<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『ファムルの診療所α〜友達の印〜』

 フィリオ・ラフスハウシェは、その日、初めてファムル・ディートの診療所を訪れた。
 広場の一角、生い茂った雑草の先に、その建物はあった。
 話に聞いてはいたが、古い建物である。
 少々不安に思いながら、フィリオは診療所のドアをノックした。
「はーい!」
 現れたのは、キャトル・ヴァン・ディズヌフであった。
「あっフィリオ。待ってたよ。入って入って〜」
 キャトルに招かれ、診療所内に入る。
 綺麗に片付けられており、建物は古くとも室内は清潔感があった。
「お……おお!? お嬢さん、今日はどのようなご用件で!」
 ソファーに座っていた男性が、立ち上がったかと思うと、フィリオの手を両手で握り締めた。
「いやあ、客は男性だと聞いていたんだが、こんなに美しい女性だとはー」
「パパ、パパ、フィリオは元は男だよ。聖獣装具のせいで、今は女天使なってるけど」
「それはきっと、聖獣装具のお陰で、本来の姿を取り戻したということだろう〜。そういうことにして、嫁に来んか?」
「をーい」
 キャトルは深いため息をつく。
 仕事をしている時は、いい男なのに……。

 フィリオは何もファムルにプロポーズされに来たわけではない。
 目的の一つは、所属する自警団の注文だ。
「では、材料持込で、毎月、治療、回復系の薬の調合を希望されると?」
「はい。ある程度まとまった量が欲しいのですが、値引きしていただけますか?」
「もちろんですとも!」
 ファムルは今度はフィリオの肩を両手で掴んだ。
「いやあ、定期的な仕事をいただけるとはー! 安定収入、安定収入ですぞ!」
 肩を揺さぶられて、フィリオは苦笑する。この人は本当に有能な錬金術師なのだろうか。
「はいはい、商談成立ね。用がすんだんなら、行こっ」
 キャトルがフィリオの手を引いた。
 フィリオが診療所を訪れたもう一つの理由は、キャトルとの待ち合わせであった。
 キャトルがこの診療所を拠点にしていると聞いため、ここを待ち合わせ場所に選んだのだった。

「いってらしゃーーーーーい!!」
 大声で見送られながら、二人は診療所を後にした。
 キャトルはつばの広い帽子を被っている。
 陽射しが強く、外はとても暑いというのに、長袖長ズボン、手袋までした姿だ。日焼け対策だろうか。
「服、見に行きませんか?」
「うん!」
 フィリオの言葉に頷いた彼女は、普段と変わらず輝いていた。

 二人が回ったのは、主に若い女性に大人気のファッションショップであった。
「わー、すっごい、可愛い。これフィリオ似合いそうだよねー」
 キャトルが指しているのは、淡い青色のホルターネックドレスであった。丈はロング。深めのサイドスリットが印象的だ。
「キャトルさんは、こういった服が好きなのですか?」
「見るのはね。でも、あたしは似合わないし。これ着てみて。これとこれもー!」
 キャトルは淡い色のドレスを次々にフィリオに渡す。
「そのうちキャトルさんも似合うようになりますよ」
「んーん、フィリオのようにはなれないよ。でもいいんだ。あたしは今のあたしも好きだから」
 言って、奥の棚からボーイッシュな服を取り出す。
「似合う?」
 身体に当ててそういうキャトルに、フィリオは頷いてみせた。
 もう少し身長が伸びて、もう少し太ったのなら、キャトルは素敵な女性になるだろう。
 フィリオが手に持つドレスを着て、二人並んで歩く日が来るかもしれない。
 未来の自分達の姿をイメージし、フィリオは鏡の前で微笑んでいた。

 キャトルに散々ドレスの試着をさせられた後、フィリオはキャトルと共にアクセサリーコーナーに立ち寄った。
「キャトルさんは、どんなアクセサリーが好きですか?」
「うーん、アクセサリーはあまり興味ないかな、どうせ似合わないし」
 そう言いながら、彼女は羽の形をしたシルバーペンダントをじっと見ていた。綺麗に装飾が施されたそのペンダントは、キャトルにはちょっと早いようだ。
 互いに会計を済ませると、二人は小さな穴場の喫茶店にやってきた。
「ここのケーキ、とても美味しいんですよ」
 ケーキセットを注文し、窓際の席に向かい合って腰かけた。
「そっか、じゃ、沢山食べよ、食べよー」
「そうですね。特にキャトルさんはもう少し食べて太った方がより可愛くなりますよ」
 そういいながら、フィリオは先ほど買ったものを取り出した。
「これ……」
 キャトルが見ていた羽の形のペンダントだ。
「あ、そっか。フィリオには似合いそうだね。背中の羽にはかなわないけど、とっても綺麗だし」
 微笑んで、フィリオはペンダントを身につけた。
 そしてもう一つ、袋の中から、おなじ物を取り出したのだ。
 羽の形のペンダント――。
「一つは、キャトルさんに」
「えっ?」
 驚くキャトルに手を伸ばし、フィリオはキャトルの細い首に、ペンダントをかけた。
「友情の印です。もう少し大人になったら、凄く似合うと思います」
「あ、ありがと……」
 キャトルは少し照れたような顔を見せた。
 二人の胸元で、おなじ形のペンダントが優しく輝いている。
「そういえば、初めてお会いした時、キャトルさんの髪の毛の色は金でしたよね? 街では黒髪の姿をよく見かけますけれど、どちらが本当の色なのですか?」
 現在のキャトルは黒髪だ。
「金だよ〜。街に出て来る時は薬で染めてるんだ。1日くらいしか持たないから、フィリオと初めて会った時は、色、落ちちゃってたけどね。街中でふらふらしない時は帽子だけ被って染めずに出てくることもある〜」
「何故染めるんですか? 金色の髪、とても綺麗でしたよ。淡い髪色の方が、そのペンダントもより似合うと思います」
「んーとね、あたし肌とか髪、弱いんだ。街中は陽射しも強いし、色んな魔力が渦巻いてるから、髪や素肌を出すと体調狂うんだよ」
「そうだったんですか……。魔力が高いのに、魔法が使えないのも体質のせい?」
 運ばれてきた紅茶に、先に口をつけたのはキャトルであった。
「うん、美味しい」
 そう言葉を発した後、笑顔のまま話し始める。
「生まれつき……っていうのかな。あたしの身体には欠陥があるんだ。よくはわからないんだけれど、色素に問題があるみたい。そのせいで、あたしは、魔女という種族でありながら、魔法が使えない。大人にもなれない」
「大人に、なれない?」
 フィリオの真剣な表情に対し、キャトルは変わらず笑顔であった。
「うん。成長期の変化に耐えられず、身体は壊れるだろうってさ」
「身体が壊れるって……」
「死ぬってこと」
 キャトルの表情は穏やかであったが、その言葉が真実であることを、フィリオは理解していた。
 服の隙間から僅かに見える細すぎる体。
 彼女が元気だから、元気すぎるから、見えなくなる真実。
「でもね、私達の種族はこの世界で死んで、この肉体は滅びても、その後の天での生活が約束されてるんだよ。だからあたしは何も怖くない」
「怖くなくても……」
 それは凄く悲しいことだと、フィリオは感じていた。
 胸元のペンダントが似合うようになる前に、彼女は逝ってしまうのだろうか。
「身体を治す方法や薬はないのですか?」
「方法はないわけじゃないと思うんだ。……だけど、それってどうなんだろう。あたし達にとっては、この世界での生活は仮初の生活だから、早く終わることは、幸せって考えるべきなんじゃないかとか……思うんだ」
「考えるべき、ではなく、キャトルさんは今、どう考えてるんですか? 天に召されたいのですか?」
 フィリオの言葉に、キャトルは視線を落とした。
 少し、間をおいて……首を横に振った。
「今が凄く楽しいから、もっとここにいたい」
「私もです」
 フィリオは切なげに微笑んで言った。
「私は今日のような日を長く、たくさんキャトルさん……キャトルと楽しみたいです」
 キャトルの首にかけられたペンダントを手に取った。
 二人の瞳に、美しい装飾が映った。
「だから、探してみてもいいですか? ……キャトルがこの世界に長くいられる方法を」
 キャトルは何も言わなかった。
 黙ってペンダントを見ていた。
 長い間、二人は沈黙していた。
「……て」
 キャトルの手が伸びた。
「……なんて、答えたらいいのか、わかんない。とっても難しい」
 フィリオの手から、ペンダントを取った。
「だけど、これだけは言える」
 ぎゅっと握り締めて微笑んだ。
「ありがとう。凄く嬉しい」
 その後、キャトルはフィリオが言葉を発する前に、追加の紅茶を注文し話題を変えた。
 フィリオにはキャトルの気持ち、全てを理解することは出来なかったが、解ることもある。
 彼女は生きたいのだということ。
 その気持ちを誤魔化しているのだということ。
 ……可愛い服が好きだということ。
 女性らしい体格に憧れているということ。
「フィリオ、そっちのケーキも食べたい。半分こしよっ!」
 自分といるこの時間を、とても楽しんでいるということ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 無職】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
フィリオさんの言葉に、「うん」と元気に言えなかった理由はとても複雑なものです。……自分といると楽しいと言ってくれた人の傷つく姿や、苦労する姿を考えてしまったことも、いつものような明るい二つ返事ができなかった理由だと思います。
ご参加、ありがとうございました。またどうぞ、よろしくお願いいたします。