<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『生命の尊厳<摂理>〜脱出〜』

「そんなものはない。あっても渡せん」
 虎王丸の頼みを、錬金術師ファムル・ディートはにべもなく断った。
「なんでだよ。あるんなら出せよ!」
「いーやーだー。お前だって知ってるだろ。あの人の性格を! そんなことに協力したなんて知れたら、もっと面倒なことになるじゃないか!」
 今日、虎王丸が診療所にやってきたのは、魔女を出し抜く方法をファムルに聞くためである。有効な薬があれば、多少値が張っても買うつもりであった。
 しかし、ファムルは虎王丸に非協力的だった。
 不満に思いながらも、虎王丸は質問を変えることにする。
「じゃあ、凪に渡したあの薬。あれは投げて使うことは出来ねぇのか? 武器に塗って使うとかはどうだ?」
「あれは、1回分全てを服用せねば効果がない。しかし、ハッタリにはなるだろうな。なにせ、魔女にとって、魔力は命の源のようなものらしい」
 そう言った後、ファムルは虎王丸の腕を強く掴んだ。
「くれぐれも、くれぐれも薬の入手経路は言わないように。私の名前は出さないでくれよ」
「わかったよ!」
 手を振り払って虎王丸は診療所を出た。
 ハッタリか……。
 少々不安ではあるが、行くしかない。

 蒼柳・凪と地下道の入り口で合流を果たし、二人は魔女の屋敷に向った。

**********

「凪、例のもの……」
「あ、うん」
 二人は、魔女の屋敷の前で、互いに持って来たものを交換する。
 白雪のペンダントとそのレプリカだ。
「これはマジックアイテムじゃないから、もって半日くらいだ」
「わかってる」
 門をノックして数分、30歳前後の魔女が現れた。
「お待ちしていました」
 まるで2人が訪れることを知っていたかのように、魔女はすんなりと二人を招きいれた。
 魔女は二人をリビングに残し、魔女クラリスを呼びに行く。
 しばらくして、クラリスと先ほどの魔女が姿を現す。
「ダランはどこに? まずダランに会わせてください」
 凪の言葉に、クラリスは「いいだろう」と答え、魔女に指示を出す。
 凪と虎王丸は頷き合い、凪は30前後の魔女と共にダランの元に向い、虎王丸はこの場に残った。
「お前は行かないのか?」
「俺は、あんたと話がある」
「私はお前と話すことなどないが」
 向けられた侮蔑の笑みに不快感を感じながら、虎王丸は言う。
「約束のものを持ってきてやったぜ」
 その言葉にクラリスの表情が変わる。
「出せ」
 虎王丸はポケットに手を入れ、ポケットの中でペンダントに巻いてあったバンダナを外し、取り出したペンダントを手の上に出して見せた。
 しかし、クラリスが手を伸ばす前に、ポケットに戻す。
「約束だ。質問に答えてもらうぜ」
「なんだ」
 煩わしそうに言い、クラリスはソファーに腰掛けた。
「このペンダントの効果。そして、何故必要なのか」
「聞いてどうする?」
「……答えなけりゃ渡せねぇ」
 クラリスは浅く笑う。
「貴様が渡さずとも、容易く奪い取れるが」
「その前に砕いてやる。粉々にな」
 一瞬、ほんの一瞬、鋭い視線が虎王丸を刺した。
 その数秒後、クラリスが小さな吐息と共に、話始めた。
「それは装飾品の意味合い強いマジックアイテムだ。効果は魔力の蓄積。魔法自体も籠められる」
「これが必要な理由は? その程度のものなら、また作ればいいだけだろ」
 虎王丸の言葉に、クラリスは明らかに不快そうな目を向ける。
「それは、シスが持っていたものだからだ。私はシスが何故あのような愚行に走ったのか知らない。ファムルやあの者……ローデスの言葉など、信じるつもりは無い。しかし、そのペンダントを探りシスの経験を読取れば、真実が分かるだろ。だから必要だ」
「……それだけか?」
「それだけだ」
 嘘をついているようには見えなかった。
 虎王丸はゆっくりとドアへと近付く。
 クラリスが冷ややかな瞳で、虎王丸を見、腰を上げた。
「お前には、必要のないものだ」
 クラリスが手を差し出した。
「ああ、俺には必要ねぇよっ」
 ペンダントを反対側の隅に投げると、ドアを蹴り開け、虎王丸は廊下へと飛び出した。
 途端、身体が動かなくなる。
「何の真似だ」
 クラリスの声が背後から響き、細く長い指で首を捕まれる。
 身体は僅かに動かすことが出来た。締めておいた、マジックアイテムのお陰だろうか。
 握り締めていた瓶の蓋を指で弾いて開け、手首に渾身の力を籠めて、クラリスに振り掛ける。
「!?」
「ファムルが作った対魔女用の魔力破壊薬だ。源を破壊する薬だってさ。早く解毒しねぇと……死ぬぜ」
 身体を締める力が弱まる。瞬間、虎王丸は跳躍し、窓をぶち破り、外へと脱出を果たした。
 受身をとり、立ち上がる。硝子で多少の怪我は負ったが、問題はない。
「行くぞ、凪!!」
 声を張り上げながら、門へと向う。
 ハッタリがよほど効いたのか、クラリスの追跡はなかった。

 門まで駆け抜けるが、門は虎王丸の力で押し開けることはできなかった。魔術で閉じられているようだ。
「虎王丸!」
 その声は、ダランのものであった。
「なんだ、元気そうじゃねぇか」
 凪と支えあっており、衣服も貧しい身なりではあったが、その顔は輝いていた。
 凪とダランの他に、もう一人、同行している人物がいた。
 確か彼女は――ウィノナ・ライプニッツ。魔女の弟子になった少女だ。
「気をつけて」
 ウィノナはそう言うと、門に触れた。彼女が触れた途端、門が外側へと開いた。
「ありがとう、ウィノナ。また街で!」
「うん、またね、ダラン」
 ウィノナが広げて向けた手に、ダランは自分の手を打ちつける。
 パンという心地よい音が響いた。
「とりあえず、山を下りるぞ!」
 虎王丸はダランの腕を掴み、引きずるように、下りる。
 凪は背後に警戒しつつ、時折ダランを支えながら、急ぎ下りて行く。
 魔女が攻めてくる気配はない。その理由は、凪にはなんとなく分かっていた。

 途中、転げるように駆け下りて、魔女のテリトリーを抜ける。
 麓に下りた三人は、泥まみれになっていた。
 山を抜けた途端、安堵の吐息を漏らすより先に、3人は顔をあわせて笑い合っていた。
「でもさ、虎王丸どうやってペンダント渡さずに逃げてきたの?」
「レプリカの方に、凪に魔力を込めてもらってさー」
 魔力の籠められたレプリカに、魔女クラリスが作ったマジックアイテムのバンダナを巻いて、カモフラージュしたのだ。
 レプリカの存在を知らないクラリスには十分効果があったらしい。遠目では怪しまれることはなかった。
 ダランの首には、本物の白雪のペンダントが掛けられている。
 クラリスがこのペンダントを欲した理由が、彼女が語った通りであるのなら――クラリスは手にしたレプリカから、ローデスやダランの経験、そして思いを知ることになるのかもしれない。
「おーし、魔法で雨雲を呼んで汚れを落すかー」
「おまえ、そんな事できるようになったのか!?」
 虎王丸はダランの言葉に驚いた。天気を操るのは高度な魔術のはずだ。
「いやまだ無理っ」
 悪戯っぽく笑うその様は、いつものダラン・ローデスであった。
「でも、もう俺、ただの足手まといには絶対ならない。少しは役立てる自身がある」
 少しだけ、自信を感じる表情であった。
「そっか、なら、帰りの地下道でお手並み拝見といくかー」
 ダランの背をポンと軽く叩いて、虎王丸は先に歩き出す。
 ダランは大袈裟なほどによろけて、膝をついた。
「あ、いっけねー。ベルトしたままだった。ほらよ」
 虎王丸が手を差し出す。
 その前に、凪もダランに手を差し出していた。
 ダランは両方の手を掴んで立ち上がり――そのまま、二人に抱きついた。
 強く抱きしめて、ダランは大きく息を吸い込んだ。
「大っ好きだー!」
 突如、ダランは大声で叫ぶ。
「き、気持ちわりぃんだよ!」
 そう言った虎王丸は、少し照れくさそうに、満面の笑みを浮かべていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】
【NPC / 魔女 / 女性 / 345歳 / 魔術師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
薬を出し抜く手段として使うという考えは、予想していませんでした。なるほど、そうですね……。
多分、当分魔女の住処には近付かないと思いますが、虎王丸さんは軽く魔女の怒りを買っていると思われますので、お気をつけください。
引き続きのご参加、ありがとうございました。