<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『生命の尊厳<摂理>〜命をくれた人〜』

 目の前の門を見上げる。
 ここを出てから、数週間が経っている。
 最初に訪れた時は、3人だった。
 しかし、門を出た時には、2人になっていた。
 再び、この門を通ったら――。
 今度は、何人で出ることができるのだろうか。

 必ず3人で。

 固い決意と共に、蒼柳・凪と虎王丸は門の前にいた。
 門を叩いて数分、30歳前後の魔女が姿を現す。
「お待ちしていました」
 二人が訪れることを知っていたかのように、魔女はすんなりと二人を通した。
 家の中に招き、二人をリビングに残すと、魔女クラリスを呼びに行く。
 凪と虎王丸は無言で待った。打ち合わせは街で済ませてある。
 しばらくして、クラリスと先ほどの魔女が姿を現す。
 黒い髪と瞳に、黒い服。見下すような眼も相変わらずだ。
「ダランはどこに? まずダランに会わせてください」
 凪の言葉に、クラリスは「いいだろう」と答え、魔女に指示を出す。
 凪と虎王丸は頷き合うと、凪は30歳前後の魔女の案内でダランの元に向うのだった。

「彼、今訓練中なの。入る? 待つ?」
 地下室に連れてこられた凪は、牢獄のような場所で、魔女にそう問われた。
「入ります」
「構わないけれど、室内では話なんてする余裕ないかも」
 意味深に笑った後、魔女は閉ざされていたドアを開けた。
 中に入り込んだ凪は、一瞬目を細める。
「ごゆっくり」
 言葉と共に、ドアが閉じられる。鍵は内側から開けられるようになっている。閉じ込められたわけではないようだ。
 しかし、この部屋は何だ――。
 身体に激しい痛みを感じる。
 感覚的に、魔力に関係があると気付き、呼吸を抑えるかのように、凪は体内の力を抑えた。
 ダランは、部屋の隅にいた。広い部屋ではあるが、自分に気付かないほどの距離ではない。
 彼の眼は、どこか呆然としており、手と、その前にある植物を見つめていた。
「ダラン」
 凪の声が届くより先に、ダランの手の前に発生した炎弾が弾けとんだ。目前の植物が焼き払われる。
「ダラン」
 駆け寄って、凪はもう一度彼の名を呼んだ。
 すっと、凪を見たダランは、焦点の定まらない眼をしていた。
 しかし、次の瞬間、眼を瞬かせる。
「……ぎ、凪!?」
 名を呼んだ途端、身体が折れるように崩れ、ダランは膝をついた。
 凪は駆け寄って、彼の肩を支えつつ、共に座った。
「見た? 俺、魔法使えたー!」
 そういうダランの顔は、別れた時より僅かに逞しく見えた。
 ただ、彼の顔や手には無数の傷や痣があり、服装は、地味で薄汚れている。彼がここでどのような扱われ方をしているのかが、見て取れた。
 僅かに顔をしかめているのは、痛みを感じているからだろうか。
「うん、見た。成長したな、ダラン」
 凪の言葉に、嬉しそうに笑う姿を、懐かしく感じた。
「渡したいものがあるんだ」
 凪は懐の中の袋に手を伸ばすと、中のものを取り出した。
 雪の結晶を形どったペンダント――白雪のペンダント。ダランの母親の形見であった。
「これ……」
「本物の方だよ。虎王丸がお父さんから借りて……ううん、預かってきた。ダランのものだから」
 ゆっくりと開いたダランの手の中に、凪はペンダントを乗せた。
「ごめん」
 凪の言葉に、不思議そうにダランが凪を見た。
「美術館の騒ぎの時や、もっと前に、ダランの寂しい気持ちに気づいてやれば良かったのに、ごめん」
「さ、寂しくなんてない。た、確かに今はそうかもしれないけど、家にはいつも沢山人いるし……」
 否定しても、それが嘘だということは、凪には分かっていた。
 ダランはペンダントを見つめながら、呟くように続けた。
「でもそうか……俺、寂しかったんだ……。沢山人いるのに、変だよな。でもうん、やっぱり凪は凄いよ、俺より先に、俺の気持ち言い当てた」
 軽く笑顔を見せた後、ダランは手の中のペンダントに視線を戻す。
「そして、これを持ってきてくれた……」
 ペンダントはダランの手の中で、力の解放を待つかのように、輝いていた。
「この、中に、母ちゃんの言葉が入ってるんだって……俺、ずっと聞きたくて……でも、なんか不安で……」
「聞いてみなよ。……側にいるから」
 凪の言葉に、ダランはゆっくりと頷き、ペンダントを両手で握り締めた。
 眼を瞑り、ペンダントに籠められた力を解放する。
 ダランの中へと、そして、力が外へ飛び散る様を凪は感じていた。

 凪には何も見えなかった。何も聞こえなかった。
 だけれど、確かに誰かがそこにいるように、ダランは前を見て……真剣に前を見ていた。
 彼の脳裏に、直接映像と音が映し出されているのだろう。
 小刻みに震える手をそっと掴み、凪もダランと同じ方向を見た。
 途端、凪にも微かに声が届いた。
 姿もまた、僅かに脳裏に浮かんできた。
 軽快な女性の声だ。
 ダランの明るさは母親似のようだ。
 顔も似ている。特に表情が。少し悪戯気な微笑みがとても似ている。
 声が聞こえたのは、僅か数秒であった。
 ダランは何も言わなかったが、軽く頷いていた。
 そして、ペンダントを握り締めたまま、俯いた。
「どんな人だった?」
 凪の問いに、少し間を空けてダランは答えた。
「ちょっと変な人だった。凄く明るくて、なんか自己中っぽくって。押し付けがましいっていうか、押しが強そうで……頼りになるカンジの……優しくて綺麗な人だった」
 そのまま、足を組んで蹲る。
 本当なら、もう少し彼の側に黙って座っていてあげたかったけれど……。凪は、ダランの腕を引いた。
「帰ろう。父さんの所へ」
「でも俺……帰れない。身体、診てもらったけど、やっぱりあまりいい状態じゃないみたいで……だから、帰れない。ここにいれば、とりあえず死ぬことはないから。ほら、魔法も勉強できるしさ!」
 痣だらけの顔で笑う姿は、とても痛々しかった。
 心が助けを求めていることを、凪は感じてしまう。
「大丈夫、帰れる。帰ってまた――」
 凪はここに来る前に、決意していた。
 ダランの身体が改善される手段が他にないのであれば、自分が、と。
 魔力破壊薬の使用は検討にも値しなかった。
「帰ってまた、冒険に行こう。虎王丸と、俺と、ダランで」
 ダランが不安げな瞳を見せた。
 すがりつきたい思いを必死に隠すような瞳。
 凪はダランの手を離して、一人立ち上がった。
 力を解放すると、身体が酷く痛んだが、痛みに耐えながら舞い始める。
 自分の中で、忌み嫌っていた舞を。
 人の世界に必要のない能力だと思っていた。
 その気持ちが変わったわけではないけれど。
 それよりも、目の前の彼と、また一緒に冒険に出たいという気持ちが勝っていた。
 想い全てを言葉で表すことは出来ないけれど、迷い、悩み、探しながら、辿りついた結論であった。
 周囲に、白い花弁が浮かび上がった。
 風もないのに、凪の周囲を舞い飛んでいた。
 ダランは不思議そうに、見ていた。
 舞っている凪の顔は真剣で、普段と別人のようだとダランは感じていた。
 今回は、いつにもまして雅びやかな舞であった。
 凪が、ダランの方へと手を向けた。優しい瞳を向けた。
 白い花弁が、ダランの元に舞い降りる。
 花弁はダランの身体に溶け込むように、消えた。
「何、これ……今の、何?」
 ダランは自分の身体を見た後、不思議そうな眼を再び凪に向けた。
「『非時の花』。寿命を延ばす舞だ」
「寿命を延ばす……って」
 ダランの顔が驚きの表情に変わる。
「凪、凪って一体……」
「説明はあとでするから。帰ろう、ダラン」
 ダランの手を取った。
 疲れているが、時間はあまりない。
 魔女と虎王丸の会話は終わっているだろう。
 魔女クラリス――。
 彼女の行いは、まるで凪達の故郷の過ちを見ているようであった。
 この世界に必要のない存在だと凪は感じていた。倒す必要があるかもしれない、と。
 先ほどまで、そう思っていた。
 しかし、凪のその考えに、ダランは恐らく賛成しないだろう。母の言葉を聞いた今は……。
 ダランの手を引いて、駆け、ドアに手をかける。鍵はかかっていない。
 外に魔女の姿はなかった。慌しい足音が響いている。騒ぎが起きているようだ。
「急ごう」
 疲れのせいか、足がもつれて転びそうになる。そんな凪を支えたのはダランであった。
「なんか、変に調子がいいんだ。力がみなぎってるみたいで。さっきの舞術のお陰かな?」
 ダランの言葉に、凪は曖昧な笑みを浮かべた。
「凪は俺のこと、結構知ってると思うけど……俺、凪や虎王丸のこと、あまり知らない。凪達がどんな世界で、どんな暮らしをしていたのかも。冒険も行きたいけど、そういう話も、もっともっとしたいんだ!」
 “街へ、戻ろう”
 二人は強く頷き合って、地上へと続く階段を駆け上がった。

「ウィノナ!」
 廊下の前で、一人の少女と遭遇する。
 彼女の名は、ウィノナ・ライプニッツ。自分達を待っていたようだ。
「帰るの?」
「うん!」
 ウィノナの問いに、凪とダランは同時に答えた。
「ウィノナも帰ろう!」
 ダランの言葉に、ウィノナは首を左右に振った。
「何で? あそっか、腕輪が――」
「そうじゃなくて、ボクは自分の為にも、ここで学び続けるつもりだ」
「言わされてるだけだろ!?」
 ウィノナは苦笑した。
「だから、違うって。帰るっていうんなら、止めないよ。だけど、キミ達だけじゃ出られないと思うから、門まで送るよ」
 ウィノナは、二人を導くように走る。
 凪とダランはウィノナに続いた。

「虎王丸!」
 ダランが叫んだ。
 門の前には、虎王丸の姿があった。
「なんだ、元気そうじゃねぇか」
 凪とダランは支えあうように虎王丸の元に駆け寄った。
「気をつけて」
 ウィノナがそう言って、門に触れた。彼女が触れた途端、門が外側へと開いた。
「ありがとう、ウィノナ。また街で!」
「うん、またね、ダラン」
 ウィノナが広げて向けた手に、ダランは自分の手を打ちつけた。
 パンという心地よい音が響いた。
「とりあえず、山を下りるぞ!」
 虎王丸はダランの腕を掴み、引きずるように、下りる。
 凪は背後に警戒しつつ、ダランを気遣いながら、急ぎ下りて行く。
 魔女が攻めてくる気配はない。その理由は、凪にはなんとなく分かっていた。
 ダランが開放したシスの想い。散った想いの一欠けらが、魔女クラリスの元に舞い降りたのだろう……。

 途中、転げるように駆け下りて、魔女のテリトリーを抜ける。
 麓に下りた三人は、泥まみれになっていた。
 山を抜けた途端、安堵の吐息を漏らすより先に、3人は顔をあわせて笑い合っていた。
「おーし、魔法で雨雲を呼んで汚れを落すかー」
 ダランが威勢良く言った。
「おまえ、そんな事できるようになったのか!?」
 虎王丸はダランの言葉に驚いたようだ。
「いやまだ無理っ」
 ダランはいつものように、悪戯っぽく笑う。
 やっぱりなーと凪も笑った。
「でも、もう俺、ただの足手まといには絶対ならない。少しは役立てる自身がある」
 以前とは違う、自信が感じられる顔であった。
「そっか、なら、帰りの地下道でお手並み拝見といくかー」
 ダランの背をポンと軽く叩いて、虎王丸が先に歩き出す。
 ダランは大袈裟なほどによろけて、膝をついた。
 数歩後ろにいた凪は、駆け寄ってダランに手を差し出す。
「あ、いっけねー。ベルトしたままだった。ほらよ」
 振り返って、虎王丸も手を差し出した。
 顔を上げたダランは、両方の手を掴んだ。
 二つの手を強く握り締めて立ち上がり――手を離すとそのまま、二人に抱きついた。
 強く、抱きしめられた。そのまま、ダランが大きく息を吸い込む。
「大っ好きだー!」
 突如、ダランは大声で叫んだ。
「き、気持ちわりぃんだよ!」
 虎王丸が照れくさそうに言った。
 凪は、微笑みながら眼を瞑り、微かに聞こえたダランの母の言葉を思い浮かべていた。


 ダラン、あなたが今、不幸なら、あなたに生を与えてくれた人々を大切にし、愛を伝えなさい。
 そうすればきっと、あなたを愛し、あなたに力を与えてくれるから。

 あなたが今、幸せなら、あなたに生きる力を与えてくれる人々に、感謝をし、愛を伝えなさい。
 分かち合えば、幸せは倍増するものだから。更なる幸せを招くことができるから。

 あなたが私達の元に、産まれてきてくれたように!


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
【NPC / 魔女 / 女性 / 345歳 / 魔術師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
一先ず、良い状態で戻ってくることができました。ありがとうございます。
ダランの現在の体内の状態は不明です。寿命がどれくらい延びたのかもわかりません。
低下していた機能などは回復し改善されたと思われますが、根本的な彼の中に在る魔女の血の力については、凪さんが持つ神力がダランの持つ神力を上回っていたのなら完全に押さえ込まれたでしょうが、実際のところは、現状ではやはり不明です。
でも、その辺りの追及は、急がなくてもいいかな、と思います。
彼は今、とても幸せですから!