこぼれであったこと。
 それが理由で神族の世界から追放され、この世界に堕とされたのだということを。
「辛くないわけじゃあないけど……な」
「なんでそんな理由で追放されなきゃならないのか、わかんない」
 キャトルはロキの一族に対し、怒りを覚えたようであった。
「ロボットじゃないんだから、人それぞれ個性があって当たり前じゃん。魔法が使えないのだって、寿命が短いのだって、自分自身にしかない個性で、尊重されるべきだって、あたし達「魔女」は思ってる。だからあたしは、お姉ちゃん達に可愛がってもらってるし、あたし達は誰も能力の差で迫害したりはしない。ロキの世界の人達はおかしいよッ」
 ロキは微笑しているだけであった。
「頭にこないの? 憎んだりしてる?」
「別に。殺されたわけじゃないし。この世界はわりかし居心地いいし。生まれてきたことを嫌だと思ったこともねえし」
 ロキの言葉に少し沈黙をした後、キャトルはこう言った。
「あたしは、この世界がとても楽しいし……生まれてきて、今ここにいられて凄く嬉しい! ロキも辛かった昔のことを忘れたら、もっと毎日が楽しくなるかもよ?」
「いや、でもなあ。過去があるから、今の幸せを感じられるわけで……。しかし、それなら、ますますわからんのだが。今が楽しいのなら、何故それを忘れようとする薬が欲しい? 忘れる方が辛くないか?」
「それは……」
 話しながら、二人は歩き出した。
 破壊された岩を跨ぎ、山道を下って行く。
 時折転びそうになるキャトルの腕を、ロキが掴んで支える。
 掴んだだけで、折れてしまいそうなほど、細い……。
「ずっと年上のお姉ちゃんがいたんだけどね。……ほら、全然違う種族間だと、普通子供できないじゃん? でも、あたし達は人間に近い種族だから、人間の男性との間に、子供、できたみたいでさ。その子を産んだせいで、お姉ちゃん若くして死んじゃったんだ。人を好きにはなりたいけど、好きになりすぎて、あたしはそんな失敗したくないから」
 ロキはキャトルの言葉に、心底不思議そうな顔を見せた。
「はぁん? 何で子供生んで死んじまったからって、それが『失敗』になるんだ? 本人が悔やみながら死んでいったのか?」
「それは知らない。妊娠なんかしたら寿命が縮まるってことはわかっていたはずなのに。何故、そんなことをしたのか、誰も知らない」
「女ってぇのは、自分の命と引き換えにでも子供産みたがるもんだと言うけどなあ……」
 ロキの言葉に、キャトルは押し黙った。
 しばらく、無言で歩く。
 休憩に寄った川辺で、キャトルは、ゆっくりと話始めるのだった。
「お姉ちゃんが死んで、皆悲しかった。……多分一番悲しかったのは、お姉ちゃんを生み出した人で、その次に悲しかったのは、お姉ちゃんと長く過ごした男の人。お姉ちゃんを奪った人間の男性も悲しかったのかもしれないけれど、それは自業自得だから。
 それがきっかけで、色々なことが狂った。大切な絆が崩れた。だから、お姉ちゃんがしたことは、間違いだったんだよ」
 詳しい事情を知らないロキには、キャトルの言葉を完全に否定することはできなかった……しかし。
「俺は、そうとは言い切れないと思うんだがなぁ。“お姉ちゃん”の子供は生きているんだろ? その子は不幸なのか?」
「不幸だよ。人間なのに、人間と同じだけ生きられないんだ」
「それを不幸だと感じて、生まれたことを毎日嘆き悲しんでいるのか?」
 キャトルは首を横に振った。
「知らない。会ったことないから、どんな子なのかも知らない」
「それじゃあ、まず会ってみたらどうだ? 他の“皆”にしても、過去辛いことがあったからといって、今も辛いとは限らねえだろ? 俺がそうであるように」
「そうだね……」
 言って、キャトルは大きく息をついた。
「ロキ。さっきの話だけれどね」
 キャトルがロキを見上げた。
 瞳の輝きは強い。
 しかし、身体の線は細く果敢なげであった。
「子供が欲しいとか……そういう感情、あたし達は持ってはいけないんだ。……知らないでいたい!」
「何でだ?」
「もし知ってしまったら、やっぱり忘れなければならないんだよ。お姉ちゃんは特別だったんだ。あたしは子供を産めないし、大人にもなれないんだ。……あたし達は、そういう種族だからね!」
 立ち上がった彼女の顔は、明るい笑顔に戻っていた。

 雨が、降り始めた。
 転んでも、笑い、擦りむいても笑いながら、キャトルは駆け下りていく。
 彼女の笑顔は心の輝きだ。
 悲しみは全て、空に預けてあるのだろうか。

**********

 お礼にと差し出された『忘れ薬』をロキは受け取らなかった。
「今んとこ、忘れたい記憶がねえからな」
「それじゃあ、ロキの分はあたしが預かっておく。あたし達は似たもの同士だからね! ロキもそのうち欲しくかるかもしれないし」
「ならねえと思うけどなぁ」
「そんなのわかんないよ」
 ロキの眼を真直ぐ見て、キャトルが瞳を閃かせた。
「――あたしを忘れたく、なるかもよ」
 ロキは浅い笑みを浮かべた。
「……ならねえと思うけどなぁ」
 同じ言葉を繰り返して、診療所を後にした。
 雨はまだ、降り続けている――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3555 / ロキ・アース / 男性 / 24歳 / 異界職】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 無職】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターの川岸満里亜です。
初めてのご参加でしたが、的を射たご発言に、込み入った話まで出してしまいました。
おそらく、他のオープニング等もご覧いただいてのプレイングと思われますが、ノベルの内容が掴みにくいようでしたら、申し訳ありません。その際には、個室で今までのオープニング等をご確認くださいませ。
ご参加ありがとうございました。また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。